#38 再赴任
「それじゃあお母さん、行ってくるね!」
「ああ、いってらっしゃい。気をつけてね」
まるで近所のスーパーにでも行くような挨拶で、母親に別れを告げるフタバ。そして、僕も挨拶する。
「行ってまいります」
「いってらっしゃい、カズキ」
僕は敬礼する。今度ここに戻れるのは、いつの日か?だが、必ずいつかは無事に帰ってくる。そう心に決めて、僕はこの高層アパートの一室を出る。
「おう、行くぞ!」
下で、レティシアが待っていてくれた。僕とフタバは、レティシアのところに行く。
「よいしょ!」
なんだか、来た時よりも荷物が増えたな。それを、レティシアが抱える。
「悪いね、レティちゃん。あたいの荷物まで持ってもらっちゃって」
「構わねえよ、俺からすりゃあこんなもん、大した量じゃねえよ」
1メートル大の大きなカバン2つを、片手で抱える怪力魔女レティシアだが、やはり目立つな。周りが注目している。そして、ダニエラとカテリーナとも合流し、メイエキへと向かう。
そこで、最後のナゴヤ飯を頂く。あのラーメンチェーン店だ。ダニエラが出港前にもう一度食べたいと、リクエストしてきた。そこで出発前の昼食にここを選ぶ。
しかし、こいつら、朝食はあの味噌カツ屋で食べただろう。よく入るな。特にカテリーナは、ナゴヤに来てから食べているイメージしかない。あの小さな身体で、特製ラーメンを食べている。この後はもちろん、クリームぜんざいだ。
その店で食べていると、僕の傍にある人物が現れる。僕の横に立つと、敬礼する。
「軍司令部より、第8艦隊付きに転属となりました、マリカ中尉であります!」
「ああ、よろしく」
僕は返礼する。そう、こいつも地球1010についてくることになった。任務は、賜物調査だ。
「ところで閣下。ここに一人、政府から派遣された賜物調査員が紛れていると聞いたのですが」
「あそこにいる。別に、紛れてなどいないぞ」
僕がフタバを指差すと、フタバは手を振って応える。
「なるほど……あれが、政府の回し者ですか。気をつけねば」
「ああ、こちらがダニちゃんの言ってた、カトンボ以下のマリカ中尉さんね。よろしくぅ」
この妹は、煽り耐性はあるからな。マリカ中尉の喧嘩腰の言葉にも、適切、いや、適当に返す。だが、フタバよ。ダニエラを「ダニちゃん」と呼ぶのはやめて欲しい。なんだか、別の生き物に聞こえる。
西暦2490年1月4日。ついに駆逐艦0001号艦の修理が完了し、引き渡しが行われる。それを受けて第8艦隊は、再び地球1010に向けて進発する。
トヨヤマに着き、修理ドックに入る。砲身部が丸ごと入れ替えられ、船体の半分以上が新調された0001号艦が今、僕の目の前にある。次々と乗り込む乗員に続き、僕らも艦内に入る。
艦橋に着くと、オオシマ艦長が起立、敬礼する。その後ろからダニエラ、タナベ中尉、そしてフタバが続く。
そういえば、フタバって駆逐艦に乗るのは初めてだな。民間船にはよく乗っていたようだが、乗り心地重視の船とは違い、こっちは砲身部が中心の船。これだけ大きな船にもかかわらず、100人程度の乗員に、比較的狭い居住空間しかない。それに、戦闘となれば容赦なく砲撃音が鳴り響く。大丈夫だろうな?
