#66 代表
翌日。僕は起き出し、スマホを見る。スケジュールが、今日の予定を通知してくれる。それを見た僕は、奥の部屋のクローゼットに向かう。
そして僕は、軍服を取り出す。両肩と右胸の辺りに将官であることを示す、派手な飾緒が付いた軍礼服を着る。と、レティシアが起き出してきた。
「あれ? おめえなんだか、いつもとちょっと服、違わねえか?」
「そりゃそうだ。軍礼服だからな」
「礼服って、なんかあるのか?」
「トヨヤマで、式典が行われる」
「式典って、なんの式典だ?」
「拡大された第8艦隊の再結成式だよ。昨日、話しただろう」
そう、本日付をもって、第8艦隊は500隻体制となる。総勢5万人、50の戦隊からなる、大きくなった我が艦隊。中艦隊1千隻には及ばないが、本来、准将クラスが指揮できる300隻を上回る艦艇数を、僕は預かることとなる。
そしてその500隻の艦隊の結成式が、改めてトヨヤマ港で行われることとなった。集まったのは、司令部の2人と50人の戦隊長。
「敬礼!」
ジラティワット大尉の号令で、結成式が始まる。広めの会議室に集まった50人は、一斉に敬礼する。
「我が第8艦隊は、本日付をもって500隻となる。が、並の500隻ではない。最新鋭の機関に、特殊戦専用兵器を備えた、地球001でも最新鋭の実験艦隊である。220年前に、当時の第3艦隊率いるワン・ハオラン提督が艦隊内に設けた特殊艦隊が、我が第8艦隊の前身とも言える艦隊で、その後の艦隊戦を決定づけ、宇宙全体の戦闘に変革をもたらすこととなり……」
僕は用意した、堅苦しいだけの原稿を読み上げる。これ、最初の結成式の時にも使った原稿を、ちょっと変えただけだな。この中の30人は、既に聞いたことがある内容と思うだろう。
そんな原稿を朗読するだけの形式的な式が終わると、この宇宙港のビルの最上階にある宴会場で、ささやかな立食パーティーが行われる。
その会場には、先ほどの戦隊長が50名に、僕とジラティワット大尉、そしてその戦隊長の家族までを招待する。
なお、0001号艦からは、オオシマ艦長にグエン准尉、そして戦乙女の4人もやってくる。
「ね、ねえ、レティシア、ここって軍人だらけなんだよね」
「そりゃそうだよ、ミズキ」
「どうしようか……私、かまれたり、食べられたりしないよね?」
「なんで、おめえがいちいち食われなきゃいけないんだよ……」
賜物持ちということで、招かれたミズキだが、さっきから何を怯えているんだろうか?それを言ったら、すでに軍人だらけの船に乗ったばかりじゃないか。それに食われるとか……ここは、サファリパークか?
ところで、この艦隊も500隻になった。中艦隊の半分規模となれば、さすがに300隻の時のようにはいかない。そこで僕は、10隻づつの戦隊を10個、計100隻を取りまとめる「代表戦隊長」なるものを選任する。
最初の100隻、0001号艦から0100号艦までは本来、オオシマ艦長がその任に着くべきところ。だが、0001号艦は何かとトラブルが多く、さらに総旗艦としての役割や機能も多い。そこで代わりに、駆逐艦0040号艦艦長、ワン・シューミン大佐を任命している。
0101号艦から0200号艦は、駆逐艦0160号艦のジャン・バディスト・メルシエ大佐、以下、0300号艦までを、あの駆逐艦0210号艦艦長であるエルナンデス大佐、0400号艦までを駆逐艦0350号艦艦長のイニーゴ・カンピオーニ大佐、そして0500号艦までを駆逐艦0430号艦艦長のロバート・ステアーズ大佐にゆだねることとした。
僕の指示は、この5人の戦隊長に伝えられ、それぞれの戦隊長が各々9人の戦隊長、または100隻を直接指揮する。もし、旗艦との通信が途絶した場合は、この戦隊長らが自身の100隻を率いて各個の判断で行動することを可能とした。
これくらいの指揮権を持たせておかないと、とてもこの先に控えた第4艦隊との実戦演習など乗り切れないだろう。僕はこの機会に、それぞれの戦隊長の権限強化を行った。
さて、この中で一番問題となりそうな戦隊長は、0160号艦のメルシエ大佐だ。歳は31歳と、僕とエルナンデス大佐に次いで若い戦隊長だ。もちろん、僕が100隻の代表として任命するだけの実績、人望のある人物には違いないのだが、この人物には一つ、問題がある。
「提督! この度の第8艦隊強化、おめでとうございます!」
「ああ、めでたいかどうかは分からないが、この先は貴官の役割も増すことは確実だ。着実に、任務を果たして欲しい」
「了解です! いやあ、それにしても、あの特殊砲撃が10隻ごととはいえ、搭載されることになるとは……これで、地球001の権威も上がろうというものですな!」
そう、この男、いわゆる「地球001至上論」と呼ばれる思想の持ち主だ。我が地球001こそ、この宇宙のリーダーたるべきだ、というあの思想だ。つまり、第4艦隊総司令官、アントネンコ大将と同じ思想ということになる。
もちろん、だからといっていきなり他の星に威圧的な態度をとっているというわけではない。が、戦闘に対し、いささか積極的すぎるところがある。それが過去の軍功につながっているのだが、この最新兵器を手にして、どう動くか……心配だ。
「おお、ここにいましたか、提督」
と、そこに現れたのは、0430号艦のステアーズ大佐だ。歳は48歳。元々は第3艦隊で戦隊長をしていたが、このほど、我が艦隊に転属となった。
「ああ、ステアーズ大佐、よろしくお願いします。」
「いえ、お任せください。我々もこのような最新鋭艦を預かることとなり、誠に光栄の極み」
などと言いながら、手に持っているパンケーキに嫌というほどのメイプルシロップをぶっかけている。この人物は、きわめて温和な指揮官だと聞いているが、まさかこの甘党であることが影響しているのか?
