#220 平穏
「う……うみゃーっ! 冷たくて、うみゃーよぅ!」
叫んでいるのは、ボランレだ。オオス商店街の一角にあるスイーツの店の前で、あの尻尾をふりながら叫んでいる。
「ち、ちっとも、うみゃーくないよぅ!」
ところが、それに反論するやつがいる。尾がついていないそいつは、手に持ったソフトアイスの味を真っ向から否定する。
「ふぎゃあ! 食わずに否定するのかよぅ! ちゃんと食ってから、文句をいうんだよぅ!」
「ふぎゃーっ! そんなもの、食わずとも分かる……う、うみゃーっ! うみゃーよぅ!」
「ふぎゃあ! ほれ言った通りじゃないかよぅ!」
「ふぎゃーっ! う、うみゃーなんて、言ってないよぅ!」
この低レベルな会話にも関わらず、あの見た目につられて人がわんさかと集まってくる。別に彼女らは、演技などしていない。ただこの獣人2人を並べて、ソフトアイスを渡しただけで効果覿面だ。天然の広告塔として、たちまち人を集めてしまう。
ボランレとンジンガは「飼い主」ともども、このナゴヤに止まっている。ヘインズ中尉とセラーノ上等兵曹も、離れた場所で同じアイスを口にしながら、2人の様子を眺めている。
間違いなくこのオオスのカルチャーには、まさにぴったりな2匹……いや、2人だ。
「おう、また人目を集めるのに使われてるのか」
レティシアがその様子を見て、ズバッと言い切る。それを聞いたンジンガが反論する。
「ふぎゃーっ! そんなことないよぅ!」
「そうか? フガフガのおかげで、こんなに集まってきたぞ」
「ふ、フガフガじゃないよぅ!」
すでに店の前には、行列ができている。ついでに、ボランレを撮影する人々が後を絶たない。それを見たンジンガは、ボランレに突っかかる。
「ふぎゃーっ! 何やってるんだよぅ!」
「ふぎゃあ! なぜかみんな、カメラの前でこうすると喜ぶんだよぅ!」
「ふぎゃーっ! こんな連中を喜ばせて、どうするんだよぅ!」
「もしかしてンジンガ、妾がチヤホヤされて、嫉妬してるんだよぅ!?」
「ふぎゃーっ! そんなわけないよぅ!」
などと言われて挑発されたンジンガも、その撮影会に身を投じる羽目になる。2匹……じゃなかった、2人は争うように、写真撮影に応じている。
この間、ここにきた時には、ボランレ一人だったからな。これがもう一人増えるだけで、この盛り上がり具合だ。その宣伝費がアイス2つとは、あまりにも安すぎる気がするな。
「ほう、バカ犬とアホ犬が、スイーツの宣伝にこき使われているのですか。いいザマですね」
毒舌を述べるのは、ヴァルモーテン大尉だ。後ろにはブルンベルヘン大尉もいる。
「なんだ、ヴァルモーテン大尉、お前、まだオオスにいたのか?」
「たった1週間では、故郷などには戻れませんよ。ここにいてツボ探しをした方が、はるかに有意義というものです」
なんだ、カップルで揃ってツボ探しか。寂しい話だなぁ。他にやることがあるだろうと、僕などは思う。
「いやあ、それにしても、曜変天目茶碗が、まさか骨董市で見つかるとは……ほんと、オオスというところは油断なりませんね」
「本当だね、アウグスタ。まあ、よかったじゃないか、お目当てのものが見つかって」
多分また、国宝級を名乗る贋作を掴まされているのだろう。ブルンベルヘン大尉も、それを承知で応じているようにも思う。
「おや、ヤブミ提督ではありませんか」
そこにまた、別の人物が現れる。ホウキを片手に歩くその人物は、エリアーヌ准尉だ。
「おう、エリアーヌ。おめえ、ここで何してやがる?」
「はっ、レティシア様、小官はとある任務遂行のため、この場にいるのです」
「任務? おめえに任務なんて、あるのかよ?」
そんな会話をしているところに、さらにもう一人の人物が現れた。
「おい、エリアーヌ! いいもの見つけたぞ!」
大きな抱き枕を抱えて嬉しそうに現れた人物、あれは、サウセド大尉だ。
「あーっ! サウセド大尉殿! 見るだけって言ってたじゃないですか!」
「見てたら欲しくなったんだよ。これ、オオス限定だぞ? いいだろう」
「よ、良くないですよ! 何考えてるんです、大尉殿は!」
あれで仲がいいようだから、心配する必要はないのだろう。だが、エリアーヌ准尉よ、サウセド大尉をここに連れてきてしまえば、ああなることは十分予想できたのではないか?
