#53 戦勝祝賀
ペリアテーノは、この勝利に沸いていた。その盛り上がりっぷりといったら、尋常なものではなかった。
僕はまさに、その加熱した人々のど真ん中に立っている。
そこは、宮殿内の社交界会場。ローマにある神殿のような建物の中に、ずらりと並べられた料理。そこに並ぶ料理は、かつてのような古代色あふれる食べ物は少なくなり、ステーキやスープ、色とりどりのデザートなど、現代風の食材が増えている。中には、相変わらず野性味漂う豚の丸焼きなどというものもあるにはあるが……しかし会場にいる貴族達は、あのテーブルクロスと背広姿が半々といったところ。ここも徐々に、現代色に染まりつつあるようだ。
問題は、その出席者だ。ここは皇族も参加する、最上位の社交会。つまり皇帝陛下や、マルツィオ第一皇子も列席する。そんな場所に、僕は呼び出されてしまった。
といっても、皇帝陛下は初めにお言葉を述べられた後、すぐに立ち去ってしまった。どうやら、体調がすぐれないらしい。ということで、この場はその後継者であるマルツィオ皇子がその名代として振舞うこととなる。
遠目にあのマルツィオ皇子を見る。あれが、ネレーロ第三皇子の暗殺を企てた張本人か。だがその外見からは、むしろ穏やかそうな人物に見える。今は有力貴族らしき人物と話している。
「よ、大将!」
と、僕に気軽に声をかけてきたのは、あのとんかつ屋の店主だ。広い会場の一角のテーブルで、とんかつを揚げている。そのテーブルの前には、ロレッタもいる。
「おい、頼むからここでは、大将と呼ばないでくれ」
僕は店主のそばに寄り、耳打ちする。
「えっ、なんでです?」
「本物の大将閣下もいるんだ。紛らわしいだろう」
と、僕はそっと奥を指差す。そこにいるのは、地球042艦隊司令官である、バスティアニーニ大将だ。
「へぇ、あのお方、ここでよくお見かけするんですが、大将閣下だったんですかぁ」
「と、いうことだ。ここではせめて、准将と呼んでくれ」
「アイアイサー、大将!」
……大丈夫かな。いや、ちっとも大丈夫じゃない。僕はやや不安を覚えつつも、ワイングラス片手に戻る。
にしてもあの店主、もうすっかり社交界慣れしてるな。横にいる奥さんのロレッタによるところも大きいのだろうが、すでにあれから何度も参加しているらしいから、場数がものを言っているところが大きいようだ。
「なんだか、あのとんかつ屋だけが浮いてんなぁ」
と、指摘するのは、レティシアだ。カクテルドレスに身を包み、同じくワイングラスを持っている。
が、その中身はブドウジュースだ。レティシアは酒好きだが、さほど強くない。だからこの場は、ジュースで誤魔化してもらう。
「そうでもないらしいぞ。なんでもあの店主の元には、何人かの宮廷料理人が弟子入りしているという。ナゴヤの味噌カツが宮廷料理として常態化するのも、まもなくのことだろう」
「うへぇ、そうなのか……だが、ここであの味噌カツが広まっちまうのか?」
ナゴヤ出身者としては、これは大変、名誉なことなのかもしれない。が、しかし、味噌カツが宮廷料理とか……誇りよりも、申し訳ない気持ちの方がいっぱいだ。
さて、この場にいる第8艦隊の人員は、僕とレティシア、それにオオシマ艦長のみ。どちらかといえばこの場は、地球042の方が多い。
ただ、この社交界の名目は、戦勝祝賀会だ。つまり、地球001の第1艦隊と第8艦隊とが連盟軍と戦って勝利した、あの戦いの結果をもって開かれた会である。そこに第8艦隊からの参加者が3人とは……ちなみに、第1艦隊からの参加者はいない。
今回の戦い、地球042艦隊も決して無関係ではないが、今回は後詰めに徹し、直接戦闘には関わっていない。それゆえに、戦勝祝いにその地球042関係者ばかりが大勢が出席されても、違和感しかない。
その参加者のレティシアにしても、僕の妻であり、地球001から来た人物ということで「準貴族」的な扱いでここに来ることができた。だが、例えばダニエラは元皇族ながら、勘当の身でもあるので、ここには招待されていない。また、最大の功労者であるカテリーナやザハラーも、貴族ではないという理由で参加できない。
単に、騒ぎたいがためにでっち上げられた大義名分が、この戦勝祝賀だったのではないか?そこに当事者がゼロでは申し訳ないから、僕らが呼ばれた。これが僕が今、ここにいる理由ではないだろうか。
