#57 判明
「なんだって? 妙なものが、船外に? 何だその妙なものとは」
『はい、一見、なんの変哲もないビニールなんですが……ちょっと気がかりなので、回収します』
「分かった。テバサキ、ウイロウはさらに状況を確認しつつ帰投せよ」
先の戦闘で、敵の故障艦が数隻、取り残された。駆けつけた地球042艦隊により、その乗員は救出され捕虜となったが、も抜けの空となったその艦艇を我々は調査する。すると、デネット中尉が妙なものを敵艦から見つけたというのだ。
それを回収し、0001号艦へと戻る2機の人型重機。僕はすぐに、格納庫へと向かう。
「もう、どうしてすぐに開かないのかしら!?」
格納庫の扉にへばりついているのは、マリカ中尉だ。何やってるんだ、こいつは?
「おい、まだ格納庫内は気圧調整が終わっていない。ちょっと待て」
「嫌ですよ! 愛しのデネット様が、これほど近くにいるというのに、どうして我慢などできましょうか!?」
ますますデネット中尉に狂い気味だ、マリカ中尉よ。もはや病気だな。本当にこの2人の間に、何があったんだ?
格納庫の扉が開くと、マリカ中尉はすっ飛んでいく。が、途中で足を引っ掛けて、豪快に転ぶ。それを見たデネット中尉が、慌ててマリカ中尉のところに駆け寄る。
「おい、マリカ、大丈夫か!?」
「は、はぁ……デネット様……ま、マリカは……大丈夫にございます……」
饅頭ごときで気絶するほどの虚弱なマリカ中尉が、あの衝撃に耐えるとは……案外、たくましくなったな。ただし、以前に比べたらの話だが。
「ご苦労。で、その敵艦から回収したという妙なものとは?」
「はい、こちらなんですが……」
僕は、人型重機が抱えているそれを見る。だがそれは、どう見てもただの大きなビニールにしか見えない。
「なんだこれ? ただの透明なビニールじゃないか。これのどこが、妙なものなんだ?」
「ええ、確かにただのビニールなんですが、これがぐるりと艦全体を覆っていたんですよ」
「……確かに妙だな。ちょっと調べてみる必要はありそうだ」
「そうですね」
一応、それが何かを調べることになった。その仕事は当然、我が艦にいる唯一の技術士官である、マリカ中尉の仕事だ。が、先ほどぶっ倒れて、デネット中尉に抱えられたまま。いや、すでに意識はしっかりしているのだが、デネット中尉の腕の中で、ベタベタしている。あれではしばらく、使い物にならないな。
で、僕が格納庫を出ようとすると、もう一人そこに、入ってくる人物がいる。
一瞬それがカテリーナに見えたが、よくみるとザハラーだった。だんだんと見分けがついてきたという理由で、ターバンをかぶるのをやめたばかりのザハラーだが、やはりまだターバンを被らないと、すぐには見分けられないな。
で、そのザハラーは、ドーソン中尉の元に向かう。
「おう、ザハラー!」
「ドーソン!」
なんだ、この2人。いつの間にか、名前で呼び合う仲だったのか?駆け寄るザハラーを、片腕でひょいと抱えるドーソン中尉。
「任務、お疲れ!」
「おう、楽勝よ!」
まだ片言気味なザハラーだが、もとより言葉ではなく、筋肉で会話するタイプのドーソン中尉とは、どういうわけか波長が合うようだ。
だが、よく見ればこの格納庫内、2人のパイロットがそれぞれ女性を抱えているぞ。なんなのだ、ここは。なぜか僕がここにいることが、場違いな雰囲気になってきたぞ。僕はそそくさと、格納庫を出る。
で、3時間後。調査を終えたというマリカ中尉の求めに応じて、会議室に向かう。そこにいるのは、マリカ中尉の他には、僕とジラティワット大尉、オオシマ艦長、デネット中尉、そしてレティシアにダニエラまでいる。最後の3人は、どういう意味があるんだ?
「はーい、皆さん、お集まりいただきご苦労様です。あ、デネット様は私のすぐ前でお願いしますねぇ!」
会議室の向かって左側に立つマリカ中尉だが、その正面に座るデネット中尉にばかり目線を送っている。まったく、大丈夫なのか、こいつは?
「で、いきなり呼び出したのはどういうことなんだ?」
「閣下、もちろんあのビニール膜の正体ですよ」
「そうなのか。で、あれは結局、なんだったんだ?」
「はい、ただの透明ビニールでした。ビニールハウスなどで、よく使うやつ」
この拍子抜けする回答に、僕は席を立とうと立ち上がる。なんだ、やっぱりただのビニールか。そんなもののために、こいつのプレゼンに付き合わされるところだったのか?
