#226 突入
「エルナンデス隊、メルシエ隊が前衛、ワン隊とカンピオーニ隊が中央、ステアーズ隊は後方からの援護射撃に専念せよ!」
ジラティワット少佐の作戦は、コールリッジ大将にも承認される。そこで、我が旗艦をクロノスに突っ込ませるための作戦が、開始される。
「前面にはまだ、およそ2万隻もの黒色艦隊がいる。あれを突破し、クロノスに取りつかなければならない。狙うは、クロノスただ一点! これより、作戦行動に入る!」
「はっ!」
クロノスに取りつく、簡単に言うが、間には2万隻もの艦隊が控えている。無人だからだろうか、あまり賢い回避運動をする艦艇ではないため、連携艦隊により相当数が沈められている。とはいえ、依然としてその数は多い。
この0001号艦には、最小人数を残して退艦済みだ。僕を含めて、10人もいない。司令部も戦艦キヨスに移し、僕以外の司令部の者はすべて戦艦キヨスに向かった。無論、リーナも退艦してもらった。
が、僕は残る。というのも、この作戦にはレティシアが欠かせない。レティシアは今、機関室で待機している。それゆえに、僕も共に残ると決めた。
「全艦、前進せよ!」
僕は命じると、第8艦隊 約1000隻が前進を開始する。0001号艦も前進し始める。
なおこの艦は今、機関室を最少人数とするため、魔石エンジンのみで運行している。あのエンジン特有の甲高い音が、この艦橋にも響く。
艦橋にも、人はほとんどいない。オオシマ艦長と僕、そして航海長の3人のみ。通信士もレーダー員もいない。モニターには、データリンク情報のみを映し出している。
そのモニターからの情報によれば、前方に艦影多数、1000隻以上の黒色艦隊の壁が立ちはだかる。
その壁を、突破する。突破するのは、我が旗艦と0006号艦の2隻のみ。その2隻が通る穴を作り出すのが、第8艦隊の任務だ。我々は、その一点に集中する。
ジラティワット少佐の提案した作戦とは、次のようなものだ。
0001号艦を、クロノスまでの距離3000キロまで接近させる。そこで、魔石エンジンを暴走させて、クロノスめがけて突っ込ませる。暴走させた後に、0001号艦の全員は退艦し、随行する0006号艦に移乗する。
およそ2分ほどで、エネルギーの行き場を失った魔石は暴発し、そのエネルギーが解放される。その際に、大爆発を起こす。
自爆だけならば、それこそ時限爆弾を投げ込めばよいのではとの案もあったが、それを仕掛けた人間の意図を読み取ってタイムリープを起こされては意味がない。
ならば、爆発のタイミングが全く分かっていない魔石自身を暴走させ、それを突入させるなら、そもそも人の意図が込められないから、あのクロノスは避けられないのではないか?
