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#22 転属

 我が第8艦隊旗艦、駆逐艦0001号艦には、航空機が搭載されていない。

 通常、どの駆逐艦にも最低1機の哨戒機が搭載されている。それは、高エネルギー砲撃による雑電波でレーダーが効かなくなった際に、その雑電波(ノイズ)の影響のない外から敵の艦隊を捕捉、監視し、その情報を駆逐艦に送信するという役割を果たすためである。

 ところが、0001号艦は特殊砲撃用に追加された装備によって、機関の大型冷却機すら排除した艦である。だから、哨戒機が格納できるほどの格納庫はない。

 ただ、通常の半分の大きさの格納庫ならある。その大きさではもちろん、哨戒機はおろか、いかなる軍用航空機も載せられない。


 が、たった一種類だけ、搭載可能な兵器がある。

その兵器2機と専属のパイロット2名が本日、我が艦に着任する。


「敬礼!」


 ジラティワット大尉の号令で、集まった30人の戦隊長が一斉に敬礼する。僕はその30人に向かって、返礼する。

 地球(アース)042ペリアテーノ方面司令部の大会議場に集まったのは、我が艦隊の戦隊長30名と、第8艦隊司令部の2人。


 通常、駆逐艦隊は10隻ごとに戦隊、それを30隊ほど集めた300隻規模の小艦隊、それを3つ束ねた1000隻規模の中艦隊、そしてその中艦隊を10隊束ねた一個艦隊、という順に組織されている。

 だが、第8艦隊はいわば、小艦隊規模。全部で30戦隊しか存在しないという、艦隊と呼称するにはいささか心許ない艦隊である。

 おまけに、通常であれば1小艦隊、300隻につき戦艦が1隻付随するものであり、その戦艦が小艦隊旗艦を兼ねるというのが通常の構成だが、我が艦隊はその戦艦が存在しない。おかげで、0001号艦が旗艦という扱いになる。

 駆逐艦が旗艦だ。だから、艦隊司令部も小規模だ。司令部付きの軍人は、僕とジラティワット大尉しかいない。僕が艦隊指揮を取り、その指揮命令をジラティワット大尉が各戦隊長に伝える。作戦立案、補給計画、情報収集、これらの任務をジラティワット大尉一人が行う。それを受けて僕は作戦決定や艦隊運用を行う。


 たった2人の艦隊司令部など、聞いたことがない。通常の小艦隊ですら、司令部には准将1人に5人の幕僚がつく。ところがこの艦隊はその参謀役がたったの1人。

 が、それだけジラティワット大尉が優秀な人材でもあるということの裏返しでもある。正直言って、大尉にしておくのはあまりにももったいない。だから次の第1艦隊との合流時には、軍司令部に少佐への昇進を進言するつもりである。

 その大尉の号令で始まったのは、2人の陸戦隊員の着任式である。


「本日、2489年10月1日付で、2名の人型重機パイロットが、我が第8艦隊旗艦、駆逐艦0001号艦に着任する。彼らは第1艦隊、第2陸戦隊より転属されたマイク・ドーソン中尉と、スタンリー・デネット中尉だ」


 僕の紹介とともに、2人の陸戦隊員は敬礼する。


「小官は第1艦隊、第2陸戦隊より転属となりました、ドーソン中尉であります!」


 がっちりとした、いかにも陸戦隊員といういでたちの人物がまず挨拶する。続いて、ドーソン中尉ほどの風格はない、やや細身の士官が前に出る。


「同じく、第2陸戦隊より参りました、デネット中尉であります」


 先程のドーソン中尉に比べると、少し迫力に欠ける人物だ。同じ陸戦隊員とは思えない。もっとも、我が艦にて肉体労働の任に着くわけではないので、デネット中尉ほどの体格でもなんら問題はないのだが。


 で、彼らが操るのは体長8メートルほどの人型重機と呼ばれる二足歩行ロボット。2人乗りで、大きなキャノピーに、短く太い足で支えられたずんぐりとしたスタイルのロボットで、その名の通り、元々は重機だ。それを軍用に改造したものに、この2人は乗り込む。

 この機体ならば、通常の半分しかない格納庫でも搭載可能であり、しかもその器用な手で機材を展開すれば、哨戒機と同等以上の哨戒活動が可能となる。さらに人型重機は、各種工作活動も可能。旗艦に載せるのに相応しい機体だ。

