#56 集中
さて、敵の旗艦らしき位置を割り出した。これで敵の旗艦を集中攻撃してやれば……というほど、事態は単純ではない。
カテリーナがいると特定した範囲内には、2千隻以上の艦がひしめいている。つまり、これでは特定できない。
また、あくまでもカテリーナが強く感じた場所に旗艦がいる、ということ自体も仮説に過ぎない。これだけを頼りに、たとえ特殊砲撃を使っても、敵の旗艦を粉砕できない可能性が残る。
「困ったな……可能性の話はともかく、狙うべき範囲が広すぎる」
「あの、もう少し近づいては、どうなのでしょう!?」
「いや、あまり近づくのは危険だ。相手はこちらの30倍だ、迂闊に接近するわけにはいかない」
「ですがそれでは、あの1万もの敵をこちら側に招き入れてしまうことになるのですよ!?」
第1艦隊からは、到着まであと5時間との連絡があった。よりによって、第1艦隊が補給のため一時、ケンタウルス座V886星に向かっている時にやってくるとは、実に運の悪いことだ。
一方の地球042艦隊だが、こちらもこの宙域に向けて急行中だ。だが、こちらもあと7時間はかかる。
その間、もしこのまま敵の侵入を許してしまえば、どういうことになるか?
確実に言えるのは、レーダー基地がさらに数基、破壊されてしまうということだ。そうなればここは再び、「ニンジャ」が闊歩する無秩序な宙域に戻ってしまう。
となれば、なんとしてもこの敵を足止めしなくてはならない。
「艦橋に戻る。カテリーナ兵曹長は、引き続き敵旗艦らしき場所の探索を続行せよ!」
「……了解」
「ザハラー二等兵は、しばらくその力を維持。僕は艦橋に戻る」
ザハラーはうなずく。それを見届けた僕は、艦橋へと戻る。
「なんですと! 前進、ですか!?」
やはり、ジラティワット大尉は納得しないようだ。だが、僕は続ける。
「味方の集結時間が、想像以上にかかることが判明した。このままでは、後方のレーダー基地まで破壊されることになりかねない。なんとしても、やつらを足止めする必要がある」
「ですが……我が方は、たったの298隻ですよ?」
「カテリーナ兵曹長が、敵の旗艦と思しき場所を特定している」
「そうなのですか!? ならば、そこを攻撃すれば……」
「ただし、遠すぎて特定できない。だから、前進する必要がある。それに、敵がいつまでも『ニンジャ』のままでは不都合がある。陽動に出て、敵の『ニンジャ』を解除することも必要だ」
「ですが閣下、そのカテリーナ兵曹長の感じる場所には、本当に旗艦がいるのですか?」
「確証はない。それ自体が、仮説に過ぎない。だが、300隻そこそこの艦隊ができることといえば、それくらいだ。何もせずただ、敵の侵入を許すよりは、やれることをするべきではないか?」
この幕僚は、優秀な人物だ。それゆえに、ごく常識的であり、無難な意見を僕に進言する。が、僕のこの話を聞いて、しばらく考え込む大尉。
「……承知いたしました。作戦幕僚、閣下の意に従います」
ジラティワット大尉は元々、最前線のレーダー基地の維持にはあまり乗り気ではなかった。だが、その後方の基地にまで及ぶ事態につながるとなると、慎重派の大尉といえども、看過できる状態ではない。
予想以上に遅い味方の到着時間、現れた敵の艦艇数の多さ、そしてレーダー基地の破壊懸念。これらの事態を受けて、我が第8艦隊司令部は、前進に転ずることを決意する。
「第8艦隊、前進!」
前方70万キロには、敵の艦隊1万隻がいる。30倍の敵と承知した上で、僕らはこの艦隊に飛び込む。狙うは、敵の旗艦ただ一隻。
ただし、それすらも確証はない。単にカテリーナが「強く」感じる場所を、攻撃するだけだ。だが、今のままでは十分に絞り込めない。
このため、危険を承知で接近する。こちらは新鋭艦、その気になれば、搭載された新型の機関で、敵を上回る速力で離脱することも可能だ。この第8艦隊は元々、奇襲攻撃を想定して編成された艦隊でもある。
というわけで、その本領を発揮させてもらう。
「全艦、全速前進! 一気に45万キロまで接近する!」
僕は手早く、敵の艦隊に肉薄することを進言する。新型機関により、298隻は加速を開始する。ものの10分ほどで、70万キロあった距離を一気に45万キロまで縮める。ただし、レーダーが使えないまま全速運転はできない。一時、ザハラーにはあの力を切ってもらう。
