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#24 奔走

 そういえばここ2週間ほど、ダニエラの所在が知れないことが増える。いや、軍務はきちんと果たしているので問題はないのだが、軍務を終えた後や休日など、どこにいるのか分からない。

 ここはダニエラが元々いた土地だから、別にどこへ行ってもおかしくはないのだが、それまで僕とレティシアと共に行動したがっていた彼女が、いきなり独立して行動し始めるのも、それはそれで心配になる。


 何か、おかしなことに手を出しているんじゃなかろうか? 元皇族だからといっても、以前から放浪癖のあるお嬢様だ。まさか今度は、民間船に乗り込んで別の星に行っているんじゃないだろうな。だが、休暇明けにはひょっこりと戻ってくる。何食わぬ顔で、主計科の仕事を淡々とこなす。


 もちろん僕はダニエラに尋ねるが、いつもはぐらかされてしまう。街を巡っているだけだと、こいつはいつも言うのだが、どうも何か、よからぬ目的で動いているように感じる。ただの杞憂であれば良いが、こういう予感だけはなぜかよく当たると、自分でも思う。

 いや、むしろそれ以上に心配なのは、今、僕の向かい側で美味しそうに味噌カツを頬張っている、この娘のほうか。


「おう、カテリーナ、相変わらず美味そうに食うな」


 レティシアはそんな彼女を見て満足げだが、僕はむしろ不安しか感じない。せっかくあのドーソン中尉を説得したというのに、なぜ、僕らについてくる? ナイン中尉との関係はどうするつもりだ?


 レティシアは焦ることはないと言い張るが、僕はそうは思えないなぁ。恋のライバルが身を引いて、そして2人は急接近。B級ドラマでもそれくらいの展開は当たり前だが、こっちは恋人ではなく、味噌カツとパフェに夢中だ。


 どうもカテリーナもナイン中尉も、もう少し押しが足りない気がするなぁ。このまま平行線の関係を続けるつもりなのか。だが、平行線はどこまで行っても交わらない。どこかで一方が大きく向きを変えないと、互いの距離は縮まらない。非ユークリッド空間ならともかく、通常空間を生きる我々ならば、その原理原則には逆らえない。

 などと思ったところで、カテリーナとナイン中尉のことに、艦隊司令官が介入するのもおかしな話だ。ここは見守るより他はない。


「毎度ありぃ!」


 会計を済ませて、とんかつ屋の店主の見送りで店を後にする、僕とレティシア、そしてカテリーナの3人。次はパフェのありつけるカフェへと向かうが、さすがに定食を食べたばかりで、今すぐカフェに行く気にはならない。そこでしばらくショッピングモール内をうろつき、それから4階奥のフードコートにあるカフェに突入する、というのがいつものパターンだ。


 と、いうことで、しばらくウロウロと3階を放浪する。ついでにカテリーナの日用品などを揃えるところだが、もう買うべきものは見当たらないため、本当に当て所なく歩き回るしかない。

 しかし、せっかくの休日だというのに、妻以外の女性を連れて歩き回るというのもどうなのかと思うこともある。ダニエラが離れて違和感を感じていたが、むしろカテリーナも離れる方が本来、正常な姿なんだ。そう思うながら僕は、ふと向こうに見える喫茶店に目を向ける。


 そこは、フードコートにあるカフェとはまるで違う雰囲気の店。いくつものコーヒーサイフォン抽出器が並べられて、がっしりとした木製の椅子が並ぶ、カフェというより、喫茶店と呼ぶ方が相応しい店だ。

 そしてその店の奥に、ダニエラの姿があった。


「おい、レティシア」

「なんだ?」

「あれ……ダニエラじゃないか?」


 レティシアも、僕の指差す先を見る。ついでにその横にいる、とんがり帽子を被った痛い娘も、その喫茶店内を覗く。

 ただ、カテリーナはどちらかというと、その店の店頭にあるメニュー表示に目が入っているようだ。ここにもいろいろなスイーツがあって、フードコートにはないものもそこにはある。が、僕とレティシアの関心は、奥にいるダニエラのすぐ横にいる人物に向いている。その人物に、僕もレティシアも見覚えがある。

