#45 活躍
いろいろとあったが、ともかく目的地であるサンレードに到着した。
ここに新たに建設されたばかりの宇宙港ドックに接舷し、僕らは地上に降り立つ。
「……ありゃあ、ピラミッドだな?」
「ああ、どう見てもピラミッドだ」
その宇宙港のすぐ脇には、僕とレティシアにとって見覚えのある建造物が、まさに目の前にどーんと立ちはだかっている。
それは三角形の、極めて精巧な石造りの建造物。地球001にあるそれは、建造されてからすでに三、四千年以上は経過しているため、劣化が大きい。が、ここにあるものはまだせいぜい数百年から一千年程度。一番大きなピラミッドにはまだ、滑らかな化粧石がしっかりと残っている。
そんな都市に、僕らは降り立った。早速、僕らの船の周りには、人だかりができる。
「イイナハ、サフォナッテ カヴィラン……」
「カヴィア、カヴィア!」
どうやら宇宙港従業員のようだが、他の駆逐艦の1.5倍の長さのこの船を見上げ、皆、口々に何かを言っている。言葉は分からないものの、彼らがその大きさに驚いているのはなんとなく分かる。
だが、人々はこの艦のことをどう思っているのだろうか?さすがに、駆逐艦の往来が当たり前となりつつある現在、恐怖心を抱いている者はいないだろう。
そういえば僕はついさっき、地球042のとある士官から、このサンレードの人々に関するある話を聞いた。
それは、あのピラミッドに関する話だ。
ピラミッド。我が地球001にも似たような建造物はあるが、今一つ、建築された目的が解明されていない。
当初は、奴隷に作らせた王家の墓だといわれていたが、それは様々な調査から否定されている。公共事業の一環で作られたものだったことは間違いないものの、宗教儀式装置説、日時計説、倉庫説など、定説がない。
が、ここのピラミッドの建造目的は、はっきりしている。
ここではピラミッドのことを「カビラッド」と呼んでいる。大きく、偉大なもの、そういう意味だそうだ。
つまりあれは、大きくて偉大なものの象徴として作られた、ということを、その呼び名は示している。実際、歴代の王が自身のカビラッドを、自身の権威の象徴として作らせていた。そういう伝承が残っているという。
膨大な労働力、資材、そして国力を投じて作り出されるカビラッド。どうしてこんなものが必要だったのか。それは、この地の人々には「大きいものは偉大」という妙な信仰があるからだという。
もっとも、カビラッドを作り過ぎた結果、周囲の砂漠化が進み、その結果、一度王国が滅んでいる。今の王朝では、カビラッドを作ろうという王はいない。だがその大物崇拝思想そのものは、今でも残っているという。
そんな人々が、このピラミッド、いや、カビラッドをはるかに上回る大きさの駆逐艦を目にする。
となれば、彼らはこの駆逐艦に、どんな思いを抱いているのか?
なるほど、駆逐艦0001号艦がここに派遣された理由が、何となく分かった気がする。駆逐艦としては最大サイズのこの船。地球042の軍司令部の連中が、あれをここの人々に見せたくなるわけだ。
ところで僕は、いつもの3人とフタバ、グエン准尉、それにザハラーとともに、サンレードの街にやってきた。ザハラーが持っているあの鳥の羽を、換金するためだ。
「それにしてもここ、石造りの建物が多いですわね」
ダニエラがボソッと呟いた通り、ここは石造りの建物が目立つ。ペリアテーノが石レンガ造りの、比較的高い建物が多かったのに対し、ここは削り出した石を積み上げた平屋の建物が多い。
中央の通りは広く、その大通りを人々が行き交う。なぜそんなに広い通りが要るのかと思ったが、ふとその通りの向こうを見ると、大きな石を運ぶソリのようなものを見つける。
木製のソリの上に乗せられた大きな石。どこかの建物の建材として使うようだ。それを数人がかりで引き、少し動かしては、その下に敷かれた丸太を前に移し、それをコロとして使い大きな石を動かす。この大通りは、石運びのための道でもあることが分かる。
そんな大きな石の運搬風景を横目に、僕らはザハラーの目的の店に向かう。
大通りから少し裏に入った細い道沿いの店に入る。その店に着くや、ザハラーはその店の店主に交渉を始める。
「アハラーンディカ!」
「アヴィ、ラディシェン、ウリンドゥカン、アンタシュタリアク」
などと言いながら、ザハラーは例の鳥の羽を、この店の店主に見せる。
「ア……ハイ、ハーディディ、リーシャン、タイヤァ、ラーディディーアン?」
「ハーティ!アディハ、ウグブ・カキシュ!」
「ナーナ、ハイハーダス、アヒハッ」
言葉はさっぱりわからないものの、どうやらこの店主のその態度と口調から、この小娘をあしらっているようにも見える。推測だが、あの羽を安く買いたたこうとしているんじゃないだろうか?