「おや、皆さんお揃いで」
と、そこに現れたのはワン大佐。0040号艦の艦長であるこの人物も、性格は穏やか。歳は40歳代と、僕以上のベテラン艦長だ。
「ワン大佐、あの、その手に持っているのは?」
「ああ、これは故郷の料理で、シュワンヤンロウという羊肉の鍋ですよ。実に美味いですよ。ほら、あそこで戦乙女の2人が早速、手を付けておりますよ」
と、ワン大佐の指差す方を見ると、そこにはカテリーナとザハラーがいる。羊肉をしゃぶしゃぶのように鍋につけ、それをさっとタレにつけては口に運ぶ。2人とも、食欲が追い付かないのか、まだ赤いところが残ったまま口に運んでいるような気がするが……いや、その前にザハラーよ、お前もう、鶏肉以外でもいけるのか?
「いやいや、皆さんお揃いで」
次々に集結するな、代表戦隊長が。今度は0350号艦のカンピオーニ大佐が現れた。歳は41歳、この増強で新たに加わった艦長の一人だ。
「ああ、カンピオーニ大佐、よろしくお願いします」
「いえ、私もこの新鋭艦隊に加わることができて、光栄ですよ。まるで、コバルトブルーのアドリア海に浮かぶ、真っ白なクルーザーのように美しい駆逐艦を与えられて、感無量と言ったところでございますよ」
真っ白なクルーザー?そんなにきれいな船かなぁ、我が艦隊の駆逐艦は。灰色の、全長が長いだけの武骨な艦艇にしか見えないが。
「まあ、コバルトブルーとは、なんという甘美な響きかと思いきや、あなた様ももしや、イタリアーノ出身で!?」
「さようですよ、御嬢様! 私はアドリア海に面していないトスカーナ州の出身ですが、叔父がプーリア州出身なもので」
「そうなんですね! やはりあの海は、イタリアーノの宝ですわね!」
そういえばマリカ中尉よ、どこから出てきたんだ?お前、ここにいたのか?そういえば、すっかり忘れていたが、こいつは一応、司令部付きだったな。
「おお、そうそうたるメンバーが、お集まりですな。」
「あ、オオシマ艦長殿ではないですか。私は0350号艦艦長、カンピオーニ大佐です」
と、今度はオオシマ艦長の登場だ。なぜだか僕は、この人の顔を見て和む。一番見慣れた顔だからだろうか。そしてそこに、最後の一人が現れる。
「おい、ヤブミ准将! なんだあのさっきの挨拶は!?」
何かと僕に、文句をつけたがるこの人物。ご存知、エルナンデス大佐だ。
「なんだといわれてもな……無難で、荘厳な挨拶だと思うが」
「第8艦隊創設の時の、ほぼそのままじゃないか! そんなところで手を抜いて、敵に勝てると思ってるのか!?」
うるさい奴だな。逆に、そんなところに力を入れたら、敵に勝てるとでもいうのか?理屈に合わないだろう。
「あら、これはこれは戦隊長の皆さま、お揃いですね」
と、そこに現れたのは、ダニエラだ。
「ああ、あなたが皇女様で、神の目をお持ちのダニエラ殿で?」
「元皇女ですわ。それに、神の目を持つのは私だけではありません。エルナンデス大佐のところにも一人おりますし。しかも、地球001出身の。ね、エルナンデス様」
「ああ、そうでしたね、ええと……タケウチ殿!」
「は、はい!」
「何をしている! 戦隊長の皆様が、お揃いだぞ!」
「うわぁ! すぐに行きます! 食べないでください!」
おい、食べるわけないだろう。なんだかこの娘、さっきから緊張しすぎておかしくなっていないか?だからレティシアにサポートを任せたんだが、あいつは一体、どこへ……と、見まわしてみると、会場の端の方で、料理の載ったまま長テーブルを持ち上げている。こいつは、何をこんなところで、怪力魔女自慢をしているんだ。
「アドリア海は、とても美しいですぞ!」
「いやいや、地球001こそが最強!」
「シュワンヤンロンもおいしいですな」
「ならば、メイプルシロップも合いますかな?」
「おい、ヤブミ准将! 聞いてるのか!?」
「食べないでくださぁい!」
しかしだ。僕はこんな個性的な連中を束ねる司令官になってしまったのか?ー。想像以上に個性的、いや、まとまりがなさすぎる。この中では、静かに寿司を食べるオオシマ艦長が、一番まともに見えるな。
代表戦隊長の内、穏健派と言える人物は2人、好戦派は2人、アドリアーノのよく分からないのが1人、か。バランスが良いのか、悪いのか。
なお、向こうではザハラーとカテリーナが、ガラス容器に入った巨大なプリンを見つけて目を爛々と輝かせている。その横には……戦隊長らにまじって、ジラティワット大尉とグエン准尉が話をしている。
そういえば、どうしてグエン准尉が?ああ、そうだ、僕が彼女にここの受付を頼んだんだっけ。ついでに、ザハラーとカテリーナの世話係をお願いしたのだが、なぜかジラティワット大尉と話し込んで、自らの役目を忘れている。
おかげで、制御を失ったザハラーとカテリーナは、その巨大プリンにどでかいスプーンを突っ込んで、直接食べ始めている。
これから、第4艦隊との厳しい訓練を行おうというのに、大丈夫なんだろうか、この艦隊。このままでは、第4艦隊に食われてしまうぞ。ちょうど、ザハラーとカテリーナの手の内に堕ちた、あの巨大プリンのように。