#36 兄妹
コールリッジ大将との面会から、2日後のこと。
思わぬ人物が、僕のところにやってくる。
僕とレティシアがいるホテルの一室に、呼びベルの音が鳴り響く。
誰だろう?ここにくるとすればダニエラくらいだが、あいつは確か今日、タナベ中尉とメイエキに出かけると言っていたような……僕はそんなことを考えつつ、扉の覗き穴を覗いた。
その姿を見て僕は、思わずガバッとドアを開ける。その音を聞いたレティシアが、僕に尋ねる。
「おい、どうした!?」
が、僕が応えるよりも早く、ドアの向こうの人物が口を開く。
「カズキっ!」
僕は、ドアの向こうの人物に応える。
「フタバじゃないか。何だ突然、何しにきた?」
そう、それは僕の妹で、長らく音信不通だったフタバだ。そんなやつがいきなり、このホテルに現れた。それを聞いたレティシアは、慌てて出入り口に来る。
「なんだってぇ! フタバかよ!」
「うわぁ、レティちゃん、久しぶりぃ!」
互いに、再会を喜び合う。そういえばこの2人が会うのも、7か月ぶりくらいか。いや、僕もそうだが。
「で、何しにきた。近頃、音信不通だったくせに、いきなり帰ってきて……」
「何よ、可愛い妹が帰ってきたのよ。言うことはそれだけ?」
いや、それはこっちのセリフだ。突然、何の連絡もなく、ホテルに直接、来るやつがあるか。
「細けえことは、いいじゃねえか。とにかく久しぶりに会えたんだからよ。まあ、上がれや」
で、レティシアがこいつを部屋に入れる。部屋に入るや、バンッと僕のベッドの上に腰掛けるフタバ。
「へぇ、案外、いい部屋に泊まってるわね。さすがは准将閣下」
「うるさいなぁ。こっちだって、大変なんだぞ」
「そうなの?どうせレティちゃんとイチャイチャしてるだけで、面倒なことは部下にお任せ〜ってやってるんじゃないのぉ?」
「そんなわけあるか。現に、旗艦が故障したから帰ってきただけだ。修理が終わり次第、すぐに戦闘宙域に……」
「ねえ、レティちゃん。そういえばお土産、買ってきたわよ~!」
「えっ!お土産!?なんだよ!」
人の話を聞いてないな。まったく、自由奔放なやつだ。
実際、こいつは高校を卒業してから、家にとどまっていたことがほとんどない。高校を卒業したら、海外で働きながら世界を転々とするんだと、親父が死んでからずっと唱えていた。まあ、今、正にその通りのことをしているわけだが。
「ああ、そうそう。カズキ」
「なんだ」
「そういえばさ、どこにいるのよ」
「何がだ」
「ほら、地球1010から来た、戦乙女の2人」
「……おい、どうしてお前、戦乙女の名を知っている?」
「そんなの、有名だよ。あたいもリオデジャネイロにいたときに、ネット番組で聞いたわよ」
「はぁ? なんでそんなことを、ネット番組が扱うんだ?」
「そんなの、こっちが聞きたいわよ。ね、なんで戦乙女って呼ばれてるの?ねえ、なんで?」
好奇心だけは、ダニエラに負けず劣らずだな。放浪癖もよく似ているし、案外、気が合うのかもしれないな。
「ところでフタバ、お前、そんなことを聞くために、わざわざナゴヤに帰ってきたわけではないだろう」
僕は、フタバに迫る。こいつは大体、神出鬼没に現れる。で、たいていの場合は資金が尽きた時だ。それを工面した途端、姿をくらます。そんなやつが、たかが戦乙女のいわれを知りたいくらいで、帰ってくるはずがない。
まさかと思うが、僕にお金の工面をしてくれと言いに来たんじゃないだろうな。これから大規模な戦闘が始まろうというこの忙しいときに……そんな話はお断りだ。
「ああ、そうそう、カズキに相談があってきたんだ」
やはりそうか。まったく、この妹は……毅然とした態度で、断ってやろう。僕はそう心に決めた。
「なんだ。金ならないぞ」
「誰が、お金の話をするって言ったのよ!」
「違うのか?」
「違うわよ!」
紛らわしいやつだな。ならばなんだ。
「あたいを、地球1010に連れて行って欲しいのよ」
「は?」
まったく予想外の答えが返ってきた。なんだって、地球1010に?
