#35 大将
それから、3日に一度は素粒子研究所へと通う。連絡を受けては行き、またしばらくデータ調査。その結果を受けてまた、研究所へと出向く。これの繰り返しが続く。
その間、カテリーナは学内の食堂を開拓し始めた。この大学は、道を挟んで西側の方が繁華だ。大きな食堂、売店はこの西側に集中している。研究所での測定が終わると、この西側にやってきて、食堂に飛び込む。それがここでの日課となっている。
とはいえ、そこは至って普通の食堂。駆逐艦のそれと、ほとんど変わりない。だが、ナゴヤ飯と言われる部類のメニューがいくつか含まれており、カテリーナはそれを中心に攻略を進めている。タイワンラーメン、エビフライ、鉄板スパゲッティ……まあ、ナゴヤ発祥でないものもあるが、ナゴヤというイメージが強い食べ物が多いのは事実だ。
で、今日は手羽先にチャレンジしている。
「手羽先ってえのは、まずこの関節部分を取って、残った骨の部分を少し裂いて、それを食らいついて……こんな感じに、一気に引くんだ。」
僕が、手羽先の食べ方をレクチャーする。言われた通りに食べる、カテリーナとダニエラ。こうすると、身がスルッと取り出せて、手には骨だけが残る。これにハマったカテリーナは、しばらく手羽先チャレンジが続く。
12月に入り、さすがに寒くなってきた。ダニエラはいつもの服の上に、ダウンジャケットを着込むようになった。変な組み合わせだが、なぜか本人は気に入っている。一方のカテリーナは、外観はそのままだが、内側にヒートテックなどを着込んで寒さに備えている。
しかし、大学内に将官服に中世ワンピース、ジャケットを着込んだカクテルドレス、そしてとんがり帽子の痛い格好の娘。やはり、異様な集団に見えるだろうな。
地下鉄に乗るのも、慣れてきた。そういえばダニエラ達が初めて鉄道に乗ったのは、この地球001に来る直前、戦艦ノースカロライナの修理用密閉ドックに入港した時のことだ。いつもなら、艦橋直通の1、2番ドックに入っていたのが、艦橋や街からは少し離れたドックに入港した。このため、そこから街に向かうために、戦艦内の鉄道に乗った。
戦艦ノースカロライナは、全長が5000メートルを超える艦だ。その内部の移動に、鉄道が使われている。地上では一部を除いてもう使われなくなったこの交通システムだが、大型船内では有効な移動手段としてまだ残っている。
ダニエラなどは、初めて鉄道に乗った時は、あまりの騒音にぼやいていた。確かに、車内の音はけたたましい音がする。この地下鉄も同様だ。が、人間、何度か乗れば慣れるもので、今では普通に乗り込むようになった。
で、せっかくナゴヤに来たのだし、地下鉄にも慣れたのだから、4人で観光地に行こう。ある日僕はそう思い立ち、出かけることにした。
「本当にそこは、楽しいところですの?」
半ば、抗議のように僕に言い寄るのは、ダニエラだ。実はダニエラはここ最近、研究所に行かない日はタナベ中尉と行動している。タナベ中尉はハカタからこっちに来て、わざわざダニエラの相手をしてくれているらしい。
それを、僕が誘ったものだから、少し不機嫌というわけだ。だったら、タナベ中尉もつれてこればいいのにと言ったが、なぜかそれは断るダニエラ。
一方のカテリーナは、ナイン中尉と過ごすことが増えてきた。夜になるとホテルに戻ってくるが、オフの日の昼間は、どこで何をしているのか分からない。まあ、ナイン中尉が一緒だからな。大丈夫だろう。
僕もレティシアと過ごすことが増えた。夫婦水入らず、しかも、故郷のナゴヤだ。あちこち歩き回るが、やはりあの2人がいないと寂しいということになり、その2人を誘ってあそこへ行こうということになった。
で、カミマエズ駅に一同が集まる。僕とレティシア、ダニエラ、そしてカテリーナとナイン中尉。
「元気そうだな、ナイン中尉」
「はっ! 今日は閣下のご案内で、面白いところへ行けると聞いたので!」
面白い、まあ、そうかもしれないな。それを見たダニエラは、何だか少し寂しそうだ。
「やっぱり、ダニエラも連れてこればよかったんじゃねえのか?」
「な、何のことです?」
「何って、タナベ中尉だよ」
「いえ、あの方は単なる付き添いですから」
「じゃあ、付き添って貰えばよかったじゃねえか」
「そう言ったんですけど、せっかくだから、一人でオオスの2階層をうろついてみたいと……」
どうやら誘わなかったのではなく、誘いに乗らなかっただけのようだな。たまには、一人でオオス巡りをしたくなったのだろう。案外、わがままだからな、ダニエラは。たまには1人になりたいというタナベ中尉の気持ちも、分かる。
地下鉄に乗って北上し、シヤクショ駅で降りる。地上に出ると、目的地のシンボルが目の前に現れる。
