#52 勝利
僕は、違和感の原因を整理してみる。
敵は、我が方の2倍、約600隻だ。2隊に分かれていた敵は我々の正面で集結し、布陣している。
そしてダニエラが見つけた、周辺に漂う偽装艦。それは小惑星10体づつに分かれたものが、30個集団存在する。
まず違和感を覚えるのは、敵の動きだ。なぜ2隊の小艦隊がいながら、その両方がそろって第8艦隊の正面に布陣するのか?
艦隊戦の常道として、倍の艦隊ならばまず、その半分が正面に対峙し膠着状態に追い込み、もう1隊が側面または背後に回り込み、挟撃する。
駆逐艦という艦種は、攻撃も防御も正面のみを想定している。側面や背後は弱い。だからこそ、別動隊による別方向からの攻撃というものは、駆逐艦乗りにとっては脅威以外の何物でもない。
そんな有利な条件がありながら、なぜあの2隊、600隻はわざわざ我々の正面で合流して対峙したのか?それほどあの指揮官に、戦術感がないのか?いや、今までだって敵は、むしろ僕が今、考えたような挟み撃ち、側面攻撃を何度もやっている。現に第8艦隊も一度、それで2隻を失っている。
正面から攻撃せざるを得ない、何かがあるのではないか?例えば背後に輸送船団がいて、それを守らざるを得ない時だ。それならば、今の陣形は納得がいく。が、そんなものが存在しないことは、ダニエラの索敵で判明している。
ダニエラの索敵で判明したのは、周囲にいる偽装艦の存在だけだ。
と、そこで僕はふと気づいた。
「ダニエラ!」
僕は、タナベ中尉の横で鏡を眺めているダニエラに向かって叫ぶ。
「な、なんでしょう!?」
急に呼ばれたダニエラは、鏡を下ろして立ち上がる。
「一つ尋ねたい。お前の『神の目』とは確か、人の作りしものに反応するものであったはずだよな?」
「はい、そうですわ、ヤブミ様」
そう、もう一つの違和感がこれだ。ダニエラは、神の目とは、人の作りしものを感知するといった。そのダニエラが、レーダー探知を避けるべく「ニンジャ」が施された小惑星を探知した。
だが、小惑星は人工物ではない。ダニエラも、小惑星を探知できないことは、すでに証明済みだ。確かに「ニンジャ」をわざわざ施しているくらいだから、多少の人工物が乗せられてはいるが、その程度でダニエラは感知できない。実際、砲撃訓練の際に、小型の機関が乗せられた標的用の小惑星を、ダニエラは探知できなかった。
と、言うことはだ。もしかするとあれは、偽装艦などではないのではないか?
「艦長! 0001号艦、砲撃中止、急速後退!」
「は?」
「気になることがあります。当艦のみ、一時戦線を離脱させてください!」
「はっ! 了解しました!」
「ジラティワット大尉! 残りの艦は、現状のまま戦闘を維持! 全艦にそう伝えよ!」
「はっ!」
「僕は砲撃管制室に行く! 指示があるまで待機!」
僕はオオシマ艦長とジラティワット大尉とに指示を出し、砲撃管制室へと急ぐ。
管制室内では、5人の砲撃科要員が砲撃準備体制のまま待機していた。そこにいきなり指揮官である僕が現れた。砲撃長のヨウ大尉が立ち上がり、敬礼する。
「提督、突然、どうされたのです!?」
僕は返礼しつつ、カテリーナとナイン中尉の方を向き、こう告げる。
「急ぎ確認したいことがある。カテリーナ」
「はっ!」
「この周辺に、『ニンジャ』で隠蔽された小惑星の集団が点在している。それを、感知できるか?」
「……?」
「ナイン中尉、艦首をその一つに向けて欲しい。先ほどのデータリンクで、座標が共用化されているはずだ」
「はい……了解、しました!」
僕のこの問いに、何のことか分からない様子のカテリーナだったが、ナイン中尉が例の偽装艦に座標を合わせると、カテリーナの表情が変わる。
「……いる……感じる」
やはりな、この一言で僕は確信した。僕は艦内放送で、艦長に指示を出す。
