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#28 故郷

 白色矮星域から、およそ3日間の行程を経て、ついに地球(アース)001星域に到着する。現在、進路上にある木星の脇を通過しているところだ。


「まあ、何ですか、あの木材を削り出したような模様の大きな星は?」


 艦橋にいるダニエラが、窓の外に見えるあの惑星を見てつぶやく。確かにそう見えるだろうな。まるで木材を削り出したようなあの独特の模様を持つ、この地球(アース)001星系で最大の惑星、木星。あれほど大きなガス惑星は、地球(アース)1010には存在しない。


地球(アース)001軍令部より入電、第8艦隊の受け入れ了承、各艦の入港指示を送る、とのことです」

「了解した。当艦の、トヨヤマへの到着予定時刻は?」

「はっ! およそ8時間後、艦隊標準時、1500!」


 この艦隊の標準時は、僕の故郷であるナゴヤの時刻だ。つまり、現地の昼過ぎには到着することになる。といっても、到着するのはナゴヤから少し北にあるトヨヤマだ。到着してすぐに出られるわけではないから、ナゴヤに着くのは日が暮れてからになりそうだ。


 僕はチラッと、スマホを見る。西暦2489年11月10日、午前7時2分。これが僕の今の故郷での日時だ。しばらくはペリアテーノで暮らしていたから、あまり気にしてはいなかったが、ナゴヤではもうとっくに夏は終わり、晩秋の頃を迎えている。


 それから地球(アース)までの道のりは何事もなく過ぎ、そして大気圏へと突入する。


「大気圏突入シーケンス、入ります!」

「了解、突入シーケンス、開始!」


 地球(アース)001だけではないが、この星の大気圏突入手順は少々複雑だ。この船はトヨヤマを目指しているが、真っ直ぐには目指さず、まずはオーストラリア大陸側から太平洋に進入する。そこで大きく向きを変えて、ナゴヤの方向を目指すことになっている。

 なにせ、地球(アース)表面には民間船舶が多数行き来するため、異常接近(ニアミス)を避けるために、民間航路から大きく外れた場所から進入し、そこから目的地へと向かう。まずは、パプアニューギニアにあるポートモレスビー管制局からの指示を受ける。


「ポートモレスビー管制より入電! 大気圏突入進路、了承! 圏内進入されたし、以上です!」


 最初の管制からの許可が降りた。目の前に迫る青い星の表面に、艦首を向ける。


「俯角20度! 進入角、良好!高度102キロ!」

「バリアシステム、展開! 大気圏突入、開始する!」


 まもなく、周囲をプラズマ光が覆い始める。初めはその光を興味津々に眺めていたダニエラも、今ではすっかり慣れてしまった。今はレーダーがわりの手鏡で、自身の顔のチェックに忙しい。


 しばらくすると、プラズマ光が止み、大気圏に入る。が、まだ終わらない。高度5万5千を維持したまま、マッハ7で飛行を続ける。そして次の管制、グアム管制局の指示を受ける。


「グアム管制局より入電! 進路3-7に変更、速度そのままで飛行せよ、以上です!」


 やれやれ、ややこしい。この星ではこれが普通なのだが、長らく地球(アース)1010の管制に慣れているから、このまどろこしい管制をストレスに感じる。だが、逆らうわけにもいかず、グアム管制局の指示通りに進路を変更する。

 そしてもう1箇所、ハチジョウ島管制局の指示を受け方向転換し、そこでようやくナゴヤへと向かう。


 15時到着予定だったが、時間はすでに17時を回る。第8艦隊各艦の入港先指示と、管制局からの大気圏突入許可遅れなどにより、予定より2時間遅れでの到着となる。真下には海が、その先にナゴヤ海上港が見える。

 もう日も暮れて、地上には灯が見える。それを見たダニエラが、思わず窓の外を見て叫ぶ。


「うわぁ、なんですの!?まるで、星空が地面に降り注いだようですわ!」


 都市の夜景というものを、初めて目にしたダニエラ。真下に広がる無数の光が、星空に映ったようだ。ペリアテーノも徐々に電化が進みつつあるが、これほど多くの数の光を並べるまでには至っていない。