そんな船が、ついに出発の時を迎える。
「機関始動!」
艦長の号令がかかる。ウィーンという音が、徐々に大きくなる。
「ねえ、カズキ。そういえば、レティちゃんは?」
「……レティシアは今、機関室だ。ちょっと、黙ってろ」
と、そこにフタバがたわいもないことを話しかけてくる。だが、今は出航前だ。一番ピリピリしている時に、声をかけるんじゃない。
そんなフタバの声をかき消すほどの大声で、艦長が号令を飛ばす。
「各員、出航前の最終確認!」
『機関室より艦橋! 機関良好、問題なし!』
「船務科! 各種センサー、異常なし!」
「トヨヤマ管制より入電、上空はクリア、出航許可、了承!」
「よし、機関出力上げ!」
「機関出力上げ!」
「繋留ロック解除!抜錨! 駆逐艦0001号艦、発進する!」
ヒィーンという甲高い機関音に混じって、ガコンという船体を支えるロックの外れる音が響く。拘束を解かれた我が艦は、ゆっくりと浮上する。
「両舷微速上昇!」
「了解、両舷微速上昇!」
「上昇確認、高度100! 速力100!」
相変わらず、艦橋内は忙しい。さっきまでお客様気分だったフタバは、この雰囲気に圧倒されて、言葉が出ない。
遠くにあの800メートルの「テレビ塔」が見える。このひと月半の間、あの辺りを彷徨いていたのだな。そんなナゴヤの象徴の一つに別れを告げつつ、0001号艦は上昇を続ける。
しばらく上昇を続け、高度3万メートルから徐々に加速を開始、前進に転じる。
新型機関は一旦、通常出力で周回軌道に出てから、一気に重力圏を脱出する。その周回軌道上で、30隻程度の僚艦との合流を果たす。
ハカタ、ホーチミン、シャンハイ、ケアンズ……など、各方面から続々と我が艦隊の艦艇が集結する。
「駆逐艦0120号艦より入電! 第12戦隊集結、指示を乞う、以上です!」
「駆逐艦0210号艦より入電! 第21戦隊到着!」
「よし、各艦に伝達、アラスカ上空にて合図し、加速開始! 火星軌道上の集結地点に向かう!」
「了解!」
司令官席で指示を出す僕。実に1か月半ぶりに出す司令官としての号令が、集まった僚艦らに送信される。
そして、目印のアラスカ上空に差し掛かる。
「全艦に打電! 重力圏脱出開始!」
「全速だ、両舷前進いっぱい!」
「両舷前進いっぱーい!」
ここで一気に加速する駆逐艦0001号艦。新型機関が、一気にフル稼働する。
ゴーッというけたたましいながらも、滑らかな音が響く。これだけの高出力でも、安定した運転。機関の改良の効果は、確かにあった。音を聞くだけでもよく分かる。
レーダーサイトを、タナベ中尉が見ている。その横で鏡を持ったダニエラが、自身の顔を見てにこにこしている。というか、ダニエラよ、ちゃんと周囲を見てるんだろうな?
一度離れた地球001に、再び接近する。スイングバイの際に、この艦はニホンの上空を通過する。僕はその列島の姿を、チラッと見る。が、あっという間に通り過ぎて、真っ暗な宇宙空間に戻る。
そして、規定速度に達し、加速が終わり通常運転へと戻される。
熱暴走は、なかったな……いや、報告によればこの機関、以前とは別のタイミングで暴走するようになったという。で、まさにそれが起こる。
『機関室より艦橋! 炉内温度、急速上昇! 右機関室、出力低下!』
「なんだと!?」
このやりとりに、横にいるフタバの顔が途端に険しくなる。が、ポンコツ慣れした乗員は、この程度では動じない。しかも、すでに通常運転であるから、今までのように僚艦から置いていかれるような事態は起こらない。とはいえ、暴走は暴走だ。
だから当然、あの人物が出動する。
『おらおらぁ!』
相変わらず、早いな。レティシアも予め、この機関の特性変化のことを聞いていたから、待機はしていたのだろう。
『機関長、水だ!』
地球001にて機関の再調整をした結果、最大出力中での熱暴走はなくなった、が、出力を抜いた途端、不安定になる。そういう特性になったと、技術部からの報告を受けていた。
確かに最大出力中よりは、終わってから暴走してくれた方がマシではある。が、そこまで何とかできたのなら、もうちょっとどうにかできなかったのだろうか?と思う。
要するに、ポンコツぶりが多少マシになったという程度だ。あの魔女なしには運用できないことには変わりない。
『機関室より艦橋! 機関、正常!』
モニターの向こう側が、湯気で真っ白になる。と同時に、機関が正常に戻ったという報告が入る。僕は、横にいるフタバに声をかける。
「フタバ!」
「えっ!? あ、はい!」
軍船の慌ただしい雰囲気と、この艦のポンコツぶりに圧倒されて、少しキョドってるな。
「火星軌道上での艦隊集結まで、離れられない。代わりにレティシアのところに行ってやってくれ。」
