#64 性能
「よし、全艦、前進!」
「了解、両舷前進微速!」
エルナンデス大佐の掛け声と、復唱する航海長の声が響く。その声を受け、駆逐艦0210号艦と僚艦の9隻は前進を開始する。
「訓練予定宙域まで、あと3万キロ。到達まで、あと7分です」
「よし、警戒を怠るな」
で、僕は今、いつもの0001号艦ではなく、このエルナンデス大佐が艦長を務める0210号艦に乗り込んでいる。
理由は、新たに我が第8艦隊に加わった、ミズキの「神の目」のテストのためだ。ダニエラとは違い、真四角な卓上の鏡を抱えて、エルナンデス大佐の横に立つミズキ。
そのミズキが、何かを見つける。
「ぜ、前方に、大きな塊が!」
「レーダー手、どうか!?」
「はっ! 前方に艦影10! 距離38万キロ、友軍です!」
ここは、木星軌道上の宙域。と言っても、木星は見えない。あの大型ガス惑星は、太陽を挟んでほぼ反対側にいる。ここは星が見えるだけの、ただ真っ暗な宙域だ。
その場所には、我々第8艦隊の艦艇が多数、存在する。各々、10隻づつに分かれ、この周辺宙域でランダムに行動している。
先ほどからのテストで分かったことは、ミズキの「性能」は、索敵範囲が50万キロほど。そして手鏡よりも、今持っている卓上鏡の方が相性が良いこと、だ。
そして彼女は、ダニエラにはない、もう一つの特徴を備えていることも分かった。だが、「神の目」そのものにまだ懐疑的なエルナンデス大佐は、それに気づいてはいない。
それをはっきりとさせるテストが、まさに今から行われようとしている。
「下! 下に2つ、います!」
ミズキが叫ぶ。エルナンデス大佐が、レーダー手に確認を求める。
「ロペス少尉!」
「はっ! その方角に、レーダーの感無し!」
「なんだ、タケウチ殿、間違いではないのか!?」
「い、いえ、確かに感じます! 大きな塊が2つ!」
彼女の能力を正確に把握するため、エルナンデス大佐にも言っていないことがある。おそらくは、それが発動した。
「だが、レーダーには何も映ってはいない。つまり、そこには何もいないということだ」
「ですが、先ほどよりも強い反応があります!」
「気のせいではないのか!? だいたい、神の目などというものを、私はだなぁ……」
と、何か言いかけたところで、急にエルナンデス大佐は僕の顔を睨む。僕は、何食わぬ顔で、ただ前方の窓の外を見続ける。
しばらくの間、僕の顔を睨んで何か考えていたエルナンデス大佐だが、レーダー手に向かって叫ぶ。
「ロペス少尉! 指向性レーダー、起動だ!」
「はっ!」
「俯角90度へ回頭! 回頭後、指向性レーダー照射!」
などと叫んだ後に、僕の顔を睨みつけてくるこの軍大学同期の男。僕は気付かぬふりをして、ただ前方を見る。星空が、大きく上方向に動いている。
「レーダーに感! 艦影、およそ20! 距離50万キロ!」
「光学観測! 明灰白色! 友軍です!」
見つけたな。さすがはエルナンデス大佐、実戦派の指揮官といわれるだけのことはある。
「おい、准将!」
と、その指揮官が僕に、突っかかる。
「なんだ?」
「味方が『ニンジャ』を使うなんて話は、聞いてないぞ!」
「これは実戦を想定した訓練でもある。敵もわざわざ『ニンジャ』を使うなどとは言わんだろう。そういうことだ」
「うっ……そういうことか。承知した……」
僕はそう大佐に言うと、臨時の司令官席から立ち上がる。そして、指向性レーダーが示す仮想敵の艦隊の位置をモニターで確認する。
これで、ミズキの能力がはっきりした。索敵可能距離が50万キロと比較的短いが、その代わりに彼女は、進行方向に関わらず全方位から見つけることができる。これは、ダニエラにはない資質だ。
実際に、連盟の「ニンジャ」と同じ仕掛けを施した2つの戦隊の存在を見抜いた。しかも下方向にある戦隊の方向と数を、だ。ダニエラなら、ああはいかない。
「タケウチ殿!」
で、大佐は今度は、ミズキに向かって叫ぶ。
「は、はい!」
「貴殿の言う通りだった。先ほどの発言は、撤回する。以降、私に構わず、感じたままを報告するように」
「しょ、承知しました!」
ただでさえ気難しい雰囲気の男だからな、このエルナンデス大佐という人物は。だが、それにもめげずに、ミズキは自身の感性を貫いた。
