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#32 仮説

 その翌日に、改めてマリカ中尉と会うこととなった。場所は、オオスの商店街の中にある、とある喫茶店。

 その前に僕は、その女性士官について調べる。送られてきた彼女に関する情報を、スマホで確認する。


 マリカ・ディ・ピント中尉。イタリア、プーリア州出身で、26歳。物理、化学、生物学に明るく、賜物(レガーロ)調査には最適な人物、とだけ書かれている。だが、どう最適なのかよく分からない。適当だなぁ。

 ともかく、今、僕の目の前にその人物がコーヒーカップを飲みながら、僕と横の3人、特にダニエラとカテリーナに熱い視線を向ける人物がいる。そいつがその、軍司令部から送り込まれた士官だ。


「ナゴヤといえば、このモーニング文化。これを食べずして、この地に来た意味がありませんね。もっとも、我がイタリアのパスタ文化にはかないませんけれど」


 などと言いながら、コーヒーと共に出されたエビカツサンドをひと齧りする。モーニングといえば普通はコーヒーにトーストとゆで卵だが、この店はエビカツサンドを出す。それはともかく、僕はそんな技術士官を、やや警戒気味に見ながらコーヒーをいただく。

 一方のダニエラは、そのエビカツサンドのパンをめくり、中を確認している。そしてレティシアはコーヒーに砂糖を何杯も入れているところで、カテリーナはエビカツサンドを食べて頬を撫でているところだ。


「で、貴官の目的は、なんだ?」

「コールリッジ大将閣下より、お聞きお呼びでしょう。私の役目は、賜物(レガーロ)というものの調査、研究。それだけです」


 想定内の応えが返ってくる。コールリッジ大将が軍令部に依頼し、派遣された技術士官だ。当然といえば当然だが、なんとなくこの人物からは、危険な香りがする。


「それじゃあ聞くが、貴官は賜物(レガーロ)という能力について、どう考えている?」

「どう、と申されましても、私はまだ、その賜物(レガーロ)というものを知りません」


 それはそうだな、昨日会ったばかりの人物で、しかも何の能力も発揮していない。そんなものを見て、いきなりどうかと言われても困るだろう。

 だが、なぜかこいつは本性をまだ、僕らに明かしていないような感触がある。うまくいえないが、こいつは何かを隠している。

 だからこそ、会話の中からこいつの本性を探ろうとしたのだが、それが続かない。僕はエビカツサンドを一口いただく。


「ですが……仮説ならございますよ」


 と、僕がちょうどその一口を飲み込んだタイミングで、この技術士官はこう切り出す。


「なんだ、仮説とは?」

「ですから、賜物(レガーロ)というものの正体に迫る、ある仮説ですよ、閣下」

「まだ見ていないものに、仮説など立てられるというのか?」

「ええ」


 随分と自信満々だな。まだ見ぬものに、すでに見通しがついているというのか?相当な天才か、それとも詭弁か?


「では、聞かせてもらおうか、その仮説とやらを」

「その前に、閣下はご存知ですか? この宇宙には、我々の科学を持ってしても説明もつかない事象、能力が、数多く存在するという事実を」

「そんなことくらい、知っている」

「でしょうね。二等魔女の奥様がいらっしゃるくらいですから」


 このどこか引っかかる物言いに一瞬、レティシアが不機嫌な表情を浮かべる。だが、この士官は続ける。


「魔女というのはすなわち、重力子を操ることで発揮される力。実際に、魔女の研究者は重力子測定器を使い、その力の発生を確認しています。レティシアさんが昨日、あの大きな照明装置を持ち上げた現象も、その原理はすでに解明しているのですよ」

「そうだな。実際、レティシアの母親の故郷である地球(アース)760では、魔女の力の解明のため、多数の研究員が派遣されていると聞く。そしてその研究の結果、我が艦隊の艦艇に搭載されているあの新型機関が開発された」