「ああ、そういうこと……ええと、はい! フタバ調査員、機関室に向かいます! でわでわ……」
別に僕も抜け出すことはできるが、フタバのやつ、ここを出るタイミングを逸していたからな。敢えてその機会を作ったやった。
モニター越しには、いつものように機関長とハイタッチするレティシアが見える。前回のようなトラブルはない。いつも通りだ。
そして、フタバがここを抜け出して1時間後、当艦は火星軌道上に達し、第8艦隊300隻は集結を果たす。
そのまま300隻は、太陽系外縁部にあるワームホール帯を目指す。そこからケンタウルス座V886という星に達するのは、それから3日後のことだ。
「ちょっと! フタバちゃん!」
「ええと、なんでしょう?」
「ちゃんと食器片付けて! また置きっぱなしでしょう!」
「いやあ、グエちゃん、ごめーん。ついうっかり忘れちゃうのよねぇ」
「うっかりじゃないでしょう! ったく、兄妹揃ってだらしないんだから!」
食堂では、またフタバを叱るグエン准尉の声が響く。だがグエン准尉よ、僕は決してだらしなくはないぞ。こいつと一緒にしないで欲しい。あと、フタバよ。名前の略し方が変だな、お前。
「ねえ、どうしてグエちゃんってあんなに口うるさいの? カズキのことも、言いたい放題だよ。いいの? 司令官として、あんなのほっといても」
「その前に、食器は片付けろ。別にグエン准尉は間違ったことは言っていない」
フタバにとっては、グエン准尉は天敵のようだ。この艦内で、司令官である僕を呼び捨てにできる2人の人物のうちの1人だというのに、准尉には逆らえない。
ただ、フタバは他の人とは上手くやっている。元々、レティシアとは仲がいいし、同じ放浪癖を持つダニエラとも気が合い、カテリーナは手懐けている。
そして意外なことに、マリカ中尉とも仲良くやっている。
「へぇ〜、マリちゃん、イタリアのプーリア州に住んでたんだ」
「そうなの、ワインが美味しいし、アドリア海のエメラルドグリーンの海面がとっても綺麗なところよ。ま、ナゴヤなんて目じゃないですわねぇ」
「あはは、ナゴヤの海がエメラルドグリーンだったら、緑色の味噌カツが出ちゃうね、きっと」
フタバの適当さが、程よくマリカ中尉と波長が合う。どちらかというとこの2人、それぞれ政府、軍から賜物所有者の調査を受けた、いわばライバル同士。互いに探りを入れているうちに、気づいたら仲が良くなった。そんなところのようだ。
そんな雰囲気の0001号艦だが、いよいよ7000光年を一気にジャンプする長跳躍ワープポイントに差し掛かる。そこを越えれば、激戦区の白色矮星域。緊張が走る。
「ワームホール帯まで、あと3分!」
「砲撃戦準備! 指向性レーダーおよび光学観測、待機!」
敵が例の「ニンジャ」を使って、この出口辺りに接近している可能性がある。我が艦隊も、もう何度も遭遇している宙域だ。年末にはコールリッジ大将も、この辺りの敵の動きが活発化していると言っていた。油断できない。
「ワームホール帯突入まで、30秒!」
そういえば、我が第8艦隊が初めてここを通った時は、1000隻の敵艦隊と遭遇したが、さて、今回はどうかな?
「ワープ!」
そして、ワープに入る。星空が消えて、異空間に入ったことを知る。
長い距離のワープだが、その割にあっという間に抜ける。抜けた先は、白色矮星域だ。
で、早速、敵艦隊が引っ掛かる。見つけたのはレーダーではなく、ダニエラだ。
「前方ちょっと右に、何かいますわ!」
レーダーには映っていない。ということは、「ニンジャ」だな。
「指向性レーダー、照射!」
すかさず、艦長指示で高精度のレーダーが照射される。その結果、敵の艦隊が姿を現す。
「レーダーに感! 艦影多数、およそ100! 1時の方向、距離130万キロ!」
少し遠いな。いきなりの遭遇戦とはならなかった。
「どうしましょう。捕捉、攻撃しますか?」
ジラティワット大尉が、僕に進言する。
「当然だ。が、通常陣形のまま進む。おそらく敵は、こちらに不意打ちすることを狙っているはずだ。だから、その意図を挫く。しばらくの間、気付かないふりをする」
「はっ! では通常陣形のまま、1時方向に進路をとります!」
僕らのやりとりを受けて、艦内放送が入る。
「達する。艦長のオオシマだ。前方130万キロに、敵艦隊100隻を捕捉。各員、戦闘態勢を維持、次の命令を待て。以上だ」
ジラティワット大尉が、各艦に僕の命令を伝えている。これを受けて同じ放送が、他の艦でも行われるだろう。
そういえばフタバのやつ、当然だが戦闘経験は初めてだな。いきなり戦闘に巻き込むことになるが、ここは戦場、これは駆逐艦だ。それに乗り込んだ以上、仕方あるまい。
