#31 今昔
さて、翌朝。昨日はやり過ごしたオオスの中心に足を踏み入れる。
相変わらず、カテリーナとダニエラは、コスプレと見間違うような痛い格好だが、ここではむしろ、それは歓迎されるべき姿だ。もっとも、彼女らは別に、コスプレをしているつもりではないのだが。
で、戦場に向かう前にまず、腹ごしらえだ。アカモン通りを入ったすぐのところにある、例のラーメンチェーン店で、各々特製ラーメンとクリームぜんざいを腹に収め、足を踏み入れる。
「大須新天地通」という漢文字の書かれた看板の向こう側は、もうすでに他とは異なる世界が広がっている。ダニエラは、声を上げる。
「ヤブミ様! ここから2層になってますわ!」
そう、南北にはこのシンテンチ通りから東ニオウモン通りの商店街あたり、東西はここから大須観音の手前までは、ここは2層構造になっている。だが変わってるのは街の構造だけではない。
シンテンチ通りを一歩入ると、そこはまさしく別世界。禍々しいアクセサリーの店に、家電、スイーツ、そして大型のディスプレイに映されるアニメやアイドルの映像。
複合商業施設の建物の前には、なぜか大量のスマホが無造作に置かれている。いわゆる、ジャンクスマホが、一つ5から30ユニバーサルドルほどで叩き売られている。その中から、良品を漁ろうと探る人々の姿。
ゲーセンや服、そしてジャンクフード店。食べ物や服飾品、そしてアミューズメントがごちゃごちゃな空間。だがその一角に、やや趣の違う場所が見える。
「ヤブミ様! あそこだけ、なんだか古臭いです!」
いや、ダニエラよ、あれでもお前のところよりは進んだ文化なのだが……古臭いと言っても、ガラス張りで今どきのディスプレイが置かれた場所。だが、竜の石像やおみくじ、そして大きな提灯が置かれているその場所は、明らかに他とは風格が違う。
そしてそこには、「万松寺」という漢文字が書かれている。
「そうだな、せっかくここに来たわけだし、ちょっと寄り道するか」
僕はそう言いながら、この寺の脇の細い通路を潜る。目の前には、看板が見える。そのすぐ下には、焼香台があり、上に小さな石碑が見える。
「あの……なんでしょうか、ここ。まるでお墓のようですが」
「ああ、正確には墓ではなく、墓碑なんだがな」
「どなたの墓碑なのです?」
「オダ・ノブヒデ公だ」
「オダ……ノブヒデ、ですか。って、どのようなお方なのです?」
まあ、ダニエラが知るはずもない。だが、この国では有名な人物の父親だ。そんな人物が、この寺には祀られている。
「そうだな、ノブヒデ公よりは、その息子のノブナガ公の方が有名だ」
「はぁ、そうなのでございますか。で、そのノブナガ公というお方は、どのような方で?」
「今から900年ほど前の武将、ああ、ダニエラには『英雄』と呼んだ方が分かりやすいか」
「そんな昔の英雄なのですか。で、何をなされた方なのです?」
「当時、戦乱の最中にあったこのニホンを、一つにまとめ上げようとした人物だ」
「へぇ、すごいお方ですわね! まるで我がペリアテーノ帝国の初代皇帝ベンヴェヌート帝のようですわ!」
そのベンなんとか帝という人物を、寡聞にして存知上げないが、初代ということは、あの帝国を作り上げた人物なのだろう。確かに、ノブナガ公とはいい勝負かもしれないな。
「ということは、こちらのお父様のノブヒデ様も、国を一つにされようとしたお方なのですか?」
「いや、オワリという一地方をまとめたに過ぎない。若くして急逝したため、オダ家を混乱状態にしてしまった。が、結果、それがその息子の躍進に影響を与えたのは間違いないな」
「そうですか……お父様を超えて躍進なされた、まるで、ヤブミ様のようですわ」
うーん、僕と親父を重ねてきたか。だが、僕とノブナガ公では、かなり違うな。
「いや、僕はノブナガ公とは違うよ」
「えっ、そうですか?」
「まずノブナガ公は、天下統一目前に、家臣によって殺されてしまった。それだけ急進的で、身内にも敵を作りやすい人だったようだよ」
「ええーっ、そうだったんですか!」
「別の家臣が、その意思を継いで天下統一を成し遂げたから、結果的にはその偉業は後世にまで伝えられているけどね。そういえば、この寺でのそのノブナガ公の逸話も伝わっているな」
「この寺での逸話? 何かあったんですか?」
「ノブヒデ公が急逝し、この寺で葬式が営まれていた。その時、長男であるノブナガ公が現れる。すると家臣一同の前で、抹香を投げつけた。その場は、騒然となった」