突然、急進する我々を見て、慌てたのは敵だ。一部の艦艇が、「ニンジャ」を解き始めた。
「レーダーに感! 艦影多数、およそ2000! 距離、45万キロ!」
「やはり一部が『ニンジャ』解いて来たな。砲撃戦用意!」
「了解、砲撃戦用意!」
まずはレーダー上に出現した2千隻に対し、砲撃を開始する。一部とはいえ、6倍以上の兵力だが、6倍も30倍も、この際は変わらない。
「砲撃開始! 撃ちーかた始め!」
『こちら砲撃管制室! 砲撃開始、撃ちーかた始め!』
砲撃音が鳴り響く。アウトレンジ砲撃が、開始される。狙うは先行する艦隊、数およそ2千。
砲撃開始と同時に、ザハラーのあの力を発動させる。レーダーは使えないが、カテリーナは構わず砲撃を続け、次々に命中させていく。だが、問題は今撃っている相手が、真の狙いではない。
「カテリーナ兵曹長! まだ殺気の強い艦を、特定できないのか!?」
『できない!』
僕は艦内放送で尋ねるが、なんともつれない返事しか返ってこない。まもなく、先行艦隊の射程内に入りつつある。
だが、僕は確信する。わざわざ2千の艦艇が突出し、攻撃を加えてきた。ということはやはりその後方に、狙いとする総旗艦がいるのではないか。前回の輸送船団の時もそうだったが、敵の焦りは、そこに核となる何かがいることを教えてくれているように思う。
その後方の艦艇は、47万キロ彼方にいる。もう少しだけ前進すれば、こちらの射程内に収められる。だが、肝心のカテリーナはまだ、敵の旗艦を捉えてはいない。
などとしているうちに、とうとう前進した2千隻の艦隊の射程内に入ってしまう。
「敵艦隊まで30万キロ!」
レーダーが使えない我が艦は、データリンクにより他の艦からの索敵情報を把握する。先行艦隊は、ついに我々を射程内に収めたことが分かる。と、その直後、敵の艦隊からの砲撃がこちらに届き始める。
「敵艦隊、砲撃を開始ししました!」
「艦橋より砲撃管制室! 回避運動しつつ、砲撃を続行!」
『砲撃管制室より艦橋! 了解、回避運動に入ります!』
そういえば、この戦闘ですっかり忘れていたが、マリカ中尉は今ごろ、気絶しているんじゃないのか?もしあのまま、砲撃管制室にいたならば、いつもより大きな砲撃音にやられて、失神しているのは確実だ。
が、そんな虚弱な士官のことなど、いちいち考慮している暇はない。カテリーナよ、まだ敵の総旗艦は狙えないのか?撃ち合いが始まり、前進を続けること3分ほど。ついにカテリーナが叫ぶ。
『見えた! 前方、強い殺気、感じる!』
ちょうど後方の艦隊を45万キロに捉えた時だった。もしかすると、我々の射程距離に入ったことで、なにか動揺が起きたのかもしれない。だが、このチャンスを僕は、逃さない。
「艦長! 特殊戦、用意!」
僕のこの合図を待ち構えていたように、オオシマ艦長は号令をかける。
「了解、特殊戦用意!」
窓の外には、青白いビームが飛び交う。が、そのビームは全く狙いが定まってはいない。ザハラーが作り出すレーダー撹乱による写像の乱れが、敵に我々への狙いを定めさせない。
そのザハラーの力に守られつつ、特殊砲撃が開始される。
『機関室より艦橋! 左右機関へ特殊戦用伝達回路接続! 特殊戦用意、完了!』
『砲撃管制より艦橋! エネルギー充填、開始します!』
着々と進む特殊砲撃への準備。慣性制御の切られた艦橋内。静まり返った船内に、甲高い充填音が不気味に響く。
ここから3分が、踏ん張りどころだ。敵のビームは届くが、ザハラーの妨害に守られて、当たる気配はない。
『管制室より艦橋! 砲撃手と総舵手、交代完了!』
残り1分で、カテリーナとナイン中尉が交代を完了する。あとは充填が終わるのを待つだけ、しかし、この残り1分が長い。2千隻と対峙したまま、全機能を砲に集中する無防備な我が艦。化学スラスターだけで、頼りない回避運動をするのが精一杯だ。今すぐにでも発射してやりたい衝動に襲われるが、ここは踏ん張るしかない。
『充填完了まであと5……4……3……2……1……』
そんな心情を察してか、機関室から充填完了までのカウントダウンが流れる。そして、ついに長い3分が終わりを告げる。
