#58 帰郷
「トヨヤマ港より入電! 第11ドックへ入港されたし、以上です!」
「了解した。両舷前進最微速! 面舵2度!」
「両舷前進、最微速! おーもかーじ!」
再び僕は、トヨヤマへと帰って来た。実に3か月ぶりか。日時は、西暦2490年3月12日となっていた。
そういえば、フタバを地球1010に残したままだな。今度は東の方にある、スルメールという街に向かうと言っていた。フタバが送って来た写真には、洪水に備えて瀝青と呼ばれるアスファルトの一種で塗られた堤防のような城壁で囲まれた街と、その外側を流れる運河と麦畑が映っている。で、その都市国家の中にある神殿には、大きな石柱に刻まれた膨大な法典があると書かれている。フタバによれば、ここは「目には目を」の法律が書かれており、法の秩序の元、王を中心にした国が運営されているという。まさに、メソポタミア文明のようなところだな。
だが僕らは、そんな古代文明の色が残る星を離れて、この宇宙で最も進んでいるとされる星に帰ってきた。この0001号艦も、すでに特殊砲撃を2発放った砲身の交換が行われることになっている。
そして僕らは再び、トヨヤマの港に降り立つ。
「……そうか、ダニエラは、ハカタへ行くのか?」
「ええ、そうですわ」
「そうか……いよいよ、タナベ中尉のご両親に、ご挨拶か」
「い、いえ! 違いますわ! 私のお供です!」
荷物を抱えたまま、ムキになって僕にそう告げるダニエラ。といいながらも、そわそわしながらトヨヤマ港のロビーで、タナベ中尉が現れるのを待っている。
そういえば、カテリーナもナイン中尉に付き添い、ミャンマーのヤンゴンに行くと言っていたな。ザハラーはドーソン中尉とともに、彼の故郷テキサスに向かうらしい。マリカ中尉は、デネット中尉と共にプーリア州へ向かうと言っていた。なんだ、デネット中尉の故郷であるカリフォルニアじゃないのか?で、それぞれひと月ほどをすごした後に、このトヨヤマへと戻ってくることになっている。
その後、さらにひと月は実際の艦艇を使った実戦訓練を行うことになっている。最低でも2か月は、ここにいる予定だ。
問題は、その最初のひと月だ。その間、僕は指揮官教育を受け直すことになっている。場所は、サカエの研修センター内。
通常なら3か月かかるこの教育を、たったひと月で詰め込む。いや、准将になったばかりの頃に一度、その教育を受けたのだが、コールリッジ大将の命令で再教育となった。
「なんでぇ、ナゴヤに戻って来たっていうのに、浮かねえ顔だな」
レティシアはいい気なもんだ。こいつは別に、何か任務を課せられたというわけではない。今度の帰郷では、友人らに会うと言っていた。うらやましい話だ。
「仕方がないだろう。こっちはこれからが大変なんだ」
「ふうん、まあ、今までだって大変だったんだ。命のやり取りなんて物騒なことをしねえで、勉学に励むだけで給料がもらえるんだ。いいことじゃねえか」
人の気も知らないで、何がいいことだ。今さら勉強だなんて、僕はそっちの方が憂鬱だ。
少なくとも2か月の長期滞在が確定しているため、ホテルではなく、軍の宿舎が割り当てられた。その場所は、カミマエズのすぐそば。つまり、僕の実家の近くだ。そこからサカエ研修センターまでは、地下鉄で2駅。歩いても20分ほどの距離。この短い区間を、憂鬱な気分で向かう日々が、明日から待っている。
で、いつものようにトヨヤマからバスに乗りメイエキで降りる。そこで、ダニエラとタナベ中尉のペアと別れる。
「ではヤブミ様、ひと月後にまたお会いしましょう!」
ハカタ行きのバス乗り場へと向かう2人は、ターミナルビルの中へと入っていった。他のカップルは見かけないが、それぞれがそれぞれの行き先のバスに乗り込んだところだろう。
「んじゃあ、俺達も……」
レティシアがそう言いかけた時、レティシアのスマホから、通知音が鳴る。それを取り出し、画面を見たレティシアが叫ぶ。
「おい! えれえこっちゃ!」
ただならぬ雰囲気のセリフを吐くレティシア。僕は尋ねる。
「何が、えらいことなんだ?」
すると、レティシアがやや怪訝そうな顔で応える。
「……ヨコハマから今、着いたってよ」
それを聞いて僕は、すぐに事態を察した。ああ、間違いない。それは確かに、えらいことだ。
「……で、どこに来いと?」
「ターミナルの隣のビル、そこの45階にいるってよ」
そのビルは、商業施設の集まるビル。45階といえば、飲食店が集まる場所だ。その中のある店を、相手は指定してきた。僕とレティシアは、その指定の店へと向かう。
「お久しぶりですね、カズキさん」
「あ、お義母さんも、お元気そうですね」
「そりゃあもう。あなたが3か月前にここにいらした時も、変わらず元気でしたけどね」