「いや、お前、そんなところ行ってどうするつもりだ?」
「そんなところに行っている、カズキに言われたくはないわよ」
「いや、こっちだって、命令で行っているだけで……」
「つまらないのよ」
「なにが?」
「この地球001がよ! もう、なんなのよ、この星は!」
「何言ってるんだ。お前、ちょっと前まで、世界旅行楽しいって言ってたじゃないか」
「そんなことないわよ。もういい加減、頭来ちゃう!」
察するに、何かあったな。何があったか分からんが……だが、僕は心を決める。
「だめだな」
「何でよ!」
「理由がない」
「あるわよ。地球1010に行きたいって、それじゃダメなの!?」
「理由にならない。それでは、艦艇に乗せる理由にはならない」
「レティちゃんだって、乗ってるじゃない」
「レティシアは、我が艦の機関部緊急冷却の任に備え、乗艦している。れっきとした理由があるから乗っているんだ」
「じゃあ、戦乙女の2人は?」
「彼女らは、それぞれ果たすべき役割がある。軍機につき、公にはできないが、やるべきことがあるから、艦長の乗艦許可が下りている」
「だったら、艦隊司令のあんたがなんとかすりゃあいいじゃない!」
「僕はあくまでも艦隊の指揮が任務であり、乗艦許可を出すのは艦長の役目だ」
「じゃあ、艦長に言うわよ!」
「僕より堅い人物だぞ? そんな適当な理由で、どう説得する」
「うっ……」
ここは、諦めさせるのがベストだな。こんな甘い理由であの星に、連れて行くわけにはいかない。そんな道理がない。
「あーもう! 分かったわよ! あればいいんでしょう、その理由ってのが!」
と、啖呵切って、バンッとドアを叩き閉めて出て行くフタバ。後には、僕とレティシアの2人だけが残る。
「おい、いいのか、あんなこと言って」
「構わないよ。実際、僕の家族だからという理由では、艦長は許可を出さないだろうし。何も間違ったことは言っていない」
レティシアは心配するが、これがきっかけでまたどこかに行ったら行ったで、結局は昨日までと同じ状態に戻るだけだ。
取り敢えず、母さんにはフタバのことを連絡しておいた。やはり一度、フタバは家にも帰っていたようだ。その時は、地球1010に行くと豪語していたらしい。で、その後は帰っていない。まったく、どこに行ってしまったのやら。
翌日は、ダニエラとカテリーナを連れて、素粒子研究所へと向かう。ダニエラは鏡を、カテリーナは銃を握りしめて、計測を行う。
もう世の中は、クリスマス一色だな。そんな時に僕らは、こんなところで賜物なるものを測定し続けている。
測定を終えて、いつものブリーフィングが始まる。
「今回は、かなりはっきり捉えることができましたよ」
「はぁ、そうですか」
どうやら、測定器の感度が上がってきたようだ。トヨヤマの設備では捉えられなかった2人の力は、この研究所では確かに捉えられている。
「ということは、賜物の、いや、第5の力に関しての仮説が絞り込めたということですか?」
「ええ。ですが、本当ならもう少し、サンプルが欲しいところですね……」
「サンプルが増えると、何かいいことがあるんですか?」
「はい、例えば、ダニエラさんとカテリーナさんを比べると、カテリーナさんの方が強いんですよ。ただ、それぞれの能力の性質が異なるということもあって、その強弱が意味することが分からないんですよね。もっといろいろな力を持つ人がいれば、さらにこの力の正体を絞り込めるんですが……」
うーん、僕にはこの世界のことは、よく分からないな。ただ、カワマタ研究員の言葉から分かることは、カテリーナとダニエラから得られるデータはもうない、ということだろうか。
ところで今、カテリーナは「大あんまき」なるものを食べている。餡子、カスタード、抹茶などの様々な味の餡を、小麦粉から作った焼き皮で巻いたものだ。それにしても、相変わらず美味そうに食べるものだな。
「そういえば、来年早々には出発されるんですよね」
「はい、我が艦の修理も完了し、最終テストが終わり次第、引き渡しされることになっています」
「ということは、今日が最後ですね。短い間でしたが、とても有意義な実験でした」
「いえ、こちらこそ、お世話になりました」
カワマタ研究員と、別れの挨拶を交わす。今日はもう、12月24日。1週間後には、年が変わっている。
ダニエラとカテリーナ、レティシアに僕。この4人で通い詰めた約ひと月の研究所通い。ここも馴染みの場所となってきたが、今日でお別れ。次に来ることはあるのだろうか?