「ああ、閣下、まだ終わってませんよ!」
「いや、大したものではないということが分かっただけで十分だ」
「ここからが大事な話なんですよ。いいんですか?その先を聞かなくても」
「大事な話? たかがビニール袋相手に、大事な話なんぞあるのか?」
「ええ、ございますよ」
「では聞くが、こんなもののどこがどう、大事な話につながるんだ?」
「『ニンジャ』といえば、いかがですか?」
突然、マリカ中尉はとんでもないキーワードを持ち出した。それを聞いた僕は、席に座り直す。
「……聞こうか」
「はい、それでは、私の仮説をお話しいたしましょうか。このただのビニールと、『ニンジャ』との関係を」
「仮説か……だが、どれくらい確証のある話なんだ?」
「地球042に囚われた連盟兵の証言も合わせると、私は90パーセント以上はあると思っております」
「ほう、自信満々だな」
「そりゃあ、この艦隊で随一の頭脳派士官ですから。あ、魅力ナンバーワンはもちろん、デネット様一択ですからね!」
「分かった分かった、いいから続けてよ、マリカ」
まったく、デネット中尉へのアピールに余念がないな。出会った時はあれほど罵っていたというのに……変われば変わるものだ。
ところで、僕ら地球001の艦艇は、連盟兵を回収しない。その辺りは全て、地球042に依頼している。というのも、地球001の艦艇は、他の星の駆逐艦とは少し異なる。このため、連盟兵に中を見せるわけにはいかない。ましてや第8艦隊は最新鋭艦だ。ますます連盟兵を立ち入らせるわけにはいかない。
「ごほん。で、このビニールに関し、地球042艦隊に依頼して、捕まえた連盟兵に問いただしてもらったんです」
「で、なにか分かったのか?」
「いえ、黙秘されました」
「黙秘? ということは、それほど大したものではないということじゃないのか?」
「逆ですよ。たかがビニールの用途を頑なに話そうとしないなんて、かえって疑わしいですよ。つまりこれが、いかに重要なものであるかを示しているんです」
「ほう、で、他の艦艇からも見つかったのか?」
「いえ、全く見つかりませんでした」
「なんだと? それじゃあ、これが見つかったのは、あの一隻のみか」
「おそらくですが、もし捕虜になりそうな場合は、これを投棄するように厳命されていたんじゃないでしょうかね?今までも何度か連盟艦を拿捕してますが、こんなものが見つかった艦はなかった。ですが、デネット様やドーソン中尉が探索したあの艦にだけ、これが発見された」
「たまたま、この艦だけ何かあったんじゃないのか? 例えば、エア漏れを止めようとした、とか」
「いえ、それだったら他の艦にも、同様の素材が載せられているはずです。が、これがあったのはたったの一隻。しかもこの艦は、他とは違う事情があったのですよ」
「なんだ、他と違うとは?」
「ええ、艦のダメージが深刻で、艦内の8割のブロックが閉鎖されている状態だったそうですよ。無事だったのは、食堂と砲撃管制室付近のみ。艦橋ですら、閉鎖されていました。おまけに乗員も、助かったのは100名中わずか15名のみ」
「それが、どうしたというのだ?」
「つまり、軍事機密に関する隠蔽工作など、する余裕がなかった。そういうことです。そんな艦からのみ、これが見つかった、ということです」
といいながら、マリカ中尉はあのビニールを切り取ったものを持ち上げる。
「では、それが重要機密に関わるものだったとする。で、それが何に使うものか、中尉は説明できるのか?」
「はい、これで『ニンジャ』状態を作り上げるんですよ」
「……まさかそのビニールに、電波吸収効果があるなどと言うんじゃないだろうな?」
「そんなわけないでしょう。ただのビニールですよ、これ」
「では、そんなものでどうやって、電波吸収などさせるんだ」
「こうするんですよ」
