#39 盲点
西暦2490年1月25日。地球1010のペリアテーノ宇宙港に帰ってきて、10日ほどが経つ。
この日、この星系ではちょっとした出来事が起きていた。それは宇宙の広大さからすれば、実にちっぽけなことだが、我々にとっては大きな問題だ。
なんとこの地球1010星系内に、敵艦隊300隻が入り込んだというのだ。地球042の分艦隊100隻が、その300隻に襲われたという。
何が問題かって、地球1010の星系内に敵が現れたという事実だ。
ということはやつら、その気になれば地球1010に肉薄できる位置にいることになる。いや、それどころか侵入されてしまうかもしれない。そうなれば、大事件だ。偵察、テロ行為、拉致、その他工作……侵入を許せば、地球1010上に何らかの混乱が生じる恐れがある。
しかし、敵も大胆だ。たった300隻で星域内侵入を行うとは。いくら「ニンジャ」があるとはいえ、返り討ちに会う危険を考慮しなかったのか?ここには、地球042遠征艦隊約1万隻が常駐しているんだぞ?
隠密行動をとるなら10隻程度で、この星域内で本格戦闘をするつもりなら一個艦隊で来るべきだろうに、300隻というのはあまりにも中途半端過ぎる。
そんな無鉄砲な敵の小規模艦隊を探索するため、地球001第8艦隊は出発する。もちろん、地球042からも多数の艦艇が参加し、その捜索に全力を挙げる。
「戦艦プリンチペ・ディ・カリニャーノより入電! 敵艦隊、依然捕捉できず! 索敵を続行! 以上です!」
「了解、こちらも発見でき次第、連絡する。そう返信せよ」
「はっ!」
サマンタの乗る地球042遠征艦隊総旗艦から通信が入る。あちらの索敵にも引っかかっていないようだ。どこに消えた?
第8艦隊は今、この星系の第7惑星軌道上にいる。第7惑星は小惑星帯の外側にあり、この星系で唯一のガス惑星である。ただ、地球001の木星ほど大きな星ではなく、見た目も海王星にそっくりだ。
その第7惑星から1200万キロの位置にいる。遠くにその第7惑星がぼんやりと見える。星域外縁部で、この星系の太陽も遠く、暗く、静かな宇宙が続く。
が、その宇宙が一瞬、波打つ。
「いましたわ!」
ダニエラが何かを見つけた。オオシマ艦長がダニエラに尋ねる。
「方角は!?」
「この船の先、少し上です!」
「よし、指向性レーダー照射、開始せよ!」
「了解、指向性レーダー、照射!」
ダニエラの発見からわずか10秒で、我々が持つ唯一の「ニンジャ」対抗手段である、指向性レーダーが照射される。
「レーダーに感!1時方向、距離110万キロ、艦影多数、300!」
「光学観測!艦色視認、赤褐色!連盟艦隊です!」
見つけた。例の敵の艦隊だ。僕は直ちに命令する。
「これより第8艦隊は、当該の敵艦隊を捕捉、迎撃する!地球042艦隊にも連絡、これより当艦隊は敵艦隊を追撃する、以上だ!」
ジラティワット大尉が、僕の命令を第8艦隊の各戦隊長に伝える。と同時に、通信士が地球042に発見の報を打電している。
「艦長、接触までの時間は?」
「はっ、およそ30分!」
すでに進路は敵艦隊へと向けられている。相対速度を合わせつつ、迎撃態勢を取る。
敵艦隊は、こちらの接近にすでに気づいているはずだ。今回はむしろ、敵に感づかれるようあからさまに動いている。その敵艦隊に向けて、陣形を変えつつ迫る。こうすれば、いくら電波管制中の敵でも、自分が狙われていることが分かる。そうすればあの敵は、「ニンジャ」の術を解かざるを得ない。つまり、それが狙いだ。
ここは地球1010星系、我々にとっては庭同然の場所だ。この周辺1000万キロ以内に、味方の艦艇が多数存在する。ということはむしろ、不意打ちを喰らわせるよりは敵を焦らせて、姿を晒させた方が都合がいい。
ということで、横陣形に切り替えつつ我が第8艦隊は敵に接近する。出力を落とし、慣性航行を続ける敵艦隊の進路を閉塞するように、300隻の艦艇をずらりと並べる。
さあ、どうする連盟軍よ?こちらのカードは切った。あとは、そちらの番だ。どちらにせよ、ジョーカーはそちらが握ったままだ。
距離はまもなく45万キロになる。機関出力を落としたままの敵艦隊の進路を塞ぎ、かつアウトレンジ砲撃だ。負ける要素が見当たらない。
「砲撃開始まで、あと1分!」
そう、見当たらない。だから敵は姿を現し、全力で砲撃戦に備えなくてはならない。この状況では常識的に考えて、そうあるべきだ。
だが敵は、一向に動かない。どういうことだ?
