#225 ラスボス
「で、その捕捉した敵とは、どういうものなのだ?」
「はっ! こちらを、ご覧下さい!」
ジラティワット少佐が、モニターにその発見された敵の姿を映し出す。僕はそれを見て、その異様な姿に恐怖する。まさに最後の敵、クロノスと呼ぶに相応しい風貌であった。
この星系の第10惑星は、地球001で言うところの海王星ほどの大きさのガス惑星だ。その周辺には黒く細かな岩石からなる小衛星帯が、輪のように存在する。
その小衛星帯の最も密度の高い場所に、その敵は潜んでいた。
自身も黒い岩石からなるその不気味な化け物は、周囲にある小衛星を取り込んで、それを加工して攻撃用艦艇に変えては、吐き出し続けている、まさに黒色艦隊の工場ともいうべき存在だと判明する。が、そんなものがこの星系の最外惑星の傍らにいたとは、まったく想像すらもしなかった。
しかしどうして、ここにいた黒色の無人艦艇は、同じ星系の地球1019には辿り着かず、わざわざ地球1029、1030星系から我々の銀河を目指したのだろうか?
疑問は湧く。が、今はとにかく、あれを倒すのみだ。
ここでまた、大いなる疑問が湧く。
「そういえば、あれを発見したのは確か、カンピオーニ隊だったな」
「はい」
「と、いうことは、カンピオーニ准将のいつもの性格からして、すでに攻撃を仕掛けてるはずじゃないか?」
「はい、その通りです」
「一見すると無防備そうだが、攻撃は効かなかったのか?」
「はい、正確には、当たらなかったといった方が良いでしょうが」
「当たらない? どういうことだ」
「引き金を引いた瞬間、その位置がズレると申しておりました」
「位置が、ズレる?」
「ええ、瞬間移動でもするように、ターゲットスコープから外れるそうなのです。まるで、こちらの意思を読まれているようだと」
「どう見ても、動きそうにない敵にしか見えないのだが」
「ええ、しかも厄介なことに、そのあと、猛烈な反撃を受けるんですよ」
「反撃?」
「はい、黒色の無人艦艇が突如、大量に出てきたそうなのです。その数、およそ500。大急ぎで後退し、第1艦隊に救援要請してなんとか撃退したらしいのですが、カンピオーニ隊自身も22隻を失ったそうです」
やれやれ、また貴重な新鋭艦隊の艦艇と人命を失うとは……しかし厄介だな、これではまるでスズメバチの巣のようだ。これは、第1艦隊とも連携してかからねばならないだろう。
すでに第1艦隊も、この宙域に大半が集結しつつある。コールリッジ大将から、早速通信が入る。
『えらいものが、見つかったじゃないか』
「はい、おかげでまた、やられました」
『仕方あるまい。まぎれもなくあれは、人類最大の敵だ。おそらくこれが、最後なのだろう?』
「少なくとも、黒色艦隊の出所はここであることが判明しております。あの脅威を排除することは、この敵を叩くことで叶いそうです。」
『そうだな……あれは我々の戦時条約など構わず、強力な武器を持ちながらも民間船すらも見境なく襲撃する、海賊よりも厄介な敵だ。その排除ができれば、この宇宙の安定という目的は、ひとまず達成されることとなる』
「仰る通りです。ところで、大将閣下。一つお尋ねしたいのですが」
『なんだ?』
「地球1029の宙域、あそこは今、我が地球001艦隊は不在なのですか?」
『いや、今は第4艦隊が来ている。加えて、近隣の地球115の遠征艦隊から2000隻ほどが到着した。黒色艦隊の侵攻に備えて、連盟艦隊と連携して防衛体制を敷いておるよ』
うーん、そうなのか。アントネンコ大将がきているんだ。にしても、アントネンコ大将が、連盟艦隊と連携とは……想像がつかないな。
ところで、この宙域にも連盟艦隊も現れ始めている。すでに3000隻を超える連盟軍が布陣している。連合、連盟、合わせて14000隻。270年もの間、敵同士だったこの両陣営が、共通の敵に対峙する。未だかつてない作戦が、始まろうとしている。
「クロノス」手前30万キロに、この14000隻が布陣する。この連携艦隊が行う作戦の概要は、次のようなものだ。
まず、あのクロノスに対し、先制攻撃を仕掛ける。初弾は当たらないだろうが、そこに1万4千隻が総攻撃を加える。