このジラティワット少佐の提案に基づき、この作戦を立案、それをコールリッジ大将が了承した。
もちろん、旗艦を自爆させることに異論はあった。僕も含め、この艦に対して思い入れのある者は多い。
が、僕は決断する。他に方法がない上、目の前には我々を上回る2万の艦艇が迫っている。
クロノスを倒したところで、あの2万隻が沈黙するかどうかは分からないが、クロノス自体を倒さなければ、あれがこの先も量産され続ける。多少の危険を冒してでも、クロノスを倒すことに意義はある。
『おい、カズキ!』
考え事をしていた僕は、急にこの艦内放送に引き戻される。
「なんだ! どうした!?」
何か起きたのか? まさか、レティシアのやつ、不安のあまり怖気付いたのではあるまいな。心配になった僕は、艦内放送で応える。
が、レティシアはこう返す。
『これが上手くいったら、旗艦乗員全員のひつまぶし食べ放題だ! その約束、忘れるんじゃねえぞ!』
なんだ……そんなことをわざわざ聞いてきたのか。緊張感のないやつだな。と、思ったが、レティシアなりにこれは、不安を紛らわしているのだろう。僕はそう察する。
「分かった! 戦艦キヨスのあの店でやろう!」
『おっしゃあ! それじゃ、本気出してやるか! じゃあな!』
艦内放送が切れる。このやり取りを聞いていたオオシマ艦長と航海長が、横で苦笑いしている。
が、すぐにその笑いは消える。
『敵艦隊、我が艦に向けて、砲撃を開始しました!』
並走する0006号艦から報告が入る。と同時に、正面から青白い光の筋が無数に走る。
「バリア、展開!」
航海長が叫ぶ。直後に、ビームの直撃を受け、ギギギギッという不快なバリア駆動音が響き渡る。
こちらは今、反撃ができない。攻撃されたら、ただ受け止めるだけだ。覚悟していたことだが、これ見よがしに攻撃が集中しているような感触を覚え、苛立ちが増す。
第8艦隊の砲撃は、正面の一点に集中する。それがかえって、前方に分厚い壁を補強されてしまう。後ろから、黒い岩上の艦艇が次々と補充されて、開けた穴がすぐにふさがれる。
ダメだ、集中しすぎている。何とかして、分散させないと……
そう思った時、無線機から奇声が聞こえてくる。
『ヒャッハーッ! 消し炭どもを、黒い粉末に変えてやれ!』
ああ、この声はカンピオーニ准将だな。まるで、水を得た魚、いや、水を得たナトリウムのように、暴走状態で200隻の麾下の艦隊をあの分厚い壁の前に突っ込ませる。
無茶苦茶な砲撃だ。全速で走りながら、黒色艦隊を狙撃していく。円を描くようにこの旗艦の前をきりもみ上に航行しつつ、攻撃を加えている。
「提督、正面の敵が……」
オオシマ艦長が、モニターに映る陣形図を指差す。カンピオーニ隊の「暴走」が、敵の陣形に変化をもたらす。
カンピオーニ隊のあの予測不能な動きに、黒色艦隊がつられて動き始める。正面でまるでロデオの暴れ馬のようにその場でぐるぐると暴れまわっていた200隻が、突然、向きを変える。
すると、正面にいる敵の何割かがカンピオーニ隊を追って、我々の正面から離れていく。壁が、薄くなった。
『ヤブミ少将! 我が隊が、穴を開ける!』
いきなり、無線機からまた叫び声が聞こえてくる。名乗っていないが、ガンガンと何かをたたく音が響いており、それが誰だかすぐに分かった。地球1022の、クロウダ准将だな。
『宇宙の新参者となめられてたまるか! 出来損ないの木炭艦隊ごとき、我らが砲艦隊が、この場で叩きのめしてやれ!』
にしても、クジェルコバー中尉から聞いた通り、熱いやつだな。おそらく、無線機を乗せた机をガンガンと叩いているのだろう。声よりも、そっちの方がうるさい。
だが、その熱量に比例して、正面の壁は猛烈な勢いで削れていく。そこに生じた隙に入り込むように、我々は前進を続ける。
が、穴に入り込もうとすると、それはそれで問題が生じる。艦隊の穴に入り込むということはだ、その穴淵にいる艦艇から十字砲火を受けることになる。つまり、四方からの攻撃にさらされるということだ。
このため、あと1万キロというところまで来たところで、前進できない。正面では、ビームによる十字砲火が見える。あれに飛び込めば、バリア防御の効かない側面からの砲撃を、もろに食らうことになってしまう。
