#59 研修
「……この状況下で、敵は急速に接近! この場合、どう対処すべきか、ヤブミ准将!」
「はっ! 後退しつつ、砲撃を続行すべきかと!」
「60点だ! それでは敵の侵入を許してしまう! この場合は……」
ナゴヤに着き、レティシアの両親と対面したあの翌日から、僕はサカエにある軍の研修センターでの再教育を受けている。元々は3か月のカリキュラムを、わずかひと月で詰め込もうというこの研修、おかげで僕は、朝早くから夜遅くまでみっちりしごかれる。
午前中は座学、午後からはシミュレーター訓練。ひたすら艦隊運用の基礎を叩き込まれる日々。なお、このシミュレーター上には、特殊砲撃もなければ、ダニエラやカテリーナもいない。その代わり「ニンジャ」な敵もいないのは、幸いではあるが。
そんな研修が終わる頃にはもうすっかり日も暮れて、居酒屋ぐらいしか空いていない時間にようやく帰路につく。3月の中旬、春を迎えたとはいえ、夜はまだ冷える。軍服姿のまま僕は、家路につく。
地下鉄で2駅乗り、カミマエズに着く。そこから徒歩5分ほどのところにある宿舎に到着する。
「おう、お帰り!」
「はぁ、ただいま……」
「なんでぇ、辛気臭え顔して。また絞られたのか?」
「そうだよ。決まってるだろう」
「なんでぇ、それくらいで落ち込みやがって。そんなもん、飯食って風呂入って、やることやりゃあ忘れしまうぜ。で、カズキ、どうするよ? 飯か? 風呂か? それとも……俺か!?」
こいつ、夜遅いっていうのに、元気が有り余っているようだな。レティシアの、この雑な誘いをかわしつつ、僕は遅い夕食を摂る。
夕食を食べつつも、僕は今日の昼間の研修を振り返る。ちなみに研修センターには僕以外に、我が第8艦隊の戦隊長30人も参加している。実はこの中で、僕が最も若く、軍務経験が乏しい。いずれも30から40代で、艦長としての経験も豊富だ。
いや……そういえば一人だけ、僕と同い年の戦隊長がいる。アルセニオ・エルナンデス大佐。駆逐艦0210号艦艦長で、0201〜0210号艦の10隻を束ねる戦隊長でもある。
戦術においては、僕などとは比較にならないほど優秀な人物で、軍大学時代のシミュレーション戦闘では常にトップの成績。その後、第7艦隊にて複数の戦闘に参加し、その軍績をもって、僕と同い年で大佐まで上り詰めた、まさに実戦型のエリートだ。
が、そんなやつの前に、立ちはだかった人物がいる。つまり、僕のことだ。
同期生トップ昇進を目指していたら、自分を追い越していきなり准将にまで上り詰めたやつがいる。しかも、その男の配下にされてしまった……この事実は、彼のプライドを相当傷つけたらしい。風の噂で、そんな彼の愚痴をこぼしていると聞いたことがある。
「へぇ、同期生ねぇ」
「そうなんだよ」
「そいつ、第8艦隊にはずっと以前からいるのか?」
「そりゃそうだ。この艦隊が結成された時から、やつは戦隊長として活躍してきた」
「そうなのかよ。でもまあ、活躍っていってもよ、この艦隊、ほとんどカテリーナのやつが挙げた戦果の方が多いもんな」
「いや……それが問題だから、この通り、再教育を受けさせられているってわけだ」
「なんだかんだと、苦労してるんだなぁ、カズキも」
などと他人事のように言いながら、僕の顔をニヤニヤしながら見つめるレティシア。食事をしている僕を見るのが、そんなに面白いか。が、考えてみればこれまで、異星かホテルか駆逐艦内の生活ばかりで、故郷での生活なんて、ほとんど味わったことがなかった。それが今、馴染みの地で、ようやく新婚生活のような雰囲気での暮らしが得られた。レティシアとしては、そんなたわいもない生活が嬉しいのだろうな。
「そういやあ、俺も同期ってやつと会ってきたぞ」
「そうなのか? でも、同期って……」
「高校時代のダチだよ。ミズキって言うんだけど、そいつ、この近くで働いているってメールで送ってきてたから、会いに行ったんだよ」
「会いにって、まさか、職場に行ったのか?」
「そうだけどよ。まあ、ビルの管理人だから、別に忙しいってわけじゃないみてえだったな」
なんだと、ビルの管理人なんて仕事が、今どきあるのか?もうほとんどのビルでは管理が自動化されていて、どうしても機械の手に負えない案件は、近くの管理会社から作業士が派遣されるというのが普通だろう。本当にビルの管理人なんて仕事があるのか?