クロノスのサイズは、幅12000メートル、高さ4000メートルという大型の物体。いくら砲撃を避けられるといっても、これだけの艦艇からの攻撃をすべて避けることはできないだろう。
で、その初弾を与える任務は第8艦隊の旗艦、すなわち、我が0001号艦が行うこととなった。その理由は、この艦にしかできない攻撃、すなわち、特殊砲撃を使うためだ。
続く一斉砲撃時にも、我が艦隊にある100隻の4秒間だけ持続砲撃可能な特殊砲撃艦も、一斉に砲撃を仕掛けることになる。
まさに、我々の持つ総力を、あの未知の敵にぶつけることになる。人類対、原生人類の遺跡、その戦いの火蓋を、我が0001号艦がまさに切ろうとしていた。
その合図を、通信士が告げる。
「連合、連盟軍、攻撃準備よし! 作戦開始の合図、来ました!」
「よし、では作戦を開始する。特殊砲撃、用意!」
「艦橋より機関室! 特殊砲撃、回路接続!」
『機関室より艦橋! 特殊砲撃、回路接続します!』
艦内に、サイレンが鳴り響く。この連合、連盟の連携艦隊を前に、我が艦の能力を発揮することとなる。
『砲撃管制室! 特殊砲撃、用意よし!』
「了解、機関室! 主砲装填、開始!」
ここから先は、我が艦にしかない主砲装填手段だ。あの魔女の叫び声が、艦内放送により響き渡る。
『おらおら~っ! 気合い入れていくぞ! うりゃーっ!』
レティシアが、魔石に触れる。あっという間に、主砲が装填される。
砲身交換後、2発目となる砲撃が、開始される。
『主砲装填、完了! 特殊砲撃、撃てーっ!』
次の瞬間、窓の外が真っ白に光る。直後、ガタガタと艦橋内の床が揺れ始める。隣にいるマリカ大尉がぶっ倒れる。オオシマ艦長の膝の上でゴロゴロとのどを鳴らしていたあの2匹の獣人が、飛び上がる。
10秒間の砲撃は、カテリーナの手で「クロノス」に向けられる。と、ほぼ同時に、装填が完了した100隻の特殊砲撃艦からも、一斉に砲撃が放たれる。
続いて、1万4千隻も一斉に砲撃を開始する。逃げる隙を与えない。それがこの作戦の肝だ。無数のビーム光の筋が、わずか12000メートルのクロノス一点めがけて集束する。
あれだけの攻撃を、あの頭領はどう受けるのか?
『撃ち方止め! 弾着観測!』
第1艦隊旗艦から、弾着観測のため砲撃を止めるよう通信が入る。14000隻が一斉に、沈黙する。
到底、あの攻撃を避けようがない。僕らは皆、そう思っていた。だが、あの敵は全く予想外の行動に出ていた。
弾着観測の結果が、一斉に発信される。
『クロノス、健在! 距離、46万キロ!』
それを聞いた瞬間、やられたと思った。そうだ。僕らはやつがこの攻撃を、上下左右にかわすものだとばかり考えていたからだ。
だが、あの敵はなんと、後退していた。それも、我々の砲撃の射程外ギリギリの場所に移動している。
つまり一瞬、たった一瞬で、16万キロも移動していることになる。だって、砲撃の瞬間には、我々の前方30万キロの地点にいたんだぞ?
まったく、信じられない行動だ。四次元どころではない、もしかすると、光の速さすら超えて移動したのではないのか?
が、さらに悪い知らせが届く。
『レーダーに感! 黒色艦隊、多数出現! 数、およそ2万!』
我々を上回る数の敵艦隊が、クロノスから湧き出してきた。
「ふぎゃあ!」「ふぎゃーっ!」
うちの「探知機」も反応する。僕は全艦に下令する。
「全艦、砲撃開始!」
さて、一転して劣勢に追い込まれてしまった我が連携艦隊。他の艦艇も、一斉に砲撃を開始する。
が、旗艦だけは、砲撃を行わない。理由は単純だ。マリカ大尉を、気絶させないためだ。
この事象を、あの2万隻の艦隊が押し寄せる中、解明しなくてはならない。そして、すぐに対処法を考え出さなければ。
「まったく、砲撃ごときでぶっ倒れるとか、どんだけ役立たずなのですか、ピザマーガリン大尉殿は!?」
「うるさいわね、ニンニクソーセージ大尉! 繊細なのですよ、私は!」
「そういうのは繊細とは言わず、脆弱というのですよ!」
「ああ、もう! 喧嘩してる場合か! 今は、あのクロノス一点のみに集中しろ!」
まったく、ヴァルモーテン大尉とマリカ大尉の喧嘩などに付き合っている暇なんてないんだ。連合と連盟すらも連携している戦いだというのに、どうして内輪揉めなどやっている暇があるのか?