「困ったな……これでは、前進できないぞ」
これが、新型の機関が使えるならば、一気に加速してその速力で強引に突っ切ることができるのだが、この艦は今、魔石エンジンのみで駆動している。だから、速力が出せない。
ここにきて、僕の判断ミスが響く。極力、巻き込む乗員を減らそうと考えたことが、まさかこれが仇になるとは思わなかった。あと少しだというのに、前進を阻まれる。
と、その時だ。
『地球023、ビスカイーノ隊、到着! ヤブミ少将の突入を援護する!』
あれは、ビスカイーノ准将の声だ。十字砲火を加えている穴淵付近の敵の艦艇を、狙い撃ちしている。
しかし、連盟艦隊の接近など気づかなかったぞ。どこから現れた? ああ、そうか、「ニンジャ」を使ったんだな。あれは黒色艦隊にも有効だったのか。
『ヤブミ少将、ここでの貸しを返してもらう約束を、今、取り交わしてもよろしいか?』
奇妙なことを言い出すやつだな。この戦闘中に、何を呑気なことを言い出すんだ。
「なんだ、約束とは?」
『なに、大したことではない。カベサス大将との面会の約束を、取り付けておきたいだけだ』
「はぁ!?」
『良い方だぞ。もしかしたら、連盟側に寝返りたくなるかもしれない。それくらいのお人だ。少なくとも、コールリッジ大将よりは、人使いは荒くない』
何を言っている。こんなところで、連盟軍への勧誘を受けるとは思わなかった。いや、冗談で言ってるのだろう。
『それに、我々のところのパエリアは美味い。いつぞやのひつまぶしのお礼に、一度、少将閣下には味わってもらいたいと思っているんですよ』
「分かった分かった! 分かったから、戦いに専念してくれ!」
『よし、言質をいただいた! では!』
変な約束をしてしまったな。オオシマ艦長の視線が少し、痛い。だが、ビスカイーノ艦隊の砲撃により、十字砲火が消えた。
「両舷前進いっぱい! 正面の艦隊隙に、突入する!」
その十字砲火が止んだ隙に、旗艦と0006号艦は、正面にできた直径5キロほどの小さな穴へと突入を開始する。
そして、無数の光の筋を後方に置いて、ついに我々は、クロノスを捉えた。0006号艦のレーダーに映る大きな影が、モニターにも映し出される。
ついに、ここまでやってきた。これがおそらく、最後の戦い。僕はこのレーダー画面の影を、じっと睨み付ける。
「距離3000キロ。作戦宙域に、到達しました」
艦長から、報告を受ける。僕は頷き、最後の作戦の開始を宣言する。
「了解。では、総員退艦。僕はレティシアと共に、魔石暴走を見届けた後に退艦す……」
最後の命令を言いかけた、その時だ。0006号艦から、通信が入る。
『レーダーに感! 艦影多数、およそ50! 距離、2000キロ!』
なんだと? いきなり目の前に、艦隊が出現したぞ。まさか、タイムリープか?
そうかしまった、そういえば僕は今、クロノスに意識を集中してしまった。もしかして、それがトリガーか? 直後、猛烈なビームの嵐が吹き荒れる。
「バリア防御! 攻撃に備え!」
号令の直後に、幾重にもビームが飛び込んでくる。その度に、バリア作動音が鳴り響く。まさか、こんなところでの艦隊の出現など、予想していない。
くそっ、本当にこれで終わりか。いいところまで来たというのに、なんて敵だ。人類は、こんな消し炭の塊のような連中に、敗北を認めるしかないのか?
もはや、前進も後退もできない。なすすべもなく、50隻の集中砲火を受ける。もうすぐ訪れるであろう僕の人生の終わりを前に、僕はこの理不尽な敵にその無念の心内をぶつける。
そうだ、最期を迎えるなら、レティシアと一緒にいよう。そう考えた僕は、司令官席を立ちあがる。そして、窓の外に見える敵の猛攻を目にした、その時だ。
後方から、無数のビームが光る。直後、前方からのビームが、消えた。
なんだ? 何が、起こった?
そして、通信が入ってくる。
『だから、貴官は指揮官失格だと言っているのだ、ヤブミ少将!!』
あの声、この反抗心丸出しのしゃべり口調。間違いない、やつだ。エルナンデス准将だ。直後、0006号艦からも通信が入る。
『エルナンデス隊です! 後方より接近! 前方の敵艦隊50、瞬時に消滅!』
やはりそうだ。まさかこいつ、わざわざここまで追いかけてきたのか?
