#23 衝突
今、砲撃訓練のため、我が駆逐艦0001号艦は地球1010を出発し、同星系第6惑星軌道のすぐ外にある小惑星帯に向かっている。
今回の航海は、この艦に載せられたある新しい装備のテストも兼ねている。それはすなわち、この艦最大の欠点である機関の熱暴走を抑えるためのものだ。左右の機関にそれぞれ、小型の配管のようなものが追加される。これにより、この新型機関の熱暴走がかなり解消されると、第1艦隊から派遣された技術者が自慢げに語っていた。
実際、今回の重力圏脱出時に、この艦としては初めてレティシアの手を借りることがなかった。これは、大いなる快挙だ。もっとも、レティシアは出番がなくて不満顔だったが。
そんな順風満帆なこの艦内の、乗員らの憩いの場である食堂で、ちょっとした騒動が起きようとしていた。きっかけは、あのドーソン中尉だ。
食堂では、20人ほどが詰めている。その中に、カテリーナもいる。彼女が食堂にいるこのタイミングで、たまたま食事に訪れたドーソン中尉がカテリーナを見つけたところだった。
「カテリーナ殿!」
ちょうど僕は食事を終えて、食器を片付け手いるところだった。返却口でロボットアームに食器を渡し終えて立ち去ろうとしたときに、大声でカテリーナの名を呼ぶ声が聞こえて立ち止まる。
「先日は失礼した! 改めて、貴官と話がしたい!」
「……話し……?」
「私と付き合って欲しいという、そのことについてだ!」
食堂内の20人が、一斉に響めき始める。誰が聞いてもこれは、事実上の公開告白である。さすがのカテリーナも、動揺を隠せない。顔の表情が、いつになく険しい。
まずいことに、デネット中尉とダニエラは今、この場にはいない。仲介役不在のまま始まった、不器用者同士の駆け引き。ドーソン中尉という男は、オブラートも忖度もない、感情をストレートにぶつけるタイプの男だ。一方のカテリーナは、まだ自在とはいえない統一語の言葉の壁にも阻まれて、自身の感情を上手く表現できない。
混ぜるな危険な両者が、よりによって直接、ぶつかり合う羽目になってしまった。
が、そこに別の人物が立ちはだかる。
「貴官は、陸戦隊出身のドーソン中尉か?」
カテリーナの正面に座る人物が、ガタッと立ち上がる。筋肉質なドーソン中尉とは対照的に、すらっとした頼り無げな細身の士官。
「貴官は?」
「砲撃科所属、操舵手のナイン中尉だ」
そう言って立ち上がったのは、砲撃科でカテリーナとコンビを組むナイン中尉だ。あの強面男に物怖じすることなく、カテリーナの前に立つ。
「ドーソン中尉、貴官はこの場をなんだと考えているのか! ここは、乗員が食事、休息をとる場所。そんな場所でいきなりカテリーナ兵曹長に向かって、貴官の感情を剥き出しにするなど、カテリーナ兵曹長にも、周囲の乗員にも甚だ迷惑な行為ではないか!?」
いきなり正論を叩きつけるナイン中尉。だが、あの熱血漢も黙ってはいない。
「私の今の言葉の、どこが迷惑なものだというのか? 別に私は、誰かの名誉を傷つけたりなどしてはいない!」
「カテリーナ兵曹長の気持ちを考えず、一方的に発言しているではないか! それが迷惑だと言っている!」
「貴官は今しがた、この場の乗員に迷惑だと言ったではないか! 兵曹長のみとは言っておらんぞ! おかしいじゃないか!」
なんだか論点がずれ始めたぞ。それに周囲の乗員も、突然始まったこのギスギスした会話に、明らかに迷惑している。ナイン中尉の言う通り、周りは迷惑そうだが、このドーソンという男はそれに気づいてはいない。
やれやれ、この場は僕が収めるしかなさそうだ。プライベートな喧嘩に司令官が介入というのはあまり良いことではないが、仕方あるまい。そう思った僕は、2人の間へ行こうとする。
が、そこでカテリーナが口を開く。
「ナッフラット!!」
カテリーナにしては、珍しく大きな声だ。普段はボソボソと辿々しく話す印象の彼女が、耐えきれなくなって母語で叫んだ。意味は分からないが、不快感を露わにしていることは明らかだ。両者は、そして食堂内は、静まり返る。
「あ……いや、すまない。出直そう」
この一撃と、カテリーナの不快な顔が、ドーソン中尉を退散させる。彼は手の持っていたトレイの上の食事を詰め込むように掻き込むと、そそくさと去って行った。
で、後には20人の乗員と、ナイン中尉とカテリーナである。
そのカテリーナは、バツが悪そうに対面に座るナイン中尉の顔を、ジーッと見つめる。さっきまでのあの不愉快そうな表情は一変して、今は不安顔である。
正面から、今にも泣きそうな表情で見つめられて、戸惑いを隠しきれないのがナイン中尉だ。だが僕は、カテリーナの気持ちがなんとなく分かる。彼女はつまり、さっきの一件でナイン中尉に嫌われてしまったのだと思ったのではあるまいか?
