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#44 説得

「はぁい、ちょっとどいてねぇ、カズキ」


 僕はフタバを呼んだ。こういうことは、自称、調査員に任せた方がまだマシだろうと思ったからだ。で、ドーソン中尉機でやってきたフタバは、僕を押し除け、ザハラーと話し始める。


「ええと、あたい、ペリアテーノから来た、フタバっていう者よ。分かる? オーケー?」

「フタバ……?」

「そう、ザハラーさん、あんたに話があって来たの」


 身振り手振りが、妙に滑らかだ。考えたらこいつ、世界を放浪していた。地球(アース)001といえども、統一語が通じるところばかりではない。言葉の壁を乗り越えながらどうにかしてきた経験が、こんなところで活かされる。


「ねえ、あんた、うちの船に乗らない?」


 単刀直入に聞くフタバ。いや、いきなり過ぎるだろう。だが、ザハラーは意外な質問をする。


「フネ、分かる、ない!」


 どうやら船というものがなんなのか、分からないようだ。そういやあ、主に陸上を旅する旅人だからな、するとフタバのやつ、とんでもない珍回答を捻り出す。


「美味しいものが食べられる、そんなところよ!」


 あながち、間違ってはいないが……いやいや、大間違いだ。うちの船は、グルメバイキング・クルーザーじゃない。なんてことを言い出すんだ。


「美味しい、もの?」

「そうねぇ、例えば、こんなものよ」


 と言いながら取り出したのは、一口サイズのチョコ。なんと、それをザハラーに渡す。

 貰ったはいいが、それが何なのかがまったく分かっていないご様子のザハラー。だが、フタバが同じものをもう一つ取り出して、それを口に入れてみせた。


「パクッと食べるの。美味しいわよ」


 それを見たザハラーも、顔を覆う布を少しめくり、恐る恐るその未知の黒い物体を口に入れる。入れた直後、布の隙間から見える顔の表情が変わるのが分かる。


「ラ……ラディフィンヒ!」


 多分、美味いと言っているんだろう。するとフタバのやつ、これ見よがしに、チョコの入った袋を見せびらかす。それに惹き寄せられるザハラー。おい、まさかお前、食べ物で釣ろうとしていないか?


 地球(アース)001ではずっと昔に、奴隷貿易というものが行われていた時代がある。で、現地住人を集めるために、現地にはない美味しい食べ物を振る舞って釣っていた、という話を聞いたことがある。それを彷彿とさせる行動だけに、あまり感心しない。

 で、こんな卑怯なアイテムまで駆使し、しばらく説得した結果、ザハラーは0001号艦に乗り込むことになった。グッと親指を突き出し、その手を僕に向けるフタバ。

 さて、どうやってその駆逐艦まで連れて行こうか。そういえば、ここには人型重機2機しかいない。いずれも、2人乗りだ。


「ああ、それじゃあ、私が連れて行きますよ」


 そう願い出たのは、デネット中尉だ。そういえばザハラーは、最初からデネット中尉にはあまり警戒心がない。こいつならどうにか穏便に連れて行けそうだな。そう思った僕は応える。


「分かった。では、頼む」

「了解です、閣下」

「ところで、僕はどうすればいい?」

「ドーソン中尉の『ウイロウ』にでもご搭乗下さい」

「……いや、あれも2人乗りだぞ?」

「兄妹なら、ご一緒の席でも構わないでしょう」

「いやいや、構うから!」

「では、デネット中尉操縦の『テバサキ』は、ザハラー殿送迎のため、行動を開始いたします!」


 あ……置いていかれた。スタスタとザハラーのところに向かうデネット中尉は、言葉巧みにザハラーを人型重機の方に連れて行く。あいつ案外、口説くのが上手いな。

 さて、仕方がない。僕はドーソン中尉の機体に向かう。あれにどうやって、3人乗ればいいんだ……と考えながら歩くと、そこにはもう、ドーソン中尉機はいない。

 おい、ちょっとまて、ドーソン中尉機にも置いていかれたぞ。すでに空高く、2機の人型重機が舞い上がっている。野生動物がウヨウヨしていそうな、この暑いサバンナの只中に、艦隊司令官の僕がただ一人、取り残された。

