#27 帰還
前方45万キロ先に、敵艦隊を捕捉した。数は100隻。一方、こちらは300隻。
相変わらず、やつらは新型の電波吸収型の隠密行動、コードネーム「ニンジャ」と我々が呼称するその新兵器で、白色矮星域から地球001に続く長跳躍ワープ航路へと接近している。
近頃は、少数の艦隊に分散して接近することが増えた。1匹見つけたら、30匹はいると思え……という某害虫のような行動が多いが、サマンタの索敵網にあえなく引っ掛かり、かえって犠牲が増える。そこで最近は、サマンタも見落とすほどの小集団での接近が増えてきたようだ。
今回もまさにそのパターンで、周囲には他の敵艦隊はいない。いるのは、正面の100隻のみ。ダニエラが捕捉したこの100隻に、我々は接近しつつある。
そして今、その艦隊を射程内に捉えた。
「艦長、特殊戦用意!」
と僕が突然、艦長に特殊戦を進言する。
「閣下、相手は100隻ですよ?」
「むしろ少数だからこそ、あえて特殊砲撃を仕掛けて壊滅に追い込む。我々に隙などないことを、奴らに示す方が得策だと思われます」
「なるほど……承知しました。特殊戦、用意!」
今思えば、どうしてこんな少数の敵に特殊戦など仕掛けたのか、よく分からない。ただそれは僕にとっても、この艦隊にとっても、むしろ運が良かったのかもしれない。この何気ない判断により、この兵器の持つ重大な欠点を、僕らは知ることになるからだ。
だがこの時点ではまだ、それに気づいていない。
『機関室より艦橋! 機関への特殊戦用伝達回路、接続完了! 砲撃準備よし!』
『砲撃管制室より艦橋! 充填開始!』
だんだんと手慣れてきたな、この攻撃も。もっとも、この砲撃の後には敵に甚大な被害を与えることとなる。我ながら、罪な兵器を作り上げたものだ。
『砲撃管制室より艦橋! 砲撃手と操舵手、交代完了!』
ナイン中尉とカテリーナが入れ替わったこと、砲撃長であるヨウ大尉が報告してきた。すべては順調。ここは敵の射程外、まさにアウトレンジ砲撃戦法で、究極の兵器による攻撃。敵にとってはなす術もなく、大敗が約束された、一方的な戦い。
もしかすると、このとき僕がそう思ったのが「フラグ」だったのかもしれない。直後、まったく予想もしない事態が、突如発生する。
『機関室より艦橋! 伝達回路、異常発熱!』
「なんだと!?」
機関からのほぼ全エネルギーを砲身に込めている最中のこの報告に、艦橋内は緊張する。が、事態はそれでは収まらない。
『砲撃管制室より艦橋! 砲身部、異常発生! 各種センサー、沈黙!』
機関室だけじゃない、砲撃管制室からも異常を知らせる報告が飛び込む。それを聞いた艦長は、砲撃管制室に命じる。
「砲撃長! 直ちに砲撃を開始!」
『か、艦長、今、なんと……』
「砲身異常だ! 直ちに、充填エネルギーを船外に開放する! 急げ!」
『了解、砲撃開始します!』
「総員、衝撃に備えっ!」
まだ1分少々の充填時間だというのに、この異常事態を受けて特殊砲撃が開始される。艦が大きく揺れ、窓の外は真っ白になる。凄まじい発射音が、この艦橋内にも響く。
だが、まだ充填を完了した訳ではない。発射するが、ものの3秒ほどで持続砲撃は止む。しかしカテリーナのやつ、このたった3秒の砲撃をも活かし切る。
「敵艦25隻、消滅!」
まったく想定外の砲撃にも関わらず、敵の4分の1を沈めた。だが今は、戦果どころではない。艦橋内には次々と、異常事態を知らせる報告が飛び込む。
「船体の回転を確認! 姿勢制御不能! 直ちに、機関を通常回路に戻す要あり!」
『砲撃管制より艦橋! 砲身部に深刻なダメージ! エネルギー流の放出を確認!』
『主計科より艦橋! 第7ブロックの電源供給が停止! ちょっと、どうなってんの!?』
「ダメージコントロール! 第7ブロック、緊急閉鎖! 主計科は、損傷箇所の復旧に努めよ!」
明らかに混乱した報告からは、この駆逐艦0001号艦全体で深刻な何かが起きていることが分かる。だが、極め付けはこの報告だ。
『機関室より艦橋! 特殊戦用伝達回路、融解寸前! 緊急冷却の要あり!』
