#41 難航
あの実験から3日後のこと。ここは地球042司令部の大会議室。僕と地球042司令部付きの士官が数十名、ここに集められた。
そこで地球001から派遣された士官が、プレゼンを始める。
「では、コードネーム『ニンジャ』に対処すべく、我々が急遽開発した探査システムについて解説いたします」
その士官が話し始めると、前面にある大きなスクリーン上に、巨大な黒い球体が立体映像で映される。それを見た地球042総司令官、バスティアニーニ大将が尋ねる。
「これは、なんだ?」
「はっ、これが『ニンジャ』対抗として開発されたレーダー基地です。直径はおよそ2キロ、全面を270基の指向性レーダーで覆い、周囲200万キロ以内に接近する『ニンジャ』の敵を捕捉、その侵入を察知することを可能とします」
そう、この真っ黒な球体こそが、敵の「ニンジャ」対抗手段として考え出されたもの、早い話が、レーダー基地である。大きさは直径2キロ、収容艦艇数は5隻。補給基地ではなく、索敵専任の無人設備だという。
なんてことはない、敵は電波吸収材を使っているのは間違いないのだが、それを貫いて探知可能な指向性レーダーを、ぐるりと並べただけの施設。なんという力技な施設か。索敵範囲はこれ一基で200万キロ、これを白色矮星域内の想定航路上にずらりと並べようというのが、今回の提案である。
「……で、このレーダー基地を、全部で10基設置いたします。この星域内にも1基。これで敵の艦艇を漏らさず探知可能となります」
「それはそうだが……10基も配置して大丈夫なのか? これは、一種の要塞ではないか。維持管理にとてつもない労力がかかるのではないのか?」
「いえ、レーダーのみの施設なので、さほど手間はかかりません。一度設置すれば、1年間はメンテナンス不要で動作可能です」
自信満々な技術士官だが、確かに、ただのレーダーの塊のような仕組みだからな。要塞とは違い、さほどコストはかからなさそうだ。しかし、自信満々に語ったわりには、随分と浅はかな解決策だ。正直、この仕掛けからはあまり知性的なものを感じない。
なお、このレーダー基地設置は、1週間もあれば済むという。そのレーダー基地建設にあたり、地球042遠征艦隊、および第8艦隊には防衛任務を依頼される。結局、僕らも駆り出されることとなる。
「見えますわ! 前方!」
「よし、指向性レーダー、照射だ!」
「レーダーに感! 艦影多数! 数、約300!」
「光学観測!艦色視認、赤褐色! 連盟艦隊です!」
「全艦、この艦隊に向かう。地球042艦隊にも連絡! 直ちに敵艦隊を排除する!」
こういうやりとりを、僕は1週間の内に3度、経験する。ここは連合と連盟の境界よりも少し内側の領域。最前線ほどではないが、敵の攻勢が激しい場所。だが、こちらはダニエラの神の目を活かし、敵を次々と暴いていく。
例の実験が、功を奏している。建設予定宙域の周辺を左右上下にジグザグに進むことで、見逃しを極力減らす。これにより、ダニエラが「ニンジャ」状態の敵艦を見逃すことがなくなった。
「まもなく、我が艦隊担当宙域にあるレーダー基地5基が完成する」
僕は食堂で、ダニエラとカテリーナ、そしてレティシアにそう告げる。
「そうか。じゃあ俺達のここでの仕事も、もうすぐで終わりだな」
「これが機能すれば、ここに駐留する第1艦隊がすぐに駆けつけられる。そうなれば、前回のように地球1010星域内での戦闘をやる羽目になることもなくなるだろう」
「それでは、私の役目もなくなるのでしょうか?」
「いや、全ての宙域を網羅したわけではない。むしろ、この基地設置で、敵の攻勢を誘うことになるかもしれない。そうなれば、かえって仕事が増えるかもな」
「ええ〜っ? あまり仕事ばかりでは、お肌が荒れてしまいますわ」
うん、贅沢なことを言うようになったよな、ダニエラも。以前なら、皇族、貴族といえど、お肌がどうとか言える概念すらなかったんじゃないのか?
そんな話をしている側で、マイペースに相変わらず頬を押さえながら納豆ご飯を食べる人物が目の前にいる。餌……じゃない、ご飯さえあれば、おとなしく仕事をこなす、伝説の砲撃手がここにいる。
ダニエラには忙しい1週間だったが、その甲斐もあって、こちらの担当宙域の基地は全て、完成する。
ところが、である。ある意味で想定内のことが起こる。
「何だと、一基だけ完成していない?」
「はっ、思いのほか、難航しているようで」
「なぜだ。現地で組み立てるだけの、簡単な仕掛けだろう」
「それがですね……建設予定宙域に『ニンジャ』が頻発し、建設を妨害されているようです」
この最後の1箇所とは、白色矮星域の連盟側支配域にやや入り込んだ場所である。そこにこのレーダー基地を楔のように打ち込んでしまえば、敵の動きを逐一、把握できる。ところが、当然だが敵前にレーダー基地を作ろうというのだ、妨害されて当然だ。かなりの頻度で敵が出現し、設置しようとする基地の機材をことごとく破壊されてしまう。
「ずっと思っていたのだが、この基地、別の場所で組み立てて、それを曳航して設置した方が良いのではないか?」
「そんな意見も出ましたが、ダメだそうです」
「なぜだ。」
「構造上、脆すぎて、曳航できないそうです」
不便な基地だ。戦艦よりも小さいというのに、引っ張れないとは。思いつきに近い基地だからな、強度まで考えていなかったようだ。
「ならそんな場所、敢えてこだわる必要はない。敵方に攻めるつもりであれば必要だが、別にそんな目的はなく、ただこちらに入り込んだ敵を探知できればいいのだから。今作られた9基の基地だけで十分だろう」
「はい、その通りなのですが、地球001の軍内部でも、これを強行すべきという意見がありまして」
「そうなのか? 誰だ、そんな無益なことを言い出すやつは」
「第4艦隊司令長官、アントネンコ大将閣下です」
第4艦隊司令長官、地球001内でもかなりのタカ派で、地球001復権論を唱える人物の一人である。つまり、かつてこの宇宙を席巻していた時代の地球001を取り戻すべき、といっている人物である。
時代遅れも甚だしいこの思想。今、そんなことを唱えたら、連合側内部に大きな亀裂を生じる原因ともなりかねない。我が地球001は多少、他の星よりも技術は進んでいるかも知れないが、もはや地球001とて1000以上ある地球の中の一つの星に過ぎない。その自覚が、あまりにもなさすぎる思想だ。
そんな時代遅れなやつのために、レーダー基地の建設が進められている。ちなみに、第1艦隊司令部、すなわちコールリッジ大将は、この基地建設中止を具申しているらしい。その理由は、僕と同じ。あまりにも無益だ、と。
「ところで、その基地建設に我々、第8艦隊への要請は?」
「いえ、今のところは。ところで閣下、実は地球042司令部から別の要請が来ておりまして」
「なに? 地球042の司令部からか?」
「はっ」
ジラティワット大尉から飛び出したたのは、意外にも地球042司令部の名前だった。
その要請に、僕は愕然とする。この宇宙の戦闘とも、ペリアテーノとも無関係なものだったからだ。
うーん、本当に大丈夫かな、この星は。その話を受けて僕は、不安しか覚えなかった。




