#37 年の瀬
12月30日になった。今年も、残すところあと2日を切る。
ということで、僕らはオオス商店街に向かう。
年末ということもあって、商店街はもちろん、アーケードのない場所でも、出店が軒を連ね、さまざまなものを売り出す。
ここは元々、大須観音という神社を中心に栄えた街。ギフにあったものを、イエヤス公の命でここに移転されたのが始まりとされている。それが今や、文化を凝縮したような街となっている。
第2階層の方でも、お祭り騒ぎのようだ。ステージの方で何か騒いでいるような気がするが……今、あそこに顔を出すのはやめておこう。
商店街を少し歩くと、ナイン中尉がカテリーナに何かを買い与えている。右手にアメリカンドッグ、左手にはチキンって……どういう組み合わせだ、カテリーナよ。そんなことはお構いなしに、ガツガツと食べるとんがり帽子の娘。
しかし、さすがのカテリーナの食欲も、今日のオオスの物量には敵わないのではないか?人も多いが、それだけ店も多い。
レティシアはというと、抹茶きなこの団子を食べている。そんなもの、どこで売っていた?一方のダニエラだが、ほかほかのギョウザを買って、タナベ中尉と並んで食べている。
「おう、カズキ! 食うか!?」
と、突然、レティシアが僕にあの団子を一本、渡してくる。受け取った僕は、それを口に入れる。ほんのりと抹茶の香りがするきなこが、口の中を覆う。
「いやあ、お祭りってのはいいなぁ。あの屋台でビールでも買ってくるか」
気分は上々のレティシア。おい、あまり調子に乗るなよ。お前この間、その勢いで二日酔いになったばかりだろう。
なお、ダニエラはすでに20歳になっているから、お酒はOK。問題はカテリーナで、実は生まれた日が分かっていない。だから、年が変わると年齢も上がるという方式。要するに、来年にならないと「20歳」だと言えない。不便な仕組みだ。
で、この一団はそのまま、大須観音までやってくる。そこでダニエラが叫ぶ。
「ひええぇ!」
なんだ、どうした?不意に叫ぶダニエラに、タナベ中尉が尋ねる。
「ダニエラ、どうした?」
「た、タナベ様、あれ……」
何やら気味の悪いものでも見たようだが、こんな場所でそんなものがあろうはずがない。ダニエラが指差す方をみると、濃緑色の大きな真四角の、ゼリー上の物体がどんと置かれていた。
「な、なんだか気味の悪い生き物のようなものが、あそこに……」
ああ、分かった。なるほど、見ようによってはスライムのようにも見えるな。僕は応える。
「ダニエラ、大丈夫だ。あれは食べ物だ。それも、甘いやつ」
「ええっ!? あれが、食べ物!?」
ナゴヤに来てもう随分と経つのに、あれをまだ見たことがなかったとは……僕は、その物体の正体を明かす。
「あれは、『ういろう』という食べ物だよ」
「う、ういろう?」
「そうだ。」
「あのういろうというものなら、見たことがございます。が、もっと小さくて、明るい色では……」
「本来はああいうものなんだよ。それじゃあちょっと食べてみるか。」
まあ、切らずにそのままの形で置いているところも珍しい。祭りだからと、敢えてそうしているんだろうが、それがダニエラには奇妙なものと映ったようだ。僕は店に行き、数切れのういろうを手に入れる。
「……まあ、なんだかほんのりと甘くて、美味しいですわ。これがあの緑のブルブルの正体ですの?」
「そうだ。抹茶風味のういろうだな」
「ああ、そうでしたの……てっきり私、フェラレーノ河の川底に堆積した汚泥か何かかと思いましたわ」
いや、そんなものを店先に置くわけないだろう。何を言ってるんだ、まったく。それにここは、老舗の店だ。創業して500年以上。ちなみに、ういろう自体の起源はさらに100年ほど遡る。
「まったく、ういろうをみて汚泥とか、そんなわけねえだろうが……」
随分と遅れてツッコミを入れてくるレティシア。突っ込むなら、ダニエラが最初に悲鳴をあげた時に突っ込んで欲しかったな……と思ったが、こいつの突っ込みが遅れた理由が分かった。
こいつ、本当にビールを飲んでやがる。ほろ酔い気味で、どこで買ってきたのか、イカ焼きをつまみに飲んでいる。その隣で、同じイカ焼きを食べるカテリーナの姿もある。
「ナイン中尉、レティシアはいつからビールを?」
「さ、さあ……カテリーナのイカ焼きを買った時には、もうすでに飲んでおりまして」
ということはさっき、ビールを買うかと言ってた時点でもう買ったのか。行動力はあるな。だが、怪力魔女が酔っ払うと、たまにろくでもないことが起こるから注意しなくては。
それ以上に行動が早いのは、カテリーナだ。さっきまでイカを食べていたはずだが、いつのまにか、みたらし団子を食べている。左手には、串刺しのフランクフルト・ソーセージが。こいつ、いつのまに食い物が変わった?