そう、僕はそれを一番、確認したかった。もしエルナンデス大佐の恫喝に屈して、自身の意見を引っ込めるようなら、僕はミズキを別の戦隊に異動するつもりだった。が、どうやらこのまま、エルナンデス大佐に任せても良さそうだ。
訓練は終了し、僕は艦橋を出て格納庫に向かう。デネット中尉の機体で、0001号艦に戻るためだ。
「あの、ヤブミ提督!」
その僕を、後ろから呼び止める声がする。
「何か?」
「ええと、あの、私……まだ自信はありませんが、なんとかやっていきます! ありがとうございます!」
「ああ、頼む。エルナンデス艦長に怯むことなく、自身の職務を十分に活かしてほしい」
「はい!」
頭を下げるミズキ、それに僕は、返礼で応える。そして振り返り、僕は格納庫へと足早に向かう。
「で、准将閣下、あのミズキという人、いかがでしたか?」
「ああ、大丈夫だろう」
「そうですか。それはよかった」
旗艦に向かう人型重機の中で、デネット中尉が僕に尋ねる。僕は、短く応えるにとどめた。
「おい! ほんとに、大丈夫なんだろうな!?」
「だから、大丈夫だって!」
「だってよ、あのいけすかねえ野郎が、ミズキの上官なんだぞ!? カズキに敵意剥き出しの、あの男なんだぞ!? 本当に任せちまっていいのかよ!」
が、旗艦に戻り、自室に着いた僕は、今度はレティシアに問い詰められっぱなしだ。実際にあのエルナンデス大佐と会ったことがあるレティシアだから、余計に心配なのは分かる。僕だって、同じだ。だからこそ、あのテストに立ち会った。
「エルナンデス大佐も、僕以外の人にはあそこまで感情剥き出しではないようだし、実際にテストでのミズキへの接し方も、さほど問題はなかった。ミズキ自身も、萎縮した様子もない。大丈夫だ」
「そ、そうなのかなぁ……」
「それよりもだ」
「なんだ?」
「今は、目の前にいるご婦人の方が気になって……」
「おい、ちょっと待て! 後ろは……ぎゃあ!」
油断したな。僕は久しぶりに、レティシアの背後に回り、ハグを仕掛ける。悲鳴をあげるレティシア。うーん、いい顔だ。
で、レティシアの張り手を数発受け、赤くなった頬を抱えたまま、僕は艦橋へと向かう。
「まったく、底抜けに馬鹿なんですかねぇ、うちの司令官は」
エレベーター内で、バケツを抱えたグエン准尉が、その司令官に向かって、遠慮なく言いたいことを言う。
「で、どうだったんですか、あのミズキさんのテストは?」
「ああ、良好だった。正直、期待以上だ。エルナンデス大佐の態度に屈するかと心配だったが、それも大丈夫だろう」
「そうですか。まあ、この司令官以上に不安な指揮官は、そうそういないでしょうからね」
そういうと、途中の階でエレベーターを降りるグエン准尉。その後ろ姿を見守りながら、僕はエレベーターのドアを閉める。
艦橋に入ると、艦長が出迎える。相変わらず、僕の頬を見ては険しい顔をするオオシマ艦長。
窓の外には、青くて丸い地球が見える。すでに月軌道を過ぎて、50隻の僚艦と共に大気圏突入に向け減速中だ。やがて、いつものようにポートモレスビー管制から指示が来る。
「ポートモレスビー管制より入電! 大気圏突入許可、了承! オーストラリア、ブリスベン東200キロに向けて、圏内突入されたし! 以上です!」
「了解、これより大気圏突入シーケンスに入る。バリアシステム作動! 突入角度80度!」
いつもの回りくどい管制が始まった。徐々に高度を下げる、我が艦隊の艦艇50隻。
だがその時、異変が起こる。
「センサーに反応! 後方、約45万キロからレーザー照射!」
いきなり、レーザーの照射を受ける。僕は確認する。
「なんだ? その位置に、艦艇は!」
「レーダーに感! 艦影多数、およそ300!」
「なんだと!? まさか……連盟艦隊か!?」
謎の艦隊からのレーザーの照射、つまりこれは、ロックオンだ。我々に向けてロックオンするということは、つまり敵である可能性が高い。
「大気圏突入中止! 機関全速、全力即時退避!」
突然起きた緊迫状況に、50隻の艦艇が振り回される。まさかとは思うが、地球001に敵の艦隊が侵入?しかも300隻も?思考が混乱する中、僕は全力回避を命じる。