 そんな2人が乗り込む人型重機が、0001号艦のすぐそばに運ばれてきた。


「なんでしょう、このギガンテスのような巨人は?」


 訝しげな顔でその体長8メートルの無骨な巨人を見上げるダニエラ。そのそばに、カテリーナとレティシアがいる。


「おう、こいつは人型重機っていうロボットなんだぜ」

「ろ、ロボット? なんですか、そのチーズ入り雑炊のような名前は」


 いや、ダニエラよ。それはきっとリゾットだ。こいつはどう見ても食べられないし、食ったところできっと不味い。

 興味津々のダニエラに対し、その化け物のような様相の巨人に恐怖し、レティシアの影で眺めるカテリーナ。だが、この人型重機を怖がるこの砲撃手(ガンナー)は、敵と味方にいる多くの人々から恐れられる存在でもある。彼女が少し本気を出せば、こんな機体の100や200、一瞬にして消滅できるだろう。そんなもの相手に恐怖を抱くなどとは、なんとも皮肉な話だ。


 そんな戦乙女(ヴァルキリー)の脇を、先ほどの転属組2名が通り過ぎる。届いたばかりの重機に乗り込み操縦して、格納庫に納めるためだ。

 と、そのうちの一人が、声を掛けてくる。


「あの、閣下。一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 突然、僕に話しかけてきたのはドーソン中尉だ。


「なんだ?」

「はっ! その、閣下のすぐそばにおられる3人の方はもしや、戦乙女(ヴァルキリー)と呼ばれている方々ではございませんか?」


 なんだこいつ、そんなことまで知っているのか。もうすっかり有名人だな、この3人は。僕は応える。



「ああ、そうだ」

「ということは、こちらの方はやはり、カテリーナ兵曹長なのでございましょうか?」


 ドーソン中尉が指すのは、カテリーナだ。そういえばカテリーナのやつ、あのSNSのおかげですっかり写真が出回っているから、一目見て分かったのだろう。


「ああ、その通りだが」

「やはり……軍服を着てはいますが、あの時見た人物に、間違いはないようですね」


 ドーソン中尉のこの一言に、僕は何やら違和感を覚える。その口ぶりは、以前、カテリーナと直接会ったことがあることを示している。

 ドーソン中尉は、レティシアにしがみつくカテリーナの前に立つと、敬礼して口を開く。


「カテリーナ兵曹長殿!」


 いきなり、ガタイの良い男に話しかけられて、カテリーナは一瞬、戸惑いの表情を見せる。


「……何、でしょう?」

「私は、今日付でこの第8艦隊旗艦に転属となった、ドーソン中尉だ」

「は、はい、カテリーナ、です」


 いきなり名乗られても困るだろう。同じ船の乗員になるということ以外、砲撃科と陸戦隊ではまるで接点がない。


「貴官とはすでに一度、会ったことがある。貴官は覚えているかどうかは分からぬが」

「……あの、どこで?」

「戦艦ノースカロライナの街の、第2階層中央広場、模擬戦大会の会場だ」


 それを聞いた瞬間、僕にはピンときた。元第1艦隊の陸戦隊所属で、あの場にてカテリーナと対面した人物。

 そう、あの時、無防備なカテリーナに手も足も出せず、完敗した5人組。まさか、ドーソン中尉がその1人だというのか?


「あの会場で、私は貴官の相手側の5人の内の1人だった。そして、貴官に撃たれた3人目。その後、残った2人も倒し、貴官は我々、陸戦隊員相手に完全勝利を果たした!」


 やはりそうだった。ということはまさかこいつ、カテリーナにあの時の借りを返しにきたのではあるまいな?いや、いくら何でも、ここは軍施設の中だ。しかも、艦隊司令官である僕の前で、そんなことは……


「貴官に問いたい! 私とこれから、手合わせ願えないか!?」


 いきなり手合わせと来たぞ。まさか今度は、帝都の郊外にある荒地でやり合おうというのではあるまいな。


 黙ってはいられない状況になったと察した僕は、ドーソン中尉を制止しようとする。が、そこにもう1人の人物が現れる。彼と同じく転属になった、デネット中尉だ。


「ああ、すまない、カテリーナ兵曹長。こいつは感情が高ぶるとこの通り、おかしなことを言い出すんだ」


 そう言いながら、デネット中尉は僕の方を向き、敬礼する。そしてまた、カテリーナの方を向く。


「こいつの言いたいことはだな、要するに、『カテリーナ兵曹長、あなたに惚れた、ぜひあなたと付き合いたい』と、そう言うことなんだ」


 この場にいる者、僕とレティシアは、ダニエラは、一瞬、凍りつく。

 それには二重の意味がある。一つは、どうしてあのセリフがカテリーナへの「告白」になるんだ?そして、なぜカテリーナにコテンパンにされたやつが、その相手に惚れてしまうんだ?