「ええ、その通りです、閣下。それ以外にも、凄まじい火の玉を発生できる魔導師や、少し先の未来を読み取れる予言者、そして、ただの岩肌から発生するゴーレム、というものまであります」


 この宇宙には、すでに1000を超える地球(アース)が存在する。その星の中には、我々の常識を超える能力を持つ者や現象が存在するところもある。それは、この宇宙の常識だ。


「ですが、おかしいんですよ」

「おかしいって、何がだ?」

「物理法則的に、おかしいんですよ、こういう能力や現象というものは」

「……まあ、おかしいからこそ、それを解明しようと試みているんじゃないのか?」

「おかしさにも限度を超えてるんです! 非常識すぎるんですよ! この宇宙に蔓延(はびこ)る、その特殊能力というのは!」


 静かな喫茶店で、いきなり大声で叫びだすマリカ中尉。周りの客が一斉に、マリカ中尉に注目する。


「……失礼しました。ちょっと、取り乱しましたね。で、ここからが重要なんです」

「はぁ……そうなのか」

「非常識というのには、理由があります。最も基本的な物理原則である、作用反作用の法則、そしてエネルギー保存則。この2つが、これらの能力、現象では成り立たないんですよ。分かりますか、この異常さが」


 まずいな、また少し興奮し始めたぞ。少しは人目というものを気にしないのだろうか。


「確か、レティシアの力を見ていると、少なくとも作用反作用の法則が破れていることくらいは分かる。しかし、それがどうしたんだ?」

「どうしたじゃないでしょう! そんな事実を認めたら、いくらでも力を取り出せちゃうことになるんですよ!? そうなったら、永久機関だって夢じゃない! でも、そんなものは作れないことは証明されているんです! だからおかしいと言ってるんです!」


 いちいちうるさいやつだな。頼むからあまり、騒がないでくれるかな。周りの視線が痛い。


「で、仮説とやらはどうなったんだ?」

「ああ、そうでした。で、それら物理原則を無視する未知能力、現象の研究の結果、ある仮説が導き出されたのです。」

「なるほど、そこで仮説が出てくるんだな。で、なんだ、その仮説というのは?」

「はい、『内なる力』です、閣下」


 散々引っ張っておいて、訳の分からないことを言い放つこの技術士官。


「……いや、内なる力、では、何のことだか……」

「素粒子間にかかる4つの力、というのは、ご存知です?」

「ああ、確か『強い力』、『弱い力』、『電磁力』、『重力』だったか。」

「そうです。で、これらの力を統一する理論が提唱されたのが、およそ300年前。これによって、重力子エンジンが発明されて、今、我々の生活を支えている」

「……まあ、常識だな。で、それがどうしたというのか?」

「ところが、未知とされる現象は、これとは別の力が作用し、それによって引き起こされているのではないか?という仮説があるのです。そこで先ほどの4つの力とは別の、第5の力、『内なる力』の存在、という仮説です」