「はぁ〜、なんだかふらふらするぜぇ!」
おっと、レティシアの歩き方がふらついてきたぞ。こいつ、あまりお酒に強くないからな。そろそろ酔い止めを投入した方が良いか。僕はそう思い、大須観音のある方角へと向かう。
仁王門の前に設けられたベンチに、レティシアを座らせる。そして、酔い止め薬を取り出す。
「ほら、レティシア」
「ん〜?」
「これを、飲め」
「え〜っ?」
良い気分のようだが、この後、大変なことになるのは目に見えているから、早めに飲ませた方がいい。それは、本人も承知している。
酔い止め薬が効くまでの間、僕とレティシアは、ベンチに座って待つ。ダニエラはタナベ中尉と、カテリーナはナイン中尉と、各々でこの商店街を巡ることとなった。
「おい、レティシア、大丈夫か?」
「大丈夫ぅ〜」
あまり大丈夫じゃないな。早めに飲ませて正解だった。しかしこの薬、効くのに2、30分はかかる。その間は、ここで待機か。
で、ベンチでただぼーっと待っていると、僕の目の前にスタスタと誰かがやってくる。そして僕の前に止まり、こう言い放つ。
「ここにいたのね、カズキ!」
それは、先日失踪したばかりの、フタバだった。
「あれ? なんだお前、まだニホンにいたのか」
「当たり前じゃない! で、地球1010行きの理由、見つけてきたわよ!」
なんだ、そんなものを探してたのか。僕は尋ねる。
「ちゃんとした理由なんだろうな」
「ちゃんともちゃんと、政府公認よ」
「えっ! 政府、公認!?」
思わず大きく出たフタバに、僕は思わず叫ぶ。
「ほらっ!」
と言って取り出した書類が一枚。僕はそれを読んで、愕然とする。
「地球1010調査員」と書かれたその書類。それは募集要項で、内容は、地球1010の人の調査、とだけ書かれている。
が、末尾には、地球001統一政府の名前だけでなく、あの素粒子研究所の名前も書かれていた。これを見て僕は、それが何を調査するものなのかを理解した。
賜物だ。賜物を持つ者を片っ端から探してこい、ということのようだ。
だが、あそこは地球042が主幹星となって、近代化を進めているところだ。そこに勝手に割り込むようなこの調査員の募集。内容がぼかしてあるのは、そういう事情もあってのことだろう。
「で、面接でカズキの名前を出したら、一発で通ったよ。いやあ、持つべき者は兄妹よねぇ」
こいつ、都合よく人の名前を使いやがって……でも、調査員としてはうってつけの人材だな。何せ、この星で最も賜物に通じた人物を兄に持ち、しかも放浪すること自体が仕事という、こいつにとっては願ったり叶ったりの仕事。
「おい、ちょっと聞くが、その面接の場に『カワマタ』という名の人物はいたか?」
「いたよ。よく知ってるわね」
「はぁ〜……やっぱりそうか」
「なんか、すごく紳士的な人だったよ。でも、そのカワマタさんが、どうかしたの?」
やっぱりあの研究員、サンプルを欲しているのか。こういう形で、自身の研究をさらに進めるつもりか。ということはいずれ、カワマタ研究員本人も地球1010に乗り込んでくるだろう。そんな予感がする。
「まあ、いいか。そういうわけだから、よろしく。レティちゃんもね」
「ふぇ? おお、そうだな。よろしくぅ」
まだ酔いが醒めていないレティシアの手を握り、上機嫌なフタバ。そして、辺りを見回す。
「そういえばさ、どこにいるのよ?」
「何が」
「あの2人よ。地球1010からきた、賜物の持ち主よ。挨拶しておかないと」
「いや、今はこの商店街を彷徨いてるから、どこにいるかは分からないぞ」
早速、調査員気取りで、あの2人との接触を試みようとするフタバ。が、ここにはダニエラもカテリーナもいない……はずだったが、カテリーナがこっちにやってくる。いや、正解には、カテリーナを連れたナイン中尉がくる。
「あの、閣下、奥様はもう大丈夫ですか?」
「ああ、もうそろそろ酔い止め薬が効いてくる。大丈夫だ」
と、そのやりとりを聞いていたフタバが、しゃしゃり出る。
「あれ? この人、カズキと同じ船の人?」
「ああ、そうだが」
「うわぁ、それじゃあ挨拶しないと。私、カズキの妹のフタバ・ヤブミって言います。よろしくお願いします」
「は、はぁ、私はナイン中尉です。よろしくお願いします」
「ねえ、この隣の人が、例の人?」
「例の? なんのことです?」
ナイン中尉の横にいる、とんがり帽子の痛い娘を指差して尋ねるフタバ。
「ああ、彼女がカテリーナだ」
「ええ〜っ! この娘がぁ!? 何この可愛い生き物は!」
ちょうどカテリーナは、パイナップルの切り身を食べているところだった。そんなカテリーナをぎゅっと抱きしめるフタバ。
殺気のない相手には、めっぽう弱いカテリーナ。頬をすりすりされても、迷惑そうな顔はすれど、何もできない。なされるがままだ。
で、その場でフタバはカテリーナを「餌付け」し始める。
「んで、こっちが豚の角煮五平餅で、これが焼き芋タルト! 美味しいのよぉ!」
こういうものに目がないカテリーナだ、目を爛々と輝かせてそれを見ている。フタバから受け取ると、いつものように頬を撫でながら食べ始める。
「あら? 皆さん、いつのまにかお揃いですね」
と、そこに今度は、ダニエラが現れる。タナベ中尉も一緒だ。
「あれ!? もしかして、もう一人の戦乙女さん!?」
すかさず反応するフタバ。
「あの……どちら様ですか?」
「ああ、あたいはフタバ・ヤブミ。カズキの妹でーす!」
「ええ〜っ!? ヤブミ様の妹さんが、おいででしたの!」
「うわぁ、こっちも可愛いね、まるでお人形さんみたい!」
「お人形……?」
「凄く綺麗で可愛いって意味だよ!」
「まあ、お上手ですわね、そんなこと、ありますけど」
フタバめ、調子がいいな。あっさりとダニエラを丸め込みやがった。
「てことで、あたいも地球1010に行くんです! よろしくぅ!」
「……よろしく……」
「ええ、よろしくお願いしますわ」
「ふぇ? おう、よろしくぅ〜」
何だかおかしなことになってきたな。こいつも来るのか、地球1010に。調子のいい妹に、乗せられる戦乙女達。そしてオオスの年末は、暮れていく。