#46 混乱
その翌日、サンレードの建国式典というやつに参加した。
結論から言うと、大変なイベントだった。
まず、この国の国王が、大ピラミッド、ではなくて大カビラッドの前で何かを宣言する。建国祭というくらいだから、国の繁栄を願う何かを宣言しているのだろう。が、言葉が分からないから、もちろんその詳細は分からない。
頭にかぶった被り物には、ザハラーが売ったのと同じあの鳥の羽が使われている。なるほど、こういう用途で使われる羽なのか。気になったのはそれくらいで、式典そのものは粛々と行われ、それ自身は特に問題はない。
が、問題は、式典終了後だ。
僕は、ぐるりとこの国の貴族らに囲まれてしまった。
「ハルァント、サヒィーバ ティルク アルサフィナット、アルカヴィーラ!?」
「カィフ ユムキン リミッスル ハブヒッフ アルサフィナット アルカヴィーラッタン タティール アルサマ!?」
何か質問を受けているのは分かるが、話している内容がさっぱり分からない。通訳を通じて分かったのは、あの船がどうやって空を飛んでいるのか、などと聞いていることだった。で、これにどうにか応えるものの、今度はこちらの言葉が通じない。いや、言葉というか、単語が、と言った方が適切か。当たり前だが、この国には「重力子エンジン」だの「核融合炉」、「ワームホール帯」などという言葉はない。そんな概念がない人々に、それを伝えるのはほぼ不可能。結局、2時間以上も彼らの質問攻めに付き合うことになる。
ところで僕は、随伴者としてドーソン中尉を選んだ。理由はごく単純だ。奴は大きい。そして、筋肉も多い。こういう思想の場所では、ぴったりな人物だ。
「アン、カヴィラム!」
「ああ、筋肉こそ、正義だ!」
おそらく全く話が噛み合っていないと思うのだが、それでも周囲の人々がなぜか喜ぶ。特に、この国の女性に大人気だ。やはり、人選は正しかったな。
このドーソンという男には多分、言語以外の何かで意思を伝達する能力を持っているのだと思う。それも、あの筋肉の奥深くに、だ。いや待て、これもいわゆる賜物じゃないのか?
「はぁ……終わった」
昨日の群衆よりはマシだが、それでも大勢の貴族に囲まれて、僕はすっかり精力を奪われた感じだ。
「閣下、いけませんなぁ。これくらいで疲れるようでは、艦隊指揮など困難。もっと筋肉を!」
ドーソン中尉から、筋肉のススメを説かれる。いやあ、僕はいいわ、そういうのは遠慮しておく。
そんな式典を終えて、艦内に戻る。ちょうど最上階でエレベーターを降りると、荷物を抱えるフタバが立っていた。
「あれ、フタバ。なんだその荷物は?」
「ああ、カズキ。降りるのよ、この艦を」
「はぁ!?」
突然のこいつのこの一言に、僕は一瞬、凍りつく。
「何だお前、降りてどうするつもりだ!? なにか、気に入らないことがあったのか!?」
「何言ってんの、あたい、調査員でしょう? だから、賜物持ち探しをするのよ」
「探すって……こんなところでか?」
「まさに、こんなところにいたじゃない、一人。ちょっと離れたサバンナの中だったけど」
「ああ、確かに……って、こんなところで降りて、どうするんだ? 第一、どこに住むつもりだ?」
「まあ、ちょっとの間、ここの司令部にお世話になるつもり。1週間くらいは探ってみて、それから戻るわ。じゃあ、元気でね」
と言いながら、エレベーターに乗り込むフタバ。この適当な妹は僕に手を振り、ドアの向こうに消えていった。
放浪癖があるやつだと思っていたが、とうとうここでもそれが、発揮されてしまったな。なんてことだ、何かあったらどうするつもりだ。などと思ったが、思えば、今までだってそうだったな。地球001だって、未だに危険な場所はたくさんあり、フタバはそんなところにまで足を踏み入れていた。だが、無事に帰ってきた。