 単なる思いつきで名付けた力ではないようだ。第5の力、あり得ない話ではないな。


「その力によって、一見すると物理法則的に矛盾する現象が起きている、と?」

「ご明察です。さすがはこのサブカルの街、オオスのど真ん中を堂々と将官服姿で彷徨(うろつ)いて、街頭インタビューを受けるほどの度量の持ち主でございますね」


 やはりうるさいやつだ。わざわざ特務でここに派遣されていながら、コスプレ参加していた技術士官に言われたくはない。


「で、貴官によれば、この賜物(レガーロ)もその第5の力によるものだ、と言いたいのか?」

「そうです。しかも、今までの未知現象、能力とは別格の可能性を秘めているのですよ、閣下」

「どういうことだ?」

「簡単に言えば、その賜物(レガーロ)というのは、他の能力、例えばそこの怪力魔女の持つ力と比べて弱い、ということです」


 何だこいつ、急に賜物(レガーロ)をディスり始めたぞ。これを聞いてダニエラが立ち上がる。


「ちょっと、なんですか! 賜物(レガーロ)が弱いなどとは、どういうことですの!?」

「それじゃあ、あなたのその『神の目』とやらで、このテーブルを持ち上げられますか?」

「う……それは……」

「そうでしょう、怪力魔女とは違い、物質に作用をもたらさない。それが賜物(レガーロ)。ですから弱いと申し上げているのです。が、それこそが、貴重なのですよ」


 散々ディスっておいて、貴重だと言うか。もうちょっと言い方があるだろう。こいつやっぱり、どこかおかしい。


「怪力魔女の場合は、重力子が出るんですよ。つまり、その『内なる力』によって別の力が発現し、それによってその第5の力が掻き消されてしまう。だから今まで『内なる力』は観測されていない。観測のしようがない。はっきりいって、邪魔なんですよ、その怪力が」

「おい!なんだとこらぁ! さっきから黙って聞いてりゃ、言いたい放題言いやがって!」

「なんです? 私は魔女に用はないんですが。アウト・オブ・眼中なんですよ、あなたなんて」

「なんだおい! もういっぺん言ってみろ!」

「おい、レティシアにマリカ中尉! 騒がしいぞ! 少しは冷静になれ!」


 全方位に喧嘩を売るやつだな。だが、このままでは、この店を追い出されそうだ。僕は2人を制止する。


「……で、その力としては弱い賜物(レガーロ)が、どう貴重だと言うんだ?」

「ああ、そうでした。つまりですね、賜物(レガーロ)はその微弱な力ゆえに、『内なる力』単体で発動する能力なのではないか、ということなのですよ」

「要するに、その第5の力の仮説を立証するのに、うってつけの能力だと?」

「なかなか察しがいいですね。その通りですよ、閣下」


 まわりくどい説明の末に、ようやく結論めいたものに辿り着いた。が、問題は、その誰も検出したことのない第5の力などという怪しげなものを、どうやって立証するのか?


「で、これからどうするつもりなんだ? 軍からは、賜物(レガーロ)を解明するように言われている。その任務を、どうこなすつもりだ」

「ええ、今の仮説に基づいて、すでに考えてはおりますわ。お任せください」


 いやあ正直、任せられんわ。すでに3人のうち、2人に喧嘩売ってるんだぞ。その調子で、果たして成果など得られるのか。


「では明日、トヨヤマで」


 そう言い残して、商店街を後にするマリカ中尉。それを、不機嫌な表情で見送るレティシアとダニエラ。


「なんですか、あの不届きで傲慢な女は!」


 ダニエラがここまで怒るのも珍しい。相当不遜な態度を取られたからな、無理はない。


「まったく、腹が立つぜ。このままじゃ、腹の虫が収まらねえな……そうだ、おい、カズキ、久しぶりにあそこ行こうぜ!」

「なんだ、あそこって?」

「タイワンラーメンて言やぁ、分かるだろう」


 僕はそれを聞いて、ピンと来た。おい、この4人であそこに行くのか?

 タイワンラーメンという名が付いているが、タイワンで生まれたものではない。発祥はここナゴヤで、挽肉、ニラ、長ネギ、もやし、そして唐辛子が入った、辛口のラーメンだ。

 そのナゴヤ発祥のラーメンを、発祥の店で食べようというのだ。だが、僕は応える。


「おい、あれはさすがにダニエラやカテリーナには無理だろう」

「なぜですの?」

「いや……ダニエラ、お前は知らないだろうが、あれは辛いぞ」

「辛い、とは、どれくらいなのです?」

「いや、辛いからいいんじゃねえか! ムカついたことがあった時は、辛いのに限る! 口ん中、燃えたぎらせて、パァーッと忘れようぜ!」

「へぇ〜、いいですわね、ならばその辛いラーメンというやつで、あの忌々しい女のことなんて、パァーッと忘れましょうよ!」


 おい、ついさっき、モーニングを食べたばかりだぞ?また食べるのか?しかも、タイワンラーメンだぞ。

 だが、カテリーナがもう食べる気満々の眼差しで、こちらを見ている。この純粋な瞳を前に、嫌だとは言えない。だがカテリーナよ、今までのナゴヤ飯とは違う、明らかに人を選ぶ料理だぞ?いいのか、ほんとに。


