#63 顕現
「おいダニエラ! 賜物などと、一体何を根拠に、そんなことが言える!?」
「私が神の目を使う時にも、彼女と同じ感触があるんです、ヤブミ様」
「はぁ!? だが待て、ダニエラよ。まさか彼女が、『神の目』でも持っているのではないかと、そう言いたいのか!?」
「そうですわ」
「いや、しかし……彼女は地球001の人間だぞ!?」
「賜物に、星は関係ありませんわ」
いや、その理屈はおかしい。我が地球001は、高度に科学技術が発達した星だ。そんな星の上で、賜物を、しかもダニエラと同じ「神の目」を持つ者が存在するならば、とっくの昔に認知されていなければならない。
が、そんな話はない。聞いたことがない。いや、まったくないわけではないのだが、それは非科学的なもの、なんらかのトリックがある場合が多く、否定されている。逆に言えば、我々の科学的検証に耐えられる超常現象が、この星の上では認められなかった、というべきか。
「……待てよ? ダニエラ、お前が神の目を使う時は、鏡を使うよな」
「ええ、そうですわ」
「同じく、サマンタもオリーブオイルを浸した石板を使う。第1艦隊にいる神の目を持つ3人は、水を張った桶や皿を使うと聞く。だが、ミズキさんは鏡などを使っているわけではない。神の目と呼ぶには、あまりにも違い過ぎではないか?」
「ヤブミ様、それはおそらくまだ、自身の力に完全に目覚めてはいないからではないからです」
「目覚めてない? どういうことだ」
「言葉通りですわ。賜物というものは誰にでもあり、それに気づいた者だけが顕現できるものなのです」
ダニエラの持論である、いつもの賜物皆持論だ。そんなわけがないと僕は思っているが、ダニエラは譲らない。
「ミズキさんのように、そこまで気づいておられる方であれば、後は一押しですわね。それじゃあ、その一押しをやってみましょうか」
「えっ!? な、何をするのですか!?」
「怖がらなくてもよろしいですよ。じゃあ、これ持って下さい」
そう言ってダニエラが手渡したのは、いつも艦内で使っている、あの手鏡だった。
「これは……」
「鏡です」
「いえ、それは分かります。でも、これで何を……」
「よーく、ご覧下さい。鏡面の奥に、視点を集中させる感じ……何か、感じませんか?」
「鏡の奥に……ええと、特に何も……」
「集中するのです。そう、まるで岩のような、重くて硬い何かが、ゆっくりとのしかかるような、そんな感じが、鏡の奥から感じるはずです」
「は、はい……」
「そろそろ何か、見えてきませんか?」
のせられたミズキさん、その鏡を凝視する。じーっと険しい顔で鏡面を睨む彼女は突然、何かを叫ぶ。
「い、います! 見えます! ええと、私の右側にたくさん……全部で……17個のゴツゴツとした塊のようなものが!」
何かを感じたらしい。僕はすかさず、スマホを取り出してアプリを起動する。それは、上空にいる大型、中型クラスのバスの位置を表示するアプリだ。
僕はそれを見て、驚愕する。ここから見て、ちょうどミズキさんの右方向、メイエキ・ターミナルを発進するバスが表示されている。その数、全部で……17。
「どうです、ヤブミ様?」
何やら勝ち誇ったような顔で、僕を見つめるダニエラ。僕は黙って、うなずく。
「すげえ! おい、ミズキ! おめえ、どうやら『神の目』ってやつを持ってるらしいぞ!」
「えっ? な、なんですか、その気持ち悪い目は!?」
いきなり神の目などと言われても、困るだろう。だが、確かに僕も今、実感した。間違いなく、ミズキさんは持っている。ダニエラと同じ、神の目を。
「いかがですか? これで、私の持論がまた一つ、正しいことをお示しになる証拠が得られましたわ」
「いや、そこまでは……だがこの力、我々にとって、無視できないものだ。どうしようか……」
僕はミズキさんをじーっと見る。いきなり見つめられて、戸惑うミズキさん。
「おいカズキ! あんまりミズキばっかり見るんじゃねえ! 嫌がってるだろう!」
とうとう、レティシアからも怒られてしまう。ミズキさん云々というより、レティシアの嫉妬の方が大きいようだが。
