#34 研究施設
僕らは今、モトヤマというところに来ている。地下鉄に乗ってここまでやってきた。乗り換えてあと一駅行けば目的地に着くが、ここは歩くことにする。
オオス、サカエ周辺ほどではないが、少し緩やかな上り坂にはいろいろな店がある。無機質な電車に揺られるよりは、こういうものを見ながら歩いた方がいいだろう。
すぐに、カテリーナの食欲センサーが反応する。こいつ、もう一つの賜物があるんじゃないのか?どこからともなく食い物を見つけ出し、いつの間にかコーヒーと唐揚げを持って、それを堪能している。
しばらく登ると、寺が見えてくる。随分と昔からある寺で、10メートルほどの大仏がある寺として知られている。ここもオオスのあの寺と同様に、ノブヒデ公を弔うために建てられた寺だと言われているが、それを造ったノブユキはその後、ノブナガ公に敗れる。寺だけが、後世にまで残された。
そんな寺を通り過ぎると、目的地が見えてくる。道路沿いに鬱蒼と茂る木々、そこが今向かっている研究施設のあるという大学の敷地の境界だ。
が、この大学、敷地に入ってからが長い。道を挟んで西側の方が繁華な雰囲気だが、向かうのは逆の東側。その敷地内を東へと進むが、住宅街の只中とは思えないほど木が生い茂っている。ところどころ高い建物はあるが、多くは鬱蒼と茂った木々に、ビニールハウスや池。住宅地のど真ん中にあるとは思えない場所。ここがナゴヤの一角だということを、忘れさせる。
敷地内を歩くこと5分。ようやく、大きな建物が近づいてきた。そこは素粒子研究所。その名の通り、素粒子を研究する施設だ。ここで、この2人の力を解明しようというわけだ。
「ああ、ようこそ起こし下さいました、ヤブミ准将。私が今回の件を担当させていただく、カワマタと申します」
「はい、ヤブミです。よろしくお願いします」
現れたのは、この大学施設のカワマタ研究員という人物。これまで、大学関係者との関わりがなかったため、僕は少し緊張する。
「で、こちらの方が、その賜物を持つ方ですか?」
「ああ、こっちは魔女なので、それ以外の2人がそうですね」
「おい、こっちとは何だ、こっちとは!」
いちいち細かいことに反応するな、レティシアよ。
「マリカ殿から聞いています。第5の力を使っている可能性があるということですが」
「らしいですね。僕は専門家ではないので……ところで、マリカ中尉は来ているのですか?」
「いえ、メールには、危ないから全部任せた、とあるのですが……どういうことです?」
マリカ中尉め、カテリーナに恐れをなして逃げたな。ちょうどいい、あれがいるとトラブルが絶えない。
「では、こちらです」
そう言って僕ら4人は、建物の中を進む。中は、殺風景な扉がいくつも並ぶだけの通路。上には、研究室の名前が書かれている。
その通路の突き当たりに、大きな扉がある。カワマタ研究員がその扉を開けると、奥には広い部屋が見える。
といっても、その部屋には様々な研究機材が置かれている。銀紙で包まれたような怪しげな機械、年季の入った操作板付きのタンク、いかにも研究施設といった雰囲気のパイプ類。その真ん中のスペースに、僕らは立つ。
「さて、この辺がさまざまな素粒子を観測できるエリアになりますね」
「マリカ中尉からは聞いていると思いますが、通常の観測装置では捉えられないそうですが」
「ええ、聞いています。ですが、まさにここはその第5の力を計測するために作られた設備なんですよ」
「そうなのですか……と言われても、さっぱりですが」
「この第5の力の存在については、これまでに何度も唱えられており、それを媒介する粒子の性質も数十種類もの仮説が存在します。それを一つ一つ、試すしかありません。ところが、その第5の力を安定的に出すと言われる対象がなくて、困っていたんです。そこにマリカ殿からの依頼があった」
「……実験材料というわけですか。この2人は」
「研究者の立場的にはですね。ですが私個人として、その地球1010という星には、非常に興味あります」
「はあ、そうなのですか?」
「ええ、我々の文明ならば気のせいで済ませてしまうような力を、賜物という概念で捉えているのです。実に卓越した観察眼をお持ちの方が、あの星にはいらしたのでしょう。その事実には、興味を抱かずにはいられませんよ」
マリカ中尉とは違い、実に紳士的な研究者だな。少なくとも、賜物を見出した地球1010には敬意を払って接している。またトラブルネタをばら撒くような人物だったらどうしようかと懸念していたが、それは杞憂で終わった。
「ということで、しばらくの間、何度か測定を行います。どの仮説が正しいのかが分からないので、測定機器を調整しながら何度も検証するしかありません」
「大変ですね……で、この件の費用は、やはり軍から?」
「いえ、地球001政府から出ております」
「政府から?」
「ええ、そうです」
「元々は、軍からの依頼だという認識でしたが……」
「ああ、軍には任せられない、ということで、政府が出てきたんです」
「はぁ……」
「軍関係者の方の前で言うのは何ですが、私自身も、この件は軍事としては進めたくないんですよ」
「それは、どう言う意味で?」
なんだか少し、きな臭い話になってきたな。軍を排除したいというのは、ここが大学の施設だからか?