今度も何とかするだろう、僕はそう思うことにする。どうせフタバのことだ、この船から来たと言いながら、上手いこと現地人とコミュニケーションするつもりだろうな。
「おうカズキ、お疲れ」
「ああ、レティシアか……そういえばお前、フタバのことは知ってるのか?」
「もちろんだ。さっき、挨拶に来たからな。それにあいつ、出港前からサンレードで降りるって言ってたぜ」
なんだ、レティシアは最初から知っていたのか。しかしフタバよ、そういう大事なことを兄には話さないで、なぜレティシアにだけ話す?よくわからん妹だ。
「出港用意! 各部最終点検!」
ということで、用事が終わったので、さっさと帰ることにする。フタバは今ごろ、司令部に向かっている頃だろう。
「レーダー、および各種センサー、問題なし!」
『機関室より艦橋! 機関良好、問題なし!』
「よし、では駆逐艦0001号艦、発進する。機関始動!」
『こちら機関室! 機関始動!』
ウィーンという音が響く。徐々にその音が高まり、0001号艦の機関が離昇状態になる。
「機関始動完了!」
「繋留ロック解除! 抜錨! 駆逐艦0001号艦、発進!」
艦長の号令とともに、ロックの外れる音が響く。船体がグラッと揺れる。が、すぐにそれは収まり、上昇を開始する。
「両舷微速上昇!」
「了解、両舷微速上昇!」
地上には、大勢の人が集まっているのがここからも分かる。最大級の駆逐艦は、この街の人々の心に何某かの畏敬の念を植え付けて、離れていく。そしてそんな人々の姿は、すぐに見えなくなった。あの中にもしかすると、フタバの姿もあるのかもしれない。
帰りもまた、一旦高度7万メートルに達した後、地上に降下するという低弾道軌道を描いて帰る。帰りは特に機関トラブルもなく、実にあっさりとペリアテーノに到着する。いや、行きもこれくらいあっさりと着いていたらよかったのに……と思ったが、あのトラブルがあったからこそ、ザハラーと出会えたのだとを思うと、少し複雑な気分だ。
ペリアテーノ宇宙港に到着した僕らは、新たにザハラーを引き連れてロビーに向かう。まあ、いつものように餌付け……ではなく、食事をするのだが。ただし、ダニエラはタナベ中尉と、そしてカテリーナはナイン中尉と共に、さっさと降りてしまった。後には、僕とレティシア、そしてザハラーの3人である。
「それじゃあ、行くか」
うなづくザハラー。彼女はまだあまり、こっちの言葉には慣れていない。いや、それ以上の問題に、彼女は直面している。
壁面がガラス張りのこの建物、大勢の人、そして窓の外に見えるビル群。荒野や砂漠、サバンナを彷徨っていた彼女にとってここは、地上に現れた異世界。頭が追いついていない様子だ。
「こっちだぜ」
なんだか、この街にきたばかりの頃のカテリーナを思い出すな。鳥ばかりを追いかけて暮らしてきた彼女が、いきなり違う世界に足を踏み入れてしまった。その顔の表情からは、不安の表情を覚える。
「あら、今日のカテリーナちゃん、なんだかいつもと違うわね」
宇宙港の売店の店員には、スナック菓子を大量に購入して帰る娘として認知されているカテリーナだが、その店員さんがターバンを巻くザハラーをカテリーナと勘違いしている。しかし彼女は、明らかにカテリーナとは違う。
「ここ、何!?」
そう、声が大きい。カテリーナはどちらかというとボソボソと話すタイプなのに対し、ザハラーははっきりと喋る。随分と長いこと一人身で、街を点々と巡り、男達と張り合って暮らしてきたからだろうか?それとも、元々の性格がこうなのか?