第一声で、前回の帰郷時に顔を出さなかったことを暗に批判するセリフを滲ませてくるのは、レティシアの母親、ダルシアさんだ。
「おい、カズキさんは忙しいんだから、しょうがないだろう」
僕を庇うのは、父親のアキラさんだ。そんなお義父さんに向かって、ダルシアさんは応える。
「そうなのです? でもカズキさん、戦乙女達と戯れていたようですけど」
と、スマホにある画像を映して反論する義母親。そこに写っているのは、あのオオス商店街第2階層で行われ、僕らが巻き込まれたあの、臨時コスプレ・サミットの一幕。ステージの上で、僕とレティシア、そしてダニエラとカテリーナが映っている。なんてことだ、まさかあれを、お義母さんまで持っていたとは。
「さて、その辺の話は、食事を食べながら伺うとしましょうか」
と言いながら、お義母さんは僕とレティシアを、その店に手招きする。僕は笑顔で、それに応じる。
タナカ・ダルシアさん。レティシアの母親で、地球760出身の、レティシアと同じ二等魔女。20歳でこの地球001にやってきて、重工会社に就職。ヨコハマで働いているときに、レティシアの父親、タナカ・アキラさんと出会って恋に落ち、そのまま結婚したという。
レティシアと同じ二等魔女ではあるが、怪力魔女ではない。が、レティシアと同じく、水を操るのが得意だという。だが僕は、この方が魔女の力を使っているところを、見たことがない。
一方の父親は、トヨヤマにもあるあの重工会社に勤めている。今はヨコハマに住んでいるのだが、一時、ナゴヤに住んでいた時期がある。その時、レティシアはここで就職するまでを過ごし、最近、ヨコハマへと戻った。
そんなご両親が、わざわざここナゴヤまでやってきた。そういえば3か月前にナゴヤへ帰ってきたときには、レティシアの両親に挨拶するのを忘れていた。それを根に持ち、ここまでやってきたというのか?
「ここは相変わらずね、殺風景なビルばかりで、海が見えやしないわ」
45階から眺める窓の外の風景を見ながら、お義母さんがぼやく。目の前には、大きな鉄板。そこでシェフが一人、僕らの前で分厚いステーキを焼いている。
「なんでぇ、せっかくナゴヤに来たっていうのによ、味噌カツや、きしめんじゃねえのか?」
「いやよ、そんな下品な料理。だからわざわざ、この高い場所の店を選んだというのに」
一言でいえば、レティシアのお義母さんはナゴヤ嫌いだ。街が、というより、この独特の食文化が気に入らないらしい。あっちではシウマイやラーメン、それに海軍カレーと、ここにはない食文化があるというのに、ナゴヤときたら、ラーメンは安っぽいか辛いの二択で、シウマイはなく、代わりにウイロウなどというものがあり、カレーに至っては聞いたことがない。と、僕にそうぼやいたことがある。
うーん、シウマイとウイロウって、そんなに近いか?カレーだって、喫茶店に行けばモーニングとして出してくれるところもあるぞ。単に食わず嫌いなんじゃないかと思うんだけどなぁ。だが、そんなことを気軽に言える相手ではない。
「で、カズキさん。ちょっと聞きたいんだけど……あの2人の戦乙女というお嬢さん方は、いったい何なのですか!?」
来た。やはり、さっきの写真に出てきたあの2人が気になるのか。
「いえ、あの2人は軍事上、重要な人物であり、それゆえに我が艦に同乗している者でして……」
「レティシアというものがありながら、他にも2人の女を自身の船に連れ込んでいるなんて、ちょっと非常識ではありませんか!?」
多分、あらぬ誤解を抱えているのは間違いない。いや、僕は別にやましいことなどない。ここはきっぱりと、宣言しておかないと。
「おい、おっかさんよ、何考えてるんだ! そんなやましいこと、カズキが抱えてるわけがないだろう!」
「レティシア! あなたちょっと、旦那に対して甘すぎるんじゃないです!? だめですよ、そんなことじゃ!」
正直言うと、レティシアと母親のダルシアさんは、あまり仲が良いわけではない。この2人、顔を合わせるといつもこの調子だ。それを、僕とお義父さんが必死になだめる。
「お、おい、ダルシア、そろそろステーキが焼けるようだぞ!」
「な、なあ、レティシアよ、たまにはこういう店も悪くないよな……」
そこでちょうど目の前のシェフが、ワインを少量、鉄板の上に垂らす。ボッと一瞬、紫色の炎がステーキの上に上がる。ほんのりと、ワインの香りが漂う。
「……そうね、せっかく来たんだし、いただきましょう」
ここは、このビルでもかなり高級な部類に入る店だ。フォークとナイフだけで、手際よく肉や野菜を焼き上げるシェフの腕前を楽しむべきところだというのに、横並びのこの席で両者はにらみ合う。
まったく、この母親は、わざわざ喧嘩するためにヨコハマから来たのか?それからしばらく無言で、ステーキを味わう4人。