「……ダニエラに、レティシアよ、この事実、軍としては、看過できない事態だぞ」
「ええ〜っ!? わ、私、何かやっちゃいました!?」
「いや、やらかしたというより、とんでもない発見だ。まさか地球001の出身者で『神の目』を持つものが現れるなんて……ミズキさん!」
「は、はい!」
「休み明けに、僕はあなたのことを、軍司令部に報告するつもりだ。その上でどうするか、あなたには決めていただきたい」
「ど、どうするとは……? まさか、食べられちゃうんですか!?」
「食べるわけないだろう。おそらくは、軍に入ってもらうことになる」
「えっ!? ぐ、軍にですかぁ!?」
いきなり受けたスカウトに、戸惑うミズキさん。そこにレティシアが反論する。
「おい待て、カズキ! そりゃあちょっと、無茶苦茶じゃねえか!?」
「だが、レティシアよ。ダニエラやサマンタの神の目が、どれだけの将兵の命を守ってきたかを思えば、当然だろう」
「だけどよ、その前にミズキの気持ちだろ! 本人が納得もしてねえっていうのに、いきなり軍に誘うやつがあるか!」
賑やかなカフェが、レティシアの大声で一気に緊迫する。この場に似つかわしくない怒声に、周囲の客だけでなく、アーケードを歩く人々まで振り向く。
が、この一言が、流れを変える。
「私、行きます!」
ミズキさんが、そう叫ぶ。レティシアが問う。
「お、おい、ミズキよ。お前、行くって……」
「もちろん、軍にだよ。だって今、たくさんの人の命が救われたって……」
「そりゃそうだが、だけどおめえ、軍というところはだなぁ……」
「でも私、誰かの役に立ちたいの! 今のままじゃ、いてもいなくても変わらないところじゃない!」
やはりというか、ビルの管理人という仕事にはやりがいを感じているわけではなかったのか。目覚めてしまった、自身の超常的な力。それを活かしたいと考えるのは、当然のことだ。
「カズキさん、あ、いや、ヤブミ閣下、お願いします!」
というわけで、本人からあっさりと承諾されてしまった。
で、休み明けの研修センター。僕の前には、あのお方がいる。
「元気そうじゃないか」
「は、はぁ……」
にこやかな顔でそう語るのはご存知、第1艦隊司令官、コールリッジ大将だ。
「まさか、こっちで賜物持ちを探し出すとは、まったく予想もしていなかったよ。そんな心の余裕があろうとは、貴官への訓練は少し、甘過ぎたのかな?」
「い、いえ、甘過ぎるなどとは……」
「はっはっはっ、冗談だよ、冗談」
まるで余裕のない毎日を過ごしているというのに、この大将閣下ときたら……それはともかく、僕は大将閣下に、ミズキさんを紹介する。
「ほほう、彼女がその、賜物持ちか」
「はい、閣下。彼女の名は、タケウチ・ミズキ。レティシアとは高校時代の同期で、このビルで管理人をしています」
「は、初めまして! あの、管理人のタケウチと申します!」
賜物がなければ、1万隻を指揮する大将閣下と、一介のビルの管理人が顔を合わせるなど、起こり得るわけがない。まさに、月とスッポンほどの両者が今、ここで対面している。
「ところで大将閣下、ミズキさんですが、まだ地上でしかその能力を試しておりません。一度、宇宙での検証が必要かと」
「そうだな。能力が分からんでは、実戦投入など不可能だ」
まるで兵器のような扱いに、ミズキさんは一瞬、戸惑いの表情を見せる。だが、コールリッジ大将はこう続ける。
「そういえばヤブミ准将、貴官の妹が見つけてきたあの3人だが……」
「あの神の目を持つ3人ですか?」
「そうだ、オニワバン・スリーのあの3人だ」
大将閣下まで、あの呼び名を使っているのか。恥ずかしいなぁ。
「うちの艦隊で、元気にやっとるよ。一人は旗艦ノースカロライナで、他の2人もそれぞれ、中艦隊旗艦にて索敵に努めとるな」
「そうですか……ですが、戦艦と言えば後方に控えていることが多いですが、それで前線の索敵が可能なのですか?」
「それがだな、索敵範囲は60万キロそこそこなんだが、ダニエラ君にはない特性があってな」
「はぁ、それは一体、どのような?」