「援護射撃、感謝する。作戦を続行する」
『当たり前だ! さっさとやれ!』
『ちょ、ちょっと、アルセニオったら。もうちょっと素直に言えばいいのに……』
いつもならば、このセリフに殺気を覚えるところだが、今回ばかりはむしろ力強く感じる。もっとも、どうしてこいつは素直に「健闘を祈る」くらいのことは言えないのかと、思わなくもないが。
「では、艦長、作戦を再開いたします」
「了解です、提督」
僕とオオシマ艦長は、敬礼を交わす。そして僕は振り返り、機関室へと急ぐ。その途上、オオシマ艦長の声で艦内放送が入る。
『総員、退艦せよ!』
全員の退艦を見届けた僕は今、レティシアと2人、機関室にいる。目の前には、あの赤い魔石が見える。
この後のこともあって、僕とレティシアは船外服を着ている。が、レティシアは魔石に触れるため、右手だけ露出している。
「カズキ、それじゃ、やるぞ」
「ああ、いつでもいいぞ」
だが、レティシアにはまだ、ためらいがある。それはそうだ。これがこのポンコツ旗艦、最後の暴走となるからだ。そしてそれは、この艦との決別を意味する。
僕と同じだけ、レティシアもこの艦には関わり続けている。冷却不良の課題が解決できず、宇宙に出るのは無理だと言われたのを、どうにかしてやると叫んだあの魔女の姿が、僕の脳裏に思い浮かぶ。
思えば、それがレティシアと付き合うきっかけだったか。それ以後も、思い出だらけの艦だ。その艦に、引導を渡そうというのだ。躊躇わない方がおかしい。
が、レティシアも覚悟を決めた。
「おらぁ、気合入れて行くぜ! おりゃあ!」
別に気合などいらないと思うが、これはこいつの心の中の躊躇を打ち破るための気合だろう。そして右手は、魔石に触れる。
レティシアに触れられた魔石は、赤く眩い光を放出する。明かりを落としたこの機関室を端まで照らす。
慌ててレティシアは、右手にグローブを着ける。それが終わるか否かのその時、機関室の壁がガバっと外れる。
この0001号艦の側面シールドが、外からはがされた。このため、この機関室の空気は一瞬にして放出され、その流れに乗り、僕らの身体も吸い出される。
強力な力で引っ張られる中、僕はレティシアの背中にしがみつく。
『ひえええぇ! やめてくれぇ!』
「おいこら、ちょっとの間だ、我慢しろ!」
背中から抱きつかれるのが苦手なレティシアだが、今回ばかりは仕方がない。悲鳴を上げるレティシアを抱き上げたまま、空いた穴から宇宙空間に飛び出す。
徐々に、0001号艦から離れていく。僕らが飛び出すと同時に、ポンコツ旗艦は加速を開始する。
『こちらテバサキ! お二人を、回収します!』
宇宙空間に放り投げられた僕らを、デネット大尉の人型重機が回収するために接近してくる。あの機械の腕が、僕ら二人を抱える。
すでに0001号艦は見えない。青い噴出口の光が、かろうじて点として見えるだけだ。人型重機に抱えられて、0006号艦へと向かう間、僕の脳裏に、あの艦の思い出が走馬灯のように巡る。
『おい、カズキよ……』
ああ、レティシアも同じなのだろうな。ヘルメット内の無線機から聞こえるレティシアの声に、僕は応える。
「なんだ、レティシア」
『腹が、減った……』
……で、僕らがデネット機に抱えられ、0006号艦に到着すると同時に、クロノスの方から、まばゆい光の玉が見えた。
格納庫のハッチの隙間から見えたその光は、まさにあのポンコツ旗艦が放った、最後の光だった。そしてそれは、クロノスにとどめを刺した、爆発の光でもある。
そのハッチが閉まり、この格納庫内に空気が注入されている最中に、クロノスが消滅したとの報告が入る。
そのクロノス消滅と同時に、あの2万隻もの無人艦隊も、活動を停止する。
地球1019星域の惑星近傍で繰り広げられた、連合と連盟の連携艦隊の戦いは、こうして幕を閉じた。




