#40 対処
帰投した翌日、僕は地球042司令部の会議室にいた。
その場には、僕とダニエラ、そしてポルツァーノ大佐とサマンタがいる。
「ポルツァーノ大佐殿。昇進、おめでとうございます」
「いや、閣下に比べたら大したことではありません。ところで、今日はそんなことを伝えるため、わざわざブリーフィングを設定したわけではないのでしょう」
「はっ、実は……」
僕は、ダニエラの神の目が捉えられなかった300隻の艦隊のことを話す。それを聞いたポルツァーノ大佐は、しばらく考え込む。
「うむ……上方にいた艦隊の見逃し、か……」
相談されても困る話だったかな。我々の共通点といえば、神の目を持つ者を抱えていることだ。戦歴としても、サマンタの方がもはや多い。
「……実は、サマンタにもあるのですよ、そういう見逃しが」
「そうなのですか? でもそれは、どういう状況で」
「多いのは、横方向にいた場合ですな。あと一度、後方にいたはずの艦隊も見逃した。ただ、艦が向きを変えた際に、それらは見えるようになった。そういうことがあったので、我々は時折、進行方向を変えるんです。それを心がけて以来、見落としは減少してます」
なんだと、向きを変えたら見えた?奇妙な話だな。だが、もしかするとダニエラにも使えそうな対処法だ。いい情報が得られた……が、そういうことはもっと早く、我々にも展開されて然るべき情報ではなかったのか?
「ところで、ヤブミ様よぉ」
と、ここでサマンタが僕に尋ねる。
「なんだ?」
「聞きてえんだが、ダニエラって誰よ?」
……何を言い出すのかと思ったら、何を言っているんだ。お前の目の前にいる人物……と言い出そうとしたところで、僕はふと思い出したことがあった。
「ダニエラって、もしかすると皇女様のお名前と同じじゃなかったか? 畏れ多くも、皇女様の名を語る不届なやつが、おめえんとこの船にはいるのかい!?」
「ああ、それはだな……」
僕が回答に窮していると、ダニエラが口を開く。
「サマンタ」
「なんですか、ボーナ様?」
「私がその、ダニエラなのです」
「えっ……?」
そうだった、サマンタはまだ、ダニエラのことを「ボーナ」という下級貴族の娘だと思っている。僕はうっかり、この場で本名を出してしまったな。
「報告によれば、このお方はダニエラ・スカルディア。皇帝陛下のご不興を受け、今は勘当の身。その直後、地球001第8艦隊旗艦に身を寄せている……ということだ」
と、そこにポルツァーノ大佐が、報告書でも読み上げるように、ダニエラのことを補足する。
「ダニエラ・スカルディアって……こ、皇女様じゃねえか! ええ〜っ! あたい、皇女様のことを、ボーナ様って呼んでたのかぁ!?」
こんなところで初めて知る、このじゃじゃ馬皇女の正体。そりゃあ驚きだろう。まるで時代劇で、印籠でも見せられた時の気分だ。もっとも、この場には成敗されるやつはいないが。
「まあ、私にもいろいろとあるのですよ。ですが、サマンタ」
「は、はい、皇女様!」
「ですが、あなたは私のことを、今まで通り『ボーナ』と呼んでくださいね。間違っても私のことを『ダニエラ』や『皇女様』などと呼んではなりません。でないと私、ペリアテーノの街中では思うように立ち振る舞うことができなくなりますわ。よろしいですわね?」
「は、はい、もちろんでございます! こう……ボーナ様!」
今回の主題とは違う話になってきたな。なんでダニエラが、サマンタを脅しているんだ。しかし、サマンタの神の目をもってしても、ダニエラの正体は暴けなかった、ということになるな。もちろん、そういう類いの力ではないから当然なのだけれど。
で、司令官室に戻り、先ほどのポルツァーノ大佐の言葉を振り返る。大佐曰く、サマンタも横方向を見逃すことがあったと言っていた。で、進行方向を変えることで対処しているとも話していた。だが、これも妙な話だ。
だったら、サマンタが横を向けばいい話なのではないか?なぜ、艦ごと向きを変える必要がある?しかし、それくらいのこと、ポルツァーノ大佐だって考えたことだろう。にもかかわらず、艦の向きを変えるという手段をとらない限り、探知できなかった。そういうことになる。
「閣下、どうされたのですか?」
と、そこに声をかけてきたのはマリカ中尉だ。そういえばこいつ、艦隊司令部付きの士官だから、ここがこいつの居場所だった。いつもどこかをうろついていて、いないことの方が多いというのに、珍しくここにいる。