「全方位が見えるんだよ。3人とも。それゆえに、見逃しがない」
「えっ!? 全方位!?」
「そうだ。おかげで敷設した10基のレーダー基地との組み合わせで、敵の『ニンジャ』も効果がなくなりつつある。焦っとるだろうよ、敵も」
「そうなのですか……」
「とはいえ、あの白色矮星域は広い。たった3人では足らないのも事実だ。それに、徐々にではあるが、連盟軍の動きも活発さを取り戻しつつある。奴らも案外、しつこい」
「はい、第8艦隊もなるべく早く、復帰できるようにしたいものです」
「で、あるな。それゆえに少し早く、貴官の研修を急ぎ進める必要がある」
コールリッジ大将がまた、不穏なことを言い出す。僕は尋ねる。
「あの……今でも十分、急いでいるのですが……」
「あんな生ぬるいやり方では、艦隊運用の技能など育たんよ。だから、第8艦隊には来週から、宇宙に出てもらう」
「宇宙に……ですか?」
「要するに、実戦訓練だ。シミュレーターなどでは経験できない訓練となろう」
「はぁ……ですが、広い宇宙空間で、どのような訓練をするのですか?」
「仮想敵との、模擬戦闘だよ」
「仮想敵? まさか、第1艦隊が……」
「第1艦隊は無理だな。白色矮星域での防衛任務がある。だから、仮想敵役は別の艦隊に頼んだよ」
「あの、まさか……」
「そうだ。今、この宙域の防衛任務に就いている、第4艦隊だ」
僕は一瞬、めまいがする。第4艦隊と言えば、あのタカ派で有名なアントネンコ大将麾下の艦隊。そんな艦隊を相手に、戦闘訓練をやれと?
「もちろん模擬戦闘だから、砲撃を行うわけにはいかない。あくまでも、シミュレーション上の模擬砲撃のみ。となれば、シミュレーションにはない特殊砲撃は不可能。あくまでも、通常の艦隊運用だけでこの艦隊と対峙せねばならない」
「は、はい、承知しました」
「大丈夫だ。第8艦隊500隻で、どうにか達成可能な目標を設定することにしてある。心配するな」
コールリッジ大将は僕にそう告げると、立ち上がる。
「さて、私はそろそろ戻らなければな。いつまでも、白色矮星域を離れているわけにはいかないからな。」
「はい、閣下。ご武運を」
「それはこっちのセリフだ。あの第4艦隊の鼻を明かしてやれ」
「はっ!」
「そうそう、ミズキ君のことだが……」
大将閣下は立ち上がりざまに、ミズキさんの方を向く。
「あ、あの、なんでしょう?」
「貴殿を第8艦隊に加える。が、時間がない。軍人としての訓練をしている余裕がない。ゆえに、今のビル管理会社の籍のまま、派遣として第8艦隊に加わってもらう」
「は、はい!」
「すでにレティシア君という前例があるだろう。民間籍のまま、乗艦してもらう。とはいえ、旗艦にはすでにダニエラ君がいるからな……そうだ」
と、今度は僕の方を向くコールリッジ大将。
「何でしょう?」
「第8艦隊に、貴官と軍大学で同期だった戦隊長がいたはずだな。」
「はい、エルナンデス大佐のことでしょうか?」
「そうだ、その戦隊長の駆逐艦に、ミズキ君を任せよう」
「は?」
唐突に、妙なことを言い出す大将閣下。
「あの……なぜエルナンデス大佐なのですか?」
「貴官へのライバル心をむき出しにしていると聞いているぞ。ならば、先を争うように敵を見つけ始めるのではないか?」
「いや、そうかもしれませんが……それではミズキ殿が、不憫では?」
「そうか? 相乗効果で、いい成果を出すと思うぞ」
無茶苦茶なことを言い出す司令官だな。相変わらず、無茶な人選をする。そもそもそのライバル心むき出しの同期の男を第8艦隊に加えたのだって、コールリッジ大将の仕業だろう。
だが、一見すると気弱そうなミズキさんを、よりによってあのエルナンデス大佐に預けてよいものか?あの勢いで、つぶされてしまうのではないか?
が、第1艦隊司令官の意向にも逆らえず、僕は大将閣下に敬礼し、その意を受け入れることを示す。ミズキさんも、見よう見まねで敬礼する。返礼で応える、コールリッジ大将。そして大将閣下は、研修センターの応接室を出る。
その4日後には、拡充された第8艦隊500隻、およびミズキさんは、宇宙へと出た。