#42 地方出張
この星には、国家と呼べる人の集団的組織が少ない。
ペリアテーノ帝国が、この星の国家にしては大き過ぎる存在であるのだが、この国以外はほぼ都市単位の国家だ。人口は1万から10万人程度。一つの大型集落が、国家を名乗るところが多い。
衛星写真から推測すると、この都市国家、もしくは1万人を超える国家相当の集落は、この星の上に数千個はあると考えられる。都市レベルではない集落まで含めると、その数は十万を超える。
都市ごとに独立した政治形態をとるから、ペリアテーノのように帝都さえ訪問すれば終わり、とはならない。かと言って、それら集落全てを訪問するなど到底できない。
ではどうするかといえば、地域ごとにある大きな都市国家と同盟を結び、そこにショールーム的な街を建設する。巨大な宇宙港に、高層ビル。数キロ先からもあからさまに見える近代的な街を作り、周囲の人々を惹きつける。そうすれば、わざわざこちらから出向かなくとも、向こうから我々に対して関係構築に向けて動き出す。
300年近くもの間、同盟星を広げてきた我々のノウハウが、この古代文明の星でも活かされる。
で、僕は今、地球042のペリアテーノ司令官室にいる。目の前には、この司令部を指揮、統括する、バスティアニーニ大将がいる。
「では小官に、その都市国家の一つ、サンレードへ出向いて欲しい、と仰られるのですね」
「そうだ。貴官のあの新鋭艦ならば、周囲の人目を惹くのに大いに役立つであろう。是非ともお願いしたい」
要するにこの最新鋭艦を使い、そのサンレードというところに我々の文明の素晴らしさを伝えて欲しいと、そう嘆願された。
実に下らない話だが、これも先の「ショールーム」効果を誘うためには有効な手段だ。しかも、地球042の大将閣下からのお願いでもある。居候同然の我が艦隊司令の僕が、断れるわけがない。
「はっ! ヤブミ准将、および駆逐艦0001号艦は、サンレードへ向かいます!」
しかし今、この宇宙空間では連盟軍との戦闘が激しさを増している時。そんなタイミングで外遊など、している場合だろうか?と思いながら迎えた翌日。
「抜錨、駆逐艦0001号艦、発進する!」
我が新鋭ポンコツ艦が抜錨する。向かうは、この大陸の南端にある都市国家、サンレードだ。
人口10万人を超える、大陸南部では最大の都市国家。ペリアテーノ帝国ほどではないが、それなりに大きな文明を築いている国家だと、報告書には書かれている。
上昇を開始する0001号艦。今回は単艦にて航行、別に戦闘任務があるわけでもないのだが、カテリーナとダニエラを含む全乗員が搭乗している。
そしてどういうわけか、フタバまでついてきた。
「……ところでフタバ、何でお前がついてくる」
「何いってんのよ。あたいは調査員よ。調査員として、サンレードって街に賜物持ってる人がいないかどうか、調べに行くの。とても重要な任務なのよ」
「だったら、何もこの船に乗らなくてもいいじゃないか……」
我が妹ながら、厚かましい奴だ。どうせ何も考えずに乗り込んだのだろう。
「で、肝心のペリアテーノでは、収穫はあったのか?」
「あったわよぉ。全部で5人の賜物持ち、見つけちゃった」
ドヤ顔で報告するフタバだが、その実態は、ダニエラの知り合いをただ紹介してもらっただけだ。ただしこの賜物を持つ5人の能力とは、およそ軍事には役に立たないものばかりだ。魚を追い込み、網にかけることができる漁師、森林から珍しいキノコや薬草を見つけ出せる採集人、土壁の向こうを見透せる大工、などだ。
土壁の向こうが見える大工というのは、もしかすると陸戦隊員として使えないかと期待されたが、見透せるのは土壁のみ。軽量鉄骨や鉄製の壁となると、途端に見透せなくなる。これでは役に立たない。
「高度3万を突破!」
「よし、両舷前進半速! 弾道飛行に移る!」
「両舷前進はんそーく! ヨーソロー!」
窓の外は暗い。我が艦は一旦加速して高度7万メートルまで上昇、そのまま弾道軌道を描きつつ目的地であるサンレードへと降下する。これならわずか30分で、南半球にあるサンレード近郊に到達する。
『どけどけぇ! おい機関長、水出せぇ!』
ただしこの船でそれをやると、大抵はお約束のトラブルが起こる。今回は別に、全開運転したわけではないんだがなぁ。ちょっと出力を上げて下げただけだというのに、レティシアの手を煩わせる事態が起こってしまう。今日はなんだか、機関の機嫌が悪い。
「高度2000メートルまで降下、サンレードまで、あと100キロ!」
「両舷前進微速、高度1000まで降下せよ」
「了解、高度1000まで降下!」
「艦橋より機関室。左右シールド開放。」
『機関室より艦橋! 左右シールド、展開します!』
このトラブルのおかげで、予定より少し手前の地点に降りてしまった。予定通りなら今頃、目的地の上空に辿り着いてるはずなんだけどなぁ。狙いがずれてしまった。目的地までの距離は短い。再加速するよりも、このまま進んだ方がまだ早いと判断し、地上付近を航行することとなった。
直前の熱暴走を受けて、念のため艦の左右外壁シールドを開いて空気を入れ、冷却能力を上げることにする。
「ねえ、なんだか風の音がうるさいんだけど」
愚痴るフタバ。だが、しょうがないだろう。こういう船なんだから。
この最新鋭艦は今、空気で冷やされている。ゴーッという、左右シールドの隙間から入る風の音が、ここ艦橋内まで聞こえてくる。音さえ気にならなければ、それ自体は別に悪いことでも何でもないし、放熱しづらい宇宙空間から見れば、大気の恩恵を受けて効率的に冷やせるこの手段はとてもありがたい。が、なんていうかこれ、ちっとも宇宙船らしくない。
宇宙では魔女、地上では風に頼りながら、微速前進する0001号艦。
あと40分ほどで、目的地上空に到達するとの艦内放送が流れた直後に、突然、予想外の事態が起こる。
「レーダーに感!」
司令官席で半ば寝そべっていた僕は、いきなりのレーダー手の叫び声に、ガバッと起き上がる。
「正面、距離700メートル! 直径200メートルの物体が、本艦進路上に出現!」
なんだと、そんな近くに物体だって?そんなに近いなら、目視できるはずだ。だが、いくら前方を見ても、青空しか見えない。
しかし、事態はさらに悪化する。
「未確認物体、さらに増大! 直径500……700……どんどん大型化してます!」
「なんだと!? 回避運動! 即時退避だ!」
「間に合いません! まもなく衝突!」
「総員、衝撃に備え!」
窓の外には、何も見えない。ただ青空が広がっているだけだ。が、レーダーサイト上に広がる巨大物体が、その大きさを急速に増している。何が起こっているんだ?
レーダーサイト上の物体は、まさにこの艦を飲み込もうとしている。面舵いっぱいに回頭する我が艦の速度よりも早く、その見えない壁が迫ってくる。
そしてその巨大物体の影に、0001号艦は突入する。




