#30 過去
仏壇の前で、手を合わせる僕とレティシア、そして見様見真似で祈るダニエラとカテリーナ。それから僕らは、リビングへと向かう。
「遠くの星の方に、このお茶は合うかどうか、わからないけど……」
ちゃぶ台の上には、お茶とお菓子が載せられていた。この手のものに、カテリーナは目がない。早速、目を輝かせながら手を伸ばし、バリバリと煎餅を食べ始めている。
「あの、ちょっと伺ってもよろしいですか?」
「なんだ?」
「お父様は、いつ亡くなられたんですか?」
「ああ、僕が高校3年生の時。つまり今から、10年前のことだな」
「流行り病か、何かで?」
「いや、戦死だ。艦隊戦で、艦ごと消滅した」
それを聞いたダニエラの顔が少し曇る。僕の父親は、10年前に戦死していた。やはり、意外だったのだろう。
「すいません……聞いちゃいけない話でしたね」
「いや、別に隠すようなことでもないし、もう10年前のことだし」
「いや、でも、そういうことがあったからカズキのやつ、軍大学に行ったんだぜ」
「あら、そうだったのですか? やはり、敵討ちをしたい、とお思いになられたんです?」
「いや、そうじゃないな。正確には、学費が要らない大学がそこしかなかったから、ということに過ぎないんだけどね」
僕は元々、軍に進むつもりはなかった。が、父親の死が、この道を歩ませることになったのは事実だ。
「当時、第4艦隊所属の駆逐艦2330号艦の艦長だった親父は、ここから2300光年離れた場所にある中性子星域での会戦で撃沈された。防衛戦には成功したが、2330号艦以下、13隻がその会戦で失われたそうだ。その報は会戦の3日後、我が家にもたらされたんだ。あの800メートルのテレビ塔を通じてね」
それを聞いた母さんが、僕の話を打ち切るようにこう切り出す。
「はいはい、暗い話はおしまい。そんなことよりも、カズキの小さい頃の話、聞きたくない?」
「えっ!? ヤブミ様の小さい頃!?」
「そういやあ、俺も知らねえな、その話。ぜひ聞きたいぜ」
なぜそこで急に僕の話?母さんはタブレットを取り出し、写真アプリを立ち上げる。
「ほら、これは……小学生の頃の写真だね」
「なんですか、このちっちゃい生き物は!?」
「あはははは、カズキ、この頃からお前、あんまり変わってねえな!」
「……美味しそう……」
「これは、テーマパークへ行った時の写真だよ。お父さんに買ってもらったアイスクリームを持ってるところを撮った写真ね」
「へぇ、こうしてみるとお父様、今のヤブミ様そっくりですね」
「お父さん子だったからね、カズキは。だからこうやって、お父さんと一緒に写っている写真が多いのよ。他には……」
なんだろうな、過去を晒されるって、こんなに恥ずかしいことなんだな。僕は少し離れたところでお茶をすする。
「あら? この隣の小さな女の子、誰ですかこの娘は?」
「ほんとだ。おいカズキ、まさかお前、この頃に別の彼女がいたんじゃねえだろうな!?」
何を言っているんだ、レティシア。小学生の頃にそんなやつ、いるわけないだろう。そいつは、お前がよく知る人物だ。
「ああ、この娘はフタバだよ」
「ええーっ! これがあの、フタバなのかぁ!?」
「あのぉ……フタバさんって、誰なのですか?」
「ああ、カズキの妹だよ」
「ええーっ!? や、ヤブミ様、妹さんがいらっしゃったのですか!?」
そういえば、そんな話はこいつらにはしたことないな。別に隠していたわけではないが、話すようなことでもない。が、レティシアはよく知っている。
「そういやあ、おっかさん、フタバのやつ、今はどこにいるんだ?」
「さぁ……もう半年以上、帰ってないからねぇ……そういえばひと月くらい前に、これからオーストラリアに行くって、ブラジルからメールが来たわね」
「なんでぇ、相変わらず、飛び回ってるなぁ」
ダニエラのじゃじゃ馬ぶりも大概だが、フタバの放浪癖も負けてはいない。文化と技術が違うとは言え、こっちは地球規模で飛び歩いている。そういえば、僕が地球1010に向けて出発した時は確か、南極に行ってたんじゃなかったか?