 休日だというのに、軍服に身を包みダニエラの横に座る人物、そう、そいつは駆逐艦内でもダニエラの横に座っている。長距離レーダー担当の、タナベ中尉だ。


「ありゃあ、タナベじゃねえか。何やってるんだ、あの2人」


 レティシアも、相手が誰かは分かったようだ。が、シチュエーションが理解できていない。しかしこれはどう見たって、デートだろう。


 ダニエラは船務科ではなく、主計科だ。しかしその能力ゆえに、船務科のタナベ中尉と組んで、共同でこなす任務が多い。タナベ中尉がレーダーを使って通常の索敵を、そしてダニエラが鏡を使い、レーダーで捉えられない敵の艦艇の出現に備える。

 そんな間柄の2人だ、恋が芽生えてたっておかしくはない。そういえばダニエラのやつ、休日のことになるとはっきりとしたことを言わなかったが、なるほど、照れ隠しだったというわけか。


 だが、ちょっと変だな。それならどうしてタナベ中尉は向かい側ではなく、横に座っている? 普通、デートというのは、向かい合って座るものじゃないのか?

 そういえばダニエラの姿も、いつもと違う。休日には、彼女お気に入りのカクテルドレスを着て歩くことが多いのに、今はスーツ姿。ダニエラでも、ああいう格好をすることもあるんだ。


 よくよく見ると、その2人の前には背広姿の人物がいる。見たところ、4、50代くらいの民間人だ。ダニエラはその人物と話し、一方のタナベ中尉はその横で、コーヒーカップを持っている。

 あれを見る限り、とてもデートとは思えない。ダニエラめ、何をしているんだ?


 僕とレティシアがその様子を店外から見ていると、背広姿の人物が立ち上がる。そして、ダニエラとタナベ中尉も立ち、ダニエラはその男に深々と頭を下げる。その男性は軽く帽子を持ち上げて、そのまま店の外に出る。

 男性を見送ったダニエラとタナベ中尉も、そのまま男性の後を追うように外に出てきた。それを見た僕とレティシアは、カテリーナを引っ張って思わず店から離れる。会計を済ませ、タナベ中尉と並んで店の外に出ると、2人は並んで、ショッピングモールの通路を歩き出す。


 で、結局、あいつらは何をしていたんだ? 気になるな。レティシアの方をチラッと見ると、僕を見るなりグッと親指を立てて応える。そうだよな、やっぱりレティシアも気になるよな。そこで僕とレティシアは、ダニエラ達の後を追うことにする。


 が、突然、後ろから僕とレティシアは、グッと腕を引っ張られる。振り向くと、とんがり帽子にマント姿の痛い娘が、僕らの腕を引っ張っている。そしてカテリーナは、口を開く。


「ここのパフェ、食べたい!」


 振り向くと、もうダニエラの姿は見えない。見失ってしまった。ああ、なんてところでこいつは食欲を優先するんだ……結局、カテリーナの要望通り、その喫茶店に入ることになる。いつもとは違う雰囲気の店、いつもとは違う風味のパフェを堪能するカテリーナを、僕とレティシアは、その店のこだわりのサイフォン抽出されたコーヒーを飲みながら眺めて過ごす。


