#51 苦戦
「敵艦隊まで、距離47万キロ!」
「全艦に伝達、砲撃戦用意!」
すでに僕は、正面の敵と一戦交える覚悟を決める。こちらは射程距離が敵の1.5倍ある。そのアドバンテージを活かして、敵を圧倒する。
もっとも、それで圧倒できれば苦労はしない。それが可能なら、第1艦隊があそこまで苦労することはない。この程度のアドバンテージでは敵を圧倒できないからこそ、第8艦隊がここに来ざるを得ないのだから。
だが、他に手が思いつかない。今は砲撃を始める。
「砲撃開始! 撃ちーかた始め!」
『砲撃管制室より艦橋! 砲撃開始、撃ちーかた始め!』
我々の教科書通りの戦闘が始まった。敵は倍だが、あちらはまだ撃てない。急速に接近しつつあるが、10分程度はこちらが一方的に攻撃できる黄金時間。その間に僕は、打開策を練る。
落雷のような砲撃音が、この狭い艦橋内に鳴り響く。奇襲を仕掛けたはずの我が艦隊は、ごく普通の戦闘開始を迎える。だが、この艦隊の目的は、目の前の敵ではない。
考えろ。敵がここに、しかも前線にもっと戦力を投入すべきこの時に、わざわざ600隻もここに残している。ということはやはりここには、守らなければならない何かがいる。すなわち、輸送船団だ。
だが、それがどこにいるのか、まったく検討がつかない。もっと奥にいるのか?それとも、どこかに隠れ潜んでいるのか?だが、ここには身を隠すような小惑星帯などはない。それに、敵には「ニンジャ」がある。わざわざ物理的な何かに隠れる必要などない。
だが、ならば、どこに?
とはいえ実際に、敵の補給船団がいるかどうかすら確証がない。コールリッジ大将の考え過ぎということもある。だが……それならばなぜ、600隻もの艦艇がここにいる?
守るべき何かがここにいるから、やつらはここに踏みとどまっている。そう考えるのが妥当だ。と、なれば、やはり輸送船団はいる。それを前提にして、思考を進めよう。
問題は、どこにその船団がいるのか、だ。この真っ暗闇な宇宙の只中、どこにいるのか分からない相手を探すなど、不可能に近い。おそらくは例の「ニンジャ」を使っている。ならば、まともな方法で探して、見つかるわけもない。
と、そこまで考えて僕は、あることを思い出した。
「ザハラー二等兵に連絡!」
「はっ!」
「直ちに、艦橋へ来るよう伝えよ!」
そうだ、そういえば、まだあの手があった。僕はザハラーを呼び出す。当然、艦長が意見具申する。
「艦長、意見具申!」
「……言いたいことは、分かりますよ。レーダーが使えなくなってしまう、と」
「そうです。ここで偽装基地を作る必然性もなく、デメリットしかないのでは、と」
ああ、そうだ、そういえば艦長にはマリカ中尉が唱えた、ザハラーの力のもう一つの効果のことを話していなかったな。僕は艦長に、ザハラーの「神の目」増幅効果のことを話す。
「……つまり、ダニエラ殿の力を増幅するために、ザハラー殿を呼ぶ、と」
「確証があるわけではないですが、確かに前回の戦闘では、ダニエラの視野が広がっています。敵の輸送船団が見つからない今、それを使う時かと」
「……分かりました。閣下の采配に従います」
かなり僕は、無茶なことを言っている。だが、艦長はそんな僕に従い、艦を動かす。単なる堅物な艦長だと思っていたが、このオオシマ大佐という人物、かなり肝が座っている。僕などよりも、よほどか指揮官向きだ。
「砲撃中止! 後退し、索敵に専念する!」
艦長が、ザハラーのレーダー妨害に備える。まもなく、グエン准尉と共にザハラーが現れる。
「ザハラー! 一夜城、展開だ!」
僕はザハラーにそういうと、ザハラーは黙ってうなずくと、すぐに右手を伸ばす。艦内のレーダーに、影響が現れる。
「レーダー、使用不能!」
だが、そのレーダーの無力化と引き換えに、逆に冴える索敵手段がある。その索敵手段である神の目を持つ人物が叫ぶ。
「います! この周り一帯に、何かが!」
ダニエラのこの言葉に、僕はむしろ不意打ちをされた感じを受ける。この辺り一帯にいる?どういうことだ。そこでザハラーの力を消し、指向性レーダーによる索敵が開始される。
「上方、距離31万キロ、数、およそ10!」
「光学観測! これは……小惑星?」
随分と近い場所に、その何かがあった。前方ではなかったために、ダニエラの索敵に引っ掛からなかったようだが、その映像を見る限りでは、一つの大きさが1キロ程度の、ただの小惑星にしか見えない物体が写っている。それが10個集まっている。
しかもさらに索敵を進めると、そういうものが周囲30〜40万キロ以内にぐるりと30群も点在していると判明する。全部で、300ほどの小惑星。ここは元々、小惑星などない宙域。つまりあれは、わざわざここまで運んだ上に、それらに「ニンジャ」を施した、いわば「偽装艦」だ。
なぜ、ただの小惑星などに「ニンジャ」など施す必要があるのか。考えられる理由は、ただ一つ。これはつまり、「神の目封じ」ではないのか?
そんなものに、我が艦隊はぐるりと周囲に囲まれている。
まさか、敵はここに「ニンジャ」を見破れる何かが来ると想定して、こんな偽装まで準備していたというのか?
この敵の周到さを前に、僕はただ愕然とさせられる。
「敵艦隊、発砲を開始!」
ついに、敵の艦隊の射程圏に入った。倍の敵からの砲撃、高密度なビームの束が、我が艦隊に襲いかかる。
「敵艦隊、密集隊形にて前進! 我が艦隊に迫りつつあります! 距離、27万キロ!」
「砲撃再開! 撃ちーかた始め!」
敵の攻勢が、苛烈さを増す。数にものを言わせて、我々を追い込むつもりか。600隻の敵が集結し、砲撃密度が上がる。これを受けて、我が艦も砲撃を再開する。
「敵の砲撃、来ます!」
「砲撃中止、バリア展開!」
と、いきなり直撃が来る。バリアでそれを受け止める。敵の直撃を受け、バリバリと響くバリア駆動音。その音を聞きながら、僕は陣形図を見る。それを眺めていると、僕の中に沸々と違和感のようなものが沸き起こる。
どこか、何か、おかしいな。
「砲撃再開!」
バリアが解除されて、再び砲撃音が鳴り響く。音が一つ鳴り響くたびに、カテリーナは確実に敵を仕留めていく。命中率100パーセント、撃沈率は今のところ20パーセントだ。つまり、5発に1発は敵艦を沈めているということになる。脅威の撃沈率だ。
2倍の敵艦相手に、こちら側にはまだ被害はない。逆に、カテリーナ以外の我々側の戦果はまだ、ない。
戦闘は、膠着状態に陥る。前進もままならないが、瓦解するほどのダメージもない。だがこの状態、我々にとっては不利だ。輸送船団を捕捉、撃滅するという当初の目的が、果たせていない。
しかし僕は、それとは違う違和感におそわれている。むしろそれは、どんどんと僕の中で大きくなっていく。