#65 訓練
『油断したな。本来なら今ごろ貴官は、大気圏の表層で、灰塵と化しているところだな』
「はぁ……」
月軌道上で僕は、説教をされる。相手は、第4艦隊総司令官、アントネンコ大将だ。
「ですが大将閣下、訓練は明日以降からだと聞いております。さらに事前の連絡など……」
『ほう、貴官の敵は、攻撃前に事前に日時を決めて、連絡をしてくれるというのかね?』
「いえ、そのようなことは」
『私はコールリッジ大将より、貴艦隊に対して実戦を想定した訓練をせよと告げられている。それをやったまでだ。では』
アントネンコ大将が、モニターの向こうで敬礼する。僕は返礼すると、画面が消える。もちろん、返す言葉などない。完全に僕は、油断していた。考えてみれば、相手はあの第4艦隊だ。
「ヤブミ准将! 直ちに軍令部を通じて、抗議しましょう! よりによって大気圏突入中で、しかも民間の管制を無視させるような危険行為に対し、黙っているわけにはいきません!」
怒り心頭なのは、ジラティワット大尉だ。だが僕は大尉にこう告げる。
「いや、やめておこう。抗議など、通じる相手ではない」
「ですが……」
「つまりこの借りは、訓練で返せということだ」
それを聞いたジラティワット大尉は、僕に敬礼する。そして再び大気圏突入に向けて接近しつつある地球001の方を見る。
悔しい。一言でいえば、悔しい。
だが、それが抗議などで晴らせるものではないことは、僕も承知している。
第4艦隊300隻は、第8艦隊の旗艦、駆逐艦0001号艦が到着するのを、例の「ニンジャ」を使って待っていた。そしてそこに僕の艦はノコノコと現れた。
ロックオンを受けてすぐに離脱するが、シミュレーター上の判定は「撃沈」。つまり、間に合わなかった。
もし第4艦隊が発砲していたら、僕はこの世にはいない。もっとも、その時は僕を撃った第4艦隊の艦艇の艦長、および司令官も、極刑に処されるだろうが。
なんだか、胸糞悪い帰還となった。結局、予定よりも3時間遅れて、トヨヤマに着いた。
「まったくよぉ、何考えてやがる!」
メイエキ行きのバスを待つ間、イキリ散らしているのは、レティシアだ。
「まあ、油断していたのは事実だ」
「んだけどよ、やっていいことと悪いことがあるだろう! 地球近傍でこっちに狙いを定めてくるとか、一つ間違えりゃ、大事故だぞ!」
怒り狂うレティシア。バス停の時刻表のあたりをガンガンと蹴飛ばしている。力を使わなければいいが……だが、こんなところで怒っても仕方がないだろう。ただ、バス停が壊れるだけだ。
と、そこに、エルナンデス大佐がやってくる。そういえば、0210号艦もトヨヤマ港だったな。その艦の乗員と思しき人々が、ぞろぞろとやってくる。
ただでさえ機嫌が悪いレティシアの元に、あの男は来ちゃダメだろう。しかもこいつ、ズカズカと僕のところに足早にやってくる。なんだ?まさか、さっきの第4艦隊の件で、僕に抗議でもしに来たか?
そして、エルナンデス大佐が僕の前に立ち、敬礼してくる。僕も返礼で応える。が、その直後にこの大佐は、思わぬ行動に出る。
「申し訳ありませんでした!」
僕もレティシアも、このエルナンデス大佐の予想外の言葉に一瞬、こちらの言葉を失う。てっきりまた、罵られると思ったのに……いや、罵られたいわけではないのだが、彼らしからぬ行動に、拍子抜けする。
「あの……貴官が、何を謝ることが?」
「あの300隻、実はタケウチ殿が捉えていた。が、私がその報告を一笑に付してしまった……なんたる不覚! 勝てる戦さを、むざむざと捨ててしまった! これは、私の油断が招いた結果だ!」
ああ、そうだったのか。そういえばミズキは、あの艦隊を捉えることが可能だったはずだな。しかし、まさかこんなところで狙われるとは普通、思わないだろう。
「ならば、次の機会でそれを取り返せればいい。今回のことをいくら悔やんでも、取り返せるわけではない。前に進めよ」
僕がこう返すと、この男は急に怒鳴り出す。
「おい! 悔しくないのか! こっちは猛烈に腹が立ってるんだ!指揮官のくせに、腑抜けたか!?」
この暴言に、レティシアの顔が険しくなる。が、僕は彼女を制止し、大佐に応える。
「いや、違うな。別に腹など立てる必要はない。だから、冷静でいられる」
「なんだと!? なぜだ!」
「次以降は、我々が勝利する。今回だけ、勝ちを譲ってやっただけに過ぎない。今の話を聞いて、ますます確信した。つまり、勝者の余裕だよ。何をめくじら立てて怒る必要がある?」
僕のこの言葉が、よほど意外だったのか、この短気な戦隊長は返す言葉を失う。
「次の戦いでは、0210号艦の役割は極めて重要となろう。貴官、およびミズキ殿の奮戦に期待する」
僕はそういうと、エルナンデス大佐に敬礼する。大佐も僕に返礼で応える。ちょうどそこに、バスが来る。それに乗って、メイエキへと向かった。
「はったりが、上手くなりましたわね」
メイエキに着く頃には、すっかり日も暮れてしまった。いつものラーメン店で、僕はズルズルと麺をすすっていると、ダニエラが嬉しそうに僕にそう語る。
「なんのことだ?」
「すぐ近くで聞いておりましたわよ。エルナンデス様とのやり取りを」
「……別にあれは、はったりなどではない。事実を言ったまでだ」
「そうですわね。あれをはったりで終わらせては、なりませんわ」
ダニエラでさえも、あの第4艦隊の行動に相当お怒りのようだ。そりゃそうだろうな。ダニエラの死角から現れ、見事に狙い撃ちされた。あれを油断の一言で片づけられては、ダニエラとて看過できようはずがない。
しかし、だ。同じ艦内にいたもう2人の戦乙女らは、悔しさなどどこ吹く風、肉入りラーメンのチャーシューをぼりぼりと食べては、頬を抑えながらにやけている。まったく、幸せなものだ。
そのカテリーナとザハラーのそれぞれのパートナーであるナイン中尉とドーソン中尉だが、そちらも互いのパートナーの前でラーメンを食べている。ドーソン中尉などは大盛ラーメンに、トッピング全乗せ、おまけにカレーサラダセットだというのに、それでも足りないようで、さらに大盛をもう一杯、追加している。
カテリーナは、相変わらずここのクリームぜんざいがお気に入りのようだ。それを見たザハラーも、恐る恐るクリームぜんざいに手を出す。が、この娘が虜になるまでには、数秒とかからなかった。
で、レティシアもがつがつとクリームぜんざいを食べる。が、よほど今日のことが腹が立ったのだろう。腹が立つと、腹が減るらしい。ソフトクリームを一つ、余分に頼むと、それをクリームぜんざいの上に落として食べるという暴挙に出る。
一見すると、ばらばらの我がポンコツ旗艦所属の戦乙女たち。だが、これが戦いとなると皆、一丸となって戦う。不思議なものだ。
もしかすると、これを狙ってわざと第4艦隊のアントネンコ大将はけしかけたのか?いやぁ、あの大将閣下はそれほど評判の良い人物ではない。特に、第1艦隊総司令官との仲が悪いことで有名だ。その腹心だった僕が、良く思われていないのは確実だ。となれば、敢えて虚を突いてきたのだろう。そう考えるのが妥当だ。
だからこそ、次から負けるわけにはいかない。僕は固く、決意する。