で、翌日。


「おはようございます」


 僕のいる艦隊司令部室……といっても、地球(アース)042司令部の佐官向けの部屋の一角を間借りしただけの場所だが、そこにダニエラが現れた。


「なんだ、珍しいな。何か、僕に用事でも?」

「いえ、御用があるのは、ヤブミ様の方でしょう」

「何のことだ? 別に用など……」

「昨日、(わたくし)の姿をご覧になって、それで気にされているのではないかと思いまして」


 ……なんだ、僕らがあの場にいたことを知っていたのか。別に隠すようなことではないが、ダニエラの相変わらずのこの隙のなさに、僕は少し寒気を感じる。


「でも、さすがはカテリーナさんですわね。(わたくし)の気を察して、ヤブミ様とレティシアさんを引き止めてくださるなんて、やはり彼女の賜物(レガーロ)は本物ですわ」


 カテリーナのやつ、あの行動はダニエラから何かを察していたからなのか。パフェが目当て、というのもあっただろうが。


「……では聞くが、昨日は何をしていたんだ? タナベ中尉と一緒だったようだが」

「タナベ様は、ただの付き添いです」

「付き添い?」

「ええ、そうです」

「どうして街を歩くのに、付き添いがいるんだ?」

(わたくし)はまだ19歳。この街では、未成年者ということになっております。ですから、成人のタナベ様に付き添ってもらったのでございます」


 つまり、未成年者だと困ることをやっていたと白状しているようなものだ。やはり何かしていたな。僕は尋ねる。


「で、結局、何をしていたんだ?タナベ中尉に付き添いを頼まなきゃならないような、そんなことをあの店でやっていた。それは一体、何だ?」

「一言で言いますと、ビジネス、ですわ」

「はぁ!? ビジネス!?」


 ダニエラから思わぬ言葉が飛び出す。こいつ、なんて言葉を覚えたんだ。いや、問題はそこじゃない。

ビジネスと一言で言ってもいろいろある。真っ当なものから、いかがわしいものまで、様々だ。


「もしかして、人に言えないようなビジネスに手を出していた、というのではあるまいな?」

「まさか。だとすればわざわざ、(わたくし)からここにやってきたりはしませんわ。それに、タナベ様はあの時、軍服を着ていらした。そのような姿の人物を前にいかがわしい商談など、するはずもありませんわよ」


 なんだか、僕の考えを見透かしたような返答だな。だが、こいつは「神の目」を持っている。それくらいはお見通し、ということか。


「ところで、話は変わりますが、ネレーロ様のことはご存知です?」

「ネレーロ皇子が、どうかしたのか?」

「やはり、ご存知ではありませんか……仕方ありませんわね。ここ地球(アース)042司令部でも、箝口(かんこうれい)が出されていましたから」


 なぜか突然、ネレーロ皇子の話に移る。しかも箝口令などという物騒な単語まで飛び出す。


「おい、箝口令が出されるほどの何かが起きていたということか?」

「ええ、そうですわ。ですから昨日、あの場ではお話し出来なかったのです。それでこうして、まかり越した次第ですの」


 幸いなことに、この部屋には僕とダニエラ、そしてジラティワット大尉の3人しかいない。地球(アース)042の佐官は皆、席を外している。いや、敢えてこのタイミングを狙ってダニエラは現れた。そういうことだろう。


「実は、ネレーロ様は今、この司令部建屋の一室においでなのです」

「えっ、なんだって? この建物に、ネレーロ皇子がいるのか」

「そうですわ。もうかれこれ、2週間ほどになりますわね」

「……いや待て。どうして皇族ともあろうお方が、軍司令部の建物内で、2週間も暮らしているんだ?」

「お命を狙われたからです」

「なに!? 命を狙われた!? 誰に!」

「おそらくは、マルツィオ様に」


 僕はその名に聞き覚えがある。マルツィオ第一皇子。つまり、いずれ皇位を継承されるお方。そんなお方が、自身の身内であるネレーロ皇子の命を狙った?どういうことだ。


「ネレーロ様のお屋敷に、数名の賊が忍び込み、まさにネレーロ様を暗殺しようとしたのです。ですがお屋敷には防犯システムがあって、ネレーロ様の部屋にはオートロックというものがかかっており、しかもその部屋の窓には賊如きには破られない丈夫なガラスが使われていた。すぐに賊は取り押さえられて、ネレーロ様はこの司令部に身を寄せた」

「だが、それがどうしてマルツィオ皇子の仕業だと分かるんだ? ただの金品狙いの連中だという可能性も……」

「軍司令部による取り調べの結果、その賊からマルツィオ様の名が出たのでございます」


 ああ、そうか。軍司令部の取り調べなら、おそらくは間違いないだろう。自供だけでなく、脳波チェックまでして調べ上げているはずだし、皇族の行動記録などからも賊との関係も割り出しているだろうからな。こういってはなんだが、古代人には想像もつかない手段が、我々にはある。


「ですが、まさかマルツィオ様が犯人だとは言えず、かといってネレーロ様をお屋敷に戻せば、再びお命を狙われ、皇帝陛下の周囲を騒がせることになりかねません。ですからネレーロ様は、ここ軍司令部を動けないのでございます」

「そんなことがあったとはな……だが、なぜネレーロ皇子が狙われる羽目になるんだ?第三皇子が第一皇子に狙われるなど、聞いたことがないぞ」

「動機ならございますわ」

「そうなのか?」

「ええ、ネレーロ様はヤブミ様もご存知の通り、先進的なお方。星の海の向こうから、様々な技や文化を取り入れて、このペリアテーノ帝国の皇室を時代に合わせて刷新なさろうとしていたのです」