 だが、レティシアが言い出し、ダニエラが乗った決定事項が覆るはずもなく、僕らはその店に着いた。高架道路の真下にあるワカミヤ大通りに面した場所。一昨日の朝に味噌カツを食べた、あの店のすぐ近くにある店だ。小さなビルの一階に、その店はある。


「なんだか、趣のある店ですわね」

「そりゃあ、老舗だからな。それじゃあ入るぜ」


 と言って、将官服、中世ワンピース、カクテルドレス、そしてとんがり帽子の一団が、店内に入る。

 やはり、目立つよな。注文は手元のタブレット端末でするんだが、店内を見回すダニエラとカテリーナを、その周りの人々からも見られている。

 もしかしたら、昨日のあのイベントに参加していた人もいるんじゃなかろうか。迂闊だったかな、この格好は。


「……今一度聞くが、本当にいいんだな?」

「よろしいですわ」

「……いい……」

「じゃあ、頼むぞ」


 そして僕は確定のボタンを押す。タイワンラーメン4つ。内、一つは「イタリアン」という、辛さマシのが一つ。これは、レティシア用だ。ああ、そういえば、辛さ控えめの「アメリカン」という選択肢があったことを忘れてた。あの2人には、それを頼めば良かったか。


 で、しばらくすると、そのラーメンが運ばれてくる。中央には挽肉、周辺に長ネギやニラが、少し赤みを帯びたスープの上に浮かぶ。


「うわぁ、美味しそうじゃないですか。それでは早速、いただきます」


 ダニエラよ、お前の星にはこの赤い物質を使う料理は存在しない。つまり、こいつの辛さを、分かっちゃいない。唐辛子との、ファーストコンタクトだ。


「あら、なかなかいいお味ですわね、これなら……」


 余裕のコメントを始めるダニエラだが、このラーメンの真価は、ここから発揮される。ダニエラよ、唐辛子の辛さというのは、後から来るんだ。

 と、突然、ダニエラの顔色が変わる。遅延して襲いかかってきたカプサイシンの辛さが、ダニエラの喉と舌に激しく作用する。慌てて水を飲むダニエラ。


「……プハー! な、何という刺激、まるで火を飲み込んだかのような熱い味、こ、これが、タイワンラーメンなのですか!?」

「なんだぁ? そんなのは、まだ子供向けだぜ。ほれ、こっちの方がそいつの倍は辛いんだ」

「なんてもの食べてるんですか、レティシアさん! これよりも辛いだなんて……」


 などと言いながらも、二口目を食べるダニエラ。が、やはり辛さが襲い、水を飲む。

 そういう時は、少し辛味の弱い挽肉のところを食べるんだ。ダニエラもそれに気づいたらしく、レンゲで挽肉をすくい取って口にしている。


 さて、カテリーナはどうか……こっちはこっちで、未だかつて見たことのない顔でこのラーメンを食べている。しかめっ面で、舌を出したまま、頬を押さえている。

 が、ダニエラと違うのは、水を飲まない。そのまま続けてラーメンを口に運び、また舌を出す。だが、構わず次のラーメンを運び……これの繰り返しだ。頬をさすっているということは、これでも気に入ったということなのだろう。しかし、分かりにくい表現だな。結局、カテリーナはスープまで飲み干した。

 ダニエラの水は5杯目に達した。何としてでも、完食するつもりらしい。レティシアは余裕の表情だが、それでも汗をダラダラと流している。何と言ってもこいつのが、一番辛いからなぁ。という僕も、額に汗が吹き出す。


 こうして唐辛子の洗礼を受けた地球(アース)1010出身者の2人だが、その翌日にはトヨヤマにて、科学的調査を受けることとなる。

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