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#43 鳥追い人

「……衝撃は、ないな」


 この艦橋内の乗員は、見えない巨大物体との衝突に備え、頭を抱えてうずくまっていたが、何も起こらない。0001号艦は、静かに前進を続けている。

 が、レーダーサイト上は、直径1.5キロ程度まで巨大化した謎の物体に飲み込まれている。しかし、いくら外を見ても、それらしい物体は何もない。

 妙だな……僕は立ち上がって、窓の外を見る。


 外は快晴、雲ひとつない天気。もちろん巨大物体などないし、おかしな現象なども起きてはいない。

 まさか、レーダーの故障か?しかし、対地レーダーと短距離レーダーの2つが、まったく同じ影を映している。この2つが同時に故障など、ちょっと考えられない。


「両舷停止!」


 オオシマ艦長は、艦の停止を命ずる。この現象の正体が分からないまま進むのは危険だと判断したようだ。なにせこの謎の影の中では、レーダーが全く効かない。そんな状況で前進をするのは、真っ暗闇を灯りもなしに歩くようなものだ。


 ちょうど真正面には、このレーダーの影の中心がある。しかし、その中心付近には特に何も見当たらない。

 地上は森、というより、サバンナといった方が適切か。まだらな木々に、広い草原が広がる。それ以外には特に……いや、僕は真正面に、奇妙なものを捉えた。

黒っぽい、影のようなもの。その影は、まるで大量発生したウンカの群れのように蠢いている。僕はその影を、双眼鏡で見る。

 影の正体は、鳥だった。たくさんの鳥が、レーダーの影の中心付近をぐるぐると回っている。こんな光景、見たことがない。

 が、そのうちの一羽が、バタッと落ちる。そして、また一羽。


「……何でしょうかね、あれは?」

「さあ……鳥の専門家ではないもので……」


 艦長に尋ねるが、あれを説明できるはずもない。当たり前か。

 だが、あそこに何かいる。僕は直感でそう感じる。


「陸戦隊員に連絡! 人型重機を1機、発進準備!」

「はっ! 人型重機、発進準備します!」

「第2格納庫に向かう! 待機させておけ!」

「えっ!? 准将閣下自ら出向くので!?」

「はい、艦長。後を頼みます」


 艦長の驚く声を聞き流し、僕は艦橋を出る。通路を抜けて、そのまま第2格納庫へと向かう。

 狭い格納庫内には、すでに一機の重機がスタンバイしていた。その前には、パイロットスーツに身を包んだ人物が一人いる。


「デネット中尉、発進準備完了! いつでも行けます!」

「ご苦労。現在、原因不明の現象により、レーダーが使用不能に陥っている。貴官の重機にて出動し、その原因を調査、可能ならばこれを取り除く」

「はっ!」

「なお、重機後席に小官も乗り込む。直ちに発進する」

「はっ……いや、あの、准将閣下が直接、出動するのでありますか!?」

「気になることがある。直に確かめたい。直ちに発進だ」

「はっ、承知致しました!」


 指揮官自ら出向くというのは、本来なら御法度ではあるのだが、今は単艦航行中、指揮官としては艦長がいるのだから、司令官が残る必然性はない。


「テバサキよりミソカツ! 発進準備完了、発進許可を!」

『ミソカツよりテバサキ! 発進許可、了承! ハッチ開く!』


 ぎしぎしと音を立てて開くハッチ。青い空が、開口部から垣間見える。

 ところで、先ほどの無線での「ミソカツ」とは駆逐艦0001号艦のこと、そして「テバサキ」とはこの人型重機のコールサインだ。ちなみに、もう一機の、ドーソン中尉が搭乗する人型重機のコールサインは「ウイロウ」。当然、僕が名付けた。


 コールサイン「テバサキ」は、ハッチ開口部から出撃、そしてすぐに降下を開始する。ガラス張りのハッチ越しに、青い空が広がっているのが見える。地上には、まだらな木々と草原が見える。