 僕はしばらくの間、その場で唖然として空を見上げるしかなかった。


 で、その10分後に、慌てて降りてきたデネット中尉機によって僕は拾われる。いや、その間にヒョウやハイエナのような動物に、狙われなくてよかった……


 とまあ、そんなハプニングもあったが、あの強烈な賜物(レガーロ)の使い手をどうにかこっちの船に引っ張り込むことができた。

 だが、問題は言葉の壁だな。我々の言葉が多少は分かるようだが、やはり通じない言葉の方が多い。

 ということで今、艦内の会議室にて、ザハラーはカテリーナと向かい合っている。

 なぜ、この2人を引き合わせたのか?パッと見た目には、2人がよく似ている。背丈だけではない、肌の色、瞳の色や形、それに胸……いや、体型も随分と似ている。だからもしかすると、似たような民族、似たような言葉を持つ者同士なのではなかろうか、と思った。それが、この2人を引き合わせた理由だ。

 で、両者向き合ったまま、なかなか話そうとしない。妙な雰囲気と沈黙が、会議室に漂う。

 その沈黙を破り、口火を切ったのはカテリーナの方だった。


「ツム、カゥンフォ!?」


 すると、ザハラーが応える。


「ホファ、マン、アティン!?」

「アアヌ、ラハレ ヴァァレカハ、ケエファイ?」

「エアン、マドハ、タタハディス!」


 おお、思った通りだ。あのカテリーナが、スムーズに会話している。カテリーナとよく似た雰囲気だからもしやとは思ったが、かなりスムーズに話ができている。思わぬところで、カテリーナが活躍した……と思っていたのだが。


「……何を言っているのか、さっぱり、分からない」


 カテリーナが僕の顔を見ながら、呆れた顔で僕に言う。なんだ……会話が成り立っていると思っていたが、それはただ互いに意味不明な言葉を投げ合っただけに過ぎなかったようだ。


 考えてみれば、カテリーナもザハラーも、帝都ペリアテーノから見て「南」の出身という共通点しかない。だが、その大陸の南方向は、8000キロもの長さがある。地球(アース)001で言えば、ちょうどアフリカ大陸の南北の長さに相当する。それほど広大な場所では、言葉など同じであろうはずもない。


「だから言ったじゃん! カテちゃんじゃ無理だって! あたいに任せなさい!」


 と、しゃしゃり出てきたのはフタバだ。


「なんだ、秘策でもあるのか?」


 さっきから適当なことばかりやってるからな、僕は半分、皮肉混じりに言う。


「あるわよ。決まってるじゃない」


 自信満々に答えるフタバ。本当か、それ?しかしそんなフタバが放った次の一言が、僕を愕然とさせる。


「じゃあ、みんなで食堂に行きましょう!」

「ショクドウ……?」

「美味しいものが、食べられるところよ」


 こいつまた、食い物で釣るのか。まったく、短絡的というか、適当というか……まあこうなったら、調査員としての腕を見せてもらおうじゃないか。


 というわけで、僕とフタバに、カテリーナとザハラーは食堂へと向かう。途中、エレベーターにびくつくザハラーだが、それ以外は淡々と見過ごす。

 が、食堂前にあるあのメニュー看板には驚きを隠せない。分厚い布で覆われた顔でも、目の周りだけでその驚きぶりが分かるくらいだ。


「これをね、こーんな感じにめくって、好きな料理を選ぶのよ」


 と、フタバがパラパラとめくってみせる。それを目で追うザハラー。こんな仕掛け、大陸を横断するだけの旅人なら、いや、この星の人間なら見たことはないだろう。


「そうねぇ……ザハちゃんは鳥を捕まえる人だって言ってたから、鶏肉料理がいいわね」


 というフタバの適当な判断により、ザハラーの食堂での初の食事は、照り焼きチキンということになった。


「おう、なんでえ、こいつが鳥を追っかけて、レーダー狂わせたっていうやつか?」


 料理を取り終えて席に座ったところに、レティシアがやってくる。こいつはフライドポテトだけを載せたトレイを持ってやってきた。で、フタバの隣に座る。


「ああ、レティちゃん。ちょうど今から食べようとしているところだったのよ」

「そうか、そりゃあよかった。じゃあ俺も一緒にさせてもらうぜ」


 そんなレティシアを、やや不安げな感じに見上げるザハラー。


「そういやあ、自己紹介がまだだったな。俺の名はレティシア。よろしくな」

「れ、レティ、シア……?」


 元気が良過ぎて、少し押され気味な感じだな。大丈夫か?