「砲撃管制室より艦橋! ヤブミだ、あの小惑星集団に向けて、砲撃開始!」
多分、この指示に納得していないのだろう。何ゆえ小惑星相手に、砲撃など加える必要があるのか、と。しばらく沈黙を続ける艦橋だが、やがて復唱が返ってくる。
『艦橋より管制室! 了解、小惑星帯に砲撃を開始します! 砲撃戦、用意!』
この指令を受けて、砲撃管制室がにわかに慌ただしくなる。
「砲撃戦用意! 現在、ロックオン中の小惑星帯に、砲撃を開始!」
「小惑星ナンバー001に艦首向けます! 目標、ロックオン!」
「管制室より艦橋! 砲撃準備完了!」
『艦橋より管制室! 砲撃開始、撃ちーかた始め!』
「砲撃開始! 撃ちーかた始め!」
再び、砲撃音が艦内に鳴り響く。特にここ砲撃管制室は、砲身のすぐ後ろにある部屋。この音が艦橋よりも大きく太く鳴り響く。すぐに砲撃の結果が、艦橋からもたらされる。
「目標、破壊!」
すると、この戦場に変化が起こる。あの偽装と思われた小惑星のいくつかが、「ニンジャ」を解き、後退を始めたのだ。
ああ、やはり、思った通りだ。僕は艦橋にいるジラティワット大尉に直接指示を出す。
「ジラティワット大尉! 全艦に伝達、急速後退し、周囲の小惑星集団への攻撃を優先せよ、と!」
『りょ、了解!』
「管制室、砲撃を続行! 僕は艦橋に戻る!」
「はっ!」
今度は艦橋へと慌ただしく戻る僕。艦橋へ到着すると、ジラティワット大尉が敬礼して僕を出迎える。そして、司令官席に着いた僕に尋ねる。
「作戦幕僚、意見具申!」
「具申、許可する。なんだ?」
「はっ! なぜ提督は、ただの偽装艦と思しき小惑星への攻撃を命令なさるのですか!?」
「簡単だ。あれが我々の破壊目標である、輸送船団だったからだ」
「は? こ、コンボイ……?」
「カテリーナの、あの砲撃手の持つ察知能力が、あれに反応した。それで確信に変わった。あれは偽装艦などではない。多くの人の乗る軍船、つまり輸送艦だ」
これで僕の2つの違和感は、すべて説明がつく。あの600隻が必死になって僕らを追い込んでいること、そして、なぜ小惑星の塊をダニエラが感知できたのかということ。
何のことはない、偶然にも第8艦隊は輸送船団のど真ん中に入り込んでしまった。それを受け、敵は追い込まれた。まさか守るべき相手の真ん中に我々が飛び込んでくるなど、想定外だったことだろう。そこで敵はなりふり構わず「ニンジャ」を解き、第8艦隊を後退させるべく正面からの攻勢に出た。
実際、あの小惑星らは機関を全開にし、回避運動に入った。それを、後退しつつある我が艦隊の艦艇が砲撃し始める。
「ジラティワット大尉! 全艦に伝達、これよりあの小惑星群を『輸送船団』と呼称、当初作戦通り、輸送船団の撃滅を開始する!」
「はっ、直ちに!」
むしろ敵も、あからさまな正面攻撃などに徹せず、何食わぬ顔で普通の戦術をとっていればよかった。そうすれば我々は多分、あの小惑星群を輸送船団とは気づかなかっただろう。敵の焦りの行動が、かえって僕をそれに気づかせてしまった。
こうして第8艦隊は、当初の攻撃目標を発見、それを攻撃に移る。ところが、正面には600隻の敵。これを相手にしつつ、周囲の輸送船団を攻撃する。
敵も必死だ、輸送艦の存在に気づいてしまった僕らを追撃する。砲撃は、苛烈を極める。しかも、数は倍。そんな敵を相手に、輸送船団攻撃を優先するなど、至難の業だ。
仕方がない、作戦成功のためだ。僕は、決断する。
「艦長! 0001号艦、特殊戦用意!」
すでに一発を使用してしまった特殊砲撃。残り4回分。その1回を、ここで使うと決断する。オオシマ艦長は、しばらく僕の顔を眺めるが、その意を解したのか、復唱する。
「了解、特殊戦、用意!」
「目標、前方の敵艦隊中央! 0002から0005号艦にも連絡、防御陣形!」
『砲撃管制室より艦橋! 特殊戦用意に入ります!』