黄緑の屋根に、茶色の塔、どっしりとした土台の建物が現れ、その向こうにも瓦屋根がちょこんと載った、変わった建物が……
「ああ、違う違う、あれじゃない。こっちだ」
僕らは一斉に、反対側を向く。そこにあるのは、石垣の上に乗った5層の屋根からなる建物。その上に乗る、金色のシャチホコ。そう、天下の名城、ナゴヤ城だ。
カトウ・キヨマサ公が作ったという石垣は、今でも受け継がれている。上の天守閣は一度焼失し、それからすでに2度、建て替えをされている。
手前には堀が見える。ここから見えるところには、水の張られていない空堀だ。ここより北にあるところから、水堀がある。理由があって、ここは水堀と空堀に分かれているはずだが……まあいい、今日は、そこを見るために来たんじゃない。
天守閣のある方向に向かうと、東門が見えてくる、その門の前に、店が並んでいるのが見えてくる。ここで、カテリーナの目の色が変わる。
で、無言でナイン中尉の袖を引っ張っている。中尉も慣れたものだ、その痛い姿の娘が何をしたいのかを察したようで、足早に進む。僕らも、その後を追う。
予想通り、カテリーナはここに引き寄せられたな。ここはイカれた……いや、独特のメニューが多い店が並ぶ場所。
東門と正門の前には、こうした食べ物屋が並ぶ。手羽先、味噌カツ、味噌煮込みうどん……という定番に加えて、人目を引く食べ物もある。
その一つに、カテリーナが向かう。
この寒い時期に、ソフトクリームが売られている。小さくも室内で食べるスペースがあるから、そこで食べればいいのだろうが、それにしても、真っ先にあれに向うのはやはりカテリーナの持つ食欲版 賜物のおかげだろうか。
そこにある見本には、ダニエラですら驚くものが置かれている。
「な、なんですか、これは!?」
どう見ても金、そう、ソフトクリームが金色。いや、正確に言えば、本物の金だ。といっても、表面が金箔に覆われているに過ぎないのだが。
そんなものを見て、興味惹かれぬはずがない。ダニエラもその店に突入する。
一つ10ユニバーサルドルもするこのソフトクリームは、まごうことなき純金の色に覆われた、およそ食べ物には見えない物体。
だが、その正体はソフトクリーム。正確には、豆腐ソフト。少し豆腐味のするソフトアイスを、金箔が覆う。ただ、金箔というやつは味がしない。
「先代皇帝が作らせたという金の器を見せていただいたのですが……その時の器のようですわ」
「へぇ、だがこっちは表面だけだ。全部金でできた器なら、重かったんじゃねえか?」
「いえ、あまり重くなかったのです。で、疑問に思われた先帝は、それをある者に調べさせたのです。これが全て、金でできているかどうかを調べよ、と」
「ふうん、ぶっ壊しゃ分かる話じゃねえか」
「それを壊さず、調べろというんですよ。で、それが純金だけで作られたものではないことを、その者は証明した。どうやら、銀で作った器の上から金で覆っただけだったようですね。そしてその器を作ったものは処刑され、証明した者は褒美を受けた。でも、器はそのまま残され、私も目にすることとなったのです」
「そうなのか。レントゲンもねえのに、よく調べたもんだなぁ」
どこかで聞いたことのあるような逸話を話すダニエラと、それを聞くレティシア。その2人の口には、べったりと金箔がついている。もちろん、カテリーナの口にも……
異色のスイーツを口にした後は、いよいよ東門から中に入る。門を潜ると、真っ直ぐに伸びる道。その道をしばらく進むと、空堀と大きな石垣が出迎える。なお、この通り沿いにもいくつか店があって、カテリーナが惹かれている。いや、お前、食べ物しか興味ないだろう。
少し進むと、天守閣につながる表二之門が現れる。それを潜って進むと本丸御殿があり……
と、その時、僕のスマホに通知が来る。なんだろうか、僕はそれを何となく取り上げて画面を見た。
一瞬、背筋が凍るような感触を覚える。
「おい、どうした?」
レティシアが、僕の様子を見て声を掛ける。僕は、応える。
「大将、が……」
「はぁ?なんだって?」
「大将閣下が、コールリッジ大将閣下が、ここにいらっしゃっている。」
「ここにって……ナゴヤに来ちゃったのか?」
「いや、ナゴヤどころか、このナゴヤ城にいるとメッセージが来た」
「はぁ!?」
しかもそのメッセージには、本丸御殿と天守閣の間の広場で待っていると書いてあった。明らかに、僕の位置を把握しての行動だ。なんてことだ、あの提督、まったく油断ならないな。
と、いうことで、僕はそのまま本丸御殿を横切り、広場に出る。天守閣のふもと、御殿の前には小さな売店があって、その売店のそばに、カテリーナの目を惹く和風スイーツが売られている。