「ダニエラの死角について、考えているところだ」
「ああ、あの方が上方向から迫る艦隊を見逃したという件ですね。旗艦もポンコツなら、神の目もポンコツ。大変ですわねぇ、閣下も」
そのポンコツ艦の通常砲撃音ごときで失神するような、虚弱体質なやつには言われたくはないな。それが理由で、前回の出撃時にはお前、司令部付きの分際で乗艦しなかっただろう。まったく……
そうだ、こんな口の悪いやつでも、一応は科学を堪能している者だ。聞けば何か、分かるかも知れない。
「貴官に聞いて欲しいことがある。その神の目の死角について先ほど、地球042司令部の士官とも話をした。そこで得られた話なのだが」
「はい、伺いましょう」
で、僕はマリカ中尉に先ほどのサマンタが行う対処法の話をする。それを聞いたマリカ中尉は、急に顔に笑みを浮かべる。
「ああ、分かりましたよ、閣下」
「何が分かったんだ?」
「実に単純なことです」
「だから、どういうことだ?」
「それは多分、ドップラー効果ですよ、閣下」
「……なんだ、そのドップラー効果と言うのは」
「あら、閣下はご存知ない? 小学生でも知ってますよ、そんなこと」
いちいち喧嘩を売るのが得意なやつだな。ここで今こいつに、砲撃音を聞かせてやりたい気分になってきた。
「サイレンを鳴らす救急機が、近づく時と遠ざかる時とでは、音の高さが異なる、と言うのはご存知です?」
「それくらいは知っている」
「あれがドップラー効果なのですよ。移動物体から発せられる波の波長が変わってしまう現象です。で、ダニエラさんもサマンタさんも、前方からその物体が近づく時だけ探知できて、その他の方向では探知できなかった。まさにドップラー効果によって高周波にシフトした波を受けた時にしか、それを察知できない。そう言うことじゃないのですか?」
「それはそうだが……ならば、敵が接近すれば、そのドップラー効果によって探知できるだろう。方向に関わらず」
「そうですが、敵が『ニンジャ』を使っている時は、あちらはほぼ慣性航行中。加速していないため、こちらが接近しない限りは、ドップラー効果が生じないのでは? ま、これはまだ仮説ですけどね」
マリカ中尉が、何やらこの現象のヒントらしきものを提示してきた。だがこれは、この件の核心に迫る仮説ではないか?直感だが、僕はそう感じた。
ただ、この2人も、ごく近くの艦艇についてはドップラー効果などなくとも感知できている。あくまでもこれは数十万キロ以上という、かなり遠い距離の物体を感知する時の話のようだ。だから、この現象を確認することは、地上ではできない。
ということで、その翌日に、このマリカ中尉の仮説に基づいた実験を、宇宙空間ですることになった。
場所は、第6惑星軌道上。周囲慣性航行する10隻の艦艇をそれぞれ数箇所配置し、それを察知してもらう。こういう任務こそ、実験艦隊である我々にはピッタリの任務だ。なおこの実験には、ポルツァーノ大佐、およびサマンタにも参加してもらった。
「いや、さすがは新鋭艦。通常運転で周回軌道上に出られるとは……まさに夢の機関だ」
感心するポルツァーノ大佐だが、重力圏脱出後のあのいつものドタバタ劇も目の当たりにしているから、おそらくは複雑な心境だろう。
「何です、そのベタっとした汚らしい石板は?」
「これがあたいの商売道具だよ! うっせえなぁ!」
「サマンタ、ほっときましょう。あんなカトンボの言うことなんて、聞くだけ無駄ですわ」
マリカ中尉め、サマンタ相手にまた喧嘩を売ってるな。それを収めるダニエラ。だが僕も時々、こいつの前で一発、砲撃してやりたい気分になる。
「それでは実験を始める。各員、配置に付け!」
サマンタ、ダニエラは、レーダーではなく、司令官席の横に設けられた机の上に、各々の索敵用アイテム、サマンタは石板とオリーブオイル、ダニエラは鏡を用意する。一方、僕は手元のモニターで、艦の配列を見る。
エンジンを切った状態の艦艇が、我が艦の前方に2戦隊、右に2戦隊、左に1戦隊、そして上に1戦隊いる。距離は各々、30〜100万キロ。
すぐにサマンタが反応する。
「前に2つ!」
前方の戦隊は、あえて遠くに配置している。距離は100万キロ。やはり、サマンタの方が索敵範囲が広い。しかし、両者とも他の方向の艦艇を見逃している。