この大学の講堂を眺めながら、僕らは駅へと向かう。そこで僕はふと、ある場所を思い出す。
「……そうだ。このまま帰るのもなんだから、ちょっと寄り道してみるか」
「寄り道? どこだよ」
「この近くにある、ちょっと変わった喫茶店だ」
「変わった喫茶店? モーニングの時間はもうとっくに過ぎているぞ」
「いや、モーニング目当てじゃない。そこはだなぁ……まあいい、行けば分かる」
僕もだんだんと、レティシアに似てきたな。しかし、ここは本当に口で説明するのが難しい店だ。一応、分類上は「喫茶店」だが、飲み物よりは圧倒的に、食べ物が有名な店だ。
ヤゴトニッセキ駅で降りて歩くこと8分。大学や住宅に囲まれて、ひっそりと立つ、三角屋根の古風な建物。僕らはその中に入る。
店員が注文を取りに来る。この店はあまり、機械化が進んでいないようだな。しかしこの店のメニューの一部は、宇宙にも進出したと言われている。にもかかわらずここは、創立した500年前とほとんど変わっていない。
メニュー表を見る3人。もちろん、レティシアはこの店のことを知っている。一見すると普通のメニューもあるが、やはり奇妙なものに目がいってしまう。だが、僕が注文するものは決まっている。
「あの、甘口抹茶小倉スパを4つ」
それを聞いた店員は、注文を伝えるため奥へと入る。それを聞いたダニエラが、僕に尋ねる。
「ヤブミ様、甘口だの、抹茶だのとおっしゃってましたが、なんなのです、それは?」
「言葉通りの品が出てくるよ」
「いや、スパって、スパゲティですよね? それが甘口で抹茶って……何なのです?」
何だと言われても、そのメニューには写真が載せられている。だが写真と、実際に目にするものとでは、大きく異なる。こればかりは実物を目の当たりにするまでは、理解できない。
そしてしばらくして、その物体が運ばれてくる。
「な……何なのです、これは!?」
今までナゴヤ飯に衝撃を受け続けてきたダニエラだが、今回のはある意味、別格だ。緑色に染まったスパ、その上に乗せられた真っ白なホイップクリームと小倉あん、そして果物。絶句するダニエラ。
一方のカテリーナは、満面の笑みだ。これが甘いものだということは、おそらくは本能的に理解したことだろう。早速、フォークでこれをすくい取り、口に運ぶ。
それを見たダニエラも続く。恐る恐る口に含んだダニエラは、開口一発、こう語る。
「うへぇ! こ、これ、どこがスパゲッティなんです!?」
今まで鉄板スパだのイタリアンだのと、普通のスパゲティを食べ続けたダニエラにとって、これはその名前からはまったく想像できない食べ物。そう、これをスパゲッティだと思ってはいけない。そう、これはもはや、スイーツだ。
「俺も初めて食ったが、噂通りだな。なんて量だよ……」
レティシアの言う通り、こいつはかなりの量がある。山のような量を出すというのがウリの店でもあるので、量は多い。カテリーナ的にはちょうどいい量だが、ダニエラにはその量がかなり堪える。
人に勧めておいていうのも何だが、僕も正直、きつい。いやあ、久しぶりに食べたが、やっぱり罰ゲームのようだなぁ、これ。
これが夏なら、高さ40センチのかき氷なんてものもあるのだが、今は扱っていない。しかもこのかき氷、辛口もある。やっぱりこの店、どうかしている。
その激甘スパをなんとか完食し、外に出る4人。
「ああ……当面は甘いものは、要りませんわ……」
ダニエラがトラウマになるほどの、この店の名物を味わった我々は一路、サカエへと向かう。
しかし、クリスマスイブに甘口抹茶小倉スパはなかったよなぁ。せっかくの地球001、しかもナゴヤだというのに、一番イレギュラーな店を選んでしまった。
まもなく2489年は終わり、激動の2490年が始まる。そんなひとときの平穏な日々が、まさに暮れようとしている。