その前の椅子が並ぶ一角で、僕の方を向き手を振る人の姿があった。早足で歩み寄り、その人物の前で起立、敬礼する。
「ヤブミ准将、ただいま参りました!」
返礼するその人物、すなわち、コールリッジ大将は、僕にこう応える。
「楽しんどるじゃないか」
そう言いながら、大将閣下は手に持った団子を一つ、食べる。僕の横でナイン中尉も、閣下に敬礼する。
「あの……なぜ閣下がここに?」
「クリスマス休暇だよ。で、故郷に寄るついで、ナゴヤに来たというわけだ」
「はぁ……」
大将閣下の出身は、カリフォルニア州だ。ここから地球を半周ほど向こうに回ったところにある。そこに行く途中でナゴヤに寄ることが「ついで」とは、随分とダイナミックな寄り道だ。
「まあ、座れ。立ち話も何だ」
「はっ、了解しました」
「そういえば、レティシア君と会うのは、10か月ぶりかなぁ」
「あ、あはは、そうですね……」
「元気にしとるじゃないか。相変わらず、喧嘩するほど、仲がいいのかね?」
「ああ、俺……いや、私もカズ……准将も、最近はいろいろとあって、喧嘩どころじゃないっすね」
「そうか」
そう言いながら、大将閣下はダニエラとカテリーナの方を向く。
「そういえば、戦乙女達と直接会うのは初めてだな」
「お初にお目にかかります。ダニエラでございます、コールリッジ様」
「うむ、貴殿らの活躍ぶりは聞いとるよ」
さらっと挨拶をするダニエラに対し、カテリーナはただ無言で頭を下げる。偉い人に会う時の経験の差が、如実に態度に現れる。
「で、准将。どうだね、旗艦の修理具合は?」
「はい、砲身の交換は終わりました。後は、機関との連結と導通テストを行い、それでようやく引き渡しです」
「そうか。では、もう一つのミッション、賜物の解明については、どうか?」
「はっ、素粒子研究所にて、測定を続けております」
「どんな感触だ?」
「正直言って、よくわかりません。が、なんらかの兆候は出ているようですね。そんな感じの報告は、その研究所のカワマタ研究員から聞いています」
「そうか、想定よりは順調、といったところかな」
そういうと大将閣下は、手に持った団子を一気に口に含む。僕がふと振り返ると、カテリーナのやつも大将閣下と同じものを食べ始めている。ダニエラもにこやかな顔で、レティシアと一緒に、ホットドリンクを飲んでいた。
そんな周りの様子を見ているうちに、団子を食べ終えたコールリッジ大将が、僕にこう告げる。
「白色矮星域のことだがな」
急に話が、7000光年先の話に移る。
「はっ」
「最近、増えとるよ、『ニンジャ』が」
「えっ、そうなのですか?」
「地球042遠征艦隊、および第1艦隊にも、被害が出始めとる」
「そうですか。早く復帰したいのですが……」
「まあ、急げと言っても無理だろうからな。だが、帰ってきたら忙しくなる。私もアーリントンにある軍本部に出向き、そこで戦力増強を願い出るつもりだ」
「はい。ご健闘を、お祈り致します」
「だがな……非公式ながら、ここ最近の敵の動きに、気がかりな点があるんだよ」
「気がかり?」
「どうも地球023が、出てきているらしい」
ニンジャ、敵が使うレーダーからの艦艇隠蔽技術の呼称であるが、それが増えたということは、つまり、不意打ちを受ける艦艇が増加しつつあるということだ。しかも、連盟側の盟主である地球023の名前が出た。それを聞いた僕は、事の重大さを察する。
「連盟側の、総元締めじゃないですか。ということは近いうちに……」
「あるだろうな、大攻勢が。だから私は今、ここにいる。第3、第4艦隊の投入も進言するつもりだが、『ニンジャ』に対する構えが脆弱だ。修理を急がせて、何とか年明けすぐには、貴官が復帰できるように催促しておいた」
そして、大将閣下は立ち上がる。
「と、いうことだ。来年は忙しくなるぞ。特殊砲撃も、出し惜しみできる状況ではないかもしれん。ダニエラ君、カテリーナ君、そしてレティシア君にも頑張ってもらわないといけないことになりそうだな」
「はっ!」
「それじゃあ、私は行くよ。次に会うのは白色矮星域だ。貴官の健闘を祈る」
そう言うとコールリッジ大将は敬礼する。僕とナイン中尉は返礼で応える。ダニエラ、カテリーナは会釈で見送る。
「なんか、戻ったらえらい事になりそうだなぁ」
レティシアが呟く。
「そうですわね。なんだか、平穏な日々に慣れ過ぎてしまいましたわ」
「いや、そういう時も大事だ。ともかく、年明けにはすぐ出発することになるだろう」
この場の5人は、来るべき戦いの日を予感する。ナゴヤを離れた途端に、忙しくなるだろうな。コールリッジ大将の背中を見て、僕はそう感じる。