「トヨヤマ港より入電! 入港許可了承、第7ドックへ入港されたし、以上です!」

「了解、トヨヤマ港へ入る。両舷前進、最微速! 面舵3度!」

「両舷前進最びそーく! おーもかーじ!」


 軍船くらいしか向かわない場所に、僕らは向かう。無数の光の海を、0001号艦は進む。僕はちらっと、窓の外を見る。

 下はちょうどメイエキの辺りだ。そこを発進した大型バスが見える。高度を上げて、西に向かっている。あの大きさからおそらく、行き先は海外だろう。側面のバス会社のマークから察するに、シンガポール行きか?

 右手には、大型の恒星間通信塔が見える。高さ800メートルのその通信塔の横を通り過ぎ、やや光の少ない場所へと辿り着く。


「両舷停止! 微速下降!」


 その光密度が低い場所で、下降を開始する0001号艦。この真下は、トヨヤマ港と呼ばれる場所だ。

 かつてここには、空港とよばれる航空機の離発着場があった。そしてその場所は今、軍港として用いられている。すぐ脇に重工会社が併設しており、修理用ドックもあるこの港は、この駆逐艦0001号艦の建造された場所でもある。

 その0001号艦は故郷(ふるさと)へ、実に3か月ぶりに帰ってきた。


「90……70……50……30……20……10……着底!」

「繋留ロック作動! 前後ロック、完了!」


 ガシンという鈍い音とともに、ドックに繋留される。船体の固定を確認後、艦長が最後の指示を出す。


「よし、機関停止!」


 ヒューンという音とともに、徐々に小さくなる機関音。ここ艦橋内でも、乗員らはその音を聞きながら両手を伸ばし、久しぶりの故郷に帰ってきたことを喜び合う。


「はぁ〜、やっと着いたぁ!」


 艦橋内のあちこちで、安堵する声が聞こえる。多くがこの辺りの出身者ではないが、それでも地球(アース)1010よりはずっと故郷に近い場所。


「さてと、それじゃあこの星に降りましょう! 今すぐに!」

「あ、ああ……」


 なぜか興奮状態のダニエラがやってきた。さてと、ここからどうするか。

 もう日も暮れている。一旦バスでナゴヤに飛び、そこで適当なホテルに宿泊するしかないな。

 それと、コールリッジ大将からは、カテリーナとダニエラをナゴヤから出さないように言われている。これは大将閣下が、出発前に僕に話してくれた技術士官と接触するためだ。といっても、ダニエラもカテリーナも、ナゴヤ以外に寄るところがあるわけではないが。

 しかし、そこまで言うならホテルの手配くらいしてくれていてもいいのに……と思いながら僕は艦橋を出る。そこには、レティシアが待っていた。


「で、これからどうするんだ?」

「そうだな、しばらくはホテル暮らしかな」

「そうなのか。で、ダニエラとカテリーナは、どこにいきゃあいいんだ?」

「ああ、そうだな……といっても、大将閣下の命もある。僕らと同じホテルに、宿泊するしかないだろう」


 などと話しながら、僕とレティシアはエレベーターに向かう。その後ろから、ダニエラが走ってくる。


「あ、ちょっと、待ってください! 乗ります!」


 どうやら、タナベ中尉にお別れを言っていたようで、少し遅れて走ってきた。ダニエラがエレベーターに乗り込み、ドアを閉めようとすると、そこにさらにもう一人やってきた。


「ちょ、ちょっと! まだ閉めないでぇ!」


 入ってきたのは、グエン准尉だ。何やらいくつかの書類を抱えている。


「あら、グエンさん、何をしていらっしゃるのです?」

「主計科はここからが忙しいのよ。艦の引き渡しの書類をいくつか出さなきゃいけないし……てことで、ホテルに行くのは夜遅くになりそうね」

「ところで、グエンさんのお家はこの辺りなんです?」

「いや、私はホーチミンよ」

「ホーチミン? どこですか、それは?」

「ああ、この海をずーっと超えた南の、ベトナムってところにある街でね……」


 タブレットで見せるグエン准尉の故郷が、あまりに遠くにあることを知らされて驚くダニエラ。そりゃそうだよな、この艦内はほとんどがアジア出身者だが、その多くは、ペリアテーノにある馬車や船では辿り着けないほど遠くにある。