この時、僕は不快な違和感に包まれている。敵が意図通りに動かないということがその原因だが、何となく僕は、その不自然な状況から何かを感じていた。
その感触は、まさに砲撃直前に現れる。
「レーダーに感! 当艦隊上方30万キロ! 艦影多数、およそ300!」
「高エネルギー反応! 上方艦隊より、主砲装填探知!」
油断した。僕はそう悟った。ジョーカーを持っているのは、むしろ僕の方だった。いきなり上からの不意打ち。敵は最初から、これが狙いだったんじゃないか?
「全艦、全速前進! 急げ!」
僕はすぐさま司令を出す。と同時に、0001号艦の機関音が唸り出す。
「全力即時退避! 最大戦速!」
「最大せんそーく!」
航海長の復唱と同時に、我が艦は一気に加速する。上方からの砲撃となると、方向転換では間に合わない。ならばいっそ、この艦隊の持つ利点の一つ、新型機関の機動性を活かした方が合理的だ。
全速で動き始めた途端、上からビームの雨が降り注ぐ。バリアは展開しているものの、上方向の防御など、艦砲から見ればハンマーの前の薄氷同然だ。
が、幸いなことに、300隻はほぼ同時にフル加速を行なったため、この不意打ちをどうにか躱すことができた。そのまま加速を続ける第8艦隊。
しかし、この艦隊の前には、元々狙い定めていた敵の艦隊がいる。
その敵艦隊が、ここに来て姿を晒す。我々が進路を塞いだはずなのだが、今や逆に、敵に退路を塞がれた状態である。
「前方の300隻より、高エネルギー反応!」
迫る我々に向けて、砲撃をするつもりだ。僕は命じる。
「俯角10度! 敵の砲撃をかわす!」
「了解、俯角10度!」
上と前方に敵がいるから、下方に逃れようと考えた。もしかしたら、そこにも敵の艦隊が潜んでいるかもしれないと考えたが、すでにかなりの速力が出ている。仮にそっちに敵がいたとしても、狙い撃ちは不可能だ。
が、幸いなことに、これ以上の艦隊は現れない。となれば、ただ逃げるのも得策ではない。
「各艦、仰角10度! 移動砲撃、用意!」
続いて僕は、こんな司令を出す。ジラティワット大尉が意見具申する。
「閣下! さすがに移動砲撃は……」
「敵に油断させないための方策だ! 当たらなくとも構わない、全艦、直ちに砲撃せよ!」
「はっ! 了解しました!」
ジラティワット大尉が僕の命令をすぐに伝達する。この艦も動く。
「仰角10度! 然る後に砲撃!」
『砲撃管制室より艦橋! 主砲装填開始!』
一撃放ったのちに、すぐに向きを変えるつもりだ。つまり、チャンスはたった一度しかない。などと考えているうちに、そのわずかな砲撃の機会が訪れる。
「敵艦隊、正面に捉えました! 距離、28万キロ!」
「砲撃開始、撃てっ!」
艦長の号令とともに、主砲が火を噴く。落雷のような音を響かせて、青白いビームが進路上にいる敵艦目掛けて伸びる。
「命中! 目標ナンバー102、撃沈!」
移動砲撃でも当ててしまうとはな。さすがはカテリーナだ。普段のパフェと味噌カツ分の元は、この一撃だけでもとれただろう。
「全艦、俯角10度、取り舵30度!」
僕は再び艦隊の向きを変える。そして、最初に狙いを定めた300隻の後方で大きく時計回りに回り、敵後方を捉える。
2つの敵の小艦隊は、このまま合流し、こちらを捉えるのかと思っていたが、やつらは向きを変えることなくそのまま離脱を図る。
やつらからすれば、ここは敵地だ。ぐずぐずしていたら、あっという間に囲まれてしまう。我々から急速に離れ始める600隻の艦隊。
このまま、逃してたまるか。僕は艦長に命じる。
「艦長! 特殊戦、用意!」
一瞬、オオシマ艦長は復唱を躊躇う。5回という限定された回数の貴重な一回を、ここで使うべきかと考えたのだろう。が、すぐに艦長は復唱する。
「了解! 特殊戦、用意!」
あの600隻は今、地球1010星系深くに入り込んでいる。あれだけの数の艦隊を、万が一にも地球1010に接近させるわけにはいかない。ここは確実に、敵を撤退に追い込まなくてはならない。だから僕は、敢えて特殊砲撃を命じる。
『機関室より艦橋! 機関への特殊戦用伝達回路、接続完了! 砲撃準備よし!』
『砲撃管制室より艦橋! 充填開始!』
前回のあの事故の記憶がある。だから正直言って、この攻撃手段は使いたくなかった。だが今は、そうも言ってられない。
『砲撃管制室より艦橋! 砲撃手と操舵手、交代完了!』
着々と手順通り、砲撃準備が進む。慣性制御がなくなった艦橋内に、誰かが誤って手放してしまったペンが、ふわふわと目前に浮かんでいる。
敵はまだ、射程内にいる。距離、43万キロ。他の艦艇は、敵の後方目掛けて砲撃を行っている。だがこちらはまだ、砲撃はおろか、動くこともできない。
『エネルギー充填、完了!』