それを察したのか、それともたまたまなのか、ナイン中尉は少し微笑んで見せる。それを見たカテリーナも、顔の表情がほころぶ。そして、食事の続きをする。
さすがは砲撃科のコンビだ。言葉もなく、意思疎通を図る。だがこの2人、どうも互いに踏み込めていない気がする。カテリーナだけではない、ナイン中尉にもそれを感じる。
これを見て思った。あの2人、やっぱりベストカップルだと思うんだがなぁ。だがカテリーナにはまだ、戦闘奴隷だったという過去が、自身の気持ちを打ち明ける勇気を押し殺しているように思う。そして、その雰囲気を察して、ナイン中尉の方も遠慮しているように感じられる。
しかし、予想以上だったな。ドーソン中尉め、ここまで大胆な行動に出るとは思わなかったぞ。放置しておいていい状況ではない。これはなんらかの手を打つほかあるまい。
ということで僕は、ダニエラとデネット中尉を会議室に呼び、作戦会議を開く。
「……なるほど、そんなことがあったのですね」
「まさか食堂でそのようなことが起こっていたなんて、私は知りませんでしたわ」
まず僕は2人に、食堂のこの一件を話す。
「ですがこれで、ナイン様もカテリーナさんに気があることが分かりましたわね!」
「いや、そうとは限らないだろう。単に同僚を庇ったと言うだけかもしれんし」
「いえ、あのような怖そうな男に、物怖じせず立ち向かうなど、真の愛こそがなせる所業にございます! となれば、さっさとカテリーナさんをナイン様の部屋に送り込んで……」
ちょっと待て、いくらなんでもそれは性急過ぎるだろう。ドーソン中尉ほどではないが、あの2人もあまり器用とは言い難い。そんな2人を無理矢理引っ付けるなど、かえって逆効果な気もする。
が、その話を聞いたデネット中尉がこう言い出す。
「あの……もしやカテリーナ殿には、好きな人がいるのですか?」
ああそうか、デネット中尉は知るはずもないか。僕でさえ、認識したのはごく最近だ。ましてや転属したばかりの陸戦隊員が、カテリーナの事情など知るはずもない。
「あら、ご存知ありませんでした?」
「ええ、知りません。が、今の会話から察するに、そのナイン中尉というのが、カテリーナ殿の意中の人、ということなのですか?」
「その通りですわ、デネット様」
それを聞いたデネット中尉は頭を抱えてしまう。
「ああ、なんてことだ……ということはドーソンのやつ、最初から勝ち目なんてなかったってことじゃ……」
それを聞いたダニエラが尋ねる。
「あの、なんのことですの?」
「いえ、ドーソンのやつ、カテリーナ殿は独り身だから、必ず振り向かせて見せると息巻いていたんです。それで私もドーソンのこの恋を応援しようと思って、それでいろいろと告白のセリフなどを考えてやってたんです」
なんだ、やっぱりこいつがドーソン中尉の恋のブレーンだったのか。といっても、デネット中尉自身も恋人がいるというわけではないから、その入れ知恵がどこまで役に立っていたのやら。
「残念でしたわね。ああ見えてもカテリーナさん、かなりナイン様に惚れ込んでおりますわよ。この私が、保証いたします」
「そうですか……」
そういうとデネット中尉は、紙コップに入った紅茶をグッと飲み干す。空になった紙コップを机の上に置くと、中尉は語り出す。
「あのドーソンという男、一見すると粗野で、無神経なやつに見えて、実際、そういうやつなんですけど、あれはあれで純粋なところがあってですね……」
「はぁ……」
いきなり、デネット中尉がドーソン中尉のことを話し始める。
「4年前に、私とドーソンは第1艦隊の第2陸戦隊の隊員として配属されました。同期だったわけですが、やつはあの通りの性格だから、私はどうにも話が合わない。同じ隊に属しながら、ほとんど口を聞くことはなかった。ですが隊に配属された直後に、我々は地球997へ派遣されたんです」