と言いながら、マリカ中尉はそのビニールで、なんとデネット中尉の顔を覆い始めた。
「こんな感じに、ぐるりと駆逐艦を包んでしまうんですよ」
「……言っている意味が、分からないな。さっきこれには、電波吸収作用などないと言っていただろう。」
「そうですよ。ですが、こうやってこのビニールの中に、電波吸収剤を充填したならば、どうなりますか?」
といいながら、そのビニールの隙間から、デネット中尉の顔目掛けて息を吹きかけるマリカ中尉。
「マリカ、さすがにちょっと、苦しいなぁ」
「ああ、ごめんなさい、デネット様! では私が、人工呼吸を……」
「いや、マリカ、そういうのは後でじっくりやろう。まずは話の続きを」
何やっているんだ、このバカップルは。さっきから話が進まないじゃないか。まったく。
「ええと、それでは気を取り直しまして……閣下は、電波吸収剤についてご存知ですか?」
「星間物質に、そう言うものがあると聞いたことがある。連盟軍が時々、それを広範囲にばら撒いて使うと聞く」
「その通りです、閣下。ですが、その電波吸収剤を広範囲のばら撒いた場合、問題があるのですよ」
「あまりに電波を吸収するから、デブリや小惑星などによって発生するはずのノイズすらも消えてしまう。だから、かえってレーダーに不自然な空白を作り出してしまう」
「おっしゃる通りです。加えて、その吸収剤の中に止まらない限り、レーダーから逃れることができない。でも、それを小分けにし、しかも駆逐艦共々、移動可能なものにできたなら、いかがです?」
このマリカ中尉の言葉に、僕はようやくピンときた。
「つまり、連盟軍はこのビニールの中に、その電波吸収剤を……」
「その通りですよ。電波を吸収するガスを封じ込めて、艦ごと移動できるようにしていたんです。ただ、艦全体をビニールで覆う必要があるため、一度覆ってしまったら、機関が噴かせない。慣性航行と、僅かな慣性力移動くらいしかできなくなるという欠点はあるものの、レーダーからは完全にその身を隠すことができる、と言うわけです」
なるほど、これが「ニンジャ」の正体か。言われてみれば、これまでの連盟軍の行動の説明もつく。
「ニンジャ」状態の連盟艦隊では、機関を始動したり、砲撃したりすると一気に「ニンジャ」が解けてしまうが、それは単純に、このビニールが破れてしまうからか。慣性航行中の「ニンジャ」にしか出会わなかったのも、重力子の探知を恐れてではなく、そうしないとこの化けの皮が剥がれてしまうから、ということか。
光学観測では、透明なビニール膜など見ることはできない。だからこのビニールの存在には、誰も気づけなかった。たまたま今回拿捕した艦から、それが見つかった。
90パーセントどころではない、おそらくこれは、核心だ。
「で、マリカ中尉。この『ニンジャ』に関する仕組みについて、今後どうするつもりだ?」
「そうですね、まずは第1艦隊司令官、コールリッジ大将閣下にご報告したのち、再現実験をするつもりです」
「だろうな。それで全く同じ現象が再現されたなら、『ニンジャ』の正体が解明する」
「そうですね。ですが閣下、ひとつ問題が」
「なんだ、問題とは?」
「正体は分かったのですが、だからといって有効な対処法にはつながらないのですよ」
「なんだそれは……たかがビニールだろう。どうにかできるのではないか?」
「ええ、その通りですが、この宇宙空間ではなんとも。広大な宇宙空間に風でも吹かせる方法でもあれば、一気に化けの皮を剥がせるんですけどね」
マリカ中尉が冗談ぽくそう語るが、確かにその通りだ。正体がわかったところで、この化けの皮を剥がす方策が思いつかない。
しかしだ、その正体が分かっただけでも大いなる収穫だ。それにしても、意外とローテクな手段だったな。こんなもののために我々は、わざわざ神の目を持つ者の力に頼り続けていたのか?