「まあ」
「決して、父親嫌いだったというわけではない。が、あまりにも早い死を嘆いたための行動とも、あるいは、一枚岩となりきれない家臣らに向けた示威行動だったという説もある。いずれにせよ、その直後にオダ家内部で反乱が起こり、ノブナガ公はそれを平定し、オワリ統一を果たした」
「大変な状況でしたのですね。で、その後は順調に領地をまとめられたので?」
「いや、さらに試練は続く。今度は、隣国の大大名が、大軍を率いて攻めてきた」
「ええーっ、まだ試練があるんですか!」
「敵方イマガワ軍の兵力は2万5千、一方のオダ軍は4千。6倍ほどの軍勢差だったけど、なんとノブナガ公はその戦さに勝利した」
「まあ、それは凄いですね。でも、どうやって大軍に勝利したのです?」
「敵の大将のみを、ターゲットにしたんだ。大将さえ倒してしまえば、敵は戦闘目的を失う。情報と機動力を巧みに生かした戦いだったと言われている。ともかく、オケハザマの戦いと言われるこの戦さの勝利により、オダ家の躍進が始まった。そういう歴史の原点が、この寺にあるんだ」
ダニエラが、この地で起きた歴史一端の話に聞き入っている時、カテリーナはレティシアが買ってきたであろう、たこ焼きと唐揚げを食べている。よく食うな、こいつ。
「乱世の英雄、というのが、ノブナガ公だ。しかし、この人物の登場により、混乱するニホンという国が一つにまとまった。それに比べて僕は、たかが300隻を束ねるだけの軍司令官だ。偉大さも、大胆さもまるで違うよ」
「そうでしょうか? 私、何か似たようなものをヤブミ様とノブナガ様からは感じますわ。きっとそのノブナガ様も、賜物をお持ちだったのでしょう」
賜物か……そういう言い伝えは、残ってないな。もっともこの星には元より賜物という概念はない。ダニエラが言うように、ノブナガ公にそういうものが備わっていたとしても、後世に伝わることはなかった。
さて、そんな古い歴史を垣間見た後は、もう一つの場所に立ち寄る。
このオオスという場所は、大きく2種類の要素がある。古い歴史の舞台としての場所、そして今という時代を代表する文化の見本市という側面。その2つ目の顔が見られる場所に、僕は向かう。
そこは、オオスの第2階層。サブカルチャーが大手を振って闊歩する場所だ。下の階層のように、生易しいところではない。
ここでは、ダニエラやカテリーナの姿でさえ霞むほどだ。いわゆるコスプレ姿の人々が、どこからともなく集まってくる。
……が、ちょっと今日は、多いな。変だな、こんな時期にイベントなんてあったか?
などと考えていると、何やらあちらで騒がしくなってきた。と、突然僕のところに、マイクを持った女性が近づいてくる。
「おお! まるで軍服のようですね! 何というアニメの格好です!?」
急にその女性に、マイクを向けられる。よく見ると、小型のカメラもこちらを捉えている。
奥のステージにある大型モニターには、僕の姿が映し出されている。その隣にレティシア、カテリーナ、そしてダニエラの姿もある。
「……いや、正真正銘の軍人だが」
よりによって、ここに軍服姿できてしまった。私服の持ち合わせがほとんどないため、ストックの多いこの服できたと言うだけなのだが、これがこの場所では仇になった。
「いや、ご冗談を! だってこれ、将官を示す飾緒付きですよ!」
ああ、そうだ。そういえば僕のこの服は、将官向けの服だ。准将だから当然だが、この歳で将官服を着るやつなんて普通いない。疑われて当然だ。
が、そこにもう一人、マイクを持った男が現れる。
「いや、ちょっと待ってください! この方、ヤブミ准将じゃないですか!?」
この一言で、なぜか周りがざわめき始める。僕の心もざわめく。なんだ、どうして僕の名がいきなりここで登場する?
ところで僕はさっきから、何に巻き込まれているのだろうか?全く理解していないが、分かることは一つある。
それは、ここで何かのイベントが行われていること。そして、そのイベントの盛り上げ役らしき人物に今、話しかけられているということだ。
「あ、いや……」
「ヤブミ准将といえば、28歳の若さで准将閣下にまで出世されたという、このナゴヤの誇る英雄! ノブナガ公の再来とまで言われる提督がなぜここに!?」
「いや、だから、それは軍務に関わる話ゆえ、ここでは……」
こんなところで、軍務はないだろう。自分ながら、何を言っている?
