#227 新幕
あの「クロノス」との戦いから、4か月ほどが経った。
今日はナゴヤの日付で、西暦2491年9月29日。残暑も終わり、秋の気配を感じる……頃だろうな、ナゴヤは。
残念ながら、ここはナゴヤではない。宇宙空間だ。だから、季節などという風情あるものなど、存在しない。
ところで、今、僕がいるのは、もちろん0001号艦ではない。戦艦キヨスでもない。
この4か月の間に就役した、この第8艦隊の新たな旗艦に、僕は乗艦している。
この新たな旗艦は、全長3200メートル、収容艦艇数20隻、主砲15門。そして、今どきの戦艦には珍しく、先端に直径100メートル級の大型砲を2門、搭載する。
もちろん、この砲は持続砲撃が可能な砲身、すなわち「特殊砲」だ。
その戦艦の艦橋に今、僕はいる。
「おう、カズキ! 街に行って、ひつまぶし食おうぜ!」
まだ軍務時間中だというのに、能天気に艦橋にまでやってきて誘いをかけてくるのは、レティシアだ。
「なんだ、またひつまぶしか。相変わらず好きだなぁ」
「おめえだって、好きだからこの艦内の街に、あのひつまぶしの店を入れたんだろう。よく言うぜ」
確かにその通りだ。が、あの店の売り上げのほとんどが、僕とレティシアとリーナで稼いでいるんじゃないのか? そう思いたくなるほど、頻繁に出入りしている。
おかげであの店、「リーナ定食」なるものを作っちまったぞ。その名の通り、リーナ専用のひつまぶしで、お櫃の大きさと数が尋常ではない。無論、カテリーナもよくそれをチョイスする。
「まったく、レティシアちゃん、まだ軍務時間中なんだから、この変態提督を誘うのは、終わってからにしてちょうだい」
苦言を呈するのは、グエン中尉だ。この新旗艦の主計科にて、主計長として活躍中だ。ちょうど今、この艦橋内のフィルター点検をしているところだ。
「ヤブミ提督、明日の出港に関しての計画書です」
で、その一方で、僕への態度が全然違うのが、このグエン中尉の夫である、ジラティワット大佐だ。
「ああ、見せなくてもいい。その辺りは、大佐に任せた」
「はぁ、よろしいのですか?」
「いいよ。信用している」
ジラティワット大佐が、今までドジをやらかしたことはない。ましてや、ただの運行計画など、見るまでもないだろう。僕は大きな司令官席に座り、その書類を返す。
「にしてもレティシアよ、お前、珍しいな。わざわざ艦橋に来るなんてこと、今までほとんどなかったのに。機関室は、いかなくていいのか?」
「あ、ああ、そうだな……ちょっと、大事な話をしておきたくてよ」
「大事な話?」
「まああれだ、ひつまぶしでも食いながら話すことにするぜ。それじゃあ、ちょっと外で待ってるぜ」
なんだか、意味深なことを言い出したな。レティシアは何か、僕に話があるらしい。
ところで、この艦橋には、オオシマ艦長はいない。
あの戦いの後、オオシマ艦長は艦を降り、地上で後輩指導を行うこととなった。事実上の、退役である。
この2年ほどの艦長任務では、相当苦労していた。そろそろ、実家のあるハチオウジで静かに暮らしたい。そう願っての、退任である。
あのベテラン艦長には、本当に助けられた。あの方がいなかったら僕は、間違いなく僕は、この世にいなかったのではないか?