「総員、衝撃に備え! 特殊砲撃開始、撃てーっ!」
猛烈な音と光が、艦内に響き渡る。主砲の放つ眩い光が、艦橋内を照らす。浮いていたペンは、砲撃の反動で後退する艦の動きに追従できず、窓の方に向かって勢いよく飛んでいく。僕の座るシートが、ビリビリと震える。そんな10秒間の砲撃が続く。
やがてビームの光が消え、弾着観測の報告がもたらされる。
「敵艦、220隻消滅!」
一部の敵が、わずかに射程外に逃れてしまった。それでも、300隻の艦隊の内のかなりの部分を捉えた。
「敵艦隊、そのまま離れます!」
「各艦に伝達、追撃は行わず、現宙域にて待機!」
僕は追撃戦を行わないことに決める。2隊のうちの一方の敵の艦艇を相当数、撃沈した。これ以上、敵を追い込んだところで、あまり状況は変化しないと判断したからだ。
それ以上に、こちらの陣形が乱れたままだ。全力離脱をした上に、立て続けに出した方向転換、そして砲撃。ここで一度、我が艦隊を集結させないと、組織的な行動ができない。
そして第8艦隊は撤退する敵艦隊を尻目に、陣形を再編する。
「なんだと……」
その再編中に、思わぬ事実が判明する。
「はい、報告では消息不明、とされてますが、おそらく、0213号艦と0224号艦は……」
ジラティワット大尉からもたらされたのは、我が艦隊の内の2隻の艦艇が消滅した、というものだ。
「……データリンク上では、いつ?」
「2隻とも、上方からの砲撃を受けた際にリンクが切れてます。おそらくは、その時に撃沈されたものと推測されます」
「ともかく、もう一度、各戦隊長艦から呼びかけるよう、通達せよ。もしかしたら、機関停止して漂流しているのかもしれない」
「はっ!」
僕は命じる。だがその後、3時間にわたる捜索にもかかわらず、その2隻の足取りは掴めない。結局、僕はこの2隻を「撃沈」と認定し、その宙域を離脱する。
「申し訳ありません……」
ダニエラが、いつになく落ち込んでいる。
「いや、気に病むことはない。僕にも油断があった。敵の不自然な動きを、もっと早く察知すべきだった」
「いえ、閣下は上手く戦さの采配を奮っておいででした。ですが、私は……でも、見えなかったのです。なぜか上からの300隻を、私は見逃したのです」
「うーん……」
ダニエラの報告を受けて、僕は少し考える。確かに、距離的に見れば前方も上方の敵も、同じようなところにいた。いや、むしろ上方の敵の方が距離的には近い。にも関わらず、ダニエラには見えなかった。
そういえば、以前にも似たようなことがあったな。100隻の敵艦隊を見つけられたのに、1000隻の敵艦隊が見えなかったことがあった。あの時は鏡のせいだと思っていたが、もしかしてそれ以外にも理由があるのか?
ともかく、我が艦隊は298隻となってしまった。この件はすぐに、第1艦隊に報告する必要がある。僕はその日のうちに、白色矮星域で展開する第1艦隊の総旗艦、戦艦ノースカロライナへ恒星間通信を行う。
『……そうか。2隻を失ったか』
「はっ、油断しました。申し訳ありません」
『まあいい、気にするな。「ニンジャ」相手に、よくその程度の被害で済んだものだと思う。しかし当面は2隻欠如のまま、運用するしかないな』
「承知しております」
『うむ。ところで、ダニエラ君のその盲点の件だが』
「はっ」
『地球042遠征艦隊にいる、もう一人の神の目の持ち主らとも話した方が良いかも知れぬ。神の目というものには、何らかの問題点があるのかも知れないな』
「了解いたしました。では、これより地球1010に帰投し、地球042遠征艦隊司令部と話し合うことにいたします」
『うむ、健闘を祈る』
コールリッジ大将は敬礼し、僕は返礼で応える。そして通信が切れる。
我が艦隊は、特殊な機関を搭載した新型艦艇のみで構成された、特殊な艦隊だ。ゆえに、艦艇の補充が簡単にはいかない。2隻を失ったことのダメージが、他の艦隊よりも大きい。
ところで、あの敵艦隊のその後だが、地球042の3艦隊に挟撃されたものの、辛くも逃げ切ったらしい。が、これに懲りて、今後は入って来なくなるだろう。そう願いたい。
一方で、僕にも一つ、やるべきことがある。
「本作戦で奮戦し、我々の盾となり戦死した、0213号艦、0224号艦両艦の乗員201名に追悼の意を表し、敬礼!」
地球1010への帰投中、僕は司令官として初めて、撃沈された味方艦艇の追悼を行う。手の空いている乗員らは、一斉に起立、敬礼する。その直後、この0001号艦の主砲にエネルギーが装填される。そして青いビームが一発、この漆黒の宇宙に放たれた。
これまで無傷を誇っていた第8艦隊に、初めて犠牲者が出た。僕は艦隊司令として、初めての試練を受ける。言いようのない悔しさが、心を襲う。