「いやあ、まさかそんな大物がこのアニメ・フェスティバルにご参加いただいていたとは、思いもよりませんでした!」
なんだかややこしいことになってきたぞ。ダニエラやカテリーナに、この街のことを見せてやろうと思ったら、この街の真髄に触れすぎてしまった。
「ちょっと待ってください、アオキさん! ヤブミ准将閣下は今、地球1010に行かれているはずですよ! どうしてここにいるんですか!?」
「えっ!? ちょっと待って下さい! 今、スタッフが調べてますね……」
いや、そんなことは調べなくていい。なんだかとても、悪い予感がする。僕はなんとかその場を離れようと、言い訳を考え始める。
「あ、出てきました! ヤブミ准将は地球1010近くの白色矮星域で新鋭艦隊300隻を率いて戦い、その最中に特殊な能力を持つ3人の戦乙女を投入し、連盟軍相手に次々に勝利を収めたとありますね!」
……ああ、しまった。ついに出てしまったな、戦乙女の名が。
「もしかして、その3人の戦乙女というのは、後ろにいるこの3人の方々ですか!?」
僕が飾緒付きの軍服を着ていたばかりに、変なことに巻き込まれてしまった。だが、その変なことがやたら好物な奴が、ここにいる。
「おうよ! 戦乙女たぁ、俺たちのことだ!」
いやレティシアよ、こんなところで、でしゃばってどうする?
「へぇ〜、あなたがその戦乙女さんなのですか。お名前は?」
「俺の名はヤブミ・レティシア! ここナゴヤ育ちの、怪力魔女だ!」
「あれ? もしかして、ヤブミ閣下のご家族で?」
「おうよ、俺はこいつの奥様だ!」
「うわぁ、そうだったんですね! で、怪力魔女とは?」
「ああ、そうだな……」
散々身バレさせながら、あたりを見回し始めるレティシア。そして彼女の目に、大きな照明器具が留まる。レティシアはその照明器具のそばに行くと、そいつを手で掴む。
「おりゃあ!」
気合一発、その大きな照明機器はあっという間に持ち上がる。最大10トンまで持ち上げ可能なレティシアなら、この程度は造作もない。
「ええーっ!? 魔女じゃないですか!」
「だから言っただろう、怪力魔女だってよ」
「本当に戦乙女だったんですね! じゃあ、他の2人も……」
「そうよ、こいつはダニエラで、『神の目』っていうのを持っている。んで、こっちの小さいのがカテリーナ。こいつは凄腕の砲撃手だ」
「ええと、ウィキペディアにはこの戦乙女らの活躍で、900隻以上の敵艦艇が沈んだとありますけど……まさかここに、本物がいらっしゃるなんて」
ダニエラは、レティシアの紹介に応えて手を振って愛嬌を振りまいている。一方のカテリーナだが……フライドポテトを食べてやがる。いつの間にそんなもの、手に入れたんだ?
で、そこからはもう大変だった。なぜかステージに上げられて、3人の戦乙女の撮影会が始まった。アニメじゃない、本物の英雄。現実はそれほど煌びやかなものではないが、彼らには戦場で活躍する乙女達という事実に酔いしれている。どちらかと言うと、ここでは僕の方がおまけだ。
そんな勢いでしばらくの間、振り回される。ステージを降りて第1階層に戻ったのは1時間ほど経った後。たくさんの食べ物をもらってほくほく顔のカテリーナと、視線を目一杯受けて満足するダニエラ、そして自身の魔力を披露してすっきりしたレティシアの3人を連れて、静かなオオスの街に戻る。
「ヤブミ准将閣下!」
と、そんな僕らの後ろから、僕を呼ぶ声がする。なんだ、まだあの騒ぎに付き合わされるのか?
「はい、なんでしょう?」
そう応えながら振り向くと、そこにいたのは、何かのアニメキャラの姿をした女性。だがその女性、僕を見るなり、両足を揃え、敬礼する。
「この格好で、失礼いたします。小官は、地球001、軍司令部所属の技術士官、マリカ中尉と申します」
アニメキャラに突然、軍令部所属の士官だと名乗られても、実感が湧かない。だがこの人物こそが、コールリッジ大将の送り込んできた、賜物調査のための特務士官だった。