ところが、そのベテラン艦長が抜けることで、一つ大きな問題が浮上する。旗艦の艦長を、誰が務めるか、ということだ。
そこで、ジラティワット少佐をこの4か月のうちに無理矢理、大佐まで昇進させて、旗艦の艦長に据えた。オオシマ艦長の代わりが務まる人物は、この男をおいて他にはいない。
ところでこの新しい旗艦は、3200メートルという、戦艦にしては随分と小ぶりなサイズだ。
理由は、単純だ。機動性を重視するために、全体的に小型化を進めた結果だ。
で、その小型化のために、通常ならば6基の重力子エンジンと核融合炉を載せるところを、1基にしている。残りの5基を、なんと魔石エンジンに置き換えた。
魔石エンジンにすれば、その分、核融合炉と燃料タンクが不要となる。その分、小型化が可能になるというわけだ。その通りだけど、無茶な戦艦だな。
だから僕は、この戦艦の名前を「オオス」とした。
あの街の名前こそが、この戦艦には相応しい。小さいながらも、パワフルな船。それがオオスと重なる。なんとなく僕は、そう感じた。
「ふぎゃあ! 来たよぅ!」「ふぎゃーっ! 来てやったよぅ!」
そんな戦艦オオスの艦橋に、図々しくもやってきたのは、あの2匹……いや、2人の獣人、ボランレとンジンガが現れる。
この2人の飼い主は、相変わらず変わらない。ついでに言うと、最近、ンジンガにもしっぽが生えた。ということはだ、いつの間にかンジンガも、大人になったということらしい。
「来ましたわね、バカ犬とアホ犬めが!」
「ふぎゃーっ! 誰がアホ犬だよぅ!」
天敵であるヴァルモーテン少佐が、それを出迎える。なお、ジラティワット大佐が艦長となったため、我が艦隊の幕僚長はヴァルモーテン少佐が務める。
「相変わらず、仲がいいですわね。いっそ幕僚長などやめて、飼育係でもなさったらいかがですか? ソーセージ少佐殿」
「おやおや、ゴルゴンゾーラ・ピザ少佐殿は相変わらず、毒の舌が健在なようですねぇ。さすがは口から生まれたイタリアーノなだけのことはあります」
「何をおっしゃいますか。口から生まれるのは、ブラックジョーク好きのブリカスと昔から決まっておりますわ」
「まったくですよ! ブラックジョークという名の親父ギャグを世に広めた罪は、如何ほどのものでしょうか!」
マリカ少佐とのあの刺々しい会話も、依然として健在だ。やっぱりこの2人、仲がいいんだろうな。
「いやあ、お互い、大変ですねぇ」
「そうでもないですよ。アウグスタの元気な姿が見られて、私は嬉しいですけどねぇ」
その後ろで、デネット大尉とブルンベルヘン大尉が会話している。そういえばこの2人、いつの間にか、自身の妻に階級を追い越されてしまったな。
なお、ブルンベルヘン大尉は、相変わらず兵站担当。我が艦隊の新たな任務のため、その腕を振るう。そしてデネット大尉も、司令部付きの人型重機パイロットである。
「そうそう、提督に用事があって参ったのです。ソーセージ少佐などの相手をしている場合ではありませんわ」
「なんだ、マリカ少佐。僕に、なんの用だ?」
「ウラヌスの件ですわ」
不穏なキーワードが出てきた。ウラヌス、ギリシャ神話上では、あのクロノスの親であり、そしてクロノスと戦って、奈落に封印されたとされる神の名だ。
実はこのウラヌスの名は、あの非戦闘宙域を定めた戦時条約の維持に「使われて」いる。というのも、クロノスを倒したあの戦いで、連合と連盟が連携する大義名分を失ってしまったからだ。
そこで担ぎ出されたのが、ウラヌスの名だ。こちらもクロノス同様、奈落に封印された、と書かれているだけである。ならば、クロノス同様、何かのきっかけに復活するかもしれない。
そういうことにしておけば、あの条約はこの先も有効であり続ける。せっかく設定した非戦闘宙域の条約を、こんなところで破棄したくはない。お互いの思惑もあって、このウラヌス脅威論が受け入れられた。
ところが、である。条約を繋ぎ止めるだけの役割だったウラヌスという存在が、本当に現れたかもしれない、という報告が入ってきたのだ。
「提督には以前お話ししましたが、あの白い艦隊、また目撃されたらしいのです」
「なんだと? で、今度はどこだ」
「はい、ここから300光年ほど離れた、地球042星域の近傍。数はおよそ20隻だそうですわ」
「……やはり、ウラヌスだと思うか?」
「クロノスの存在がなくなった今、ウラヌスが出てきてもおかしくはありませんわね。おそらくは、そうではないかと」
「はぁ……」
まったく、次から次へと……そのうち異星人でも現れて、未知の戦闘でも始まるんじゃないだろうか。先が思いやられる。
で、僕、およびこの第8艦隊は、新たな任務を与えられる。
そう、「ウラヌス討伐」だ。
が、クロノスの時と違って、ほとんど姿を現さない。困ったものだ。いや、その方がありがたいのか。
ということで、地球1010にあったあの家は、引き払ってきた。僕の本拠地は、今のところ「ナゴヤ」ということになる。
結局、2年か。たった2年で、地球1010の駐留を解除することになった。といってもほとんどあの星にはいなかったが。
ところが、地球042のポルツァーノ大佐とは、相変わらず交流はある。というかあの男、時々、僕のところにやってくる。何を探ろうとしているのか、この艦の街でタイワンラーメンを啜りながら、こちらを凝視してくる。嫌な男だ。
