#33 調査
トヨヤマに来たついで、僕は0001号艦の様子を伺う。修理は順調……とは、いっていないとの報告を受けたからだ。
砲身部の破損が予想以上に激しく、結局、居住区部以外の砲身部分を船体ごと交換することになった。さらに特殊砲撃用の砲身は特注品のため、部品が届くのに時間がかかるという。これでここの滞在は、1か月どころではなくなった。
ただ、第8艦隊の他の艦艇も、これを機に改修を受けることとなった。この艦に搭載されて効果を発揮した、あの機関冷却機の改良版が他の艦にも載せられることとなる。これで我が艦隊の全力運転時の安定性が、大幅に増すこととなる。
ドックに繋留された0001号艦を見上げる。まだ、砲身部分はあのままだ。今は機関部の修理が行われている。1週間後には地上での試運転が行われて、改良された冷却機器のテストを行うことになったそうだ。
現場の技師からは、機関部についてはかなり良好だという報告を受ける。考えてみれば30年、この機関の開発にかかっている。そこにこの3か月の実運転データが積み重なり、より安定性が増してきた。もしかしたら近いうちに、レティシアの緊急冷却が不要になるかもしれない。
とはいえ、艦隊どころか旗艦一つ動かせない艦隊司令の僕は、ただこうして壊れた自艦を眺めるしかない。虚しい。
ということで僕は、もう一つの任務に専念することとなる。そう、賜物の調査、解明だ。
だが、物理学的にもまだ確認すらされていない力の存在を確認しようというのだ。しかもその仮説自体が、間違いである可能性が高い。そんなものがこのナゴヤの郊外にあるトヨヤマで見つけ出せるとは、あまり思えないな。
「さて皆様、ようこそ、トヨヤマの重力子実験場へ!」
挨拶をするのは、あのマリカ中尉。別にここは、お前の研究施設でもないだろう。
「で、何をするんだ? こんなただっぴろい場所で」
「実験するんですよ、閣下。ここが何をするところか、ご存知ですよね」
ここは駆逐艦一隻がすっぽり入るほどの大型施設。あらゆる力を媒介する素粒子、重力子、ウィークボソン、グルーオン、そして光子の動きを捉えることができる設備が備わっている。
そのど真ん中に、僕とレティシア、ダニエラ、カテリーナの4人に加え、この怪しげな技術士官が立つ。
「さて、それじゃあダニエラさんからいきましょうか。あ、そこの怪力魔女、あなたは力、使わないでくださいね。ノイズになりますから」
「ああ!? なんだと、おいっ!」
「おい、レティシア、それにマリカ中尉、やめないか」
喧嘩を売るな、喧嘩を。まったくこの士官は、何考えてるんだか。
「で、私は何をするのです?」
ダニエラも、この士官にはあまり良い感情を持っていない。睨みつけられたマリカ中尉は、あるものをダニエラに渡す。
「これは……」
「ええ、手鏡ですよ。メイエキにある百貨店の小物売り場で買った、そこそこの品ですよ。ま、イタリー製には足元にも及ばないですけどねぇ」
別に百貨店は関係ないだろう。だが、わざわざもっともらしい枕詞をつけるだけのことはある。僕が見ても分かるほど、とても綺麗な品だ。イタリー製の一言は余計だが。
「まあ、なんと綺麗な……ついでに、鏡の中の私も……」
鏡を与えると、すぐに自身の顔に見入る自惚れ屋のダニエラだが、少なくとも今回の目的は、ダニエラの顔の確認ではない。