「……しかし、さすがにあの敵の行動には参ったな。あれに対処すべき方法を、考えなくてはならない。皆の意見を聞こうか」
と、僕は司令部全員に振る。が、答えられるやつがいるとは思えない。しかし、いや、やはりここで口を開いたのは、マリカ大尉だ。
「あの、提督、私に仮説があるのですが」
こいつ、よくこの少ない情報から推測ができるな。やはりこいつは、頭の作りがどうかしている。僕は意見を聞く。
「聞こうか」
「タイムリープ、ですわね」
「はぁ? タイムリープ、だって?」
「ええ、時間の巻き戻しをしているのでしょうね。でなければ、光の速度を超えて後退なんて、やりようがないですわ」
ついに、空間の次元すら超えて、時間まで行き来し始めた。理不尽過ぎるだろう。こんなのを相手にすれば、そりゃ文明がリセットされて当然だ。無慈悲過ぎる。
「ちょっとまて、そんな敵相手に、どうやって戦うというんだ? 時間を戻せるのなら、何を仕掛けても勝ち目などないだろう」
「ええ、そうですわね。ですが、無条件に戻せる、というわけではないようですわ」
「……どういうことだ?」
「おそらく、トリガーがありますわね」
「トリガー?」
「時間を戻すための、条件とでもいいましょうか。無条件で時間が戻せるというわけではないみたいですから」
「なぜ、そう考える?」
「もし無条件に時間を引き戻せるのなら、我々がここに布陣する前に、2万隻の艦隊を目の前に出すことだってできるはずですわ。でも、あの黒色艦隊は、我々が布陣し、攻撃した後に現れてます。つまり、無条件というわけではない、ということですわね」
「なるほど……言われてみれば、そうだな。もし僕が『クロノス』だったら、接近と同時に時間戻しをして、最初から黒色艦隊を目の前に置いておくだろうな」
「その通りですわ、提督。問題は、その条件というのが分からない、ということですわね」
うーん、いいところまで迫れている気がするんだが、肝心のところが分からない。トリガーとなる条件とは、一体なんだ?
外では、砲撃が続いている。あのクロノスがタイムリープを起こしたのは、まさにあの砲撃がきっかけだ。
だが、今だって砲撃が続いている。しかし、黒色艦隊にタイムリープ的な現象は起きていない。つまり砲撃が直接、トリガーとなっているわけではないようだ。
ならば、何がトリガーなのか?
「そういえば提督、カテリーナ殿は確か、自身に向けられた相手の殺気を感じて、その位置に照準を定める能力を持っていたのですよね?」
と、突然、ヴァルモーテン大尉が僕に、妙なことを僕に尋ねてくる。
「そうだ。だからカテリーナは相手の位置を正確に把握し、殺気を向けてきた敵艦を狙い撃つことができる」
「ふと考えたのですが、もしかすると、クロノスも同じなのではありませんか? 自身に向けられた殺気のようなものを感じて、それをトリガーとして時間を戻す。小官はそう、愚考いたします」
「あの、なぜそう考える?」
「砲撃の瞬間とは、まさにターゲットに向けて殺気を集中させる瞬間であります。それこそが、絶好のトリガーではありませんか?」
なるほど、考えたな。引き金を引く瞬間が、まさしく文字通りのトリガーか。
「よく思いつきますわね。さすがは偽物のツボ集めが趣味な士官だけのことはありますわ」
「いえいえ、砲撃ごときで気絶できるほど、繊細な神経は持ち合わしておりませんから」
「だとして、どう対処いたします? 攻撃の瞬間に殺気を向けずに狙い撃つなど、とても不可能ですわ」
マリカ大尉が、さらりと意見を述べる。まさに、その通りだ。トリガーが分かったところで、対処の方法が思いつかない。
万事休すか。あれは絶対に倒せない敵、ということになる。いくら何でも、そんな敵相手に何をぶつければいいのか?
が、沈黙を守ってきたジラティワット少佐が、口を開く。
「たった一つ、方法があります」
一同の視線が、ジラティワット少佐に集中する。僕は少佐に尋ねる。
「なんだ、そのたった一つの方法とは?」
その少佐から飛び出した提案に、僕らはその少佐の、背筋が凍りつくほどの冷徹さを感じる。
「この旗艦を突っ込ませて、クロノスもろとも自爆させるのです」