「まあ、確かにあの方は好奇心旺盛だからな。こういう世の中だし、あの皇子にはぴったりな役割と言える」

「ですが、それがネレーロ様の命取りとなったのですわ」

「……どうして?」

「考えてもみてください。星の海から新たな技と文化を持ち込む者と、あまり積極的ではない者、数多(あまた)いる貴族(パトリキ)から見て、このどちらが皇位継承者に相応しい方だと思われますか?」


 あ……そういうことか。確かにその第一皇子にとって、ネレーロ皇子は疎ましい存在だろう。誰がどう見ても、ネレーロ皇子の方が、次の皇帝に相応しいと感じるだろう。

 この国の皇位は、最終的には元老院と呼ばれる、貴族らが議員を務める議会のようなところで審議されて決められる。大抵の場合は、予め定められた皇位継承者が任命されるのが通例だが、ネレーロ皇子の勢いを見て、ネレーロ皇子を皇帝に推挙する者が現れないとも限らない。それをマルツィオ第一皇子は恐れたのだ。


「元よりネレーロ様には、皇位継承にはご興味ありませんわ。あのお方は自由奔放で、好奇心の赴くままに過ごすことが生きがいであって、皇帝になろうなどとは考えてもいないはず。ですがその想いは、マルツィオ様には伝わっておりませんわ」


 マルツィオ皇子とネレーロ皇子は兄弟だ。ただし、母親が違う。ダニエラもこの2人の皇子の妹ということになるが、ダニエラの母親はさらに複雑で、たまたま皇帝が手をかけた侍女から生まれた娘なのだと言っていた。

 そんな出自だから当然、皇族の中では疎まれた存在ではあったが、ネレーロ皇子だけはそんなダニエラと親しく接してくれたという。だからこの兄の危機に、ダニエラは心痛めていたはずだ。


「……ところで、それが今回の一件と何の関係があるというんだ? 確かにネレーロ皇子の窮状は理解したが、それとダニエラの言う『ビジネス』というのが結びつかないのだが」

「ええ、そうですわね。(わたくし)、実はネレーロ様と共同事業して下さる方を探しておりましたの」

「は? 共同事業?」

「はい」


 いきなり事業ときた。ダニエラの話は、突拍子もない方向に向くものだ。


「ネレーロ様はああ見えても、貴族だけでなく豪商人のお知り合いも多いのでございます。ですから、その人の脈を通じて商売をされたい方を探し出し、ネレーロ様を経営者にするつもりでしたの」

「は、はぁ……そうだったのか」

「で、昨日は(わたくし)の提案を受けてくださった方との、最後の打ち合わせでしたわ。これでようやく、ネレーロ様はここ司令部を出られます」

「いや……ならばネレーロ皇子は、どこへ行くのか?」

「この街に住むのですわ」

「えっ? この街に? そうなの?」

地球(アース)042籍の会社経営者ですから、当然、ここに住む権利を得られますわ。いくらマルツィオ様でも、地球(アース)042の街に住む会社経営者を襲うことは不可能。一方で、ネレーロ様も事業と称して好き放題、この星を近代化できますし、いいことづくめですわね」


 何かしでかしているとは思ったが、予想以上に大きなことだった。そりゃあ確かに、未成年者ではダメだな。


 で、その日の夕方に、ネレーロ皇子は司令部を出ることになった。事情を知った僕も、ネレーロ皇子を見送ることとなったのだが、ネレーロ皇子は背広姿に、スッキリとした髪型。もはや古代人の面影はない。かつて、駆逐艦0001号艦に乗り込んだ時の、あのテーブルクロス姿からは想像もつかないほどの変わりようだ。


 こうして、ネレーロ皇子は新たな人生を歩むことになった。いや、めでたしめでたし……とは、ならなかった。

 その後、この一件で人生を変えられてしまった人物が、僕の家を訪れる。

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[良い点] 権力争いは恐いですね。兄弟なのに、いや兄弟だからこそ疑われるのですね。権力は最高の麻薬とはよく言ったものだ((( ;゜Д゜))) [気になる点] 商売始めるって、さては皇子様、ナゴヤ名物の…
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