「地球997……もしかして、そこは……」
「ええ、閣下もご存知でしょう。その星は、一部地域でゴーレムが発生するという奇妙な星で、第1艦隊の第2陸戦隊10人が、人型重機共々、派遣されたんです」
その星の噂を僕も聞いたことがある。なんでも、ある山の麓周辺では突然、地面からゴーレムが湧き出すという。ただの岩肌が、突然意思を持った怪物に変化する。しかし一方でその山麓は鉱物資源の宝庫であり、調査が進められていた。地球001からも陸戦隊が応援に向かったという。
だが、神出鬼没な化け物が現れる場所、犠牲も少なくなかったという。結局、調査の中断が決定されるまでに7体の人型重機が破壊され、一人の隊員が殉職したという。
「……ちょうど私は、そのゴーレム戦の最後の時期に派遣された隊員でした。すでに一人が殉職し、地球997に駐留する地球335の軍司令部でも、この地域の調査を諦めるべきだと言い始めていた頃でした。そんなところに、私とドーソンは送り込まれたんですよ」
「たしか、地球001の陸戦隊も相当な被害を受けて、それがきっかけで調査放棄が決定したと聞いたが?」
「その通りです。その相当な被害というのを、まさに受けた張本人なのですよ、私とドーソン中尉の2人は」
話には聞いていたが、その作戦に参加した者と直に話すことになろうとは思わなかったな。
「あの、ごーれむってなんでございますか?」
と、突然始まったこの会話についていけないダニエラが、僕に尋ねる。
「いや、僕も見たことはないが、聞いた話によれば、岩が突然、形を変えて、人型の化け物に変化する。そしてその岩の化物は、その圧倒的な力で人に襲いかかる。そういうものだと聞いている」
「えっ! 岩が人を襲うんですか!? 何という化け物なのです、それは!」
驚くのも無理はないな。だがこのくらいのこと、宇宙ではよくあることだ。デネット中尉は続ける。
「実際にそれを目の前で見ると、それは恐ろしいものですよ。なにせ、何もない岩場が突然、体長が7、8メートルほどの化け物に変わるんですよ。人型重機をも上回る大きさの人の形の怪物が、容赦無く襲いかかってくる。配属されたばかりで目の当たりにしたその化け物を見たときには、さすがに肝を冷やしました」
「で、でも、そんな化物相手に、どうされたんですか!?」
「人型重機には、共振削岩機と呼ばれる機械が搭載されています。それを使い、ゴーレムを崩すんですよ。やつらにはビームが効かなくて、たとえビームで溶解しても、すぐにその場から復活してしまう。ところが削岩機で粉砕すると復活できなくなる。だから削岩機を搭載した人型重機が、対ゴーレム兵器として大量投入されたんです」
そのゴーレムは、その山麓周辺以外には現れず、その場所にさえ接近しなければ、なんの害も及ぼさないという。だから現地住人もその場所を「聖域」として近づかなかった。そんな場所に手を出してしまったために、痛い目にあった。そういう話のようだ。
「で、それが貴官とドーソン中尉との間に、なんの関係があるんだ?」
「ああ、そうでした。資源探査の支援のために、私の小隊がその場に降り立ったんです。で、ゴーレムが現れ、それを次々に粉砕した。ところが、私の機体の周囲からいきなり、3体のゴーレムが出現したんです」
「さ、3体? さすがに、3体を相手になんか……」
「ええ、そうです。1体はなんとか粉砕しましたが、残りの2体に掴み掛かられて、内1体が殴りかかり、キャノピーを叩き割られたんです。なんとかバリアシステムを起動しようとしたんですが、そこに後ろのもう1体が殴りかかってきて……よりによって核融合炉を叩かれてしまい、私の重機が停止してしまったんです」
壮絶な話になってきたな。しかし、機能不全に陥った重機に乗り、しかも2体に囲まれていながら、どうしてデネット中尉は今、ここにいることができるんだ?