「准将にお聞きします。この第5の力の持つ可能性、その行き着く先を、どのように考えられます?」
「この力を応用することで、隠れた敵艦隊を見つけ出し、正確に射撃する。少なくとも軍は、そういう目的でこの調査を依頼したはずです」
「でしょうね、ですが我々が研究する目的は、そこではないのです」
「では、どういう目的で?」
「人類の謎の解明、ですよ」
随分と大きな話になってきたな。すると、カワマタ研究員は部屋の端にあったテーブルと椅子を出してきた。
「少し、長い話になるので」
そう言いながら、僕らに座るよう促す。その小さなテーブルを囲むように座る5人。と、別の研究者が、何かを持ってきた。
お菓子だ。カゴいっぱいに、いろいろと入っている。ポテチに煎餅に……なんだこれは、まるでカテリーナのことを知っているかのようなセットだな。
「ええと、マリカ殿からのメールで、お菓子をたくさん、用意しておくようにと言われたので……」
まったく正しい情報だ。これを食べていれば、おとなしくしているのが一人だけいる。実際、すでに食べ始めている。
ぼりぼりと、カテリーナが煎餅を齧る音をバックに、カワマタ研究員の話が始まる。
「少し話は変わりますが、今この宇宙には千を超える人類生存の惑星、地球が確認されています」
「はい、それは当然、承知してます。ですが、それが?」
「そして、これらの地球には、不可思議な事実がある。1万4千光年の円形の領域に存在し、どの星にも同じ遺伝子を持つ人々が存在し、どの星でも通じる言語を必ず持っている」
「不思議といえば不思議ですが……もはや、常識ですし。」
「そうです。常識なのに、誰もその謎を解けていない。しかし我々人類は、その不可解な常識に従い、今も同盟星を求めて探索を続けている」
「そうですね……で、それが今回の件と、どういう関わりが?」
「うまくはいえませんが、この第5の力が、この謎解明の鍵になるような気がしているんです」
研究者というのは、発想がぶっ飛んでいる。せいぜい遠くにあるものを探知するというだけの能力が、どうしてそんな複雑な人類の謎を叶えることになるというんだ?
「といっても、話が飛躍しすぎていて分かりませんよね。ただ、私も賜物の話を聞くまでは、そんなこと考えたこともありませんでした。私が賜物の話、特に『神の目』の話を聞いた時に、とっさに思いついたのは、この人類の謎解明のことだったんです」
「神の目から、人類の謎、ですか?でも、それがどう関連するんです?」
「この謎解明の鍵は、遺跡なんですよ」
「遺跡?」
「ええ、といっても、地球に残されたものではありません。おそらくは、それ以前に存在していたであろう人類の遺跡です」
「あの、それ以前の人類というのは……」
「宇宙に広がる数多くの地球の、その基を作り上げたとされる原生人類が存在していた、という仮説があるんです。私のいうそれ以前の人類とは、その原生人類のことです」
だんだんとややこしくなってきたな。頭がついていけない。が、研究員は続ける。
「もしその原生人類と呼べる存在があったとして、その存在を示す遺跡が、この宇宙には必ずあるのではないかと思うのです。もしかすると賜物が、その遺跡を探し出す鍵となるのかもしれない。神の目ならば、この広大な宇宙から原生人類の遺跡を見つけ出すかもしれない。私はそう考えているんです」
「はぁ……ですがそれは、原生人類という存在があれば、の話ですよね」
「ええ、おっしゃる通りです。私のただの妄想かもしれません。しかし、一つだけ、確実に言えることがあるんですよ」
「なんですか、それは?」
「理論物理学において、4つの力を統合する統一場理論が説かれ、その結果、重力子エンジンが生まれた。それを使って宇宙に飛び出した、地球001に住む我々はその結果、様々な宇宙の謎を解き明かし、数多くの地球を見つけ出し、そして今度は第5の力の可能性を知ることになった」
「はぁ……そうなんですか」
