#223 錯視
メルシエ准将の提案とは、以下のようなものだ。
それは、ステアーズ隊とエルナンデス隊を、自身の指揮下に一時、おいて欲しいというものだ。
で、その600隻を使って、四次元空間内に籠もる敵を、こちら側に引っ張り出せるという。それを、残ったワン隊、カンピオーニ隊とで総攻撃をする、というものだ。
作戦の概要としては、そんなところだ。だが、その四次元にいるやつを三次元に引っ張り出すことができる方法、その一点が、僕にはとても腑に落ちていない。
「……どう思う、ジラティワット少佐」
「どうと言われましても……今は、メルシエ准将を信じるしかないでしょう」
「そうだな。他に手があるわけではないし」
司令部一同は、拡張したメルシエ隊の行方を見守る。
「メルシエ隊、当該宙域に突入します!」
しかし、メルシエ准将のあの策は、果たして通用するのだろうか? 突入する600隻の陣形を見つつ、僕の中には不安しかない。
なお、この600隻の配置は、普通ではない。
中央には、ステアーズ隊200隻が、千鳥配置で横向き、円形に並ぶ。その周囲を、やはり千鳥状に縦方向に400隻が囲んでいる。
この陣形図を見ているだけで、目がチカチカしてくる。いや、それこそがメルシエ准将の狙いだ。まさに「錯視」の将としてのメルシエ准将のこの策で、あの不可解な敵に挑むこととなる。
「エネルギー反応、多数!」
ついに、あの見えない敵が攻撃を開始する。司令部一同は、その攻撃を見守る。すぐに、その状況が伝えられる。
「敵の攻撃、ほとんど命中せず!」
この陣形を画面の上に描くと、その錯視の様子がよく分かる。
周りの縞々とは垂直にずれた、中央の円形の縞模様。「オオウチ錯視」の一種であるこの紋様は、いずれもほとんど動いていないにも関わらず、まるで縞模様の向きに沿ってそれが動いているように錯覚する。
それを、600隻の艦艇で再現したのが、今のメルシエ隊の陣形だ。ただし、これを三次元でやって通用するのかと懸念したが、それは今、払しょくされたところだ。
その錯覚に惑わされ、敵は狙いを定められない。この報告を受けて、ヴァルモーテン大尉が叫ぶ。
「さすがはメルシエ准将! 狙い通りですね!」
だが、マリカ大尉が反論する。
「いえ、まだ敵をこちら側に引っ張り出せてませんわよ。今はまだ、錯視で攻撃をかわしているだけにすぎませんわ」
「左様ですか、マーガリン・ピザ大尉。ではぜひ、そのマーガリン臭でその敵とやらを引き寄せていただけませんか? その隙に、私が仕留めて見せましょう」
「いやいや、焼けたソーセージの臭いの方が、あの『ヒューペリオン』は惹かれるかもしれませんわよ?」
司令部内で、呑気にののしり合っている場合か。すでに作戦は動き始めているんだ。真剣に取り組んで欲しいものだな。
「ふぎゃあ!」
と、ここでボランレが喚き出す。この距離で、こいつが喚き出すということは、つまりは敵が近いということになる。
思惑通り、敵が出てくる。僕はダニエラに向かって叫ぶ。
「ダニエラ!」
「見えてますわ、ヤブミ様! 正面、やや右!」
ついに姿を現した。錯視のおかげで当てられない艦隊を前に、しびれを切らしたやつは、こちら側に現れる。
それは真っ黒な、まるで暖炉から飛び出したススの塊のような、つや消しの物体。あれが「ヒューペリオン」か。その黒さが、クロノスの一派であることを物語る。
「ワン隊、エルナンデス隊、全艦、砲撃開始!」
我々は一斉に砲撃を加える。400隻のビームは、ヒューペリオンに集中する。
だが、ほぼ全艦の砲撃を受けたにもかかわらず、まったく崩壊する様子がない。あの砲撃をすべて、はじき返したというのか?