こういう局面でこそ、使用する価値のある攻撃手段だ。何が何でも、たとえこの0001号艦が失われることになろうとも、この作戦は成功させなくてはならない。
『機関室より艦橋! 左右機関へ特殊戦用伝達回路接続!特殊戦用意、完了!』
『砲撃管制より艦橋! エネルギー充填、開始します!』
いつも通りの特殊砲撃準備が、着々と行われる。と、同時に、慣性制御が切られる。がくんと鈍い音が響くと、この艦橋内は無重力状態になる。いつものように、ふわふわと書類やペンなどが漂い始める。
4隻の僚艦が、苛烈なる敵の砲撃を受け止める。こちらも多少は動けるが、ほとんど止まった的だ。ここは、耐えるしかない。
『管制室より艦橋! 砲撃手と総舵手、交代完了!』
砲撃管制室から、カテリーナとナイン中尉が交代を完了したことが伝えられる。残り1分。
その間も、敵の砲撃が続く。何せ今回は、数が多い。相手は倍、しかも艦隊の多くが、周辺の輸送艦攻撃を優先している。そんな中で止まった標的がただ一つ。そりゃあ、狙いを定めてきて当然だろう。
しかし、ちょっと厳しいな。これでは盾となる4隻の僚艦が退避した直後に、狙い撃ちされる恐れがある。あのわずかな魔の時間、どうやって敵の砲撃を逃れるのか?
と、そこで僕は、まだ艦橋にいるザハラーに向かって叫ぶ。
「ザハラー!」
ザハラーは、ダニエラやグエン准尉と共に、艦橋の端にある予備の椅子でベルトをして待機していた。突然、名前を呼ばれて、僕の方を見る。
「一夜城発動だ!」
僕のこの言葉に反応し、すぐさま右手を前に突き出す。そして、力を込める。すぐに艦内、および僚艦に影響が出始める。
「レーダー、使用不能!」
「0002号艦から0005号艦より通信! レーダーが使用不能とのこと!」
「作戦行動中だ、バリア展開のまま、待機せよと伝えよ!」
あの4隻まで巻き込んでしまったか……まあ、仕方がない。何の前振りもなくザハラーの妨害電波、コードネーム「一夜城」を発動してしまったのだから。
が、その影響は味方だけではない。敵にも、その影響が及ぶ。その効果が、すぐに表れる。
それまで集中していた敵のビーム砲火が、急に反れ始める。レーダー管制が効かなくなるのだから当然と言えば当然だが、あの苛烈な砲撃の密度が、一気に薄まる。もちろん、レーダーに映っているであろう直径1.5キロ程度の巨大な物体に向けて撃ってはいるのだろうが、その中にある数十メートル四方程度の面積の物体を特定できなくなった。
そういえば、こちらの操舵手も同じ条件だな。レーダーが使えないが、大丈夫なのか、カテリーナは?
『装填完了! 砲撃開始!』
などと気づいたときには、すでに砲撃が開始されてしまった。窓の外が、真っ白に染まる。右手を突き出していたザハラーは、そのあまりの衝撃にその手を引っ込めて、両耳をふさぐ。そして10秒間、その砲火は続く。
窓の外が再び暗くなり、すぐに戦果が報告される。
「敵艦隊中央、多数の撃沈を確認! 数、およそ360!」
ふたを開けてみれば、カテリーナにとってはザハラーの妨害電波など、問題ではなかった。元々カテリーナは電波でもなく、目視でもなく、その己の感性だけで敵を狙い撃ちしている。だから、ザハラーの賜物による妨害など、なんの妨げにもならない。それを証明してみせた砲撃だった。
いきなり半数以上を失った敵の艦隊は、戦意をも失い後退を始める。もはや、輸送船団防衛どころではない。大穴を開けられた自艦隊の混乱を収拾するのが精いっぱいだ。
その結果、完全に無防備となった輸送船団は、次々と撃破される。カテリーナももちろん、数十隻は沈めた。攻撃しない相手への砲撃は気が引けるが、これも作戦だ、仕方あるまい。こうして特殊砲撃から10分ほどで、輸送船団は壊滅する。
そして、前線の敵艦隊が撤退を始めたとの報告が第1艦隊からもたらされたのは、それから20分ほど後のことだった。