「ああ、とうとう2人目の殉職者になるのかと覚悟したその時、突然、目の前のゴーレムが粉砕されたんです。で、現れたのは別の重機。そいつは、ドーソン中尉の重機だったんです」
「そうか、ドーソン中尉に助けられた、と」
「はい。ですがまだ後ろにももう1体いる、それを雄叫びをあげながら果敢に戦いを挑み、それも粉砕することができたんです」
まるでロボットアニメのような光景が思い浮かぶ。さながら悪の権化と、熱血漢な主人公の乗るロボットとが戦うような光景だったことだろう。
「で、ドーソンのやつ、倒れた僕の重機に向かって大丈夫かと叫んでくるんです。僕の機体は既に機能不全でしたから、応えようがない。それで僕は割れたキャノピーから身を乗り出し、手を振ったんです。するとそいつ、いきなり自分のキャノピーを開けて、こっちに来いというんですよ」
「そうか、それで助かって……」
「いやあ、そんなに甘くはなかったですよ、あそこは。背後には別のゴーレムが出現し、まさにドーソン機に襲い掛かろうとしていた。私は叫んだんです。背後にいるぞ、と」
で、ドーソン中尉、いや、当時は少尉だったが、そのドーソン少尉はキャノピーが開いたままそのゴーレムと戦い、勝利したという。
「無茶苦茶なやつでしたよ。でも、こいつがいなきゃ、私は今頃、2人目の殉職者となっていたことは確実です。だからそれ以来、私はドーソンの親友となったんですよ」
まあ、確かにあの男らしいといえばその通りだな。感情に馬鹿正直なドーソン中尉と、冷静なデネット中尉がどうして共に行動していられるのか、その背景を知ることとなった。
「……ということで、ドーソン中尉という男は、決して悪い奴ではないんです。だから、あまり嫌わないでやって下さい。私が言いたかったことは、それだけです」
「ああ、分かった。だが、それはともかくとして、カテリーナ兵曹長の件だが……」
「仕方ありませんね。私がドーソンに話してみますよ。それで納得するかどうかは分かりませんが、やつだって事情を知ればもしかしたら……この件は一旦、任せてはもらえませんか?」
「分かった、貴官に任せよう」
と、いうことで、この件は一旦、デネット中尉に委ねられた。
「なんでぇ、そんな面白いことになってたのかよ」
それから3時間後、食堂で夕食を食べるレティシアが、僕にこう言う。機関が快調すぎるおかげで、レティシアのやつ、いつおかしくなるかが分からないと言い出して、ずっと機関室にこもっていた。で、さっき、ようやく機関室から出てきて食事をとっているところだ。
「別に、面白い訳ではないけどな」
「そうかよ。俺だったらそんなやつ、ガツンと言ってねじ伏せてやるところだけどなぁ。あーあ、そのドーソンってやつ、もう一度現れてくれねえかなぁ」
怪力魔女だからか、筋肉馬鹿な熱血漢には妙に対抗心を燃やす。そしてその騒動の発端であるカテリーナの方をじっと見つめるレティシア。
だが、艦隊司令として、いや、この艦の乗員として、あまり妙なことは起こさないで欲しいなぁと思う。狭い艦内で、あまりギスギスした雰囲気は正直、困る。
だが、僕の願いなど叶うはずもないというのか、いや、僕がそう願ったことがフラグだったのか、この食堂に再び、あの男が現れる。ドーソン中尉だ。
そして、その後ろを追いかけるように、デネット中尉も現れる。かなり慌てた様子で、ドーソン中尉を追いかけてきたようだ。だが、ドーソン中尉はズカズカとカテリーナのいるところに向かう。
で、ドーソン中尉、いきなり机をバンと叩きつけるように両手を乗せる。が、向いている先はカテリーナではなく、その向かい側に座るナイン中尉だ。この突然現れた熱血漢に驚きつつも、ナイン中尉は尋ねる。
「……あの、なにか?」
しかし、ドーソン中尉の様子がおかしい。こいつ、涙目だ。そしていきなりナイン中尉の右手を掴む。そして、ナイン中尉に向かって叫びだす。
「ナイン中尉殿!」
まさに、一触即発。デネット中尉が駆け寄り、ドーソン中尉の背中を叩く。だが、こいつはナイン中尉の手を離さない。
しかし、次の一言が、この食堂内にいる20人の乗員らを驚愕させる。
「私は、お前を応援する!」
何が始まったのか。僕も含めて、全く理解できない。レティシアも、突然始まったこの2人のやりとりに、唖然としてみているしかない。
「あ、あの……それはどういう……」
「幸せになるんだ! いいな!」
あまりに感情にストレート過ぎて何を言っているのか分からないが、おそらくはデネット中尉の説得が功を奏し、カテリーナをナイン中尉に託すつもりになったのだろう。で、ナイン中尉を応援すると、そう言ったのだと思う。僕はそう、察した。
だが、ここまでの行間を読めるやつは、この食堂内には僕とデネット中尉しかいない。その他の乗員らは当然、別の解釈を試みる。
カテリーナに振られたドーソン中尉が、何を思ったか、今度はナイン中尉に告白した。
この誤った噂が艦内に流れ始め、それを打ち消すべく、この訓練航海中にデネット中尉は奔走することとなる。