「なんて化け物! 400隻の一斉砲撃を、はじき返すなんて!」
「とにかく、砲火を集中させよ。このチャンスを、逃すわけにはいかない」
砲撃を続ける。びくともしないが、ともかく今は攻撃を続けつつ、ヒューペリオンの弱点を探るしかない。
「ふぎゃーっ!」
なぜか遅れて、ンジンガが騒ぎ出す。それと同時に、あのどす黒い敵が真っ二つに割れ始める。
うん、嫌な予感がする。また、このパターンか。
「レティシア!」
僕は艦内放送で叫ぶ。すぐに、放送で返事が返ってくる。
『任せろ!』
さすがはレティシアだ。僕の意図をすぐに察してくれた。オオシマ艦長が号令する。
「特殊砲撃、用意!」
『こちら砲撃管制室! 特殊砲撃、用意!』
『こちら機関室! 特殊砲撃回路、接続!』
レティシアどころか、この艦の乗員は皆、出番があるものだと構えていたようだ。最後に、レティシアが叫ぶ。
『おっしゃ! それじゃ行くぜ! うりゃあ!』
掛け声と同時に、魔石に触れたのだろう。すぐにその効果が返ってくる。
「主砲装填、完了!」
「よし! カテリーナ、撃てーっ!」
モニターには、ちょうどアルゴー船と同じように、二つに分かれたあのヒューペリオンの中央部から、青白い光を放っている。もう少し遅れていたら、こいつにメルシエ隊を全滅させらていてたかもしれない。
が、今度も我々は先手を取った。
特殊砲撃の光が、まっすぐあの黒い敵に向かって放たれる。見えないバリア障壁ですべての攻撃をはじき返していたあの化け物の身体を、一瞬にして貫く。
猛烈な光を放ち、あのどす黒い敵が崩壊する。まばゆい光が数秒間続いた後、再び暗い宇宙空間に戻る。
砲撃の衝撃で、僕のすぐ脇の椅子の上でマリカ大尉がひっくり返っている。砲撃慣れしていないボランレとンジンガは、その大きな耳を抑えてふぎゃふぎゃ喚いている。それ以外の乗員は、この戦闘結果報告をかたずを飲んで待っている。
「……終わった、のか?」
僕が呟くと、タナベ大尉が応える。
「ヒューペリオン、完全に消滅!」
その報告がもたらされると、この艦橋内は歓喜で満たされる。
「やりましたよ提督! あのどす黒い卑怯な敵に、我々は見事勝利したのです! ススのような敵が、本当にススに変わったのです! 敢えて言おう、燃えカスであると!」
「ふぎゃあ!」「ふぎゃーっ!」
「いやあ、まさか四次元空間上に潜んだ敵を叩けるだなんて……信じられないな」
ヴァルモーテン大尉にジラティワット少佐は、口々にその勝利を表す。なお、あの獣人2匹は便乗して騒いでいるだけのようだ。多分、状況がよく分かっていないと思われる。
「ワン隊、エルナンデス隊は前進し、メルシエ隊に合流する」
「はっ! 全艦、前進いたします!」
しかし、あのメルシエ准将の作戦は大したものだ。あれで本当に、敵があぶり出てきた。
にしても、ヒューペリオンに四次元空間上からあの砲撃をされていたら、完全に詰んでいた。あれは、同じ空間上からでないと撃てないものなのか? 四次元空間からの砲撃が弱い理由も、何かあるのかもしれないな。ともかく、我々はあれに辛うじて勝利する。
「第1艦隊に連絡だ。我、ヒューペリオンに勝利す、これより、ワームホール帯へ突入する、と」
「はっ!」
すぐさまこの勝利は、第1艦隊に伝えられる。まだこの戦いが終わったわけではない。予定ならば、あと一体、敵がいる。
そしてそいつはおそらく、このワームホール帯の向こうで、黒色艦隊を抱えて待っているはずだ。
「少し、席を外す」
「はっ!」
艦隊合流はまだ終わっていない。その隙に僕は、艦橋を出る。レティシアの様子を見るためだ。
「おう、カズキ!」
そのレティシアは、食堂でガツガツと空腹を満たしているところだ。今は両手にピザを一切れづつ持って、交互に食いついているところだ。
「……大丈夫なのか? 毎度、レティシアに頼っていうのもなんだが、そんなに一度に食べたら、また胃がやられるんじゃないのか?」
「おう、もう慣れてきたな。リーナじゃないが、胃が鍛えられてきたみたいだぜ」
うう、それはそれで心配だ。このままでは我が艦隊の三大胃袋に、4人目が加わることになるのではないか?