『充填完了! 砲撃準備よしっ!』
「特殊砲撃、開始! 撃てーっ!」
艦長の合図とともに、砲撃が開始される。青白いビームの光で、窓の外は眩い光で埋められる。化学スラスターの噴射音が聞こえるが、向こう側がどうなっているのかは、ここからは分からない。
やがて光が消える。レーダーの使えない0001号艦に変わり、0010号艦から戦果報告が入る。
「0010号艦より入電! 敵艦艇、270隻撃沈!」
いつもと比べると、控えめな戦果だ。おそらくは、気の強いところだけを狙い撃ちした結果だろう。だが、そんな戦果などに喜んでいる場合ではない。
「よし、作戦終了! 全速後退、この戦闘域を離脱する!」
狙いの敵は撃ったが、前方の2千隻はまだ健在、こちらに向かって、まだ執拗に砲撃を繰り返している。砲撃を続行したまま、我が艦隊は新型機関で力任せに後退を始める。
が、ここにきて我が艦のみが、そのポンコツぶりを発揮してしまう。
『機関室より艦橋! 特殊砲撃用エネルギー伝達回路が、異常発熱!』
「なんだと!?」
『このままでは、通常回路に戻せません!』
なんてことだ……あとはトンズラするだけだというのに、敵を目の前にして、なぜここでポンコツぶりを発揮してしまうのか?
「強制的に回路切断できないのか!?」
『ダメです! 温度が高過ぎて、モーター作動不能! 切り離せません!』
ああ、本当に運が悪い。せっかく砲撃に成功したというのに、まさか機関ではなく、伝達回路で不具合を起こすとは……
と、その時、やはりやつがでしゃばってくる。
『おらおらおらぁ!』
いつもの雄叫びを上げながら、機関室に入ってくるのはレティシアだ。慣性制御の効かないこの状況下で、壁伝いに現れる。
『おい、機関長! 水だ!』
『いや、レティシアさん、無重力状態でやるのは……』
『初めてじゃねえだろう! おらぁ、気合い入れていくぞ!』
まあ、確かに初めてではない。が、初めての時はかなり酷い目にあっただろう。あの時よりは、多少マシな状況かもしれないが、しかし、危険なことには変わりない。
が、レティシアのやつ、無重力状態ながら上手く水玉を作り、それをあの伝達回路に押し当てる。だが、壁に上手く足を引っ掛けて、突っ込みすぎないように踏みとどまっている。なるほど、前回の反省を活かしているな。
激しく蒸気が上がりながらも、レティシアの決死の冷却作業がここからも見える。それが功を奏して、機関室から朗報が届く。
『伝達回路、冷却されました! 回路、切り離します!』
「よし、直ちに回路切断! 通常運転に移行、もどーせー!」
艦長の号令で、回路が戻される。その直後、慣性制御が元に戻る。と同時に、機関音がひびき始める。
どうやら、後退を開始したようだ。間一髪、間に合った。全速後退に移行した0001号艦の状況を確認すると、僕は窓の外を見る。
……あれ、妙に暗い。静かだ。敵のビームが、全くない。
さっきまで2千隻もの艦艇からの砲撃にさらされていたが、それが嘘のように静まりかえっている。おかしいな、もう敵の射程を外れたのか?
ザハラーの力を消してもらい、レーダーにて敵の状況を確認する。すると、驚くべき報告が入る。
「敵艦隊1万、後退を開始しました!」
2千隻どころではない、敵の艦隊が丸ごと、撤退を開始し始めた。すでにすべての艦の「ニンジャ」が解かれ、後退速度を増している。
先行の2千隻も後退をしている。まだ我々の射程内にいるこの先行艦隊への砲撃が、第8艦隊の他の艦艇から続いているが、すでにバリアを展開したまま後退しており、撃沈には至らない。
「どうしますか、我が艦も、通常砲撃を行いますか?」
「いや、止めてましょう。あれだけの数を相手にすることはできない。せっかく敵が後退に転じてわけです。こちらも後退を優先で」
「了解です」
オオシマ艦長に、離脱優先を指示する僕。トラブルが起きたばかりのこの艦で、あまり無茶はしたくない。撤退行動に移った敵など攻撃しても無意味だ。ましてや1万隻の敵の大半がまだ健在だ。我々は、このまま静かに後退を続ける。
やがて敵の艦隊は反転し、連盟支配域に向けて帰って行く。僕が第8艦隊に前進を命じ、そしてこの敵の後退行動まで、わずか30分の出来事だったと知るのは、もう少し後のことだった。