「面舵90度!」
「了解、面舵90度!」
これを受けて、オオシマ艦長が右回頭を命じる。右に向いた途端、ダニエラが反応する。
「いました! 2つ!」
今度はダニエラの方が早い。が、すぐにサマンタも見つける。
この調子で、左側、上方と進路を変え、さらに角度も変えて実験を重ねる。また、これらの艦艇に加速してもらい、それもこの2人に探知してもらう。
その結果、左右45度以内にいる、こちらに向けて接近、またはこちらから接近した艦艇に対しては、この2人は探知できることが分かった。なお、ダニエラは150万キロ程度が限度で、サマンタは200万キロまで見えることも判明している。
「どうやら、ドップラー効果説は、正しいようだな」
僕は、この結果を受けて、そう結論づける。
「だが、ここで一つ、気がかりなことがある」
「何でしょう?」
マリカ中尉が、僕の問いかけに応える。
「この2人は、何を探知しているのか、ということが分からない。そんな状態でこの能力を評価していても、無意味なのではないか?」
「何をおっしゃいます、閣下。第5の力の解明はまだ、始まったばかりですよ?」
「いや、そうじゃない。だれが素粒子レベルの話をしていると言った。どんな物体に反応しているのか、ということだ。この2人は、艦艇は見つけられるが、駆逐艦の船体材料に使われている小惑星は探知することができない。どんな物体に反応するのか分からないでは、研究にせよ軍事にせよ、また思わぬ欠陥にぶち当たることになるんじゃないか、という懸念を言っているんだ」
考えてみれば不思議だ。ダニエラ達は、接近する艦艇の動きを鏡などを使って感じ取ることができる。
が、一方で、この星域にも多数存在する小惑星を探知することはできない。駆逐艦の船体も、小惑星を使っているというのに、同じ物体でも、感知できたりできなかったりと差がある。だから、彼女らは一体、何を感知しているのかという疑問が以前からあった。
この問いをする僕に、ダニエラが口を開く。
「人の作りし物、ですわ」
「人の……作りし物?」
「はい、ヤブミ様」
「どういうことだ?」
「私やサマンタの持つ神の目は、かつてペリアテーノに忍び寄る軍勢を察知するのに役立ったのでございます」
「軍勢? あの大都市ペリアテーノに、軍勢が迫ったことなんてあったのか?」
「はい。つい2年前にも、3千の軍勢が迫ったことがありましたわ」
「3千って、あの都市を攻めるにはちょっと、少なすぎやしないか。」
「いえ、決して少なくはありません。それを率いたのは、あるペリアテーノ有力貴族だったのです」
「それは、内乱じゃないか。で、どうなったんだ?」
「私が陛下に申し上げ、その結果、ペリアテーノの東の平原にてその軍勢を待ち伏せ、それを討つことができたのでございます」
実はこの時、同様に軍勢の接近に騒いでいた人物がいる。それがサマンタだ。その結果、サマンタが神の目の持ち主であることが分かったという。
「……で、ダニエラよ。その以前の出来事はともかく、それがどうして『人の作りし物』を探知するという話になるんだ?」
「軍勢というものは、剣や盾、鎧に槍といった、人の意思の込められた武具を身につけて、一つの意志の元に大勢で押し寄せるものでございます。そういうものに、私やサマンタのこの賜物は反応するのでございますよ」
「なるほど……で、ここでは駆逐艦がそれに該当する、と?」
「はい」
言われてみれば、駆逐艦も人が作り出したものだ。それが同じ目的を抱いて集団で接近する。なるほど、そういうものを察知できる能力なのか、神の目というのは。
「しかし、軍勢に駆逐艦。要するに、男だらけの集団ばかり探知してるってことは、実は人の作りし物ではなく、暑苦しい男を単に求めているだけじゃ……痛ったぁ!」
マリカ中尉が余計なコメントを挟むが、ダニエラがすかさずデコピンを加える。そのまま後ろにひっくり返り、失神するマリカ中尉。デコピン如きで失神とは……それにしてもダニエラのやつ、よほどこの技術士官のことが気に入らないらしいな。だがその気持ち、よく分かる。
こうして、ダニエラとサマンタの持つ「神の目」の特性と欠点、そしてその対処法に関するデータが取れた。
だが、この2人に頼らず「ニンジャ」を探知する技術が地球001軍令部付きの技術部より提案されたのは、その3日後のことだった。