なお、サマンタとの間に、子供が生まれたらしい。男の子だそうだ。あの不気味な顔が、子供の前では崩れるともっぱらの噂だが、僕には到底信じられないな。
「で、その白い艦隊は、ダニエラの『神の目』で捉えられるものなのか?」
「さあ、やってみないと分かりませんわね」
「ちょっとマリカさん! クロノスですら捉えられたのですわよ! そのクロノスに負けたウラヌスを、見逃すはずがございませんわ!」
マリカ少佐に反論するのは、ダニエラだ。どうもこの二人、相性が悪い。今の始まったことではないが、やはりマリカ少佐の口が悪すぎるのが原因だろう。
「ちょっと、サウセド大尉! また抱き枕が哨戒機に入ってましたよ!」
一方、司令部の奥でも、不穏な会話が行われている。ああ、エリアーヌ准尉か。
「なんだよ、また哨戒機を覗いたのか……別にいいじゃないか、旗艦も広くなったんだし」
「良くはないですよ! 哨戒機のこと、なんだと思ってるんですか!」
エリアーヌ准尉とサウセド大尉は、一見すると険悪そうだが、あれはあれで上手くいってるのだから不思議だ。なお、エリアーヌ准尉が抱き枕を目の敵にしているのは、単なる嫉妬のようだが。
皆、相変わらずだ。0001号艦の時から、何も変わっていない。
いや、変わったことならある。この旗艦から去った者が、オオシマ艦長の他にもいる。
それは、ドーソン大尉とザハラーだ。
あの2人は、ゴーレム退治専任の部隊に所属し、さまざまな星に点在するゴーレムを殲滅すべく、我が第8艦隊を去った。今は、地球997に向かったと聞く。
ザハラーが艦隊を去る時のカテリーナの悲しみようといったらなかったな。別れの時は悲しげな顔で、しばらく手を握りあっていた。が、そんなカテリーナも、今ではすっかり食欲を取り戻す。
それ以外の第8艦隊の面々は、相変わらずだ。ワン准将はエフェリーネと仲睦まじくやっていると聞くし、メルシエ准将は艦隊を使った錯視にご執心だ。カンピオーニ准将も、艦隊を握らせたら人が変わるという性格は相変わらずだし、エルナンデス准将の反抗期も治る気配はない。
そうそう、エルナンデス准将とミズキの間には、子供ができたそうだ。あの戦いの後、ミズキは妊娠したらしい。
実は、グエン中尉も妊娠中だ。あの戦いの後、子供を授かったという人物が多い。人間、いや、生物は生命の危機に追い込まれると、子孫を残そうとする本能に芽生えると聞く。だからなのか、あの日をきっかけとして、おめでたの報告が急激に増加する。
そういえば、クロウダ准将とクジェルコパー中尉の間も、なにか進展はあったのだろうか? 最後に会ったのは、2か月前だ。一方で、連盟側の軍人だというのに頻繁に会うのは、ビスカイーノ准将だ。こちらも、カルロータことリオス准尉との間に、子供ができたと言っていたな。
たった4か月の間に、目まぐるしく周辺は変化している。いや、それを言ったらほんの半年ちょっと前までは、連合と連盟とが非戦闘宙域を作るなんて、考えもしなかった。
そんなことを考えていると、軍務時間が終わった。僕は艦橋を出て、レティシアの元に向かう。
「待たせたな、レティシア」
「おう、それじゃ、行くか」
僕はレティシアと共に、エレベーターへと向かう。そして、街へと降りる。
ひつまぶしの店は、第4階層にある。このエレベーターからほど近いところ。明らかに、艦橋からのアクセスを優先した場所に設けられた。だから、かなりの頻度でこの店に訪れている。
「いらっしゃいませ、少将閣下、いつもの席で?」
「ああ、頼む」
すっかり常連だから、場所も決まっている。その指定席である奥の座敷に、僕らは向かう。
「今日は、レティシアさんだけなのですね。ひつまぶしの並を2つで、よろしいです?」
「ああ、それで頼む」
注文を終えたところで、僕はレティシアと話す。
「そういえば、話があると言っていたが……ところで、その前に、機関科がどうとか言ってなかったか?」
「あ、ああ、そうだな、そんなこと言ったな」
「まさか、機関科の連中と喧嘩でもしたのか?」
「いや、そんなことはないぜ。仲良くやってるよ。だけどなぁ……俺、当分、機関室には行かねえわ」
また不穏なことを言い出すレティシア。僕は尋ねる。
「やっぱり、何か嫌なことでもあったんじゃないのか? レティシアが機関室に行かないなんて、やはり尋常じゃない」
「あ、ああ、そうだな、確かに、尋常じゃねえな。でもよ、別に喧嘩とか嫌なこととか、そういうのとは違うんだよ」
「じゃあ、なんなんだよ」
「実はな、俺、今、魔女じゃなくなったんだよ。だからよ、機関室に行く理由が、なくてよ」
「はぁ!?」
とんでもないことを言い始めた。なんだって、レティシアが、魔女じゃなくなっただと? 大問題じゃないか。にも関わらず本人はというと、なぜかもじもじしている。
「おい、大変なことじゃないか! ちゃんと病院には行ったんだろうな!」
「あ、ああ、もちろん行ったぜ。それで、分かったんだよ」
「分かったって……まさか、危ない病気っていうんじゃないだろうな!?」
それを聞いたレティシアは、なぜかキョトンとする。そして僕の方を睨むように凝視する。
「……お前まさか、魔女のこと、全然知らねえのか?」
「魔女の、何を知らないっていうんだ?」
「はぁ……」
何をため息を吐いているんだ? なんか僕は、変なこと言ったか?