「おや、珍しいお方がいるものですね」
と、そこに声をかけてきたのは、地球042司令部付きの人物、ポルツァーノ大佐だ。
「いや正直、どうして僕が呼ばれたのか、あまり理解できてないないのだが」
「何をおっしゃる。戦勝会の主役ではないですか。准将閣下の采配により、あの戦いの勝利がもたらされたことは、ここにいる皆が承知していることですよ」
と、ポルツァーノ大佐は言うが、あまりそういう感じはしないなぁ。さっきから、話しかけてくる貴族もいないし。
「ところで、サマンタ殿は?」
「あ、ああ、彼女には招待状がないのですよ。ペリアテーノの平民ですからね」
「はぁ、そうなのか……とはいえ、貴官の奥方ではないのですか?」
「ここでは、身分がつきまといますよ。私とて、大佐になったからここにいられるのであって、それまではこの社交界の存在すらも知らなかったほどでしたから」
と応えるポルツァーノ大佐。僕も貴族が開く宴会レベルのものは参加していたが、皇帝陛下主催の社交会というのは初めてだ。
「おう、この肉、なかなか美味いな」
そんな僕は、なぜかレティシアの豚の丸焼き食いに付き合わされている。他の食事は正直言って、僕らにとってはありふれたもの。この丸焼きの方が、インパクトがある。
豚と言っても、ここの豚はまだイノシシに近く、肉は少し硬い。まだ家畜としての豚の歴史が浅く、野生味が残る。とんかつ屋の店主も、豚肉の確保に腐心したと言っていた。最終的に、地球042が作った飼育場の豚肉を供給してもらうことで、あの味を実現できたと言っていたな。
そんな丸焼き肉を摘んでいると、ある人物が近づいてきた。その人物は、トーガと呼ばれるあのテーブルクロス風の服を着ているが、その服や帯に施された刺繍、そして何より、頭に被る金色の冠。皇族の、それもこの帝国の統治者の後継者である証を示すその冠を被る人物が、僕のところにやってくる。
「貴殿が、あの長い駆逐艦に乗り、300もの船を操る若き英雄、ヤブミ准将かな?」
いきなり、その高貴な人物から話しかけられる。僕は会釈し、応える。
「お初にお目にかかります、マルツィオ様。小官は地球001、第8艦隊司令を務めてます、ヤブミ准将です」
「うむ、やはりそうであったか。此度の貴殿の活躍、聞いておるぞ」
「恐れ入ります」
そう、この人物こそ、マルツィオ第一皇子だ。話口調からは、外見から感じられるままの、穏やかそうな人物だと感じる。笑みを浮かべて僕に話しかけるこの人物が、とてもネレーロ皇子の暗殺を企てた張本人とは思えない。
「聞けばあの戦い、後方に控えておった敵の兵站の集団を見つけ出し、それを殲滅したというではないか。たった300騎で、1万の敵を退却に追い込んだ。大したものであるな」
「いえ、運が良かったこともございます。それに、我が艦には賜物を持つ者がおり、それによって救われたというのも事実です」
「ほう、宇宙で最も優れたとされる星から来た船が、我がペリアテーノの賜物を持つ者が手助けとなろうとは、実に誇らしいことよ」
僕はさりげなく、持ち上げてみた。最新鋭艦を有する艦隊指揮官から、賜物によって勝利が得られた。このペリアテーノの次期皇帝の気分に、良い影響を与えることを期待しての発言だ。案の定、顔の表情がさらに綻ぶのが分かる。
だがこの皇子、さらりと僕に、ある話を振ってきた。
「時にヤブミ殿よ。貴殿の星、地球001はかつて、別の星を滅ぼしたという凄惨な歴史があると聞いたが、それはまことか?」
僕は一瞬、心拍数が上がる。ああ、このお方は地球003の悲劇のことを言っているな。僕はいきなりこの皇子から振られた地球001最大の黒歴史に対する、コメントを求められる。
地球003の悲劇。西暦2247年3月、地球001への抗議暴動が発生していた地球003に向けて、我が地球001の艦艇1万隻が、惑星表面に一斉砲撃を加えてしまった事件だ。艦隊指揮官と幕僚らの意思疎通の不味さなどが原因とされるが、その結果、20億いた地球003の住人の半数の生命と、地球003の生態系の大部分が破壊され、その結果、地球003に残された10億の人々は移住を余儀なくされた。
その破壊の当事者である星から来た僕に、それについての意見を求めるとか、しかも戦勝祝賀の真っ最中に……このマルツィオ皇子、なかなかの曲者だな。外観から感じられる穏やかさとは、まったく別の何かを感じさせる。