「……それが本当だとすれば、相当暇なんじゃないのか?」
「いやあ、そうでもないらしいぜ。時折、呼び出されるといってたぞ」
「時折ってことは、やっぱり暇なんじゃないのか?」
「うーん、そうなのか? ま、俺にはよく分からねえや」
この時僕は、別にかかわりがあるわけでもなし、あまり本気で聞いてはいなかった。が、その翌日。僕は図らずも、そのミズキという人物に出会うこととなる。
それは、午後のシミュレーター訓練の真っ最中だった。前方、48万キロ先に敵艦隊300隻。徐々に距離を詰めて、まさにこれからアウトレンジ砲撃を加えるべく、砲撃準備に……
というところで、いきなりシミュレーターの画面が消える。
「なんだ!?」
「さあ、なんでしょう……」
僕とジラティワット大尉が、このいきなり発生した事態に戸惑う。こういうとき、0001号艦ならばダニエラに頼るところだが、ここは宇宙空間でもなく、ダニエラもいない。
もしかすると、これも訓練の一環なのか?データリンクが切れた時に、指揮官としてどう振る舞うかを試されているのかも……と考えた僕は、ジラティワット大尉に命じる。
「近くの戦隊長より、レーダー情報の共有を依頼。データリンクが確保できないようなら、敵艦隊距離の情報だけでも打電してもらえ」
ところが、ジラティワット大尉からは、つれない返事が返ってくる。
「あの……戦隊長以下、全シミュレーター画面が消えてます」
「……なんだって?」
僕は、シミュレーターから出る。周りにずらりと並んだシミュレーター機から、戦隊長とその副官らが、ぞろぞろと顔を出している。おまけに、天井の明かりも消えている。なんのことはない、これは単なる停電だ。
と、そこに誰かが駆け込んでくる。
「す、すみません! ブレーカーが落ちてしまって……今すぐ、直します!」
現れたのは、女性だ。あたふたと慌てふためきながら、配電盤のある奥の部屋へと走っていく。
それにしても、駆けつけるのが早いな。管理会社から来るなら、数十分はかかるだろうに……と、僕の横を通り過ぎるその女性の名札を見ると、そこには「タケウチ・ミズキ」と書かれていた。それを見て僕は、昨夜のレティシアの話を思い出す。
あれ、もしかして、彼女がレティシアの言っていた、ビルの管理人なのか?
「どうも、ご迷惑をおかけしました!」
ブレーカーが復旧し、再び通電する。で、僕らに頭を下げる、その管理人のミズキさん。そそくさと立ち去ろうとする彼女に、僕は声をかける。
「あの、すいません」
「はい! あの、まだ私、何からかしてましたか!?」
「いや、そうではなくて……あなた、ミズキさん、ですよね?」
「はい! そうです、閣下!」
僕の軍服をチラチラと見ながら、応えるミズキさん。ああそうか、この服からは階級がバレバレだな。だけど、今どきはビルの管理人でも、軍服で将官か否かが分かるのか?
