#62 邂逅
で、再び激務の一週間が始まる。午前の座学、午後のシミュレーター訓練と、そのカリキュラムはいつも通りだが、どういうわけかそこに、グエン准尉が加わる。
「はい、それじゃシミュレーターをリセットします。んで、次はシーン173ですよ。10分待ってください」
なぜかグエン准尉がシミュレーターの設定役となる。別にこれは、主計科の仕事ではないだろう。だが、そんなグエン准尉の姿を間近で見て、気が気でないのはジラティワット大尉だ。
「……あの、大尉。なにか?」
「ああ、いや、准尉は大変そうだな、と」
「いつものポンコツ旗艦の方が、遥かに激務です。それに比べたら、1時間に一度しか出番のないシミュレーター設定なんて、退屈極まりないですよ」
せっかく気になる相手との話す機会を得られたというのに、実にそっけない会話だな。大丈夫か、ジラティワット大尉よ。
だが、男女の関係に司令官がしゃしゃり出るわけにはいかない。不器用な大尉、無頓着な准尉。この2人が何らかの接点を得られる機会など、訪れるのだろうか?
そんな無味乾燥な男女のやり取りなどに、心砕いている場合ではない。土日となれば、僕はレティシアと、そして戦乙女らは、それぞれのパートナーと共に、このオオスの街に繰り出す。
で、ここはその商店街にあるとあるカフェ。この間、散々出入りした喫茶店ではない。さすがにあそこはもう、入りづらい。
オープンな雰囲気の店で、とても静かな場所とは言いがたいところだが、別に今日は静けさを求めるような理由もない。丸テーブルの席に腰掛け、僕とレティシアが、並んで座る。
そしてなぜかその向かい側に、ダニエラがいる。
「へぇ、ガッコウというものがあるのですか。で、そのガッコウとは、何をするところなのです?」
「そりゃおめえ、決まってるだろう。15、6歳の男女が、同じ建物で、高等な学問を学ぶんだよ」
「そうなのですか、この星では、平民でもそのような場所が与えられているのですね」
平民か……って、ダニエラよ、ちょっと馬鹿にしていないか。そりゃあ、ダニエラのいたような古代文明に毛が生えた程度の星とは違う。こっちは、数千年は先を行く文明だ。皇族しか教育の機会のない野蛮な星とは違うんだよ。なぜか僕は心の中で、この元皇族の一言に張り合ってしまう。
「でよ、その時のダチが、この近くで働いててよ」
「はぁ、そうなのですか?」
「で、それが驚いたことによ、カズキのいるあのビルん中だっていうんだよ」
「それはそれは。で、その方はそこで、何をしているのです?」
「ああ、ビルの管理人だって言ってたぞ」
レティシアはダニエラに、ミズキさんの話をしているようだ。なぜ、そんな話になったのかは不明だが、それよりもだ。どうしてダニエラとレティシアが一緒なんだ、と。
「おい、ダニエラ」
「なんです、ヤブミ様?」
「タナベ中尉はどうした? また、喧嘩したんじゃないだろうな」
「今日、タナベ様は一人でお買い物に行きたいと申しておりまして、それで私、ここにきたのでございますよ」
「一人って……いいのか?」
「常に一緒という方が、おかしくはありませんか?」
ダニエラに返されてしまった。いや、僕とレティシアは、どちらかというとそのいつも一緒派なのだが……伴侶との距離感というものは、それぞれということか。
一方で、カテリーナとナイン中尉は、いつも一緒だな。カテリーナ自体が、誰かと一緒でないと気が済まないようだしな。ザハラーは……どうだろうか?