 ちなみに、タナベ中尉はハカタ出身だ。今日にもハカタ行きの高速バスに乗り、故郷へ帰るという。


 で、荷物を取りに向かうため、部屋のある階で降りる3人。グエン准尉はそのまま下の階へと向かう。ちょうど降りたその場所で、カテリーナの姿が見える。


「あ、カテリーナ、これから……」


 声をかけようとするが、よく見ると向かい側にもう一人いる。その相手と手を握り合いながら、何かを話している。それを見た僕は、声をかけるのを止める。


「……だから、私はしばらくヤンゴンに帰るけど、なるべく早くナゴヤに戻ってくる。だから、それまで」

「……待ってる」


 ああ、そうか、ナイン中尉とのお別れの真っ最中だったか。邪魔をしてはまずい。しばらく3人は、エレベーターの影に隠れている。しばらく名残惜しげに手を握りあう2人だったが、ようやく離れてナイン中尉がエレベーターに乗り込んだ後、僕らは何食わぬ顔で現れて、カテリーナに声をかける。


「よっ! カテリーナ、ナゴヤに行くぞ!」

「……行く……」


 想い人と別れて、いつものポーカーフェースに戻ったカテリーナだが、ダニエラとレティシアの顔が目に入ると、少しそれが緩む。


 荷物を整えて、1階に降りる。ちょうど出口付近には、オオシマ艦長がいる。僕は艦長に敬礼すると、艦長も返礼で応える。


「お疲れ様です、ヤブミ提督!」


 僕の倍ほどの歳のベテラン艦長に迎えられて、なんだかちょっと緊張する。だが、艦長は全員の下艦を確認したのちに、グエン准尉らと共に艦の引き渡しを行うため、しばらく残らなければならない。歳が歳だけに、大変だ。


「あの、そういえば艦長はたしか、トウキョウ出身ですよね?」

「はい、そうです」

「明日、帰るんですか?」

「いえ、引き渡し後にすぐ、トウキョウ行きバスに乗って帰ります。1時間もあれば、帰れますから」

「はぁ、そうですか……ご苦労様です」

「へぇ〜、艦長さんって、トウキョウなんだな。てことはあれか、アサクサってところの浅草寺の近くか?」


 レティシアは、トウキョウには疎い。数少ない地名を出して、オオシマ艦長に話しかける。


「いえ、レティシアさん。私の家はハチオウジですので、浅草寺からは少し離れてますね」

「はぁ、そうなのか。でもなんだって、そんなに急いで帰るんだ?」

「妻と娘が一人、家で待ってますんで」


 僕は艦長のことを大体は知っていたが、レティシアはなぜか食いついた。


「ええーっ!? か、艦長さん、娘がいたのか!?」

「ええ、そうですよ」


 よほど意外だったらしいな。だが、オオシマ艦長には娘がいる。それも、社会人1年生、23歳の娘が。会ったことはないが、相当可愛がっていた娘のようで、時々その写真を見ているところを、僕は何度か目撃している。

 今回の赴任でも、奥さんは娘さんが心配でトウキョウに残ったと言っていた。御歳、55歳。この歳で単身赴任。しかも7000光年も離れた場所。いやはや、大変な赴任生活だ。


 オオシマ艦長と別れて、僕らはバス停に向かう。そこで、時刻表を見る。ちょうどいいタイミングで、あと1分ほどでバスが来る。それを見ていたダニエラが、僕に尋ねる。


「あの、バスってなんですか?」

「ああ、乗り物だ。それに乗って、ナゴヤへ行く」

「ここが、ナゴヤというところではないのですか?」

「ここはトヨヤマという場所で、ナゴヤはほら、あっちの方だ」


 向こうに見える光の方角を指差すが、ダニエラにはピンときていない。だが、バスがやってきた。それを見てダニエラは、思わず声をあげる。


「な、なんですの、この乗り物は!?」


 別に驚くことはないと思うのだが、全長40メートルほどのバスが空中で静止するのを見て、その姿に唖然としている。だがダニエラよ、これは駆逐艦よりも小さいぞ。何を今さら驚くか?