「……まあ、減らず口がたたけるほど元気だってことが分かって、よかったわ」
「なんだよ、減らず口って」
「そういうところよ」
ワインを味わいながら、互いににらみ合う魔女の親子。僕もそのワインをいただくが、お義父さんはワインではなく、グレープジュースを代わりにいただく。実はこのお義父さんは、お酒に弱い。そういう部分において、レティシアは父親似だ。
「そういえば、その戦乙女達は、どこにいるのよ?」
不意に、お義母さんが尋ねる。僕が応える。
「あの2人はそれぞれ、ハカタとホーチミンに行ってますよ」
「なによ、あの2人って、地球1010出身者じゃ……」
そう言いかけたところで、ダルシアさんは口をつぐむ。
「……ああ、そういうことね。それぞれ、もう伴侶がいるってわけね」
「まあ、そんなところです」
これで、僕に対する誤解は解けたのだろうか。僕はふと、レティシアの方を見る。
……なんだこいつ、寝てるぞ。張り合ってワインなんか飲むからだ。いびきをかきながら、テーブルの上でひっくり返っている。
「おい、レティシア。大丈夫か?」
「はえ? お、おう、大丈夫だぜ」
返事だけはご立派だが、まるでウイロウのようにグニャグニャな姿で寝そべっている。もはや、酔い止めなど飲ませられる状態ではないな。
緊迫した食事会は終わり、僕はレティシアを肩に抱えて外に出る。すっかりとろけたウイロウのような状態だ。こいつを抱えて、カミマエズまで行くのか?
「大変ね。レティシアがこんなになっちゃって。まったく、加減というものを知らないのかしら、この娘は……」
この母親、とにかくぼやきが多い。前向きなレティシアとは、まるで正反対だ。別に父親も前向きな性格というわけではないのだが……本当にこの2人、親子なのか?
だけど、どちらも魔女だしなぁ。レティシアと同じ銀色の髪を持ち、妖艶な雰囲気のダルシアさん。そんなお義母さんが、僕の前に立つ。
「で、そんなレティシアの旦那さんにちょっと、聞きたいんだけど」
「は、はぁ……」
まだ何か、僕に聞くつもりなのか?今度は何だ?
「あなた、どうしていきなり、地球001に帰ってきたの!?」
「ええと、それは……」
「他の星に派遣されていながら、これほど頻繁に帰ってくる司令官なんて、聞いたことないわよ! あんた、ほんとにちゃんと司令官、してるんでしょうね!?」
「も、もちろんです! 今回も我が艦隊の再編のために、帰投しただけでして……」
「ただでさえ、宇宙でドンパチやってて不安な身分だっていうのに、ほんとに娘を任せて大丈夫なんでしょうねぇ!」
レティシアとはまるで違う、ずけずけと攻めてくるタイプの人だ。だから僕は苦手で、レティシアとは性格が合わない。
「……と言ったところで、娘が選んだ相手だからね。私がどうこういえる立場じゃないわ」
「は、はぁ……」
と、思ったら、急にその矛先を引っ込める。この人の言動は、全く読めない。
「で、カズキさん」
「はい!」
「こんなだらしない娘だけど、任せたから」
「はい! 分かりました!」
「……だから、浮気だけは、しないでよね。大事にしてあげて。それじゃ」
と、この母親は僕の肩をポンとたたくと、父親と共にエレベーターの方へと向かっていく。と、途中で立ち止まり、僕の方を向いて軽く会釈をする。僕は思わず、軍隊式の返礼で応える。
で、そのまま振り返ることなく、飲食店街の向こうに消えていった。
さて、この場には僕とこの酔っぱらったレティシアだけが残される。そういえば、荷物もまだあったな。どうしようか……とりあえず僕は、近くにあったベンチに座る。
で、ベンチに座った途端、レティシアが突然、起き上がる。
「お、おい、レティシア……」
「……もう、行ったか?」
なんだ、レティシアめ。まさかお前、寝たふりをしていたのか?
「もう行ったよ。お前のこと、任せたってさ」
「ああ、聞いてたぜ」
やっぱり寝たふりだったようだな。なんだこいつ、わざわざそんなことまでして、母親と会話したくないのか?
とはいえ、酔っぱらっているのは事実で、フラフラな状態だ。このままでは、カミマエズまでたどり着けない。僕はレティシアに、持っていた酔い止めを持たせる。そこでしばらく、レティシアが動けるようになるまで待つ。
それにしても、お義母さんは何しに来たのだろうか?
娘の顔を見るためにしては、この2人、ほとんど会話をしていない。それどころか、レティシアが寝たとみるや、さっさと帰ってしまった。ほんと、なんだったのだろう?
まさかとは思うが、僕に会いに来たというのか。いや、しかし、何のために?
あの母親の考えることは、未だによく分からない。これから迎える2か月の生活を前に、気難しい母親とのやり取りに僕はただ、振り回される。