「はーい、あなたの顔はどうでもいいでーす。で、この周辺に、大型の艦艇が何隻かいるんですが、分かりますかねぇ?」
この馬鹿にしたような物言いで、顔が曇るダニエラ。鏡を覗き込み、応える。
「……私から見て右手側に3つ、左手側に4つ……」
それを聞いて、手元のタブレットを覗き込むマリカ中尉。
「んー、さすが、見事的中ですね」
「それとあと、もう一つ」
「ん?」
「……すぐそばに、邪悪な何かがいますわ」
すごい形相で、マリカ中尉を睨みつけるダニエラ。だがそれは、本当に鏡から読み取れたものなのか、それとも単なる感情表現なのか?よく分からんな。
「んふー、いい感じだわ。それじゃあ続いて、カテリーナちゃん」
「……私?」
「そう。これ持って」
マリカ中尉は、今度はカテリーナに何かを手渡す。それは銃だ。
「これの意味は、分かるわよね。あ、ちなみにこれ、スポンジ弾だから。人に当てても大丈夫なやつよ。弾倉は3つ。じゃあ、始めるわよ」
といって、さらに追加で弾倉2つを渡す。それを渡し終えたマリカ中尉は、ピーッと笛を吹く。
なんだ?何かの合図なのは間違いない。だが、ここはまっさらな実験施設内。一体、何をしようというのか。
と、その時突然、バンと音を立てて扉が開く。そこから黒服の男が数人、飛び出してくる。
だが、カテリーナは振り向くことなく、その男らに銃を向けていた。そして数発、発射する。バスッ、バスッと、鈍い音が響く。
男らの方を見ると、カテリーナの弾は正確に右肩に当たる。当たった男には、頭につけられたライトが点灯する。つまり、ヒットしたという目印だ。
だが今度は、測定機器の陰から何かが飛び出してくる。かなり近い距離。あんなところにまで忍ばせていたのか?しかしカテリーナには、死角はない。銃口はすでにその男を捉えており、そいつが銃を構える前に引き金を引く。右肩にヒットし、頭についたランプが点灯する。
「うわぁ、すごいわ! ほんとに殺気が読めるのね! 感動ものよ! これほどの能力の持ち主なら、きっとすごいデータを……ぐふふふ……」
気持ち悪い笑い方をするやつだな、このマリカ中尉は。だがその時、全く予想だにしないことが起こる。
カテリーナの銃口が、いつのまにかこの士官に向けられていた。そして引き金を引くカテリーナ。
バスッ、バスッ……5発目を撃ったところで、弾が切れる。すかさず弾倉を抜き、リロードするカテリーナ。そしてまた撃つ。正確にその弾は、マリカ中尉の肩を捉える。何発もの弾を受けたマリカ中尉は、その場に倒れる。だが、カテリーナは止めない。倒れた相手の右肩目掛けて撃ち続ける。3つ目の弾倉を使い切ったところで、ようやくそれは止まる。
「……なにか、ものすごく、嫌な気、感じた……」
ダニエラの言っていた邪悪なものとは、やはり本当だったようだな。カテリーナのセンサーがこれほどまで反応するとは……良かったな、マリカ中尉。カテリーナが持っていたのが、主砲の発射レバーではなくて。
しかしこいつ、なんだか気を失ってるぞ?ピクピクと身体を震わせたまま、立ち上がらない。おい、いくらなんでもこれは、おもちゃの弾だ。しかもカテリーナが当てたのは、右肩だ。痛いとは感じても、気絶するほどのものではないがな。
もしかしてこいつって、めちゃくちゃ虚弱じゃないか?
