#49 集結
「あー、それは多分、重力レンズと同じ効果を生み出してるだけじゃないですかね?」
例の、ザハラーの能力発動時にダニエラの力が強化される件を、マリカ中尉に相談する。で、返ってきた応えが、これだ。
「なぜ、重力レンズと同じ、と?」
「現にそのザハラーとかいう娘の力は、電磁波を捻じ曲げてるんですよね? なら、そういう解釈しかできないでしょう」
「だが、全ての電磁波を曲げるわけではない。無線や可視光域は曲げてはいないんだ。にもかかわらず、どうしてダニエラの神の目が感じる何かが強化されるのか、ということが分からない。それが解明されないと……」
「閣下、そのダニエラの力と、その力の正体がまだ分からないんですよ? 私に聞かれても、分かるわけがないですよ。この間のドップラー効果説もそうですが、あくまでも仮説であり、証明するのに必要な根源的な部分が解明されていない以上、仮説の域は出ないんです」
適当な理屈と正論で返されてしまった。いやまあ、その通りなんだが、指揮官としては正直困る。が、それだけ賜物というやつは、未知の存在だということを再認識させられる。
その日の仕事をこなし、司令部を出て、家に帰る。レティシアが待つ家に帰ると、そのレティシアがソファーで寝ている。だらしない口元、お腹の辺りを掻きながら、幸せそうに寝ているものだな……って、ちょっと待て。
「おい、レティシア!」
僕の声で飛び起きるレティシア。
「な、なんだ!? 熱暴走か!?」
辺りをキョロキョロしながら、寝ぼけてやがる。おいレティシア、ここは家だ。機関室じゃないぞ。
「レティシア、お前……」
「な、なんだよカズキ、大声出しやがって。熱暴走じゃねえのかよ」
「……夕飯は、どうした?」
「あ……」
辺りはすっかり暮れる。まっさらなキッチンに、まるで木星のように鮮やかな木目が映える、皿一つないテーブルが一つ、僕の目の前にある。
「いやあ、忘れてたわぁ。もうこんな時間かよ」
頭をボリボリと掻きながら、少し申し訳なさそうに僕の顔を見るレティシアだが、そんな顔をされても困る。調理ロボットに、レシピを指定しておくだけだというのに、なぜそれをやっていない?
「しゃあねえな。それじゃあ、食いに行くか」
「食いに行くって、どこへ?」
「まあ、行くとしたらあそこだろう」
レティシアが「あそこ」と言えば、1箇所しかない。そうだな、地球001から帰ってきてからというもの、しばらくは戦闘や何やらでバタバタしてたから、あの店に行けてないな。そういうわけで、僕とレティシアは例の店へと向かう。
と、ショッピングモールに向かっていると、何やら似たような2人が、手をつないで歩いているのが見えた。
見るからにあれは、カテリーナとザハラーだ。とんがり帽子とターバンをかぶり、手をつないで歩く褐色肌の女子など、あの2人以外には考えられない。にしても、目立つ。
「おいカテリーナ、こんな時間に、どこ行くんだ!?」
レティシアが、カテリーナを呼び止める。振り返るカテリーナが何かを言おうとするが、ザハラーが先に口を開く。
「パフエ!」
……多分、パフェと言いたかったのだろう。今から2人で、パフェを食べに行くらしい。
「なんだ、そうなのかよ。せっかく、とんかつ屋に誘ってやろうと思ったんだけどよ……」
レティシア言いかけると、今度はカテリーナが反応する。
「行く、味噌カツ!」
はっきりしてるな、こいつ。自分の食欲には真っ直ぐだ。というわけで、4人で例のとんかつ屋に行く。
「いらっしゃい!!」
いつになく、元気な店主が出てきた。いや、確かにいつも元気だが、今日はなんだか少し、勢いが違う気がする。
「いらっしゃいませ」
「おう、ロレッタ、元気にしてたか」
「はい、おかげさまで元気ですよ、レティシアさん」
こちらはすっかりこの店の看板娘となりつつあるロレッタ。いや、あの時、ここに来て本当に正解だった。もしあのとき軍司令部にいっていたら、ロレッタは今ごろ、どうなっていたか?
「随分とご無沙汰だったじゃねえですか、大将!」
「いや、ここ最近、いろいろとあってね……ああそうだ、店主よ」
「なんです、大将!?」
「こいつ、豚肉が食べられないんだ。この店って、鶏肉料理なんてあったか?」
店主の顔を見たら、突然、ザハラーの鶏肉問題のことを思い出した。とんかつ屋というだけあって、豚肉以外にあるとは思えないが……ダメもとで尋ねてみる。
「おう、あるぜ」
「えっ! ほんとか!?」
「ああ、ナゴヤコーチンでよけりゃあな」
「なにっ! ナゴヤコーチンがあるのか!」
「おうよ。あれ、大将、知らなかったか?」
「初耳だ。で、どんな料理があるんだ!?」
「親子丼に、砂肝焼き鳥だな」
「……しかし、まさかとは思うが、わざわざナゴヤから取り寄せているのか?」
「いや、ペリアテーノの平民街で飼ってるんだ」
店主よ、それはもはやナゴヤコーチンではなく、ペリアテーノコーチンではないのか?