 鳥が渦巻く付近に向けて、人型重機は降下する。徐々に接近しつつ、高度を下げる。

僕は双眼鏡を覗く。鳥の渦の中心の、その真下。予想通りそこに、何かがいた。


 ターバンのようなものを巻いた人が、右手を伸ばしたまま、上を見上げている。鳥の渦に向けて、左手で持っている槍のようなものを投げる。槍は真っ直ぐ飛んでいき、そのまま落ちる。

 その槍を拾い、再び上を狙って放つ。また、外す。

 何をしているんだ?おそらくはあの鳥を狙っているのだろうが、なかなか当たらない。


 着地した人型重機のハッチが開く。ここからあの人物まで、100メートルほど。あちらは鳥に夢中で、こちらに気づいていないようだ。僕はそのターバン巻きの人物に接近する。

 ちょうど、外れた槍を拾っている。その後ろから僕は、声をかけた。


「ちょっとお尋ねしたい。あなたはここで、何をしているのか?」


 僕の声に驚いたのか、その人物はすぐさま振り返る。


「マン、アティン!?」


 意味不明な言葉を発し、僕にその槍を向けて対峙する。そこで僕は気づく。しまった、言葉が違う相手だった。

 ペリアテーノでは同じ統一語だったから、言葉の壁をすっかり忘れていた。だがここは、ペリアテーノから8000キロ離れた地、言葉が通じなくて当然だ。


「ああ、ええと……ぼ、僕はペリアテーノから来た者で……」


 あたふたと身振り手振りで伝えてみるが、今まで言葉の通じない相手とのコミュニケーションなど、やったことがない。

 ところでこの相手、声を聴く限りは女だ。見た目はカテリーナといい勝負の背丈、体格。弓を持っているところまで同じ。ただ、頭にはターバン、そして顔のほとんどを布で覆い、体もほぼ衣服でおおわれている。その布の隙間から見せる鋭い眼光が、僕に少なからぬ恐怖を与える。

 ただ、このターバン女は、僕の放った言葉に反応する。


「ペリアテーノ……?」


 どうやら、ペリアテーノを知っているようで、槍を向けたまま、この北にある大国の名を呟く。僕は慌てて応える。


「そう、ペリアテーノから来た!」


 そう言いながら僕は、北の方角を指差す。するとその女は、僕にこう告げる。


「ペリアテーノ、言葉、分かる、少し」


 片言ながら、言葉が通じる。僕は彼女に向けて話す。


「ええと……僕は、ペリアテーノから来て、今は、サンレードへ向かう途中だ!」

「名乗れ! 最初、名乗る、礼儀!」


 僕の話が通じているのかいないのか、相変わらず槍をこちらに向けて、弓を引いたまま、僕に警戒心を緩めようとしない。困ったな、どうやったらまともに会話できるのか?


「私の名は、スタンリー・デネット! こちらは、我が艦隊の(おさ)、ヤブミ准将だ!」


 と、その時、僕の後ろから叫ぶ声がする。人型重機のパイロット、デネット中尉の声だ。その声に、彼女が応える。


「我が名、ザハラー!」


 片言だが、彼女の名がザハラーということが分かる。ザハラーは続ける。


「お前、どこ、来た!?」


 どこから来たか、と聞いているようだ。僕が応えようとするが、デネット中尉が僕を制止する。そして、どこからか拾ってきた木の枝で、地面に何やら書き始める。


 この大陸の絵だということはすぐに分かる。そこに帝都ペリアテーノと、その南側を流れる2つの大河に山脈、砂漠、そしてこのサバンナらしきものを描くデネット中尉。

 なかなか絵が上手いな、デネット中尉よ。僕とザハラーは、その絵を覗き込む。

 そして、デネット中尉はその絵を差しながら言う。


「我々は、ペリアテーノを出て、大河、山脈、砂漠を超えて……サンレードへ向かう途中だ。」


 絵を使っての説明で、我々がどこから来たか、ザハラーもようやく理解したようだ。


「我、サンレード、向かう。鳥、追って」


 意味が分かるような、分からないような内容だ。我々と同じサンレードへ向かおうとしていることは分かる。が、鳥を追うとは、どういうことだ?


