#224 皇都
「なんだと! 地球1019だって!?」
「はっ! 間違いありません! 連合側所属、地球1019の信号です!」
てっきり、ラスボスが出てくるものだと思っていた。そうでなくても、黒色艦隊がお出迎えするものだと覚悟していた。が、予想に反し、リーナの故郷である星が現れる。
「どういうことだ……この星の周辺で黒色艦隊なんて、遭遇したことないぞ? そんな報告も、駐留する地球760からも受けてないが」
「確かに妙ですね……でも事実、このワームホール帯から黒色艦隊が出現しているんです。と、いうことは、まさか黒色艦隊の出現先は、地球1019星域なのですか?」
僕もジラティワット少佐も、直面した事実の解釈に困惑する。このクロノスの戦いでは、こちらの銀河での奇妙なつながりが見えてくる。
そういえば、リーナの星はゼウスやガイア、アポローンの名は存在しない。まさかここが、クロノスが閉じ込められたとされる奈落だというのか?
「いや、待てよ? 確かボランレの集落には、アポローンの名前が残っていたぞ。マリカ大尉の仮説によれば、ゼウスやガイア、アポローンは、クロノスのいた場所から逃げ出したのではないのか?」
「そのように申し上げましたが、あくまでも仮説ですわ。もしかすると、クロノスら5体の神を一旦は本当にこの宙域から追い出したのだけれど、それがいつの間にかここに戻ってきた、ということかもしれませんわ」
いい加減だなぁ。結果に合わせて、ころころと自説を曲げるか。まあ、そんなことは今ここで詮索しても仕方がない。
文明が一度、崩壊するほどの出来事があったんだ、きっと相応の混乱があったのだろう。アポローンの名前があちこちに残っているのも、その混乱を収拾する過程で残された名前なのかもしれない。一旦、そう解釈して、ここは納得することとする。
「……ともかく、一旦は地球1019へ向かう。ここに駐留する地球760遠征艦隊総司令官であるカントループ大将にも、報告する必要があるからな」
「はっ!」
僕はジラティワット少佐に命じると、第8艦隊は一路、地球1019へと向かう。
『おい、貴艦隊が来るという報告は、受けていないぞ!』
地球1019まで500万キロまで迫り、そのカントループ大将に通信をつなぐが、やはり大将閣下自身からあからさまに不機嫌な態度をされる。
「我々も、まったく予定外です。が、今回の事態を、閣下にも報告した方がよろしいと考え、ここに参りました」
もっとも、この大将閣下が上機嫌であったことなんてほとんどない。この星に駐留していた時から慣れている。だから僕は、淡々とこの狭量な大将閣下への報告義務を、粛々と遂行する。
『……ということはだ、その連合と連盟が共存状態にある、地球1029と1030とこの宙域とがつながってしまった、というのか?』
「つながったのではありません、つながっていたのです、閣下」
『似たようなものだ。つまりは、ここまで連盟どもが押し寄せてくるというのであろう?』
「はぁ、おそらく、そうなりますね」
『困るんだよ! 我々は連盟軍との戦闘など想定していないんだぞ、どうしてくれるんだ!』
変なことを言う艦隊司令官だな。それじゃ一体、何のために艦隊が駐留しているんだ? と突っ込みたくなる。
どのみちここは今のところ、あの条約が有効な領域とされるだろうから、連盟軍と戦う必要はないはずだ。あちらも、この銀河への進出を果たした以上、条約破棄を望まないだろう。あえてここで、自身に不利なことをする可能性は低い。一応、そう申し上げたが、この大将閣下はあまり聞く耳を持ってはくれない。
やれやれ、ここはコールリッジ大将に出ていただこうかな。地球001の大将相手に、この大将閣下も強気には出ないだろう。僕が言うよりもずっと、説得力も影響力もあるし。
と、面倒なことはコールリッジ大将に押し付けた上で、僕は地球1019へと向かう。向かう先はもちろん、フィルディランド皇国だ。
ここまで来たからには、リーナの故郷に寄らないわけにはいかない。
「なんだと!? フィルディランド皇国に向かっておるのか!」
「そうだ。あと5時間もすれば、到着する」