なんてことだ。伝達回路が融解だと?そんな事態、聞いたことがないぞ。だが、こういう事態になるといつもしゃしゃり出てくるあの人物が、雄叫びをあげる。
『おらおらぁ!』
機関室モニターに目を移す。レティシアが入ってきた。どうやら冷却作業に入るつもりらしい。
だがレティシアよ、今は慣性制御を切った状態、船内全域で無重力状態だ。しかも船体が回り始め、非常に不安定な状態にある。
『おい、機関長! 水を出せ!』
『しかしレティシアさん、こんな状況で……』
『こんな状況だからやるんだろう! 早くしろ!』
宙に浮いたまま、機関長に指示を出すレティシア。そのレティシア目掛けて、放水を開始する機関長。その水を受け取り、レティシアは手の内で巨大な玉へと変える。
そしてそれを抱えたまま、真っ赤に焼けた伝達回路へとジャンプする。
『うりゃぁ!』
おい、待て、レティシア。いくらなんでもあれに飛び込むとか、危険すぎないか?だが、こちらの思いなど機関室に届くはずもなく、巨大な水玉と真っ赤な伝達回路が接触する。
あれだけ焼けた金属のパイプと、水とが触れ合った。一瞬にして沸騰するその水玉から猛烈な蒸気が沸き起こる。その蒸気の力に押されて、レティシアが吹き飛ばされる。
モニターの向こうは、真っ白だ。何も見えない。僕は立ち上がる。
「艦長! 機関室へ向かう! 後をお願いします!」
僕はそう言い残し、艦橋を飛び出す。エレベーターが来るのも待ちきれず、僕はその脇にある非常階段に飛び込む。今は無重力状態だ、階段の手すりを蹴りながら、機関室のある階まで一気に降る。
『よし、伝達回路、融解を阻止! 機関から切り離せ!』
『了解!』
放送を聞く限りでは、どうやら冷却自体は上手くいったようだ。だが、レティシアはどうなった?悪い予感がする、僕は非常階段口を出て、機関室へと急ぐ。
『機関室より艦橋! 特殊戦用伝達回路切り離し! 通常運転に戻します!』
『よし、通常運転に戻す! 慣性制御、もどーせー!』
艦長のこの掛け声とともに、重力が復帰する。それまでふわっと浮かんでいた僕の身体は床に押し付けられる。少し前傾姿勢気味に前進していたため、その場に倒れ込む。
が、すぐに起き上がって、機関室の扉にたどり着く。僕は機関室を開け、中へと飛び込む。
『重力子スラスター全開! 船体回転、停止!』
機関を通常態勢に戻したことで、どうにか船体の制御ができるようになったらしい。航海長の船内放送が響く。だが僕は機関室の中を見て、唖然とする。
中はまるで、サウナのようだ。立ち込める蒸気、飛び散った水。そして僕は、レティシアの姿を見つける。
機関長に肩を抱えられたまま、核融合炉の根元にいる。あの中世風のワンピース服を着た魔女が、ぐったりと力なくそこに立ち尽くしている。
「レティシア!」
僕は叫ぶ。そして、サウナのように暑く、ずぶ濡れの床の上を構わず走る。僕の叫び声に、レティシアはひょいっと顔を上げた。
「お? なんだ、カズキか?」
てっきり、気絶でもしているのかと思ったが、思いの外、元気だった。何事もなかったかのように顔を上げ、僕の方を見て笑顔で応える。
「いやあ、大変だったぜ。あんなところを、しかも無重力のまま冷やすのは初めてだからよ……」
そんなレティシアに僕は、思い切り抱きつく。いきなり機関科の連中の前で抱きしめられて、慌てるレティシア。
「お、おい、カズキ! 何考えていやがる! 人前だぞ!」
だが僕は構わず、レティシアを抱きしめる。無事が確認できた安堵感から、人目も構わず抱きしめた。いや、理由はそれだけではない。
明らかに僕の、判断ミスだ。そういう思いが、僕の中にはあった。
いきなり4分の1を沈められた敵艦隊は、そのまま退却する。この宙域での戦いは、ひとまず終了した。だが、この艦が受けた傷は大きい。
まずはレティシアだ。水蒸気をもろに受けて、手足に軽い火傷を負う。大したことはないと医師は言うが、両手両足の所々に、シール状の貼り薬をベタベタと貼り付けられる。