 で、そんな中でレティシアのやつ、フライドポテトを食べ始める。が、こいつ、何やらゴソゴソと取り出す。出してきたのは、液状味噌の入ったスティック。それをフライドポテトの皿の脇にぐにゅっと出し、それをポテトにつけて食べ始める。

 こいつ、時々やるんだよな、この食べ方。いつも思うんだが、なぜポテトに味噌をつけようと思う?

 で、皆が料理を食べ始めるが、ザハラーはあの分厚い布を巻いたままで、そのままでは食べられない。そこでザハラーは、顔を覆う布を取り始める。

 頭にはターバンを被ったままだが、その素顔があらわになる。それを見た一同は驚く。


「おい……カテリーナ、じゃないんだよな……」


 レティシアが呟く。レティシアだけではない、一同、同じ感想だ。何が驚いたかって、カテリーナにそっくりだ。よく見ると微妙には違うのだが、パッと見た目にはほとんど同じ。ターバンをかぶっているか、いないかくらいの違いしかない。

 当のカテリーナが一番、唖然としている。いつもなら周囲の動向など構わずマイペースでガツガツ食べるはずのカテリーナが、自身の生写しのような人物を前に、箸が止まる。箸の上に乗っていた納豆が、ずるずると茶碗の上に落ちていく。


 この世には3人、自分とそっくりな人物がいるという。それはドッペルゲンガー伝説で、自身のそっくりさんと出会うと死ぬという不吉な言い伝えとセットで伝えられているが、この両者はそこまで瓜二つというわけではない。

 しかし……同じ服を着せたら多分、見分けがつかないんじゃないか。背丈も同じくらいだし、肌の色もだいたい似ている。しかもいずれも、賜物(レガーロ)持ちだ。こんな偶然、あるもんだな。もしかして、生き別れた双子の姉妹ではないのか?


「じゃ、じゃあ……食べようか」


 というわけで、食事が再開される。ザハラーは、その見たことがない鳥料理に、辿々しい手つきでフォークを突き刺す。そして、それを口に運んだ。

 一瞬、目がカッと開く。その表情を見れば、その感想がどうだったのかは一眼で分かる。

 で、次々にその鳥料理を口に運ぶザハラー。しかし、美味しいものを食べているときの行動が、これまたカテリーナとそっくりだ。頬を撫でながら、モグモグと口を動かして微笑んでいる。隣に座るカテリーナも、同じく頬を撫でている。ただし、カテリーナは左手で撫でているのに対し、ザハラーは右手だ。どうやら左利きらしいな。


「あら、みなさんお揃いでお食事……」


 と、そこにグエン准尉が現れる。が、カテリーナと並ぶ人物を見て、やはり言葉を失う。


「あれぇ!? か、カテリーナちゃんが、2人!?」


 そりゃそう見えるよな、僕らもついさっき驚いたばかりだ。食べている態度までそっくりだから、余計に似ている。

 さらにそこに、デネット中尉とドーソン中尉が現れる。


「ああ、ザハラーさん、もうお食事を……」


 と言いかけたところで、デネット中尉もフリーズする。平然と僕を置き去りにした、あのデネット中尉ですら驚愕している。相当な衝撃だな、これは。

 が、一番面白い反応は、やはりドーソン中尉だ。


「か、カテリーナ殿が、2人になった!」


 そんなわけないだろう。服と被り物をみろ、全然違うぞ。今はカテリーナは帽子なしの軍服姿で、あのいつもの痛い格好ではないのだから、なおのこと違いが分かるだろうが。


 という具合に、食堂を訪れた乗員をフリーズさせながらも、この似たもの同士は食事を続ける。

 予期せぬ人物の登場。この日1日、僕の置き去り事件など些細なことに思えるほどの衝撃が、この艦内を走り続けた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 司令の扱いが軽すぎる(^^) ザハラーは客人だし、フタバは民間人だから仕方なかったんだよっf(^_^; カズキ「それはわかるが、10分待つのは不安だった」 デネット「やべ、司令のこと忘れて…
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