で、この日は彼女の住処を確保し、地球042司令部にも連絡し、そしてついでにカテリーナのところに行ってザハラーの面倒をお願いしつつ、家に戻る。
そして、翌日。
「えっ!? 一緒にいたの、一晩中!?」
翌日、司令部に現れた2人のカテリーナ……ではなく、カテリーナとザハラー。どうやらこの2人、昨夜はカテリーナの部屋で過ごしたらしい。
「……昨日、頼まれた、から……」
制服姿のカテリーナは、半ば不満そうに僕にそう漏らす。
「布団、いい!」
一方のターバン姿のザハラーは、どうやら布団が気に入ったらしい。片言ながら、ストレートに気持ちを表現する。
司令部内では、この2人の登場にざわざわしている。一見すると、カテリーナが2人いるように見える。伝説の砲撃手が2人。そりゃあ大騒ぎになって当然だ。ターバンがなかったら、見分けがつかない。
そんなカテリーナとザハラーを連れて、僕はある場所へと向かう。
「やあ、お待ちしておりました」
ここは司令部建屋のすぐ外、人型重機や哨戒機が数機収まる司令部併設の格納庫内。その一角に、小さな仮設小屋が作られている。その中には、あの人物がいる。
「お久しぶりです、カワマタさん」
そう、彼は地球001からわざわざここにやってきたばかりのカワマタ研究員だ。そしてこの小屋には、ナゴヤから持ち込んだ、例の「第5の力」を測定するための機械が並べられている。
軍事研究に対しては関わりたくないといいつつも、ちゃっかり司令部の一角を間借りしているあたり、この研究員のしたたかさを感じるが、僕がザハラーを連れてここにきた理由は、他でもない。
「そういえばヤブミ准将、新しい賜物の持ち主が見つかったんですよね?」
「ええ、彼女がそうなのですが……」
「……あれ、以前、お会いしたような……」
「いえ、別人です」
やはりこの研究員にも、彼女がカテリーナに見えるのだろう。が、すぐ後ろに本人がいるのをみて、少し顔を歪める。
「もしかして……双子姉妹なのですか?」
「いえ、言葉も性格も、生まれた場所も違うようです」
「はぁ、そうなんですか……」
カテリーナとザハラーの関係が少し気になったようだが、研究員にとっては姿格好はどうでもいいことのようで、すぐに実験が始まる。
「それではザハラーさん、実験を始めます……が、この方は、何をすればいいんですか?」
ああ、そうか、そういえばカテリーナの時は、誰かがおもちゃの銃で襲わなきゃならないんだった。
「いえ、彼女の場合、何も要りません」
「そうなのですか。では、力を使ってください」
カワマタ研究員の言葉を受けて、僕はザハラーに向かってうなずく。それを受けて、ザハラーは手を前に伸ばす。
すぐに、計測器が反応する。
「こ、これは……」
考えてみれば、駆逐艦すらも止めた力だ。とんでもない数値が出ているに違いない。カワマタ研究員の顔を見れば、それがよく分かる。
……と思っていたが、思わぬ一言が、この研究員から発せられる。
「あの、ノイズが多過ぎて、計測が……」
「は? ノイズ?」
「ええ、なんというか……電磁波、ですね。光子の量が多くて……」
あ、そうか、そういえばザハラーは、レーダー波を狂わせるような力だ。ということは、カワマタ研究員の言う通り、賜物としての力以外のノイズが多いということなのだろう。
と、ここまで考えて、僕はとんでもないことに気づいてしまう。しまった……そうだ、ザハラーの能力は、半径1.5キロ以内にあるレーダーを狂わせる力。そんなものを、司令部の中、宇宙港のすぐ脇で使おうものなら……
と、突然、けたたましい警報音が鳴り響く。
『司令部全域に、警戒警報! 現在、司令部周辺に、大型の未確認物体出現!』
ああ、手遅れだった……僕は大急ぎで、ザハラーに力を抑えるように言う。
その後、僕はバスティアニーニ大将に呼び出され、めちゃくちゃ怒られたのは、いうまでもない。