「あのなぁ、魔女ってのはな、子供を授かると、魔女の力が消えるんだよ」
「……な、なんだって?」
「もっとも、子供が生まれたら、すぐ元に戻るんだけどな。つまり、そういうことだ」
僕は一瞬、思考停止した。いや、レティシアが言わんとすることは分かる。分かったからこそ、現実を認めまいと、脳内思考が緊急停止を起こす。
そして僕はレティシアに、改めて確認しようとしたその時だ。
僕がいるこの場所に、もう一人の人物が飛び込んでくる。
「おい、カズキ殿!」
……なんだ、リーナか。こいつ、何を慌てているんだ?
「あの、リーナ、今ちょっと、取り込んでいるんだが……」
「それどころじゃない! 大変なことになったぞ!」
「……いや、こっちの方が大変なことなんだけど……」
「医者から、当分の間、素振りをするなと言われたんだぞ!」
「は? なんだって? まさかお前、大怪我でもしたのか?」
「いや、そうではない。当分はやめておけと言われたまでだ」
そんなことくらいで、何を慌てているんだ。魔女の力が消えたというレティシアの方が、よほどか大事だ。
が、レティシアがリーナに尋ねる。
「……おい、ちょっと聞くがよ。おめえは、何か月って言われた?」
何を言い出すんだ、レティシアよ。だが、リーナは即答する。
「4か月だ」
「なんだ、やっぱりお前もか」
なんだ? なんの会話をしているんだ?
「おい、カズキ、どうするよ? おめえ、あと半年もしないうちに、いきなり2人の子供の父親になっちまうぞ」
「えっ!? おいまさか……リーナもなのか?」
「なんだよ、相変わらず、鈍いやつだなぁ」
ようやく僕は、事態を把握する。ああ、そういうことなのか。だから素振りがダメだと……
「んでよ、前にも言ったが、俺は娘が希望だ。魔女が欲しいからよ。リーナ、おめえはどうなんだ?」
「私は息子だな。嫡男が欲しい。皇女として、当然であろう」
「そうか、なら男と女で、ちょうどいいな」
いや、良くないぞ。いきなり2人同時なんて、荷が重すぎやしないか。
「しかし、どうして2人同時なんだ……」
「そりゃあそうだろう。4か月前のあの日のことを思えば、当然じゃねえか?」
レティシアに言われて、僕は思い出す。クロノスとの戦いが終わった直後の、戦艦キヨスのホテルの一室で、僕はかつてないほど、2人と交互に激しく……
そういえば、生命体は命の危機に直面すると、その衝動で、自らの子孫を残そうとする。まさかそれが、自分事になるなどとは想像すらしていなかった。
「なんだ、バカ兄貴。やっぱりここにいたんだ」
と、そこに現れたのは、フタバだ。
「いや、たった今、2人から衝撃的な話を聞かされてだなぁ……」
「聞こえてたよ。レティちゃんとリーちゃんが、身籠ったんでしょう? よかったじゃない。カズキも真っ当な生物だって分かってさ」
相変わらず、言いたい放題だな、こいつは。
「で、確かレティちゃんは、娘が欲しいんだよね?」
「あったりめえだ、魔女だからな。魔女を産まなきゃ、意味がねえ」
「で、リーちゃんは男の子志望なんだ」
「うむ、そうだな。大きくなったら、剣術を教えてやりたいものだ」
「それはそれは、楽しそうですね」
と、バルサム殿まで現れる。
「あの、バルサム殿」
「なんですか、ヤブミ様?」
「いや、本当に良かったのか、この船に乗って。だって、地球001の情報を手に入れるのが仕事だったのでは?」
「ええ、ここなら、地球001の最新の情報と、失われた遺跡に関する情報の両方が入りますからね。効率がいいですよ」