「いやあ、これじゃあ飯が食えねえぜ! おい、カズキ、ちゃんと俺を介護してくれるんだろうな!?」
「あ、ああ、もちろんだ……」
強がるレティシアに、どうにも僕は明るく応えられない。そんな僕に、レティシアは言う。
「おいカズキ、そんなに落ち込むな。誰も死ななかったんだし、怪我人もほとんど居ねえんだから、むしろよかったじゃねえか」
「いや、そうは言うけどな……」
「それに、さっきのようなことがもし、この間みてえに敵に包囲された状態で起きていたら、そっちの方がヤバかったぜ」
「まあ、それはそうだが……」
レティシアは慰めるが、どうも僕の中では釈然としない。思えば未知の兵器、こんな異常事態が起こることは想定されていた。考えてみれば、あまりにも油断しすぎていた。
その後、各部から駆逐艦0001号艦の受けたダメージの続報が入る。船外に出た人型重機2機が撮影した我が艦の写真を眺めながら、そのまとめを聞く。
「砲撃時、右側面から漏れ出たエネルギー流により、船体右側面に大穴が開いております。が、幸い、艦内気密に問題なし。念のため、穴からもっとも近い第7ブロックは閉鎖しております」
「砲身部は、どうなっている?」
「はっ、ちょうどこの穴の内側の砲身部中央に、長さ20メートルもの亀裂発生。そこからエネルギー漏れが発生したと考えられます」
「そうか……」
「現状、分かることは以上です。一度、戦艦ノースカロライナへ向かい、調査及び修理が必要かと」
「だろうな……第1艦隊司令部に打電。これより第8艦隊は、戦艦ノースカロライナへ向かう、と」
「はっ!」
痛々しい傷跡を晒すこの艦の写真を眺めながら、よくまあこの程度の被害で済んだと思った。あの時、オオシマ艦長の出したエネルギー放出の判断が、被害をここまで小さくした。さすがはベテラン艦長だ。
「あーん!」
その直後の食堂で、僕はレティシアと昼食を摂る。が、レティシアのやつ、スプーンくらいなら使えそうなものなのに、僕にスープをすくわせて口に運ぶようせがんでくる。火傷は痛くないのか?よく笑顔でいられるものだ。
一方、横ではカテリーナが納豆ご飯を、頬を押さえながら食べている。それを、その向かいに座るナイン中尉がじっと眺めている。あのダメージさえなければ、実に微笑ましい光景なのだが、僕自身はそんな食堂内をあまり楽しめていない。
「あー、もう! また第7ブロックの要請ですか!」
そのさらに横では、グエン准尉がスマホを眺めながらぼやいている。あの一件以来、主計科は大忙しだ。
「なんだ、第7ブロックの要請っていうのは?」
「あそこに忘れ物があるから、取りに行っていいかという乗員がちょくちょくいるんですよ! まったく、何のために閉鎖していると思ってるんだか……」
ああそうか、あそこにはロッカー室があって、乗員の持ち物がおかれているところだからな。そりゃあ荷物を取りたいと思う乗員も多いだろう。
「で……何と答えているんだ?」
「そんなに欲しけりゃ、艦長許可を取ってください、って返信してるんですよ、毎回毎回!」
「ああ、そうなのね……」
忘れ物ぐらいのことで、いちいち艦長が許可を出すとは思えないな。グエン准尉も、艦長をダシに上手く処理している。たくましいものだ。
そして、あの戦闘終了から9時間後に、第8艦隊は第1艦隊と合流を果たす。
駆逐艦0001号艦は点検、修理のため、いつもの艦橋真横の第1ドックではなく、艦中央部にある第14ドックに入る。密閉型ドックであるこの第14ドックは、規格ギリギリのこの艦をすっぽりと収める。
そこで初期点検を行った技術士官が現れる。この特殊砲撃用砲身の設計に携わった人物だ。
「あー、これは撃ち過ぎですね」
砲身を見たそいつは、開口一発、僕にそう告げる。
「撃ち過ぎ……?」
「ええ、撃ち過ぎです」
「どういうことだ? 撃ち過ぎも何も、通常砲撃が約2千発、特殊砲撃がまだ6発だぞ。どこが撃ち過ぎだというのか?」
なお、これまでの実戦で使った特殊砲撃は4発、その前の試射で1発、で、今回の砲撃で6発目。これのどこが多いというんだ?