「……なあ、ひとつ聞いてもいいか?」


 しばらく続いたその沈黙を破るように、レティシアがようやく口を開く。


「どうぞ」


 と、応えるのは、デネット中尉だ。


「なんでカテリーナにやられたやつが、カテリーナに惚れちまうんだ? 完膚なきまでに負かされた相手だぞ、どこに好かれる要素があると言うんだ?」

「ああ、なるほど、いい質問だ。それはぜひ、ドーソン本人から伺いましょうか」


 そう言ってデネット中尉は、ドーソン中尉に振る。

そしてこの強面の男は、質問したレティシアというより、カテリーナの方を向いてこう応える。


「戦って芽生える、友情もある!」


 ……答えになっていないぞ。戦うことでなぜ芽生えるのか、そしてなぜ「友情」なのか? 愛の告白ではなかったのか?

 これには、デネット中尉も頭を抱えている。せっかくのフォローが台無しのようだ。どうもこの男は、不器用だ。それが痛いほどよく分かる。


 で、当のカテリーナは、何が起きているのかあまり理解しているようには思えない。まるで他人事のように、ボーッとした顔でドーソン中尉を見ている。


「ちょっと、待って下さい!」


 そこに割って入ったのは、ダニエラだ。


「あの、何か?」


 デネット中尉の位置付けは、この不器用男のフォローのようだ。ドーソン中尉に代わり、ダニエラに応える。


「ドーソン様のことはよく分かりました。が、カテリーナさんの気持ちを聞いてませんわ!」


 ごもっともなコメントが飛び出した。そりゃそうだ。この話の中心は、カテリーナだ。


「ではカテリーナさん、あなたはどうなのですか!?」


 皆の視線が、カテリーナに集まる。急に注目を浴びたカテリーナは一瞬、戸惑いの表情を見せる。

しばらくの沈黙ののち、ついにカテリーナは口を開く。


「……味噌カツ、パフェ、食べたい」


 おい、カテリーナよ。お前、今の話を聞いていたか?

カテリーナのこの一言でこの場の空気は一気に冷め、一同は解散となった。


 転属組の2人は2機の人型重機に乗り込み、そのまま発進して0001号艦の上部格納庫へと飛び去っていく。

あの2機が格納庫に収まるのを見届けると、ダニエラがカテリーナにつぶやく。


「もっとはっきり、おっしゃれば良かったのに」


 それを聞いたカテリーナは軽くうなずくと、宇宙港ロビーへと向かう。


「おい、ダニエラ。何をはっきり言えば良かったんだ?」


 が、レティシアがダニエラに突っ込む。ダニエラは応える。


「知らないんですか?」

「知らないって……何をだよ?」

「カテリーナさんの、好きな人のことですよ」


 それを聞いたレティシアも僕も一瞬、返す言葉を失う。


「か……カテリーナの好きな人だってぇ!? 誰だよ、そいつは!」


 レティシアのやつがあまりに大きな声で叫ぶから、カテリーナまで振り返る。


「何ですか、とっくに知っていらっしゃるのかと思いましたのに」

「いや……知らねえぞ、そんなやつ。誰だよ?」


 レティシアはダニエラを問い詰める。が、ダニエラのこの物言いで、僕は何となく察した。

 そしてダニエラは、僕の予想通りの人物の名を語る。


「ナイン中尉、ですわ」

「ナインって……誰だよ?」

「この船の元砲撃手で、今は操舵手を務める砲撃科の士官、アウン・ミョー・ナイン中尉ですわ」


 やはりな。先日の砲撃訓練の風景を見ていれば、それも納得だ。あの2人は息もぴったりで、なかなかの名コンビだった。あれを見れば、カテリーナの脅威の命中率には、ナイン中尉の操舵の腕による貢献度も高いと言わざるを得ない。


 当のカテリーナはこちらをチラッと一瞥すると、何も語らず振り返り、再び歩き出す。こういう方面には無頓着なやつだと思っていたが、なかなかどうして、案外、普通の娘だな。


「それでダニエラよ、カテリーナはともかく、ナイン中尉はどうなんだ?」

「さあ、相手のことまでは分かりませんが……ですが、まんざらでもないんじゃありませんか?」


 なんだ、相思相愛かどうかまでは確認できていないのか。ダニエラは僕にそう応えると、カテリーナを追うように小走りで宇宙港ロビーへと向かう。


「えらいこっちゃな……カテリーナが、恋をしてるだって?」


 レティシアもぶつぶつと唱えながら、その後を追う。僕もレティシアを追う。だがレティシアよ、考えてもみろ、カテリーナだってもうすぐ20歳だ。普通の人間なら、恋の一つや二つ、してもおかしくはない年頃だぞ。


 闘技場の露と消える運命に晒されて、やや廃れてしまった感情は、同僚に恋心を寄せられるほどに復活を遂げたということか。司令部としては、彼女を精密砲撃用マシーンにしか見ていないけれど、当然ながらカテリーナも普通の人間。味噌カツも食えば、恋もする。


 そんなカテリーナに突如、迫るあの不器用男、おそらくはまだ諦めてはいまい。今回は中途半端に誤魔化してしまっただけに、次はどう攻めてくるか、あのドーソン中尉という男は。

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