心配になった黒服の数人の男らが、マリカ中尉のところにやってくる。レティシアとダニエラも、倒れているこの士官のところに来て、それを見下ろす。
「……なんですの、この女」
「なんだ、だらしねえな。たかがスポンジ弾だぞ?」
「ほんとですわね、フェラデーノ河のカトンボ並みにひ弱ですわね」
酷い言いようだな。まあ、あれだけ喧嘩売られてたからな、これくらい言われても当然か。
で、男らに抱えられて、マリカ中尉はこの施設外に運ばれていく。
正気を取り戻したマリカ中尉と面会するのは、それから3時間後のことだった。
「……で、計測した結果、この2人からは4つの力に関する、あらゆる素粒子は観測されなかった、ということですね」
「つまり、どういうことだ?」
「従来の物理学では、説明できない現象が起きている、ということですよ」
「なんだ、あれだけ大きな施設を使って調べて、分かったことはそれだけなのか」
「それだけって、閣下……重要なことです、これは。何も観測されなかった、これはむしろ仮説の正しさに、一歩近づく観測結果なのですよ」
と、力説するマリカ中尉だが、さっきからちらちらと、カテリーナの方ばかり見ている。一番、無害だと思われたやつが、実は一番恐ろしいと、身を持って知ったからだろう。
そのカテリーナはというと、山と積まれたお菓子「なごやん」をもしゃもしゃと食べている。頬を押さえながら、にこやかに食べるその微笑ましい姿からは、あの正確無比な射撃をやらかした人物には見えない。
「ところで、さっきから一つ、疑問に思うことがあるのだが」
「何でしょうか?」
「貴官は賜物を『力』と呼ぶ。だが、ダニエラにせよカテリーナにせよ、それ自体は『見る』という行為だ。物理的に何かを動かしたり、変えたりするものではない。なぜそれが、第5の力に繋がるんだ?」
「ああ、そうですね。もっともな疑問です。言ってみればここにいるお二人の力は、いわば『観測』という行為。力を感じ取るものであっても、力そのものではない。そう感じられた、ということですよね?」
「そうだ」
「ですが、観測という行為も、立派な力の行使なのですよ。特にこのお二人は、数十万キロも先のもの、物体や殺気を感じ取るほどの能力の持ち主。それが何の力の介在もなく、可能だと思われますか?」
「と、言われても、さっぱりだな。可能とも、不可能とも応えられない」
「閣下は、駆逐艦の光学観測に、重力レンズが用いられていることをご存知ですよね。」
「それは知っている」
「あれは要するに、重力を使って光をねじ曲げることで、集光しているのですよ。でなければ100万キロ以上も先にいる、数十メートルサイズの物体を見ることなんてできませんからね」
「そうだ。普通のレンズでは不可能だから、重力レンズを使っているんじゃないか」
「その重力レンズとはすなわち、光を『力』で曲げているんです。ですから、観測という行為にも、力の行使というものは伴うのです」
「……なるほど、言いたいことは分かる」
「ダニエラさんにせよ、カテリーナちゃんにせよ、普通の人では捉えられないほど微弱な何かを、何らかの力で集めている。そう考えるのが妥当です。ですがこれ以上のものは、ここトヨヤマでは得られませんね」
「では、どうするというのだ?」
「幸いなことに、ここナゴヤには素粒子を専門に研究する施設があるんですよ。そこでなら、間違いなくこのお二人の力を暴くことも可能でしょうね。ついでに、カテリーナちゃんのあの可愛らしい身体を……」
この瞬間、僕でさえこの士官から何か禍々しいものが沸き起こるのを感じた。カテリーナがそれを、察知できないはずがない。
その直後、カテリーナは持っていたなごやんを、その士官の右肩目掛けて投げつける。
「ぐはぁ!」
直撃を受けたマリカ中尉は、椅子ごと後ろにひっくり返る。慌ててその場にいた別の士官が、マリカ中尉を抱き起こす。
「……やばかった……」
相変わらず、カテリーナのこの能力は凄まじいな。無意識に、あの禍々しい殺気に反応したようだな。にしてもこの士官、さっきからちょっと、大袈裟じゃないか?たかがこしあん入りの饅頭だぞ?
「弱いですわね。まさか菓子ひとつで倒せるなんて……カトンボ以下ではないですか?」
「ああ、そうだな。まさにアウト・オブ・饅頭だな」
誰が上手いことを言えと言った、レティシアよ。喧嘩を売られて鬱憤が溜まっていたこともあるんだろう、饅頭で撃退されて目を回すマリカ中尉を、ニヤニヤしながら見守る。
バス停で、バスが来るのを待つ。そろそろ、秋も終わり冬になる。肌寒さが増してきた。今日は11月15日、帰ってきて、まだ5日目か。その短期間で、これだけのことが起きた。この先、まだあとひと月以上はある。それまでに、何が起きるのだろうか。
 