「閣下は、砲身の寿命が12万発であることは、ご存知でしょう」
「駆逐艦乗りの常識だからな。それくらいは知っている。」
「では、通常砲撃の3倍、3バルブ砲撃を行った場合には、砲身寿命はどうなると思いますか?」
「そりゃあもちろん、1回で3発分を使うことになるんだろう」
「いえ、違います」
「どう違うんだ?」
「3バルブ砲撃の場合、1発で27発分の寿命を消費することになるんです」
「はぁ!?」
驚くべきこと口にするこの技術士官。こいつはさらに続ける。
「寿命消費量は、マイナー則により一度に砲身を通過するエネルギー量の3乗に比例するんです。ですから3倍砲撃なら3の3乗、つまり27回分の回数を消費してしまうんですよ」
「なんだと……じゃあ特殊砲撃の場合は、どうなるんだ?」
「持続砲撃では、威力3倍、持続時間が10倍ですから、1発で30の3乗、つまり2万7千発分撃ったことと同じになりますね」
僕は愕然とする。あの砲撃は、たった1発で3万発近く撃ったのと同じだけ消耗していたのか。そんな事実、知らなかったぞ。
「おい、てことは、この艦は何発分撃ってたことになるんだ!?」
「特殊砲撃が5発で、通常砲撃が2千発とすると、2万7千発の5回分で……13万7千発撃ったことになりますね」
「はぁ!? 13万!? 設計寿命を超えてるじゃないか!」
「設計寿命というのは大抵、2割ほど余力を持たせてますから、実際には14万発ほど。つまり、5発まではギリギリで、6発目装填中に寿命を超えてしまった。そういうことになります」
なんてことだ。だがこの技術士官の話によれば、つまり今回の事故は、想定可能な事態だったということじゃないか。
「と、言うことは、今回の事態は、想定内だったと言うことになるぞ?」
「そうですね。仰る通り……」
「その事実を、どうして0001号艦の誰も知らないんだ!?」
「ええと、それは……」
「明らかに、伝達不足じゃないか! 砲身の運用マニュアルには、ちゃんと書かれていたことなのか!?」
「いえ、特殊な砲ゆえに、マニュアルの記載は……」
「こっちは死にかけたんだぞ! そんないい加減なことで、済ませるつもりか!」
そこで僕はこの後、この技術士官や技術部に散々抗議した。それが分かっていたなら、なぜそれを使う側に教えないのか、と。こっちは死人を出すところだったんだ。寿命超えてますね、などというあんな気楽な説明で、納得できるわけがない。
で、僕が総司令部内でこの件を騒ぎ続けたら、とうとう総司令官に呼び出しを喰らってしまった。そう、コールリッジ大将のお出ましである。
そして司令部室で今、僕は大将閣下の前に座っている。大将閣下はコーヒーをひと口飲むと、一言目でこう切り出す。
「地球001に行け」
てっきり、艦内で騒いだ件を責められるかと思っていたが、そうではなかった。
「トヨヤマの修理ドックでなければ、あれは修理できない。所要予定期間は一か月。それまで、地球001で待機せよ」
「あの、それでは地球1010星域の防衛に支障が……」
「第1艦隊がいる限りは大丈夫だ。あの星域というより、この白色矮星域こそが敵の狙いだからな。だから第8艦隊は一時帰投し、修理を終えてから前線復帰せよ。以上だ」
第8艦隊は事実上、第1艦隊の分艦隊だ。その総司令官の命令とあれば、従わざるを得ない。僕は応える。
「はっ! では第8艦隊は一時、地球001に帰投します!」
僕は立ち上がり、コールリッジ大将に敬礼する。大将閣下は応えて返礼する。
「まあ、つまりだ。故郷に帰ってしばらく羽根を伸ばせ。そういうことだ」
「はぁ……」
「かれこれもう、3か月ほど経っただろう、地球001を出発して」
「そうですね。もうそんなに経ちますか」
「第8艦隊と、あの賜物の持ち主のおかげで、最近は連盟軍も少し、おとなしくなったところだ。これがちょうど良い機会だと思え」
「はっ!」
コールリッジ大将との話も終わり、僕は立ち上がって退室しようとする。すると大将閣下が呼び止める。