敵艦隊への接近が続く。あちらはレーダー波を出していないから、おそらくはこっちの駆逐艦から出ている重力子を捉えて、位置を把握しているのではないだろうか?それもあって、第1艦隊では最近、機関を落として惰性で進む慣性航行を推奨しているという。
敵も、ニンジャの間は重力子を検知できない。ということは、あの「術」は機関を動かした途端に解けてしまうのだろうか。今ひとつ、原理が分からない。
ともかく我々は、敢えて敵の艦隊の前に、ノコノコと進む。
ダニエラからは、他の艦隊がいるという報告はない。鏡を持ってくるくると様々な方向に向いてもらったが、やはり潜んではいないようだ。
敵の艦隊は、すでに47万キロまで近づいた。
「陣形を変更、横陣形へ転換!」
楔形の航行用の陣形から、横一線に並ぶ陣形へと転換し始める。ただし、敵に気づかれないよう、ゆっくりと、整然と行う。
敵の艦隊に、動きはない。だが、おそらく敵はこちらを察知しているはず。そしてちょうど敵艦隊を横切ろうとした、まさにその時。距離、45万キロ。
僕は、号令をかける。
「全艦に伝達! 砲撃開始!」
スラスターの音が、響き渡る。300隻が一斉に、敵艦隊100隻の方を向く。そして、エネルギー充填が開始される。
「砲撃開始! 撃ちーかた始め!」
『こちら砲撃管制室!砲撃開始します!撃ちーかた始め!』
キーンという甲高い充填音が響く。と同時に、スラスターが噴射される。初弾から当てに行く。そういうナイン中尉とカテリーナの意思が、伝わってくるようだ。
そして、修理されたばかりの主砲が、火を噴いた。
ガガーンという、雷音のような音が、艦内に響く。窓の外は真っ白に輝き、まったく見えない。それが消えた時、初弾の成果が報告される。
「初弾命中! ターゲット031、消滅!」
復活戦に相応しい戦果だ。まずは一撃、カテリーナが当てた。ナゴヤでは人畜無害な顔でただ食べるだけの痛い娘だったが、ここではその本領を発揮する。
敵の艦隊はすでに「ニンジャ」を解いた。やはりあれは、動いたり砲撃したりすると消えるものらしい。敵も迎撃態勢を取るが、あちらは射程外、バリアを展開しつつ、後退を始める。
「よし、このまま追撃戦に移行だ。前進!」
「了解、全艦、前進!」
敵には悪いが、騙し撃ちを仕掛けようとしたんだ。ここは徹底的にやらせていただく。距離を45万キロに保ったまま、敵の後退速度に合わせて前進する。
ただし、敵はバリアを張りっぱなしだ。カテリーナは正確に当てるが、これ以降はすべて弾かれる。撃沈は、不意撃ちの初弾だけ。
10分が経過するが、これ以上の戦果は得られそうにない。これ以上、追い詰めても仕方がないな。この短時間で4隻は撃沈した。それだけではない。彼らは、悟ったはずだ。
「ニンジャ」が、効かない相手が現れた、と。
もっとも、そんなのは以前からいるし、地球042にも1人いる。だから、そんな相手がいることぐらい、敵もすでに承知しているはずだ。
だが、報告で聞くのと実際に接するのとでは、恐怖感が違う。ましてや、命中率100パーセントの船がいること。それは恐怖以外の何ものでもない。
それ味わった者が一人でも多く増えただけでも、十分だろう。
「全艦後退! 順次、砲撃を停止せよ!」
「了解、全艦後退! 砲撃停止!」
10分間の一方的な追撃戦の後、僕は後退を命じる。そのまま敵は離れていき、回頭し、去った。
「砲撃戦闘、用具納め! 戦闘態勢、解除!」」
艦長の号令で、戦闘態勢が解かれる。ダニエラとレーダー担当以外は、通常態勢に戻る。僕は席を立ち、艦長に敬礼しつつ告げる。
「では、小官は離れます」
艦長らの返礼を受けつつ、僕は艦橋を出る。
食堂へ行くと、ひと騒ぎ起きていた。といっても、フタバが騒ぎ、マリカ中尉が気絶して食堂の椅子の上でひっくり返っていただけだが。
「ちょっとカズキ! 何いきなり撃ってんのよ! びっくりしたじゃない!」
抗議するフタバだが、ここは戦闘艦だ。戦闘に入ることくらい、想定済みだと思うんだが……いや、民間人のフタバが騒ぐのは分かる。が、軍属のマリカ中尉が気絶しているというのはどういうことだ?
技術士官と言っても、砲撃訓練くらい受けているだろう。しかも、驚くくらいならともかく、気絶とは……いくら何でも、脆弱過ぎやしないか?
連盟軍の撤退を見届け、他に艦隊がいないことを確認した後、第8艦隊は転舵し、一路、地球1010へと向かう。
今回は100隻で済んだが、次は大艦隊と遭遇するかもしれない。僕が率いるのは300隻の艦隊。内一隻は、最強の命中率と攻撃力を誇る旗艦ながら、故障の絶えない船。このまま、勝ち続けられるだろうか……騒ぐフタバを前に、僕は次なる試練の訪れと不安に、心砕いていた。