「そんなことよりもよ、見えねえ敵は倒せたのかよ?」
「ああ、どうにか倒せた。だが、だんだんとヤバさが増してきているきがするな」
「そうか? だけどよ、これまでも何とかなってるじゃねえか。次も勝てるさ」
「だと、いいんだが……」
この次の敵は、さらに見えなくなるんじゃないだろうな。なにせ次は「クロノス」だ。いわば、ラスボス。しかもそれがいると思われる先は、黒色艦隊の発生源でもある、どう考えても、まともな敵であろうはずがない。さらなる苦戦が予想される相手だ。
「心配などしたところで、それで敵に勝てるわけではなかろう」
いかにも正論を述べるのは、レティシアの横で便乗して、一緒に大盛のパスタを頬張っているリーナだ。うーん、何も食べてなければまだ説得力があるんだが、両手にフォークを握り、それを交互にパスタに突っ込んでガツガツと頬張りながら断言されても、せっかくのセリフがかすれてしまう。
さらにその横では、カテリーナが納豆ご飯を食べている。その横には手羽先をつまむザハラーがいる。なんだ、四大胃袋、集結中じゃないか。
「ちょっと、4人とも! もう少し食べるペースを落としてもらえる!? 調理ロボットと材料の供給が追い付かないのよ!」
悲鳴を上げているのは、グエン少尉だ。主計科からすれば、まさに悪夢のような4人がこの食堂に同時に現れた。頼むから、ついさっき戦闘を終えたばかりのレティシアとカテリーナを優先してくれないものかなぁ。
20人が利用可能な食堂を、たった4人でパンクさせてしまうとは、胃袋力が強すぎる。この艦だけ、補給の間隔が他の艦と比べて短い。ブルンベルヘン大尉も頭を抱えているほど、補給泣かせな旗艦だ。確かに司令部がある分、この艦の人数がその分多いこともあるのだが、それだけが理由ではないのは、今のこの食堂の光景からも自明だ。
「さてと、それじゃあそろそろ、僕は艦橋に戻る」
「おう、今からどこかに向かうのか?」
「ああ、あのヒューペリオンが守っていたワームホール帯を抜けて、最後の敵を確認するんだ」
「ほええ、最後の敵かぁ、いよいよ、そこまで来たんだなぁ」
クロノスとの戦いが始まって、2か月近くが経とうとしている。たった2か月ながら、密度の高い戦いが多く、何か月も戦っているような錯覚を覚えてしまう。レティシアではないが、いよいよ最後だと思うと、自然と力が入る。
「ワームホール帯突入まで、あと3分!」
艦橋に戻ると、すでに艦隊は集結を終えて、ワームホール帯を目前にしていた。
「戦いの直後ではあるが、まずはこのワープポイントの先を確認、しかる後に地球1029へ帰投する」
いきなり、その最後の敵と遭遇する可能性もある。黒色艦隊が集結しているかもしれない。砲撃戦の構えを取りつつ、潜入する。
「全艦、砲撃戦用意だ。ワープ先の戦闘に備え」
「はっ! 全艦、砲撃戦用意を下令します!」
ヴァルモーテン大尉が、せっせと電文を打ち込んでいる。ブルンベルヘン大尉は、別の通信機で何やら指示を出している。おそらくは戦闘に備え、兵站部隊を動かしているのだろう。気絶から回復したばかりのマリカ大尉はといえば、席に座ったままじーっと不機嫌そうにモニターを眺めている。
「ふぎゃあ!」「ふぎゃーっ!」
そんな緊迫した空気などお構いなしに、争うようにオオシマ艦長の膝の上でマッサージを求める2匹の獣人たち。なにをやっているんだか。さすがの猫好きのオオシマ艦長も迷惑そうだ。
緊張感があるようなないような旗艦の艦橋だが、約1000隻の艦隊はワームホール帯に突入する。
「ワームホール帯到達! 超空間ドライブ作動!」
真っ黒な空間に入る。ワープ空間へ突入した証拠だ。そしてその先は、我々の知らない場所。
その未知の場所へ、我々は出現する。
「ワープ完了!」
すぐに僕は、窓の外を見る。あの大きな棒渦巻銀河、フアナ銀河が目に入る。つまりここは、サンサルバドル銀河だと分かる。
艦隊が次々とワープアウトしてくる。が、周辺に敵影はない。想定以上に、静かな場所だ。
「この宙域に、恒星の存在はないか?」
「はっ! 太陽型恒星を確認しております!」
「そうか、ならば惑星系も存在するかどうかを調べ……」
「あっ!」
僕が観測員に確認を求めるが、その観測員が叫ぶ。
「どうした!?」
「いえ、信号を受信しました!」
「信号? なんの信号だ」
「識別信号です!」
それを聞いた瞬間、艦橋内に緊張が走る。識別信号を受信したということはすなわち、すでに我々が進出し、連合か連盟のどちらかに所属していることを示す星がある、ということでもある。
が、この銀河で、連盟に所属する星は、あの連星の小型星である地球1030しかないはず。しかもまだあの2つの星は発見されたばかり、まだ識別信号など発信できる状態にはない。いや、そもそもここは、あの星域ですらない。
この銀河で識別信号を出せる星は、たった一つだ。
「識別信号を解読! ここは、地球1019の星域です!」