カテリーナとリーナ、それにザハラーは、脇のテラス席でモリモリと何かを食べている。我が艦隊の三大胃袋が今、トップの座を争い、壮絶な大食バトルが繰り広げられている……わけではなく、ただ黙々と、互いを刺激し合いながら食い続ける。あれを見ると、僕はかえって食欲を無くすな。
思ったのだが、みんなこのナゴヤにいるな。比較的近くに実家があるオオシマ艦長と、タナベ大尉とダニエラのペアだけが、ナゴヤ以外にいるだけのようだ。
「あらあら、また偽物で喜んでいるのですか? フランクフルト大尉」
「そう言うケチャップ・ピザ大尉殿も、このようなところでまたケンカと憎悪を売り歩いているのですか?」
マリカ大尉が現れて、ヴァルモーテン大尉といつものやり取りを始めている。
「あの! ヤブミ少将ですよね!?」
ところが、僕も傍観者ではいられなくなってきた。私服姿だと言うのに、時折、僕も街ゆく人に絡まれることが多い。で、そういう時は、レティシアと共に撮影に応じる。
「プロテイン・スマイル!」
あ、いや、もう一人いたわ。ドーソン大尉もその撮影会に加わる。なぜかこの男、妙に女性のウケが良い。
離れた場所では、グエン少尉とジラティワット少佐が何やら話し込んでいる。時々、僕の方を指差しているところを見ると、今後の戦いのことでも話しているのか、それとも単に僕を変態呼ばわりしているだけか。
しかし平和だな、ここは。
このところの、あの不可解極まりない戦闘を思えば、オオスのこの雰囲気は、とても同じ宇宙とは思えない。
いや、もっと身近に行われている、連盟軍との戦闘もそうだ。ここでは、宇宙で行われている戦いなど、まるで無縁と言わんばかりの人々で溢れている。
もっとも、本来こちらの姿こそが正しい。宇宙での戦闘が、異常事態と言える。
「ふぎゃあ! 妾は今日、たくさん働いたよぅ!」
「ふぎゃーっ! お前のあれのどこが、働いてたんだよぅ!」
争い事も、あの程度で済ませるのが理想だろうな。
が、人類というやつは、常に「敵」がいないと気が済まないらしい。妙な言い方だが、その共通の敵ができたからこそ、かなり限定的ながら、連合と連盟の休戦宙域が設定された。
そうだ、僕はそこでふと、考える。
「クロノス」を倒したとして、その後は、どうなるんだ?
非戦闘宙域を定めた条約は解除され、異銀河を巡って再び戦乱の宙域に逆戻り、いや、ボランレのいた地球1029と、その隣の地球1030では、近接戦闘が頻発することになりかねない。
そうなれば、地獄絵図だ。互いが近すぎるが故に、戦闘の密度が格段に高いはず。連星を連合と連盟それぞれが受け持ってしまったことが、かえって仇になるかもしれない。
とはいえ、その辺りのことは、僕の範疇ではない。僕はただ、与えられた任務を遂行するだけだ。今は「クロノス」一派を滅ぼし、あの宙域に現れる未知の敵を一掃すること。それだけだ。
「あー、食った食った!」
僕が先のことに心向けていると、ドンと隣にリーナが座ってきた。ようやく、満足したらしい。
「おう、リーナよ、またいっぱい食っていたな」
「そうだな。このオオスには、美味いものが多過ぎる。ついつい、食べ過ぎてしまうな」
いや、お前、別にオオスじゃなくても食べ過ぎてしまうだろう。さほど変わらないように思うのだが。
「なんでぇ、この後、味噌カツ食いに行こうかと思ってたんだけどよ、おめえは無理そうだな」
「なんだと!? 私も行くぞ!」
「なんだおめえ、まだ入るのかよ……」
「味噌カツとひつまぶしは、別腹だ!」
なんとまあどでかい別腹を持つやつだな。しかしリーナは体長10メートルもの、人型重機の攻撃すらも弾き返すやつと張り合った。あれと同等だと思えば、この食欲にも納得だ。
「おい、ボランレとフガフガ! 味噌カツ食いに行くか!?」
「ふぎゃあ! 行くよぅ!」
「ふぎゃーっ! なんだよ、ミソカツってのはよぅ!?」
「行きゃあ分かる。そうとなりゃあ、飼い主ともども行くぞ!」
おい、レティシアよ。このふぎゃふぎゃとうるさいやつらも連れて行くのか? ボランレはともかく、ンジンガに味噌カツはいいのか?