「ということはですよ、その第5の力を明らかにすることができれば、我々の知識はさらにその上のレベルに到達することができるかもしれない。その先にあるものは、原生人類の謎の解明かもしれないし、今、この宇宙で続く慢性状態の戦争を終わらせることかもしれない。いや、もっと別の何かがもたらされるのかもしれない。しかしそれは確実に、我々を飛躍させる何かにつながるはずなんです」
もはや理論というより、信念といった方がいい話だな。力の解明が即、人類のレベルアップにつながるとは言えないと思うのだが……
「これが私の、第5の力、および賜物解明のモチベーションです。いかがです? こんな話、軍には扱いきれない次元の話だとは思いませんか」
「はぁ、確かに、軍の話には止まらないですね……」
研究者というのはやっぱり、どこか頭のネジが外れているんだろうか?僕らとは発想が違いすぎる。マリカ中尉に比べたら紳士的だが、ネジの外れっぷりはいい勝負、いや、こっちの方がはるかに上かもしれない。
「今のお話、感動いたしました!」
ところが、この話に感銘したやつが出てきた。しかも、この4人の中で。
「そうですか、ダニエラさん。やはり、神の目をお持ちのあなたには、わかっていただけると思いました」
「はい、まさしく私はカワマタ様のその願いを叶えるため、アポローンから使わされたのだと思います! ぜひともその願い、叶えましょう!」
「神の目」を持ち上げられたから感銘しただけのような気がするが、すっかりやる気になってしまったダニエラ。でもまあ、マリカ中尉のようなやり方ではうまくいかなかっただろう。
しかしこのカワマタ研究員、なかなか曲者だな。ダニエラを夢で釣り、カテリーナをお菓子で釣ったこの素粒子研究所は、いよいよその第5の力解明に向けて動き出す。ダニエラには手鏡を、そしてカテリーナにはおもちゃの銃が渡される。
「あの、このおもちゃの銃って、何か意味はあるんですかね?」
渡したカワマタ研究員が、僕に尋ねる。いや、じゃあなんで渡したの?
「もしかして、マリカ中尉が渡せと?」
「ええ、そう書かれてました。で、別の人物にも同じ銃を使い、サバゲーのようにカテリーナさんを狙えとも書かれていて。でもそれが何のことやら……」
と、疑問を呈しているカワマタ研究員の前で、カテリーナはいきなり発砲する。研究機材の間に隠れて、銃を構えようとしていたある研究員の右肩に弾は当たる。
「……こういうことだ」
「ああ、こういうことなんですね。納得しました」
お菓子を食べるだけのおとなしい娘だと思っていたら、いきなり目の色が変わって一撃。しかもこいつ、真横に現れた標的に向けて顔も向けずに撃っている。これでカワマタ氏も、カテリーナの脅威の力を知ったはずだ。
測定が開始される。カテリーナには不意打ちを、ダニエラには鏡で上空の艦艇の位置を割り出してもらう。それを5度ほど繰り返す。
「なかなか、興味深いデータが取れました」
「えっ!? もう何か、分かったんです!?」
「いえ、まだ何も。ただ、ある計測時に微弱な何かを捉えたんです。それを今から解析ですね。ノイズの可能性もあるので、まだ何とも言えませんが」
「はぁ……」
まだ1日目だ。謎の解明は、始まったばかりだ。このデータの検証が終わり次第、続報をいただくということで、僕らはこの研究所を後にする。
夕食は、少し奮発することにした。サカエで降りて、僕はその店を目指す。
「カズキ、サカエで降りて、どこ行くんだ?」
「ここから向かう高級料理店、と言えば、分かるだろう」
「おお! まさか、あの店に行くのか!?」
レティシアには分かったようだ。そうだろうな、彼女の好物だ。それを聞いたダニエラが、僕に尋ねる。
「あの……どこに行かれるんです?」
「ああ、ナゴヤの名物のお店だ。それも、高級なやつ」
「へぇ〜、今度は、何が食べられるのでございますか?」
「ウナギだ」
「う、ウナギ? なんです、それは?」
「そうだなぁ、なんて言えばいいか……ヘビのような長い身体の魚、とでも言えばいいかな」
「ええーっ! ヘビを食べるんですかぁ!?」
ダニエラが驚くのも無理はない。が、あちらに似たようなものが他に思い浮かばない。あれをペリアテーノの住人にどう理解させろと言うのか?