実は2週間ほど前から、フタバとバルサム殿もこの戦艦オオスに乗り込んできた。フタバは放浪癖が復活して船に乗りたがり、バルサム殿はそれに付いてきた。困ったものだ。
「フギャーッ!」
「あらあら、ミツヤ、大丈夫ですよぉ。ママは、ここにいますよぉ」
「ふぎゃあ? なんだ、仲間じゃないのかよぅ」
「ふぎゃーっ? なんだ、赤ん坊かよぅ」
なんでここにボランレとンジンガもいるんだ。いや、よく見れば、他にもいっぱいいるぞ。
「……ひつまぶし、美味しい……」
「なんだ、カテリーナ。いつの間にリーナ定食を……おい、店員! 私にもリーナ定食だ!」
「それじゃ、私とバル君は、ひつまぶしの並で」
「ふぎゃあ! ひつまぶし、並だよぅ!」
「ふぎゃーっ! 妾も、並を頼むよぅ!」
いつの間にか大勢、ひつまぶしの店に集まってきたな。みんな、暇なのか?
いや、冷静に考えれば、軍艦は暇な方が本来、正しい姿なのだろう。軍艦が忙しい時は、命のやりとりが発生している場合だ。これくらい暇な方が、本来は正しいのかもしれない。
さて、その2日後には、そんな暇な乗員が、一隻の駆逐艦に乗り込む。
実は戦艦オオスの艦橋のすぐ脇には、駆逐艦が埋め込まれている。
駆逐艦0001号艦と名付けられたこの艦は、旗艦に内蔵された駆逐艦で、より機動力が要求される作戦時に用いるため、この新しい旗艦の中に設置された。
だから、その名前も先代の旗艦に倣い、0001号艦とされた。無論、この艦にも特殊砲撃の砲身が搭載されている。
その0001号艦に、レティシアやリーナ、ダニエラ、カテリーナ、ヴァルモーテン少佐にマリカ少佐といった、戦乙女の面々も乗り込む。
「久しぶりですわね、ナゴヤに来るのも」
ダニエラが呟く。そう、我々は今、ナゴヤに向かっている。
新しい任務に先立ち、まずここに各々が拠点を確保するためだ。僕も、ナゴヤに軍の宿舎を割り当てられることになっている。住処を確保したら、2週間後にはあの白い謎の艦隊を調査するため、地球042に向けて出発することになっている。
ところで、ダニエラの目線はというと、窓ではなく、鏡に向いている。こいつ相変わらず、自分の顔をみて微笑んでいるな。
「ふぎゃあ! 久しぶりのナゴヤだよぅ!」
「ふぎゃーっ! 串カツ食べるよぅ!」
日付は、西暦2491年10月1日。時刻は夜の7時を回ったところだ。すっかり日は暮れている。
すでに、ナゴヤ上空には達している。目の前には、ここがナゴヤであることを示すシンボルが見えている。
そう、あの高さ800メートルの塔、その名も「テレビ塔」だ。
「おい、レティシア。あのテレビ塔。なんかおかしくないか?」
「はぁ? なんだよ、いつも通りじゃねえか」
「いや、なんていうか、色がだな……まるで黄金のようなのだが」
「ほんと、金ピカですわね。なんていうかその……あまり品の良い色とは……」
「ふぎゃあ! キンキンだよぅ!」
「ふぎゃーっ? 変な色だよぅ」
リーナが言う通り、あの800メートルの塔が、上から下まで、金色に光っている。
そう、あの「テレビ塔」は、その月始めの1日には、金色に光ることになっている。理由は、不明だ。金のシャチホコが由来だという話もあるが、よく分かっていない。
ダニエラが指摘する通り、正直、あまり品のいい色とは言い難い。上から下まで金ピカ。風情もへったくれもない。実際、リーナのその表情にも、あれを歓迎していない雰囲気がある。
だが、この際だから、よく覚えておくといい。こういうところこそ、我がナゴヤなのだ。
戦乙女たちよ、あれが、ナゴヤの灯だ。
(完)