「一応、カズキが帰ってくるよって、メール打っておいたんだけんどね。でも全然返事が来ないのよ。せっかく帰ってきてるっていうのに、まったく、どこで何をしているんだか……」
「いいよ、別に。あとひと月はここにいることになりそうだから」
「えっ! ひと月も!? あんた、何やらかしたの!」
「……船を、壊した」
「あー、まったく、兄妹揃って無茶苦茶だねぇ。せっかく艦隊司令にまでなったっていうのに、お父さんも嘆いてるわよ、きっと」
あの妹と一緒にされては困るな。こっちは軍務で、しかも今回は死にかけるくらいやばかった事故だ。元々、実験艦だし、こうなるリスクは最初から分かっている船ではあるんだけどな。
「で、あんた、今どこにいるの?」
「ああ、しばらくはサカエのホテルで暮らすことになった」
「なんだ、それならここにいればいいじゃない」
「僕とレティシアだけじゃなくて、ダニエラとカテリーナとも行動を共にしなきゃいけないんだ。この狭い家じゃ、ちょっと無理だな」
「……あんた、この2人、結局なんなの?」
しょうがない、説明しておくか。僕は母さんに、この2人についての経緯を話す。
「へぇー、あなた、皇女様だったの」
「そうですわ、お母様。ですが、勘当されてしまいまして」
「で、こちらがその、女闘士さん?」
「……はい……」
「一体、どういう生活をしていたら、皇女様と女闘士なんて人と巡り会えるんだか。でもまあ、せっかく地球001に来たんだから、ゆっくりしていってちょうだい」
と言いながら、母さんはまた、どさっと菓子を出す。おかきに煎餅に、ポテチもある。それを遠慮なく摘んでは口にするカテリーナ。しかしこの娘、さっきからよく食べるな。
「で、なんだったっけ、そのレバニラってやつを調べるために、わざわざ連れてきたの?」
「いや……賜物だよ。で、このナゴヤでその技術士官と接触することになっている。そういうわけで、あのホテルで待機している。そんなところだ」
「ふうん、そうなんだ。しかし、可愛い娘なのに、大変なんだねぇ……」
頬を撫でながら、バリバリとポテチを食べるカテリーナを眺めながら呟く母さん。だがこの娘、見た目ほど微笑ましい存在ではない。なにせ、通算1千隻近くを撃沈した超エース級な砲撃手だからな。
「なあ、それよりも、続きだ続き」
「続きって、何よ、レティちゃん?」
「カズキの子供の頃の話だよ」
「ああ、そうだったわね。で、これが幼稚園に入ったばかりの頃のカズキでね。ちょうどフタバが生まれたばかりの頃で……」
母さんは妹と戯れ合う微笑ましい写真を、3人の戦乙女の前で見せる。しかし、こういう写真を大人になって晒されると、やはりなんとも言えないくらい、恥ずかしいものだな。当の3人は喜んでいるようだが。
で、この調子で、僕の乳幼児の頃から軍大学へ進んだ時の写真までを、洗いざらい晒される。気づけば夕方になった。
「楽しかったぜ! またくるわ!」
「お邪魔しました」
「……ごちそう、さま……」
「いつでも来てちょうだい。待ってるわ」
手を振って、高層アパートの一室を後にする僕と3人の戦乙女達。外はすっかり、日が暮れている。
「そういえば2人とも、服を買わないとダメだな」
「えっ!? なぜです?」
「寒くないのか、その格好」
「別に、大丈夫ですよ」
本当か?なんだか、見るからに寒そうだけどな。確かに薄い上着を羽織ってはいるが、それでもそんな薄着で大丈夫か?
さて、夕食はどうしようか……あまり、考えてなかったな。仕方がないので僕は、ホテルへと直接向かわず、東ニオウモン通の商店街に入る。そこで手羽先の店にでも行こうかと思っていたのだが、入ったのは手羽先どころか、鳥の丸焼きの店だった。
しかしカテリーナよ、お前さっき、間断なくスナック菓子を食い続け、それでまだ入るのか?だがこいつ、出された1匹分の鶏肉をあっさりと完食する。
なんだか、自分の過去を晒しただけの1日だったな。おまけに、カテリーナの食欲に改めて圧倒された日だった。が、明日はこの2人が圧倒される日になるだろう。オオスの奥深さを、味合わせてやる。