大物信仰のこの国で、小さ過ぎるこの娘はどうしたって不利だ。店主に掛け合うザハラーだが、交渉そのものは芳しくない。
ここは援護するべきだろうか?しかし、言葉が通じないからなぁ。それさえ何とかなれば……
「おい! なに適当にあしらってやがる!」
おっと、同じことをレティシアも感じたようだ。その店主に抗議し始める。が、それじゃあ言葉が通じないだろう。統一語で抗議して、どうするつもりだ?
「アン、ミンナアントゥ?」
「はぁ!? なんだって!? 何言ってるんだか、さっぱり分かんねえよ!」
店主が何かを尋ねているようだが、分からないとキレるレティシア。いや、そんな理由で怒っちゃダメだろう。あちらだって、こっちの言葉が分からないと言っているに違いない。
「お前、どこ、来た、言ってる」
すると、ザハラーは店主の言葉を翻訳する。それを聞いたレティシアは応える。
「ああ、そういうことか。ええと、俺らはあの、空飛ぶでっかい船から来たんだ」
と、レティシアは外を指差しながらその店主に話す。それをザハラーが通訳し伝える。
「タハラ、クゥミンナ サフィナットゥ、カヴィラ!」
それを聞いた店主は、顔色が変わる。
「サフィナットゥ、カヴィラァ!?」
そして店主は、なぜか僕のところにやってくる。そして手を握り、肩をポンポンとたたきながら、嬉しそうに話す。
「ナァ、イラ アクン アーリファ、ダイファーミン ティルク、サフィーナ、アリザマティ!」
なんだなんだ?こいつ急に態度が変わったぞ。なんだかとてもうれしそうに、僕の肩をポンポンとたたく店主。
「あれ、大きい! 感動! 素晴らしい!」
ザハラーが、分かる部分だけ通訳をしてくれる。これだけで、何をいっているのかが分かる。そうか、あの駆逐艦の大きさに感動したのか。僕はただ笑みを浮かべ、握手するしかなかった。
我々があの船から来たと聞いて、いたく歓迎された、ということだろうか?買取が終わり、店を出る。ターバンと布で覆われたザハラーの顔の隙間から見えるその表情が、妙に明るい。
「高く、売れた!」
ああ、なんだか知らないが、あの船から来た客人と知って、持ち込んだ品を高く売ることができたらしい。やはり彼らは、一回り大きなあの駆逐艦に、なにか畏敬の念のようなものを抱いているようだ。こんなところで、あの新鋭ポンコツ艦が役立つなどとは思わなかった。
しかし、こういっては何だが、要するに最初は買い叩こうとしていたってことだな。それが正常価格に戻っただけなのかもしれない。いずれにせよ、布の外からもザハラーが喜ぶのがよく分かる。
店を出て大通りを過ぎて、ザハラーの案内で人の賑わう場所へと向かう。ここは市場だろうか?ターバン姿の人々が大勢、布と木枠だけの簡易な作りの店が軒を並べるこの細い通りの間を行き交う。時折、何かを手に取り品を買う人の姿が見える。しばらく街を見学してみたい気もするが、言葉が通じないので、何が何やらよく分からず、一歩引いてしまう。
だが、ザハラーは先ほど羽を売って得たお金で、何かを買っている。手に入れたのは、真新しいターバンに、装飾品の類。それらを手に入れて、満足げな表情だ。
「へぇ、ザハちゃん、いいもの手に入れたねぇ」
「我、欲しかった! 高く、売れた!」
フタバに応えるザハラーの声からは、たどたどしい言葉遣いながらも、喜んでいるのはよく分かる。
しかしこのザハラーという娘、カテリーナより表情が豊かだな。今は布に覆われていて顔がほとんど見えないが、そんな布の外からでも表情が分かるくらいだ。布を覆っていないカテリーナよりも、喜んでいるのが分かる。
そして大通りに戻り、駆逐艦に向けて歩き出す。が、先ほどのあの石を乗せたソリが止まっている。休憩をしているのかと思いきや、なにやらその周囲が騒がしい。
「ラー! インナラー、ヤーマイラ!」
男たちが、ソリの前部分に集まり、何か騒いでいる。覗き込んでみると、その騒ぎの原因が分かった。
コロとして使っていた丸太が一本、真っ二つに折れている。そこでソリの前端が地面に落ち込み、動かせなくなってしまったようだ。
大きな石だ。一体、何トンあるのか?何とかソリを後ろに押して立て直そうと試みるが、これがなかなか動かない。