「鳥なんかを追って、どうするのか?」

「鳥、羽、売れる。食べる物、買う」


 なるほど、それで鳥を槍で射止めていたが、そういうことなのか。つまり鳥を捕まえ、その羽を売って糧を得る。そういう生活をしているようだ。

 見れば、地上に落ちている何羽かの鳥は、きれいな羽を持っている。あの羽がおそらく、羽飾りとして重宝されているのだろう。

 だが、先ほどから思うのだが、ザハラーはペリアテーノのことを知っている。ということは、まさか彼女は8000キロ離れたペリアテーノまで、旅をしたことがあるというのか?

 謎の多い人物だ。もう少し言葉が通じれば、いろいろと聞き出せるというのに……


 と、ここまで話していて、僕は重大なことを思い出す。

 そうだ、最大の謎について、僕はまだ聞き出せていない。


「そうだ、レーダー! どうしてここで、レーダーが使用不能になったのか!? なぜ鳥が、そのレーダー不能領域の中心で回っている!?」


 僕はそう叫ぶが、ザハラーはほんのわずか覗かせるその隙間から、きょとんとした顔でこちらを見つめるだけだ。ただでさえ言葉が通じない相手、そんな相手にレーダーなどといったところで、通じるわけがない。


「ああ……あなたはここで、何をしてるのか?」


 それをフォローするかのように、デネット中尉が彼女に尋ねる。彼女は応える。


「鳥、追う。我、鳥、引き寄せる」


 ……言葉通り解釈するなら、彼女は鳥を追って、それを引き寄せることができるという。だが、鳥を引き寄せる?どういうことだ。


「鳥を引き寄せるとは、どういうことなんだ?」


 同じことを、デネット中尉が彼女に尋ねる。するとザハラーはこう応える。


「手、あげ、力、込める。鳥、集まる」


 にわかには信じがたいことを、彼女は述べた。なんだって?言葉通りに解釈するなら、手を挙げて力を込めると、鳥が集まってくるということか?ますます分からない。


 と、その時、僕のスマホに通信が入る。僕はスマホを取り出し、応答する。


「ヤブミだ」

『准将閣下! ただいま、レーダー上の未確認障壁が縮小中! まもなく、消滅の模様!』

「なんだって!?」


 その連絡とほぼ同時に、上空の鳥の群れの動きにも変化が起こる。上空をただぐるぐると回っていたその鳥達は、徐々にその渦を離れ、ある方角へと飛び始める。

 あの奇妙な現象と鳥の群れの動きは、連動している。僕は上空を眺めながら、考える。

 そして、ふとひらめく。僕はザハラーに向かってこう言った。


「ザハラー、もう一度、その力を込められるか?」


 僕がそう叫ぶと、ザハラーはしばらく考えるが、こくりと頷き、右手を上に掲げる。

ザハラーはしばらくの間、手を挙げていたが、すぐに異変が起こる。


『こちら0001号艦! レーダーに再び異変! 巨大物体らしき影、拡大中!』


 時を同じくして、僕らのいるこの場所の空の上に、再び鳥が集まってくる。そして、真上で渦を巻くように飛び始めた。


 僕は、確信する。やはりあのレーダーの影の正体は、このザハラーの力だ、と。

 いわゆるこれも、賜物(レガーロ)の一種ではないのか?


 そういえば、地磁気を感じて方角を知り、飛ぶ鳥がいると聞いたことがある。それは、渡り鳥の類いに多いと聞く。

 だが、レーダーすらも狂わせるほどの電磁波を出すザハラーの力。上空を飛ぶあの渡り鳥は地磁気を見失って、この上空を回り始めたのではないか。


 ともかく、彼女の力は凄まじい。それは間違いない。

 これだけの力を、野放しにはしておけない。何としても、彼女を引き入れねば。

 僕は直感的に、そう感じた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 電磁波使いとは、電子機器の天敵な人だなあ。サイボーグ相手でも戦えますね。 紫電掌って格好いい二つ名がつくな… [気になる点] 艦と重機の名前( =^ω^) 艦の名前は司令の奥方命名だな?!…
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