「ところで、レティシアさん。先ほどの友人という方に、私、お会いしてみたいですわね」
「えっ? ダニエラがか?」
「ええ。私、駆逐艦に乗っている方以外のこの星の方々を知りませんから」
突然、ダニエラはミズキさんに会ってみたいと言い出した。
「いいけど、そんなに面白いやつじゃねえぜ。いいのか?」
「構いませんわ。様々な人と会うこと、これが私の信条ですから」
奔放というか、好奇心旺盛というか、ダニエラという人物は、とにかく深い。
で、レティシアが早速、電話をかける。と、そのミズキさんはすぐに現れる。こう言ってはなんだが、よほど暇だったのだろう。
「お……お待たせ……」
なぜか大急ぎでやってきたミズキさん。ゼーゼーと息を切らせてる。何をそんなに慌てる必要があるんだろうか。もしかすると、いざというときに駆けつけなければならないビルの管理人であることが、影響しているのだろうか?
「おう、早かったな」
「だ、だって、皇族の方がお呼びだっていうから……」
どういう呼び出し方をしているんだ、レティシアよ。そりゃあ慌てるだろう。
「ああ、大丈夫だ。こいつは『元』皇族だから、遠慮はいらねえよ」
「ええ、そうですわ」
僕のフォローに、にこやかな表情で合わせるダニエラ。だが、ダニエラの眉間に若干のシワが見られるのは、多分、気のせいだろう。
「あ、ヤブミ准将ではありませんか。どうしてこのようなところに?」
「いや、だって、レティシアは僕の妻だし」
確か、前回会った時に、そういう話をしたはずだが……僕がこの場にいることが、そんなに意外か?
「まあ、細けえこたぁいいんだよ。んで、このダニエラが、お前に会ってみてえと言うんで、呼んだってわけだ」
「ええ〜っ! わ、私なんかに会いたいだなんて……」
「レティシアさんのお仲間だというだけで、会う価値は十分にございますわよ」
と、この元皇族から随分と持ち上げられてしまったビルの管理人。金髪のダニエラを前に、緊張を隠せない。
「ところでミズキさん、ビルの管理人をされているとか」
「は、はい、そうです」
「具体的には、どのようなことをされているのです?」
「ええとですね、実はあまり、することがなくて……たまにブレーカーが飛んで呼び出されたり、水漏れが起こって対応したりと……」
「まあ、随分と地味なお仕事なんですね」
そりゃあ、派手なビルの管理人なんて、聞いたことがないからな。しかも、普通なら人工知能とロボットが大方やってしまうような仕事だ。人が手がけていること自体、珍しい。
「だけどよ、こいつ、こういう仕事に向いていると思って、この業界に足を踏み入れたんだぜ」
「へぇ、そうなんですか?」
「ああ、こいつ、どういうわけか、エレベーターが読めるんだよ」
妙なことを言い出すレティシア。何だその、エレベーターが読めるって。どういう意味だ。
「どういうことですの?」
「なんていうかなぁ。ほら、戦艦の街に行く時に、大きなエレベーターがいくつも並んでるじゃねえか。あれのどれが早く来るかが、こいつには分かるんだよ」
「ですが、エレベーターというものは、次に来るエレベーターをランプで知らせてくれるではありませんか?」
「いや、あれは時々、外れることがあるだろう? だけどミズキは、絶対に外さねえんだよ」
「え、ええ、そうなんです。私、なんていうか、エレベーターの動きが分かるんです」
確かに面白い話だ。が、それでビルの管理人を目指すというのは、ちょっと無理矢理過ぎる気がするな。単に、勘がいいだけというのに過ぎないだろう。
が、なぜかこの話で、ダニエラの心に、火が灯る。
「ミズキさん! ちょっとお聞きしてもいいです!?」
「は、はい!」
「その時、なんていうか、肌のあたりに何かゾワって感触を、感じたりはしませんか!?」
「はい、確かに。微かですが、なんとも言えない感覚が、脳や肌に伝わってくる感じでして……」
奇妙なことを聞くものだ。そんなこと聞いて、どうするんだ?
だが、ダニエラは少し考えながらも、持っていたコーヒーをひと口飲んだ後に、とんでもないことを言い出す。
「間違いないです、これは、賜物ですわ」
唐突に、しかもあまりにも予想外の一言が、ダニエラから飛び出した。