「まあいい、じゃあ、それを一つ。あとは、いつものだ」
というわけで、ザハラーにはナゴヤコーチン料理を、そしてそのほかはいつもの味噌カツ定食を頼む。
「おまち!」
いつもならロボットが運ぶ料理を、店主自らが運んできた。ロレッタも、店主の後ろにいる。。確かに今は、客が少ない時間ではあるが、とりたてて空いているわけではない。こんなところに2人も現れるほど、暇ではないと思うのだが。
「いやあ、いつ来ても、いいとんかつだぜぇ!」
「ありがとうごぜえやす!」
レティシアがでてきた味噌カツを褒めたたえるが、お前、ナゴヤでここのとんかつのことを、本物とは違うとか言ってなかったか?
「にしても、コーチン丼も美味そうだな」
「そりゃあそうですぜ。何せこいつは、ペリアテーノ産の大麦をたらふく食ってますからねぇ」
「なんだ、ここの大麦だと、味がよくなるのか?」
「トウモロコシ中心の飼料だと味が落ちるんで、コーチンには麦や米を与えるんです。で、ここの麦を与えてみたんですわ。すると、ナゴヤのよりも弾力のある美味いコーチンになってねぇ……いやあ、ナゴヤ以上ですわ」
大丈夫か、本場のナゴヤコーチンよ。7000光年先の古代文明惑星の一角で、盛大にディスられてるぞ。
「おっといけねえ。そういえば、大将に報告しとかねえといけねえ話があるんですよ」
「なんだ、話って?」
「ええ、実は……」
店主のすぐ横に、割烹着姿のロレッタが並ぶ。そして、そっと店主の腕に寄り添う。
「俺とロレッタなんですが、この度、夫婦になりやしたんで」
レティシアの表情が変わる。僕も、持っていた箸を落としそうになる。
「な、なんだってぇ!? ロレッタととんかつ屋が、結婚!?」
「い、いやあ、そこまで大げさに驚くこたあねえでしょう」
「だってよ、おめえ……まさに豚に真珠、とんかつ屋にロレッタだぜ!」
酷いたとえだな、レティシアよ。動揺し過ぎだ。僕は一息ついて、店主に応える。
「いや、おめでとう。まさかこの短期間に、独り身を卒業していたとは思わなかったよ」
「そうですよぉ、俺も驚いてますぜ。自分で言うのもなんですが、ロレッタが俺のプロポーズを受けてくれた時なんて、大将がレティシアさんを口説いたとき以来の、快挙でさぁ!」
この店主も酷い言いようだな。僕とレティシアの組み合わせは、そんなに意外か?
「てことで、これからも夫婦共々、頑張りますんで、今後ともごひいきに!」
「おう! 店主、それにロレッタ、末永く幸せにな!」
ということで、店主の元気の原因が衝撃的な形で分かってしまった。でもまあ、あの2人を見ていると、意外にもお似合いじゃないかと思えてくる。
「さてと、あっつあつの2人の前だってえのに、さっさと食わねえと、こっちのカツは冷めちまうぜ」
「ああ、そうだな」
気を取り直し、僕とレティシアは、とんかつを食べ始める。心なしか、いつもよりも味噌ダレの甘味が強い。
さて、そんなとんかつ屋店主の人生の華々しい1ページを見せつけられたというのに、正面の2人はそんなことにはお構いなしに、もぐもぐとそれぞれの料理を食べている。カテリーナは右手で、ザハラーは左手で頬を押さえつつ、微笑んでいる。
と、カテリーナは、ザハラーの食べる料理が気になるようだ。特に、砂肝の串に興味津々の様子。それを見たザハラーは、無言でカテリーナにその串を一本、渡す。
ぱあっと、カテリーナの顔が一瞬、明るくなる。で、カテリーナのやつ、そのお礼のつもりだったのだろう。味噌カツのひとかけを、ザハラーの親子丼のどんぶりの中に投げ入れる。一瞬、顔の表情が曇るザハラー。
おい、カテリーナよ。お前の基準で料理を扱うんじゃない。こいつは豚肉がダメだから、わざわざこれを頼んだというのに。しかも、親子丼の上に、味噌ダレのたっぷりかかったとんかつを放り込むとは……しかし、カテリーナは笑顔で砂肝を頬張っている。そんな微笑みの前で、断るわけにはいかない。渋々ながらも、ザハラーはそれをフォークで突き、口に運ぶ。
こちらも一瞬、ぱあっと顔の表情が明るさを増す。そして隣の娘と同様、頬を撫でながらにやにやと食べる。なんだこいつ、とんかつもいけるじゃないか。やっぱり、単なる食わず嫌いだったのか。
賜物の不可思議さ、思いがけない人生の転機、そして、新しい食との出会い……平穏な街の一角で繰り広げられる数々のドラマも、この宇宙にとっては、広く静寂の湖の上に起こる、一つの波紋のような、些細な出来事なのだろう。
が、そのころ白色矮星域では、この宇宙の静けさを掻き乱すほどの、本当の動乱がまさに起ころうとしていた。
僕が、白色矮星域に集結しつつある敵艦隊の報を聞いたのは、それから2時間後のことだった。