「こうしてはおれん。かくなる上は、急いで支度をせねば!」
といって、大急ぎでかつ丼を掻き込むリーナ。しかしこいつ、また食ってたのか。
「大気圏突入まで、あと2分!」
「両舷減速! バリア展開!」
バタバタとしているうちにその5時間が経ち、地球1019へと到着する。まさに、大気圏突入目前である。
「提督、皇帝陛下より提督宛ての電文が届いております」
「は? 陛下より?」
「はい。到着次第、直ちに宮殿へ立ち寄られよ、以上です」
「はぁ……了解した」
そういえばこの星にはもう一人、厄介な人物がいる。フィルディランド皇国の皇帝陛下だ。どうもあの人物は、僕は苦手だ。
だけど、半年ぶりにここに立ち寄ることになる。寄らないわけにはいかないだろう。娘であるリーナにも会いたいだろうし。
「ふぎゃあ! ここで手羽先が、食えるんだよぅ!」
「ふぎゃーっ! 手羽先だとぅ!? 妾も、食べるんだよぅ!」
一方、猫科か犬科か、はたまた別の何かなのか今ひとつわからなくなってきた獣人らは、窓の外を眺めつつ、手羽先の話で盛り上がっている。その2人の前は、真っ白なプラズマで覆われる。
「しかし、最後の敵というのが見つかりませんね」
「そうだな。もしかして、そんなものはいないのではないのか?」
「いえ、少なくとも、あの黒色艦隊の出どころがどこかを掴まなくてはなりません。あれは確かに、こことつながるワームホール帯からやってきたのですから」
もうヒューペリオンでおしまいにしてくれたらよかったのだけれど、黒色艦隊の本拠地はまだ、見つけられていない。そこにはあの黒く細長い艦艇を作り出す工場でもあるのか、それとも、呆れるほどの数の黒い艦艇がひしめいているのか?
「フィルディランド皇国、ヘルクシンキ港より入電! 第17ドックへの入港されたし、以上です!」
「ではこのまま、ヘルクシンキ港に向けて進む。進路そのまま!」
「了解、進路そのまま!」
すでに大気圏内に突入を終え、高度1万で航行を続けている。下に広がる海が珍しいのか、あの獣人2人はふぎゃふぎゃと歓喜している。
「そういえば、妙にフガフガが大人しくなったな」
「……ンジンガだ。それはともかく、ナゴヤで過ごして以来、少し素直になったんじゃないのか?」
「だな、ここに来た時は、拾ってきた野良犬のように、警戒心丸出しだったぜ」
レティシアのいう通りだ。ここに来たばかりの時は、常にボランレと張り合っていたのが、今では一緒に窓の外を眺めてふぎゃふぎゃ言い合える仲になっている。
そういえばカテリーナも、ここに来た頃は無口で無心なところがあったが、ナゴヤに触れた頃から徐々に心開いていったように思う。やはりナゴヤの力は偉大なり。
そんな戦乙女らを乗せた駆逐艦0001号艦は、ヘルクシンキ港へと向かう。
「おお、来たか、婿殿よ!」
で、着いた直後に、僕はすぐに宮殿へと向かう。
「はっ、お招きいただき、ありがとうござ……」
「いや、構わん! リーナの婿であり、余の息子であろうが! さ、こちらへ参られよ!」
久しぶりに対面するが、その姿はすっかり背広姿の現代風の服装だ。胸につけた皇章だけが、皇帝陛下であることを示している。
で、ここは社交界の会場、リーナだけではなく、レティシアも招待される。
リーナはといえば、いつもの騎士服だ。が、レティシアはといえば、真っ赤なカクテルドレスに身を包んでいる。
「……似合わないな、レティシアにその服は」
「しょうがねえだろう、こういうところに着込む服が、他にねえんだよ」
怪力魔女が、赤いドレス。強いていえば、赤い魔石を暴走させて、途方もない力を生み出す魔女だから、赤い色に縁があるといえばある。
「ほう、レティシア殿か。噂には聞いとるよ」
「へ? あの、陛下、どんな噂で?」
「魔石に触れて、あの戦闘艦に途方もない力を与えることができる、伝説の魔女。ここヘルクシンキでも、貴殿の勇名は轟いとるよ」
「は、はぁ、左様ですか……」
急に皇帝陛下直々に持ち上げられて、かえって戸惑いを隠せないレティシア。確かにレティシアは大活躍だ。が、どちらかといえば、リーナの活躍の方がここでは取り上げられるべきことではないのか?