「ああ、そうだ、ヤブミ准将!」
「はい、何でしょうか?」
「一つ言い忘れていたことがある。あの2人は連れて行くのか?」
「あの2人、ですか?」
「賜物を持つ、あの2人の戦乙女達だよ」
ああ、そうだった。そういえば今、カテリーナとダニエラはこの艦の街にいるんだ。
「はぁ、一度、地球1010に連れて帰りたいところですが、一刻も早く地球001に向いたいところですので、もし第1艦隊の艦艇にお願いできれば……」
「いや、そのままその2人を連れて行け」
「は? いや、しかし……」
「構わんよ。その2人だって地球001に行けると聞けば、喜ぶのではないか? それにせっかくの機会だ。地球001にある施設で、彼女らの持つ賜物というものを、可能な限り調べておきたい」
「は、はい。ですがまさか、あの2人をどこかに軟禁するのですか?」
「そんなことはしない。が、技術士官を1人、付けることになるがな。まあ、そういうことだ。0001号艦は明日にも応急処置が完了する。すぐに出発し、0001号艦は直接、トヨヤマに向かえ」
「はっ!」
コールリッジ大将からは、ダニエラとカテリーナごと地球001に向かうよう言い渡される。大将閣下の意志となれば、従わざるを得ない。だが、向かう先は4千年近い文明落差のある星だぞ。いいのか、本当に?
「ええーっ! 地球001へ行けるのでございますか!?」
それから僕は、レティシアとダニエラ、そしてカテリーナと合流する。そして明日、地球001へ出発する旨を知らせる。
「早急に修理したいので、急ぎ帰投する。そのため、地球1010に寄る余裕がない。だから、連れて行くほかないな」
「まあ、一度行ってみたい星でしたので、嬉しい限りでございますわ」
多分、あれだな、期待し過ぎというやつだ。この宇宙で一番進化した星、そういう評判が実態以上の何かをダニエラに抱かせている。遊園地に行く前のドキドキ感に似ている。
確かに、あの星の技術力は高い。だが、それだけだ。人間自体はさほど変わらない。あまりの違いのなさに、失望するんじゃないだろうか。
そして、翌日を迎える。
「ドック内減圧、完了しました。ハッチ開放!」
「よし、機関始動!」
「了解、機関、始動します!」
ウィーンという甲高い音が鳴り響く。この密閉型ドック内の明かりが消され、ハッチが完全に開いたことを知る。
「前後ロック解除! 抜錨! 駆逐艦0001号艦、発進する!」
「前後ロック、解除! 抜錨、0001号艦、発進します!」
機関音が高まり、キィーンという音に変わる。ガコンという鈍い音が艦内に響くと、船体はゆっくりと動き出す。
「両舷後進微速! 第14ドックを離れる!」
「了解、両舷後進びそーく!」
艦長と航海長のやり取りに合わせて、我が駆逐艦0001号艦は後退を始める。
船体は応急処置を施された。右側面の穴は塞がれ、見た目は普通の駆逐艦だ。が、砲撃は不可能。もはや、戦闘艦ですらない。
「戦艦ノースカロライナより、距離20キロ!」
「よし、前進に転じる。前進微速、僚艦との集結地点に向けて出発する」
艦長の号令と共に、我が艦は前進に転じる。そして、戦艦ノースカロライナから離れ、漆黒の宇宙空間へと進める。
途中、数隻の駆逐艦が合流する。僚艦らと共に、集結地点へと向かう。
まだ、我が艦隊には行き先を知らせてはいない。集結地点にて、僕の口から全艦に知らせることになっている。続々と、灰色の船が集まり、集結場所の宙域に到着した。
300隻が集結し、僕は放送用マイクを手に取る。
「達する。司令官のヤブミ准将だ。これより、我が艦隊の行き先を知らせる」
我が艦隊、総勢3万人の乗員の多くが、地球1010に向かうと思っているだろう。だが次の一言で、その予測を打ち砕く。
「行き先は、地球001!」
この艦内でも、次の行き先を知らない乗員がいるくらいだ。実際、艦橋内にいる20人ほどの乗員のうちの何人かが一瞬、表情が変わるのが分かる。だが僕は構わず、続ける。
「全艦、地球001に向け出発!」