目的の店に到着する。高さ800メートルのテレビ塔やビル群の合間にあるここは、屋根瓦に、格子戸のある小さなお店。中を開けると、店員が出迎え、座敷に通される。
今まで経験した店の中で、最も薄暗い雰囲気のここを、ダニエラはまた「古臭い」と評したが……まあ、実際に古風な店ではあるが、そこで僕は4人分の料理を頼む。
「ひつまぶしを、4人前で」
「かしこまりました。お吸い物はおつけになりますか?」
「ああ、頼む」
店員が去るのを見計らって、ダニエラが僕に尋ねる。
「今、『ひつまぶし』というのを頼んだのでございますか?」
「ああ、そうだ」
「それが、さっきのヘビ料理のことでございます?」
「ヘビじゃないよ、ヘビじゃ。」
「そうだぞ。お前、ひつまぶしっていやあ、この辺じゃ高級料理なんだぞ」
「ええーっ!? そうなのでございますか!?」
ヘビのような魚の料理が高級料理だなどと言われても、ピンとこないだろうな。まあいい、食べてみれば分かる。
しばらくすると、そのひつまぶしが運ばれてくる。各々の前に置かれたのは、お櫃が一つと、茶碗、お吸い物、大きめの急須に薬味、そして漬物とお茶。
お櫃を開けるとそこには、ウナギの蒲焼が現れる。早速それを食べようとするカテリーナ。
「おい、ちょっと待て、こいつには食べ方があるんだ」
いきなりお預けを食らって、やや不機嫌そうな顔のカテリーナ。いや、お前今日、たくさん食べてただろう。
「まずは、このお櫃の中を4等分するんだ。こんな感じに」
僕は脇に置かれているしゃもじで、それに十字の溝を入れる。そしてその中の1ブロック分をしゃもじで取り、茶碗に移す。
で、取り出したそれを、まずはそのままいただく。
「うわぁ、何とも香ばしくて、とても美味しいですよ」
ダニエラの言う通り、香ばしい蒲焼の風味がたまらない。この宇宙時代でも、ここでは人の手で炭火を使って焼いている。ロボットアームでは、作り出せない味だ。
カテリーナも頬を押さえながら食べている。このナゴヤに来て、一番の高級食材だ。当然だろう。
で、蒲焼のままでも十分に堪能できるのだが、ここからが「ひつまぶし」風の食べ方だ。
先ほどのように、また1ブロック分を茶碗に移す。今度はその中に、薬味を入れる。ワサビと山椒のややピリッとした味が香ばしさに加わって、先ほどとは変わった味を醸し出す。
で、3杯目。また1ブロック取り出し、薬味を乗せた後に、急須に入ったダシ汁をかけて、出汁茶漬けとする。ウナギの脂身から溶け出した脂が、ほんのりと茶漬けの表面を覆う。それを一気に、口に流し込む。さっぱりとした味に、ほんのちょっとピリッとした風味、そしてうなぎの香ばしさが、口の中に広がる。なお、僕とレティシアは、この出汁茶漬けが一番好きだ。
ところで、ダニエラは先ほどから言葉が出ない。ひつまぶしというのは、初めて食べる者にとっては、やや忙しい。味わうというよりは、何だか作業に追われている気分になる。一方のカテリーナは、マイペースにその味を楽しんでいる。
で、ダニエラのように忙しくて振り返っていられない人のために、4杯目があるといっていい。
最後は、先ほどの3種類の食べ方の中から、一番好みの味を作る。僕とレティシアは出汁茶漬け、カテリーナは……同じだな、こっちも出汁茶漬けだ。というか、横にある漬物まで放り込んだぞ?一方のダニエラは、最初の蒲焼のみのそのままを食べる。
「はぁ〜、美味しかったですねぇ。でも、もう一度食べてみないと、これが一番いい食べ方だったのかどうか、分かりませんでしたね」
ようやくダニエラから、言葉が出た。やはり、想定通りの言葉が出たな。ひつまぶしというのは、たった一度ではベストショットは出ない。僕もレティシアも、何度か食べているからこそ、自分なりの食べ方を見出せている。
ゆえにこの食べ物は、おそらく宇宙ではなかなかお目にかかれない。こんな手間のかかる食べ方、宇宙では流行らないからだ。しかし、一度慣れればこれはクセになる。
何度か、あの研究所に通うことになりそうだな。答えが見つかるかどうかは分からない。しばらくは、試行錯誤が続くことだろう。この、ひつまぶしの食べ方のように。