#67 砂塵
「まもなく、ワームホール帯! ワープ準備!」
「全艦に告ぐ! 訓練砲撃戦、用意のまま、ワームホール帯に突入する。先鋒はメルシエ隊、次いでエルナンデス隊、ワン隊、カンピオーニ隊、そして殿はステアーズ隊!」
いよいよ、太陽系を出て、訓練を開始する。なお前回、大気圏突入中の我々を第4艦隊がロックオンするという事態が起こったが、あれは地球001宇宙省からそうとうな大目玉を食らったらしい。いきなりの第8艦隊の回避行動を見て、この異常事態に地上の民間船にも緊急着陸などの指示が飛んだそうだ。おかげで、地球001表面のバスや宇宙船は、大混乱となった。やはりあれは、誰の目から見てもやり過ぎだ。
このため、敵艦隊でも現れない限り、第4艦隊には訓練を含む太陽系内での軍事行動を、一切禁じられてしまう。そこで訓練の舞台を、太陽系外に移すこととなった。
おかげで、少なくとも太陽系内では、先日のような不意打ちを受けることはなくなった。が、この先は無法地帯。おそらくは、第4艦隊が待機しているはずだ。
第4艦隊からは、訓練での「勝敗条件」を提示されている。まず、実砲撃そのものが禁止。当たり前だが、訓練用のレーザー光による模擬砲撃で、撃沈有無を決める。その訓練用の模擬砲撃には当然、特殊砲撃の設定がない。兵器に関しては、条件は同じにされる。
で、我々第8艦隊は、10隻以上を撃沈出来たらその時点で勝利。反対に、艦隊を前にして撤退、もしくは100隻以上を撃沈されたら、その時点で負け。そういうルールの下で、実戦訓練が行われる。
とはいえ、こちらが圧倒的に不利だ。それはそうだろう。こちらは500隻、あちらは1万隻の艦隊だ。20倍もの相手に、たった10隻とはいえ被害を与えるなど、困難極まりない。
「ワームホール帯に突入します!」
「超空間ドライブ作動! ワープ開始!」
いつものように、ワープ空間に突入する。一瞬、星空が消えて、真っ暗な空間に入る。が、すぐに抜け、再び星空が広がる。
ワープした先には、赤い星が見える。プロキシマ・ケンタウリという、地球から約4.2光年ほどの距離にある赤色矮星。我が地球001からもっとも近い恒星である。
その向こうには、ケンタウルス座α星が見える。眩い青色の星が2つ。このプロキシマ・ケンタウリと合わせて三重連星を構成している。
と、そんな星のことはどうでもいい。この恒星系に入った途端、ここは敵地のようなものだ。
「周囲1千万キロ以内に、艦影なし!」
タナベ中尉からの報告が入る。が、相手は「ニンジャ」と同等の、レーダー波吸収材を装備している可能性が高い。いや、間違いなく「ニンジャ」を使って、この広大な星域のどこかに潜んでいるはずだ。白色矮星域の連盟軍同様、レーダーなどあてにならない。
「現在、反応ありませんわ!」
「駆逐艦0210号艦より入電!周囲に艦影無し!以上です!」
ダニエラと、0210号艦からも続けて報告が入る。とりあえずは、2人の賜物も、何も感知しない。とはいえ、この宙域に潜んでいることは、間違いない。
「とりあえず、グリーゼ411宙域につながるワームホール帯へ向かう。もしかすると、そちらにいる可能性もある。警戒を厳にしつつ、前進する」
「了解! 全艦、グリーゼ411宙域方面に向け、進路を取ります!」
ジラティワット大尉が、各戦隊長に向けて電文を打つ。
我が艦隊はこれまで、あまり陣形というものを意識したことがなかった。300隻がどう進もうが、あまり大差はない。だが今は、数が増えた。
300から500、一個艦隊から見れば些細な増加数だが、元々300隻だった我が艦隊にとっては大幅増強だ。
ゆえに、大きくなった我が艦隊を5つに分けて、場に合わせたフォーメーションを組むことを考えた。進撃中は、最前列には最も好戦的でスピードに定評のあるメルシエ隊を、次いで攻撃型で、ミズキのいるのエルナンデス隊をその後ろに、後方には、慎重派のステアーズ隊を殿とし、いまいち性格のよく分からないカンピオーニ隊、そして我が旗艦のいるワン隊を中央とする。
これら5隊が、5枚のカードを少しづつ横にずらすように並ぶ雁行陣形を組む。敵、この場合は第4艦隊が出てきたら、先行する2隊が攻撃を開始し、その後方の部隊が左右に広がり、横陣形に展開する。もし、挟み撃ちとなれば、魚鱗陣形に転換して、強行突破する。サカエの研修センターで散々やりつくしたシミュレーターと、各戦隊長の性格を加味し、僕はこの陣形を思いつく。
あとは「敵」が現れるのを待つだけ。第8艦隊は、慎重に前進を続ける。
ちょうど、グリーゼ411につながるワームホール帯までの行程を半分過ぎたところで、ダニエラが何かを見つける。
「前方に、複数の塊を感じますわ!」
それを聞いた僕は、すぐに指示を出す。
「全艦、機関停止!」
レーダーには、何も映っていない。ということは、第4艦隊は間違いなく「ニンジャ」を使い、こちらに接近しつつある。あちらは当然、電波封鎖をしているから、こちらが重力子を出さなければ、途端に我々の位置を見失う。
このまま敵、すなわち第4艦隊の陣形を把握して、その弱点を突けば、我々が有利に立てる。そう考えた僕は、指向性レーダーの照射を指示する。
「各戦隊長艦へ、指向性レーダー、照射!」
ところがである。指向性レーダーよりも先に、ミズキからの報告が舞い込んだ。
「駆逐艦0210号艦より入電! 上方向より反応多数!」
なんだと、上方向?そういえば、ダニエラは正面の艦艇しか捉えていない。が、ダニエラの索敵能力から推測するに、距離は100万キロ程度は離れているはずだ。だが、ミズキが捉えたということはすなわち、50万キロ以内ということになる。
悪い予感がする。僕は戦隊長艦に対し、上方向を中心に索敵を指示する。
僕は、各艦から得られた索敵結果を映す陣形図を見て、驚愕する。
ちょうど我が艦隊を、まるで無数の砂粒のように散らばる、3千隻の艦艇が確認される。
10隻ごとに固まった、無数の光の点が頭上より降り注ぐように接近し、まさに我々の艦隊を覆いつくそうとしている。砂漠の只中で舞い上がった砂塵が、まさに我々を包み込もうとしているようだ。ただ、100万キロ彼方にポツンと、一粒だけ戦隊が存在する。あれはおそらく、ダニエラに探知させて、我々を足止めさせるために置かれたおとりだろう。
この瞬間、僕は悟る。すでに我々は、敵にはめられた、と。