などと言う心配をよそに、我々はゾロゾロとあの店に向かう。
リーナが「オーク」と呼ぶ二本足の豚の看板が目印のこの店に、獣人が2人も現れ、店は騒然とする。今、このナゴヤで獣人を連れ歩けるのは、僕だけだと知られていることもあるが、それだけではない。
結局、ザハラーもカテリーナもついてきてしまった。つまり、第8艦隊の三大胃袋が一つの店に現れた。この店の従業員と常連ならば、それがどういうことなのかよく分かっている。その顔色を見れば、僕にもその気持ちがよく伝わってくる。
「おう、わらじとんかつを8人前で、この2人には、ロース串カツ5本を2つだ」
「はい、承知しました……で、こちらの3人は一皿でよろしいので?」
「今、商店街で食ってきたばかりだからな。こいつらも、一つでいいぜ」
レティシアの注文で、「あの3人」について確認をする店員。いつもなら、3皿程度でも済まないからな。予め何かを食べてた後だと聞いて、ホッとしている様子だ。
「ふぎゃーっ! なんだよぅ、これは!?」
「ふぎゃあ! 食ってみれば、これもうみゃーよぅ」
「ふぎゃーっ! これ、食えるのかよぅ!」
まだフォークすら使えないンジンガために、串カツにしたわけだが、そもそもあれが食べるものに見えないらしい。そういえば、ボランレも始めはそうだったな。
が、口に入れると、それがどういうものかを、こいつも理解する。
「う、うみゃーよぅ!」
耳をバタバタさせながら、齧り付いているところを見ると、よほどハマったようだな。ボランレと同じだ。まさに、百聞は一見に如かず、百見は一食に如かず。
「ふぎゃあ! 言った通りだよぅ!」
「ふぎゃーっ! う、うみゃーなんて言ってないよぅ!」
雑な言い訳だな。確かに今お前、うみゃーって言ってたぞ。その様子を見た店員が、ボランレとンジンガの皿にそっと一本、追加する。
「気に入ってくれたみたいだから、おまけですよ」
それを見たンジンガは、ポカンとした顔で店員を見つめる。
「ふ、ふぎゃー……ありがとなんだよぅ……」
「ふぎゃあ! ありがたいよぅ!」
どうやらンジンガは、あまり優しさに触れることなく生きてきたみたいだな。あの人格も、それゆえかもしれない。不意に向けられたこの店員さんの優しさに、何か感じるところがあるようだ。
もっとも、店にしてみれば、いい宣伝だ。なにせ獣人が2人もやってきた。串カツを食べる様子を、スマホのカメラに収める別の店員。これを何処かにアップして、宣伝に使うつもりなのだろう。その効果を思えば、串カツ1本サービスなど、安い物だ。
「味噌カツ美味え!」
「……美味しい……」
「やっぱり、もう一皿だ!」
「ええ〜っ!? リーナ、おめえまだ食うのかよ!」
「プロテイン・カツ!」
「さ、騒がしいですね……」
ふぎゃふぎゃと変な掛け声に混じって、他の0001号艦乗員もそれぞれ、口々に味噌カツを堪能していることを口にする。その間、客も店員も、時折撮影している。我々も変に有名になってしまったものだ。
戦いの合間の平穏な日々を、ここオオスで過ごす。甘辛い味噌の味が、しばし僕らを戦いから忘れさせてくれる。