「ええと、もしかすると、レティシアと同じ高校だったという方じゃないかと思って……」
「えっ!? れ、レティシアのことを、ご存知なのです!?」
「あの、僕はヤブミ・カズキと申します。レティシアは僕の妻でして……」
「ええーっ!? てことは、レティシアの……ああ、いや、レティシアさんの、旦那様だったんですかぁ!?」
いきなり話しかけられた軍人が、実は友人の夫だった。予想だにしない展開だろう。それは、僕も同じだ。
シミュレーターの再起動と再調整には、30分以上時間がかかる。その間、僕はミズキさんと話をする。
「ああ、そうだったんですね。そういえばレティシアも、駆逐艦に乗ることになったと言ったあたりから、急に忙しくなって……」
「2年くらい前から、テスト航海や再調整が続いたのでね」
「その頃から、レティシアと?」
「そうですよ」
「でも、あのレティシアと仲良くなれるなんて……特に男相手だと、刺々しい態度取ってたから、意外だなぁって」
「いや、最初は僕には喧嘩腰だったよ。よく言い争いをしていたんです」
「えっ!? そうなんです?」
「そういうやり取りをするうちに、いつのまにか、一緒になろうって話になったんですよ」
「そ、そうなんですか……なんだか、羨ましい」
レティシアの友人だと聞いていたから、もうちょっと気性の激しい人物をイメージしていたが、むしろ大人しいというか、おどおどした感じすら受ける。こういっては何だが、レティシアとは真逆の性格だ。
どうやってレティシアと友人になったのかは分からない。まあ、それを言ったら、どうして僕とレティシアが夫婦になったのかだって、謎多き事象だ。
「ところで、どうしてここで、ビルの管理人を?」
「ええとですね……そもそも軍事施設って、何かあった時には、迅速なトラブル対応を求めるところなんです。で、そのためにこのビルには、管理人がついているんですよ」
「なるほど、それでこのビルには、管理人がいると」
「そうなんです。それで、私がビルの管理人になったのは……」
ミズキさんが僕の質問へ応えようとした時、部屋の奥の集中管理コンピューターのある区画から、シミュレーターのセットアップが完了した旨が伝えられる。
「シミュレーター、再起動完了! 各員、配置について下さい!」
「あ……もう直ったようですね」
「そうみたいですね」
「それじゃ、私はこれで」
ミズキさんは軽く僕に会釈すると、そそくさとその場を去っていく。そして、シミュレーター訓練が再開される。
話した感じでは、あまりこの仕事に向いている感じはしないな。だからこそ僕は、彼女になぜこの仕事に就いたのかを尋ねたのだが、それを聞いたところで、どうにかできるものでもない。僕は再び、ジラティワット大尉とともに、シミュレーター画面に釘付けとなる。
で、その日はさらに30分遅れで、宿舎へと戻る。
「おう、遅かったな!」
「ああ、疲れたよ……」
「んじゃ、いつも通り、飯からいくか? それともいきなり、俺か!?」
「……飯に決まっているだろう。ああ、そうだ」
「なんだ?」
「そういや、お前が言ってたミズキさんという人に、今日たまたま会ったぞ」
「はぁ!? ミズキに!? 何でだよ!」
で、僕は遅い夕食を食べながら、今日の昼間に起きたことを話す。
「なんだあいつ、カズキがいるビルの管理人やってるんだな」
「みたいだな。なんでも、軍の施設だからという理由で一人、専属で貼り付けているみたいだがな」
「ふうん。で、どうだった?」
「いや、どうと言われてもな。ブレーカーが飛んで停電になったのを、復旧したところしか見てないから、なんとも言えない」
「いや、仕事ぶりの話じゃねえよ。あいつ、あの仕事に打ち込めていたか?」
「うーん、打ち込めていたかと言われるとなぁ……仕事柄、のめり込むような仕事でもないだろう」
「そりゃそうだがよ」
「だが、レティシアと同い年の若手がやるような、そんな仕事じゃないよな。そういう印象はある」
「うーん、やっぱり、そうか……」
レティシアもなにか、感じたことがあるんだろうか?まあ、友人だからな。込み入った話でも聞かされたんだろう。
それから2日ほど激務が続いた後、やっと休日がやってきた。遅い朝ごはんを終えて、僕とレティシアはふらっと、オオス商店街へと向かう。
今日は、3月25日。桜はすっかり開花し、まもなく満開を迎えようとしている。大須観音の境内の前の桜を眺めながら、僕とレティシアは近くの店で買った抹茶うぐいす団子を食べる。
「いやあ、暖かくなってきたなぁ!」
レティシアはこの春という季節が大好きだ。夏は暑すぎ、冬は寒すぎる。秋は気温が下がる日々の中、憂鬱になりがちで、この気温の昇り調子の季節である春が一番のお気に入りだと豪語している。そんな季節にたまたま帰郷できた偶然を、僕は誰に感謝すればいいのやら。
「団子、美味いな」
「ああ、美味いな」
たわいもない光景、たわいもない団子菓子だが、そんなオオスの雰囲気が、7000光年先の星での戦いなど、すっかり忘れさせてくれる。夫婦水入らずの小春日和のひと時を、僕は久々に満喫する。
そんな夫婦水入らずな雰囲気に、水を差す奴が現れる。
「ヤブミ准将!」
不意に僕を呼ぶその声の方に、僕は振り向く。そこにいたのは、僕もよく知る人物。そして、僕をライバル視しているあの人物だ。
それは、エルナンデス大佐だった。