 そしてバスは徐々に降下し、目の前のバス停に着陸する。そしてハッチが開く。


『このバスは、メイエキ、オカザキ経由、トヨハシ行きです。まもなく、発車いたします。ご乗車の方は、入り口の段差にご注意ください』

「おい、2人とも、さっさと行くぞ。何ボーッとしてんだ?」


 唖然とするダニエラとカテリーナをけしかけるレティシア。4人がバスに乗り込むと、ハッチが閉まり、バスは再び浮上する。


『毎度ご乗車、ありがとうございます。次の停車は、メイエキ。地下鉄、長距離バスへは、次のメイエキでお乗り換え下さい』


 上空100メートルほどを颯爽と走るバスで、車内放送がかかる。これなら5分もあれば、メイエキには着くな。さて、ホテルはどうしようか……いや、その前に、夕食がまだだったな。僕は、(せわ)しなく窓の外をキョロキョロと見回すダニエラとカテリーナに尋ねる。


「なあ、2人とも、夕食は何が食べたい?」

「えっ!? あ、はい、そうですわね……やはりナゴヤなのですから、ナゴヤらしいものがいいですね」


 一番困る回答だな。なんだ、ナゴヤらしいものって。いろいろとありすぎて困るが、夕食だし、普段食べている味噌カツは避けるとして、そうだなぁ……

 などと考えている間に、バスはメイエキに到着する。目の前には、高さ600メートルの高層ビルが4つ。その向こうには、やや低いが渦巻き状の妙な形のビルが一つ見えてきた。その高層ビルの間で停止し、降下を始めるバス。

 ハッチが開く。僕は電子マネーを当てる。そしてダニエラ、カテリーナ、レティシアが通るたびにそれを当てて、4人分の料金を払う。そして、バス停に降り立つ。


 久しぶりのメイエキだ。ここはかつて、鉄道と呼ばれる交通網が走っている時代に、駅と呼ばれる場所があったところで、この地名はその名残だという。が、今や鉄道は地下鉄を残して廃止され、空中を走る多数の無人バスが発着する場となっている。空を飛べるバスならば線路というやつがいらないし、24時間運行が可能とあって、いつの間にかこれにとって変わられた。ここからはニホン、およびアジア各地に飛ぶバスがいくつも出ている。ちょうど上空には、シャンハイ行きの大型バスが浮上したところだ。


 目の前にはロータリーがあり、自動運転タクシーがひしめいている。そろそろ帰宅者が一斉に帰り始める頃だから、ここは大勢の人で賑わっている。地下街に続く階段や、目の前のバスターミナルの建物からは、大勢の人が降りてくる。

 このメイエキのそばにそびえ立つ高層ビルには、いくつもの店、ホテル、大学や企業オフィスが入っており、そのビルの根本からは次々と人が湧き出てくる。


 あまりの人の密度に、ダニエラとカテリーナは驚き、周囲を見回している。そりゃそうだろうな、ペリアテーノでも、これほど人の集まる場所はない。


「さてと、ナゴヤらしいものが食べられる場所、が望みだったよな。それじゃあ、行こうか」

「おいカズキ、行くって、どこに行くつもりだ?」

「あのラーメン屋だ」

「ラーメン屋って……ああそうか、あそこか」


 メイエキ周辺のラーメン屋なんて、いくらでもある。が、ここで僕の言うラーメン屋とは、ひとつしかない。初心者向きで、値段も手頃、それでいてナゴヤらしいラーメン屋。創業500年を超える、老舗のチェーン店だ。

 バスターミナルビルの中央コンコースを通り抜けた先の地下街に、それはある。少し歩くが、さほど遠くはない。僕はターミナルビルの中に向かって歩き出す。

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