「確かに、不幸な歴史がございました。ですが我々はそれを覆すべく、行動しております。そのための今回の勝利であり、続く勝利をも、帝国に捧げたいと思っております」
ここは、テンプレ回答で返す。それを聞いたマルツィオ皇子は応える。
「うむ、そうであるな。ではぜひ帝国のため、励むがよかろう」
そういうとマルツィオ皇子は、僕に手を挙げて応えると、僕のところを去る。
「はぁ〜……」
マルツィオ皇子が奥に行ったのを見届けると、僕は一気にため息を吐き出す。全然、穏やかではないな、あの人物。僕はきっと試されたのだろうが、その結果、どう判断されたのかは知らない。
「なんだありゃあ……顔に似合わず、キツいやつだったな」
横でニコニコしてただ黙っていたレティシアも、ようやく口を開く。
「いやはや、大変でしたな」
と、そこにもう一人、僕に話しかける人物が現れる。
「あ、艦長」
「見てましたよ、一部始終を。まさかこの場であの歴史を持ち出すとは、私も思いませんでしたが……しかし、上手く返されましたな」
「いえ、定型文通りに答えるのが精一杯でしたよ」
「それにしても、このような異文化の宴会に出席するのは初めてでして……いやはや、緊張いたしますな」
軍人生活28年のオオシマ艦長だが、いわゆる外交的な行事とは無縁だった。それが、いきなり皇帝陛下臨席の社交会に呼ばれた。そりゃあ緊張するだろう。
「おお、ヤブミ卿、こんなところにおりましたか! ご無沙汰しておりますな!」
と、さらにもう一人、別の人物がそこに割り込むように現れる。背広姿のその人物。しかしそれが誰か、僕にはすぐに分かった。
「あ、ラヴェナーレ卿。お久しぶりでございます」
「此度の勝利、おめでとうございます。殿下ともご歓談されていたようで、さぞかしお喜びであったことでしょうな」
上機嫌なラヴェナーレ卿だが、いや、さっきのあれは歓談というものではなかったんだけどなぁ。それはともかく、このラヴェナーレ卿の変わりように、僕は尋ねる。
「ところでラヴェナーレ卿、その恰好な……」
「ああ、これですか。いや、実はですね。卿の船に乗せてもらって、初めて宇宙に出た時に、幾人かの地球042の商人らと接したのでございますよ。で、その縁で今は、いろいろなことに手を出しておりましてな」
聞けばラヴェナーレ卿、地球042の業者らとの接触を繰り返し、今では自身の領地に農場や工場をいくつか誘致することができたという。それで今、この姿なのか。
「いやあ、ヤブミ卿との出会いで、人生が変わりましたわ。この面白き時代に、良き出会いをさせていただいたこと、感謝いたしますぞ。お、そちらにいらっしゃるのは、艦長殿ではござらぬか?」
「は、はぁ、お久しぶりでございます」
「陛下御臨席の社交界にいらっしゃるとは、さすがは地球001最新鋭艦の艦長殿であるな。どうですか、こちらの料理など?」
相変わらずの社交的人物のようだ。こういう場に不慣れなオオシマ艦長に、料理を勧めるラヴェナーレ卿。そして、レティシアにも話しかけて、盛り上がる。
「あの、そなたがヤブミ卿で?」
と、今度は別の人物が話しかけてきた。だが、僕の知る人物ではない。
「はい、そうですが……」
「あの私はペリアテーノの西、ポンペーノに暮らす、ロマニョーリと申す者。此度の戦さでの勝利、実に見事でございましたな」
なんだか急に、話しかけられたぞ。僕はその貴族に応える。が、今度はまた別の貴族が現れ……気づけば、何十人かの貴族から話しかけられた。
マルツィオ第一皇子に、有力貴族であるラヴェナーレ卿に話しかけられたことがきっかけなのだろう。それまで様子見だった貴族達が、一斉に押しかけてきた。まあ、なんというか、実に現金な連中だ。これほどまでに歓迎を受けたのは、サンレードの時以来だ。
うーん、この状況を見るに、先ほどのマルツィオ第一皇子への対応は、合格だったということなのか。別にあの皇子に好かれようと思ってやったことではないし、むしろ逆にカマをかけてきた皇子に、テンプレ対応をしただけだ。その結果、押し寄せてきた貴族達。正直、このうち何人を覚えていられるのか怪しいものだ。そんな貴族らの歓迎を受けつつ、僕はこの戦勝祝賀会を乗り切った。