「いや、ここには地球760の者が多いであろう。ゆえに、貴殿のように宇宙艦隊のど真ん中で活躍する魔女の話を誇りに思う者が多いのだよ。ここヘルクシンキでも、魔女が何人も来ておるからな。ましてやそなたは、我が息子の奥方でもある。誇りに思わずに、なんとするか」
「は、はぁ、そういうことで……」
あ、そうか。ここに駐留しているのは、地球760だった。いわば、魔女の住まう星から来た艦隊や民間人が、数多くこの星を訪れている。地球001出身の魔女とはいえ、レティシアは彼らにとっては誇りの象徴となりつつあるようだ。
しばらく陛下と歓談し、ワイン片手に食事を楽しむ。陛下が離れると、リーナはガツガツと抑えていた食欲を発揮する。
「おお、相変わらずですな、リーナ様」
と、そこに現れたのは、初老の人物。僕はもちろん、リーナはその人物の姿を忘れるはずがない。
「おお! テイヨではないか!」
「リーナ様にレティシア様、そしてヤブミ様も、お元気そうで」
この社交界に、テイヨ殿も呼ばれていた。もちろんこれは、皇帝陛下の取り計らいだろう。半年以上ぶりに顔を合わせる両者。
「そういえば、テイヨは人型重機隊を率いていると聞いたぞ」
「あははは、お恥ずかしい。私自身はあれを操作できませんからな、あくまでも私は、お荷物ですよ」
「いや、そんなことはないでしょう。魔物の森を突っ切った経験のあるテイヨ殿であれば、人型重機隊を指揮することはなんら問題ありませんよ」
「そう言っていただけると幸いです、ヤブミ様。ですが、もはや魔物の姿もほとんどなく、ゴーレム山のゴーレムが大量出現した時くらいしか出番がありませぬ。もうこの大陸には、脅威と言えるものはほとんど、存在しないのですよ」
ああ、そうなんだ。言われてみればもう、魔物は生み出されていない。黒い瘴気無しに生きていけるゴブリンなどの魔物の一部が、森で息を潜めて生存するのみだ。
「そういえば、聞きましたぞ」
「何をだ、テイヨ?」
「リーナ様の活躍を、ですよ。自身の6倍もの敵を相手に、魔剣だけで立ち向かったとか」
ああ、やっぱりその話も、ここには伝わっていたのか。
「うむ、あの戦いは、壮絶ではあったが、サイクロプスなどに比べたら大したことない相手であった」
「ですが、人型重機ですら太刀打ちできなかった化け物を、リーナ様が素手で倒したと、皇国中が喜んでおりますぞ。もちろん、陛下も」
そういえば皇帝陛下は、その話に触れなかったな。内心は喜んでいるものの、やはり戦いに身を投じる自身の娘の身を案じて、そのことに触れたくなかったのだろうか?
「そうか。だが、最後の一体がまだ、どこかに潜んでおると考えられる。それを倒さねば、最終的な勝利とはいえぬな。だがそれも、カズキ殿率いる艦隊が、たちまちのうちに蹴散らして……」
と、リーナがテイヨ殿にそう語っている最中のことだ。地球760の士官と思われる人物が、僕の元にやってくる。
「あの、ヤブミ少将閣下で、いらっしゃいますね!」
「あ、ああ、そうだが」
なんだろう、この慌てぶり、尋常ではない。その士官は小さな紙切れを取り出すと、それを読み上げるように僕にこう告げる。
「第8艦隊、哨戒活動中の艦艇より連絡です! 最終頭領、第10惑星の衛星軌道上に発見せり、以上です!」
それは突然の報告であった。が、予想通り、この星域にその最後の敵は潜んでいた。
「了解した。直ちに発進すると伝えてくれ」
「はっ!」
ついに来たか。僕はこの士官に敬礼すると、テイヨ殿の方を向く。
「と、いうわけでテイヨ殿、直ちに出撃いたします」
「そうですか。いよいよ、ですか。ご武運を、お祈りいたします」
テイヨ殿が、我々と同じ敬礼を僕に向ける。僕も、返礼で応える。
「おう、行くのか?」
「当たり前だ。直ちに発進、最後の敵『クロノス』を叩く」
「そうか、いよいよ、最後か」
もちろん、本当に最後かどうかは分からない。が、そこが黒色艦隊の発生元であるとするならば、この宙域の安定のために、なんとしても叩かなければならない。我々は直ちに、宇宙港へと向かう。
そして、それから6時間後。
僕らは、その最後の敵「クロノス」が潜む第10惑星域に到達していた。




