#60 相談
どういうわけか、僕とレティシア、そしてエルナンデス大佐の3人は、オオスのとある喫茶店にいる。
目の前には、ブレンドコーヒーに小倉トーストが2セット。一方、大佐の前には、ウインナーコーヒーにハムサンド。それらが、少し薄暗いこの店の中、重厚な木製のテーブルの上に置かれている。
相談があるからとエルナンデス大佐に言われてここに来たが、その大佐は一向に口を開こうとしない。ウインナーコーヒーの入ったカップを持ち上げて、それを一口飲む。口元には、生クリームが少し、まとわりつく。
我が第8艦隊の駆逐艦0210号艦艦長にして、第21戦隊長を努めるエルナンデス大佐は、艦長の中では唯一、僕と同い年の人物。僕をライバル視しているとの噂もよく耳にする。そんな彼と僕がなぜ、こんなところでコーヒーカップを挟んで睨み合わなきゃいけないのか。しかも、レティシアのいる前で、だ。
そろそろ、一言発してやろうかと思った時、大佐が口を開く。
「ヤブミ准将! ひとつ、お聞きしたい!」
それはさっきも言っていた。その先が、僕は聞きたい。もっともそれが、答えられるものかどうかは分からないが。
が、僕をライバル視するこの軍人は、また黙り込んでしまった。再びウインナーコーヒーを口に運ぶと、先ほどより多めの生クリームを口の周りにつけてこちらを凝視する。
「おい、話があるんじゃねえのか!?」
とうとう、レティシアが痺れを切らした。そりゃそうだな。夫婦水入らずの休日に、なんの前触れもなく、楔を打ち込んできやがった。レティシアがイラつくのも、当然だ。
そんなレティシアに押されて、再び口を開くエルナンデス大佐。
「……いや、ここは准将より、レティシア殿にお聞きする方が良いかな」
妙なことを言い出すやつだな。てっきり軍務に関することだと思っていたが、レティシアを指名するあたり、どうも違うようだ。
「レティシア殿は、ヤブミ准将の、どのあたりに魅力を感じられたのであるか!?」
僕は思わず、ブレンドコーヒーを吐き出しそうになる。いきなり不可解な質問を受けるレティシアも、手に持っていた小倉トーストをボトッと落とす。
「……は?」
「貴殿らは、夫婦であろう! ということは、この准将の何かに魅了され、夫婦に至ったものと推測される! そのあたりの話を、小官に分かりやすく教えていただきたい!」
レティシアの顔が真っ赤だ。そりゃそうだろう。いきなり僕の魅力を語れとか、親しい友人であればともかく、今日初めて顔を合わせたばかりのこの戦隊長相手に、そんな気恥ずかしいこと、話せるわけがない。
「おい、そういうデリケートな話はだなぁ……」
「知っての通り、小官とヤブミ准将は同期で、同じ軍大学で学んだ軍人同士。だが、こいつには伴侶がおり、自分にはいない。その差がどこにあるのか、見極めたいのだ」
露骨なまでに、ライバル心むき出しなことを言い出すやつだな。とうとう自身の上官に向かって「こいつ」呼ばわりだ。その口調からは、つまり僕がレティシアと一緒にいることが気に入らないと、そう言いたいのか?
「……無欲」
「は? なんと……」
「カズキのいいところだよ! こいつ、こう見えてプライドがなくて、ガツガツしてねえんだよ! 俺はそういうところが、気に入ったんだ!」
そういえば、レティシアが僕のどういうところに魅力を感じているなど、聞いたことがなかった。なかばこの男に対する当て付けの意味もあるんだろうが、その魅力の理由を「無欲」だと表した。
「そうか……プライドがない、か……」
なんていうか、仮にも自分の麾下にある戦隊長から「プライドがない」などと言われるのは、あまり気持ちの良いものではないな。僕がプライドがないというならば、こいつはデリカシーがない。
「いや、さすがはレティシア殿だ。実に的確な言葉で、ヤブミ准将という男を見ていらっしゃる」
「お、おう……」
これを聞いた瞬間、こいつに僕のホットなブレンドコーヒーをぶっかけてやりたくなる。が、それはさすがに勿体無い。
「……で、貴官はそんなことを尋ねて、どうするつもりなんだ?」
「決まっている。小官も伴侶を得て、貴様に並ぶ! それが目的だ!」
ああ、やっぱり、さらに露骨にライバル視されちゃったよ。やだなぁ、こういうの。
「だいたい、貴様は艦隊指揮官でありながら、旗艦の強力な武装に頼りすぎだ! 300隻の艦隊なんだぞ! 第8艦隊の戦隊長30人が、どんな思いをしているか、少しは考えろ!」
「う……考えてはいるが、これまでの戦況では、ああせざるを得ない事情もだな……」
なぜここで急に艦隊の話に変わったのかは不明だが、おそらく、抱えていた不満が急に噴き出したのだろう。もう上官という遠慮などなくなった、この軍大学同期の佐官に、押されるだけの僕。
「おい!」
と、そこで声をあげたのは、レティシアだ。
「な、なんだ!」
「旗艦に頼りきりだと、簡単にいうがな。あのポンコツ旗艦で俺は、命張ってるんだ。その300隻を守るために、どんだけ苦労してるか、そういうおめえは分かってんのか!」
「う……」
「おめえだって、10隻の指揮を任された、いっぱしの指揮官なんだろうが! その10隻でこんだけのことやれたんだって、胸張って言えるもんはあるのか!?」
静かなこの喫茶店に、レティシアの怒声が響き渡る。
「……た、確かに、そういうものはない。レティシア殿の仰る通りだ。ならばこの先、実戦にてそれを示す!」
そういうとこの士官は、残りのウインナーコーヒーを飲み干すと、ハムサンドを咥えたまま、店からそそくさと出て行く。
後には、僕とレティシア、そして、やつの飲食代も合算された請求書だけが残された。
再び、オオス商店街に戻る。だが、レティシアのやつ、さっきのあの男のことがよほど気に入らなかったようで、どこで買ってきたのか、三色団子をくわえながら、ブツブツと文句を言っている。
「まったく、散々文句を言いやがって、挙げ句の果てに、あいつのコーヒー代まで払っちまったぜ、ったく……」
にしてもレティシアよ、お前、さっきからよく食うな。まるで、カテリーナのようだぞ。
「まったく……私はなぜ、あのような男と……」
と、商店街の真ん中を、何やらブツブツと呟きながら歩く人物とすれ違う。
僕は、ハッとする。そして僕は叫ぶ。
「ダニエラ!?」
振り返るその人物。やはり、ダニエラだった。
だが、待て。こいつ確か、タナベ中尉と共にハカタに行ったんじゃなかったか?
オオスに現れた、やや地味な私服姿のダニエラ。その不機嫌な表情からは、何か不穏なものを予感させる。