うーん、大変だが、どうしようもないなぁ……せめて、人型重機でもあれば……ああ、そうだ。我が艦の重機に救援要請してみるか。あれなら、こいつをどうにかできるかもしれない。
と思った矢先、レティシアがそのソリの先にいた。
「なんでぇ、大の男が集まって、これぐらい動かせねえのか。しょうがねえなぁ……ほらよっと!」
と、レティシアが触れたソリの前端部が、浮き上がる。突然現れた銀髪の女が、男数人がかりでびくともしない石材を持ち上げてしまった。周りの人々は、唖然とする。
ああそうだ、そういえばレティシアは「怪力魔女」だった。この程度の石を持ち上げることなど、彼女にとっては容易い。いつも水ばかり持ち上げているから、魔女としての本来の力を忘れていた。
このレティシアの力を借りて浮き上がったその石を、男達は引き寄せて、コロの上に戻すことができた。
「ショクランラカ! ショクランラカ!」
男達は、口々にレティシアに礼を言っているようだ。言葉は相変わらず分からないが、なんとなくそれは分かる。
「なんでなんでぇ、これぐらい、たいしたこたあねえよ!」
などと謙遜するも、礼を言われて悪い気はしないらしい。だが、この一件で僕らは、周囲人々の注目を集めることになる。
「いやあ、やっぱりすごいねぇ、レティちゃん!」
「そういえば、水以外のものを持っているレティシアちゃんを見るのって、初めてかも」
「そうだったかぁ? まあ、どっちにせよ、たいしたことじゃねえよ。」
フタバとグエン准尉が、口々にレティシアを讃える。それを聞いて明らかに調子に乗っているレティシア。しかし、そんな光景を見た周囲の人々の関心を惹かないわけがない。
突然、あんな大きな石を持ち上げた不可思議な異国の者が現れた。いや、正確には異国どころか、星も違うのだが、ともかくこの大通りの真ん中に、人々がわらわらと集まってくる。
そして、あの質問が飛んできた。
「アン、ミンナアントゥ?」
この質問、さっきも聞いたぞ?ええと確か……どこから来たか、と聞いているんだな。
「えっ、なんだって!? ああ……そうそう、俺らはあそこから来たんだよ」
と、レティシアは街の向こうに見える、全長450メートルの我が艦を指差す。人々の目が一斉に、カビラットより大きな駆逐艦0001号艦に向く。
が、それはちょっと迂闊だった。その方角を見た人々の、目の色が変わる。
「ハッパゥ!? ハルァ、ダイファーミンティルク、サフィーナ、アリザマティ!」
「ワウッフ、ワウッフ!」
なんだか、ますます大騒ぎになってきたぞ……さらに人が集まってくる。
「な、なんだ!? 俺はなんか、やらかしたのか!?」
「カラマ フ ムタワフヮ、サウフ アウフナァ! サフィスン、サフィフン!」
「大きいところ、来た人、すごい! とんでもない、言ってる!」
たどたどしいザハラーの翻訳を介すまでもなく、興奮と絶賛の声が沸き起こっているのが分かる。どうやら我々の船に対して、やや過剰な期待感や尊敬の念を彼らが口にしていることが読み取れる。
「いや、だから俺はだなぁ! こういう魔女なんだって! 聞いてるのか!?」
「ワウッフ、ワウッフ!」
「すごい、すごい、言ってる」
で、大勢にもみくちゃにされながら、その場を何とか抜け出して0001号艦に戻れたのは、それから1時間ほど後のことだ。
「はぁはぁ……なんか、酷え目にあったなぁ」
「もう、レティちゃんがあんな力を見せびらかすから……」
「何言ってんだ、お前だって絶賛してたじゃねえかよ!」
辿り着いた駆逐艦で言い合いを始めるレティシアとフタバ。そんなこと言ってもしょうがないだろう。
この街の人々は、大きなものに畏敬の念を抱く傾向が極端に強い。特に馬鹿でかいものほど、尊敬の念を強くする。
全長450メートルの艦からやって来たというだけで、この歓迎ぶりだ。しかも、レティシアのあの魔力のこともある。サンレードの人々の感嘆ぶりは、普通ではない。
だが、ちょっと騒ぎ過ぎだ。たかが駆逐艦一隻だぞ?この場に5000メートル級の戦艦ノースカロライナでも下りてきたら、一体、どうなってしまうのか?