「楽しいことになってきたじゃないか」
「はぁ……」
で、その3日後、僕は第1艦隊旗艦、戦艦ノースカロライナの司令官室にいた。また僕は単身、コールリッジ大将からの呼び出しを食らったところだ。
「やはり、第8艦隊にマリカ中尉を送り込んだのは正解だったな。まさか『ニンジャ』の正体にまで迫ることになろうとは、思いもよらなかったな。予想以上の出来だ」
そういえば、あのマリカ中尉を送り込んできたのは、コールリッジ大将だったな。大将閣下め、あの人物の人間性を理解した上で、僕に押し付けてきたのか。
「だが、そのマリカ中尉がまさか特定の男に惚れこむとは、考えもしなかったな。それもその相手が、こちらの陸戦隊から送り込んだ重機パイロットだったとは。いやはや、やはり貴官には、その場を盛り上げる何かが宿っているのではないのか?」
「いや、まさか。そんなことはございませんよ、閣下」
先ほど、この艦橋にある大会議室でマリカ中尉が行ったプレゼンを引き合いにして、半分からかい気味に語る大将閣下。いや、ほんとに、僕にとっては想定外のことばかりだ。
「さて、ヤブミ准将。これからが本題だ」
「は、はい」
「ここに呼び出した、その理由だよ」
「あの、なんでしょうか?」
急に口調が変わるコールリッジ大将。僕は思わず、身構える。過去、大将閣下がこういう口調の際には、良い思い出はない。
「地球001へ行け」
「は?」
「第8艦隊の再編だ。失われた2隻の補充、いや、さらに200隻追加し、500隻とする」
「はい……」
なんだ、予想外のことを言い出したぞ?コールリッジ大将は、さらに続ける。
「その上に、特殊砲撃が可能な艦艇を増やす。だがあの砲撃用の設備は、今のままでは格納庫のスペースが犠牲になる上に、冷却の心配が残る」
「そうですね。ですから今まで、レティシアのいる0001号艦しか搭載できない装備でした」
「そうだ。だが技術部から、砲撃の持続時間をある程度短くすれば、より小型の装備で搭載できることになるとの報告があった。となれば、魔女に頼らなくとも、安定した特殊砲撃艦を増やすことができることが分かったのだ」
「はぁ……で、短くとは、何秒間なのです?」
「4秒だ。充填時間は1分半。砲身寿命は、特殊砲撃のみで60発分は持つことになる」
「えっ!? 4秒にするだけで、そんなに寿命が延びるんですか!?」
「10秒が長すぎるんだよ。やはり安定した兵器としては、4秒程度が限界ということだ。それが、技術部からの提案だ。」
「はい、分かりました」
「が、それでも格納庫分のスペースは犠牲になる。それでは哨戒機が乗せられんから、全艦とはいかんな。そこで、末尾が0番台の戦隊長艦にのみ、これを搭載する。それ以外の通常の駆逐艦には通常の砲身のままとするが、それでも50隻の特殊砲撃艦がそろうことになる。となれば、第8艦隊の攻撃能力は大幅に強化される」
ありがたい話ばかりだ。我が第8艦隊は500隻に増える上、特殊砲撃の艦艇が大幅に増える。
持続砲撃の時間が4秒と大幅に縮んでしまうものの、カテリーナでもなければ10秒の砲撃など使いきれない。確かに、4秒が現実的なのかもしれないな。
「ありがとうございます、閣下」
「お礼を言われるものでもないよ。大体これは、貴官のせいでもあるんだからな」
艦隊の大幅強化案を示されて、僕は大将閣下にお礼を言うのだが、ここで急に、口調が変わる。
「あの……僕のせい、とは?」
「だいたい貴官は、艦隊指揮官でありながら、あまりに0001号艦のみに頼りすぎている!」
「は、はい、確かに……おっしゃる通りです」
急に口調が荒立たしくなる。僕は、身構える。
「聞けば、第8艦隊の戦果のほとんどは、0001号艦ばかりではないか! 特殊砲撃という武装ゆえに、そうならざるを得ないと言えばその通りではあるが、他の299隻は何のために存在すると思っているのか!?」
「は、はい……」
うっ、痛いところを突かれた。確かに僕は、艦隊としての運用を、ほとんどしていない。
「とはいえ、0001号艦ばかりにアンバランスな装備を集中させているのが問題でもある。ゆえに、特殊砲撃艦の増加と、艦隊の強化を行う」
「はっ。」
「で、ついでだ。貴官はナゴヤに戻り、そこで2か月ほどみっちり、艦隊指揮教育を受け直してこい。第8艦隊の前線復帰は、それ以降だ」
「はっ! 了解いたしました!」
うう、やはりこのお方は厳しい。僕が上手く艦隊を活かし切れていないことを喝破されてしまった。あまりに図星過ぎて、反論できない。
「……とはいえ、だ。貴官がこれまで、各々の戦場にて上手く戦ってきたからこそ、白色矮星域における連盟軍の動きは、かろうじて封じられた。と、いうことはだ。艦隊運用を身に着ければ、さらに強くなるということでもある。そういうわけで、2か月の間、しっかり励んで来い」
コールリッジ大将というお方は、こういう方だ。ただ厳しいだけでは、部下がついてこない。アメとムチの使い分けというか、いざというときはその相手を信用し、すべて任せる。そんな度量のある姿勢があったからこそ、数々の戦闘で勝利を収め、そして今、艦隊司令官としての地位を得ている。
そんな大将閣下に向かって僕は、深く敬礼する。
「では、ヤブミ准将、第8艦隊再編のため、地球001へと向かいます!」
こうしてまた僕は、地球001へと帰ることとなった。それは、第8艦隊だけでなく、僕自身を強化するための旅でもある。




