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#219 子供

「なんだ、まだ生きてたの、カズキ」


 顔を合わせるなり、フタバの口から出た言葉がこれだ。


「生きてるよ。こっちでも流れてたんだろ、第8艦隊の戦いぶりは?」

「知ってるよ〜、リーちゃんが馬鹿みたいにでっかい化け物と戦った姿も、メディアで見たよ。そうそう、先の戦いでは、モーちゃんも大活躍だったって聞いたけど」


 なんだ、よく知ってるな。そりゃそうだろう。ダルシアさんが知ってるくらいだ。ましてや、情報通のバルサム殿と一緒のフタバが知らぬはずがない。

 で、一緒に来たレティシアとリーナの関心は、別のところにある。


「おお、この辺はフタバで、この辺はバルサムだなぁ!」

「うむ、フタバでも子孫を残せるのか。まだ信じられないが」

「なんてこと言うのよ、リーちゃん! 物的証拠を目の前にして、そういうこと言う!?」


 あの2人が見ているのは、ベビーベッドの中でスヤスヤと寝る赤ん坊。ついひと月ほど前に生まれたばかりで、名はミツヤ。男の子だ。


「浅黒いところなんかは、バル君そっくりだよねぇ。で、この顔がぶちゅってしてるところは、私そっくり」

「それは赤ん坊だからでしょう。まだこれから変わるわよ、顔の形なんて」


 母さんも加わり、4人がベビーベッドを囲んで、たった1人の生まれたばかりの命を眺めている。


「フギャー!」

「ああ、起きちゃったよ! ほらほら、ミツちゃん、ママですよー! パッパラパパッパ、パラパラパパッパ……」


 と、大人の異様な気配を察知したのか、ミツヤが起きて騒ぎ出す。そんな我が子を抱き上げて、妙な歌を口走るフタバ。


「随分と母親らしくなってるけど……なに、あの歌は?」

「ああ、何かのCMソングだよ。あれを聞かせると、あの子、すぐ落ち着くんだって」


 変なやつだな。だが、確かにその歌を聞いた赤ん坊は泣き止んだ。フタバの腕の中で、キョトンとした表情で母親の顔を見ている。で、辺りを見回し、レティシアとリーナの方を見る。


「おい、こっち向いたぞ。起きてる時の方が可愛いなぁ」

「本当だな。いい顔をしている。良い騎士になれそうだ」

「いやリーちゃん、この子、騎士にはしないから」

「だけどよ、見てて飽きねえな」

「だったら、レティちゃんもさっさと作ればいいのに。このバカ兄貴との子供だって、おそらく可愛いと思うよ」

「うーん、そうだな……私も嫡子のことを考えねばならんな」

「あれ? てことはリーちゃんは、男の子がいいんだ」

「それはそうだ。まずは世継ぎとなる嫡子が先であろう」

「俺は女の子だな。やっぱり、魔女だからよ、魔女の娘が欲しいところだな」

「へぇ、レティちゃんは女の子志望なんだ。でも魔女の娘って、必ず魔女になるの?」


 なんだか、子作りの話題にシフトしつつあるぞ?その様子をジーッと眺めるミツヤ。特にリーナの顔が気になるようで、穴が開くほど見ている。


「そういえば、バルサム殿はどこにいるんだ?」

「ああ、バル君なら今、サカエの研修所に行ってるよ」

「研修所? なぜ、そんなところに?」

地球(アース)1029の情報を集めてるんだって。多分そのうち、バカ兄貴のところにも行くと思うから、よろしくね」


 そんなことまで調べてるのか。だが、あそこは崩壊した文明と、獣人だらけの星だぞ。地球(アース)001の持つ文化や技術を調べ、ペリアテーノに報告するというバルサム殿の目的と、どう関係しているんだ?


「ヤブミ閣下、ここにいたんですか」


 それから10分ほどで、そのバルサム殿が帰ってきた。


「昨日、帰ってきたので、フタバの様子を見に来たんだ」

「そうですか。で、どうです? うちの子、可愛いでしょう」


 案外、親バカなんだな、バルサム殿って。バルサム殿が我が子に手を伸ばすと、赤ん坊はその指を、ギュッと握りしめる。


「ところで、ヤブミ閣下。あの星に行かれてたのですよね」

「あの星とは、地球(アース)1029のことか?」

「ええ、そうですよ。で、いかがでしたか?」

「いや、森だらけで、さほど見るべきところは……ただ、調査隊があの星に向かい、海中の構造物などを調べようとしてるらしい。カワマタ研究員も、参加されるそうだと聞いた」

「左様ですか。なかなか興味深いですね」


 何が興味深いんだ? ただの遺跡調査じゃないか。が、バルサム殿の次の一言が、彼の真意を伺わせる。


「なにせ、失われた高度文明の跡ですからね、魔石エンジンのように、思わぬ発明につながる何かがあるかもしれませんし、私も注目しているんですよ」


 ああ、なるほど、そういうことか。地球(アース)001よりも進んだ文明の技術の発見に期待している、ということか。それはバルサム殿の目的に、極めて合致しているな。


「その地球(アース)1029ってとこも、気になるよねぇ。獣人だらけなんでしょう? 私が行って、いい感じの娘を探してさ、猫カフェっぽいもの開いたら、面白いだろうな」


 フタバも放浪癖が疼くようだ。そういえばフタバのやつ、珍しくこのナゴヤにとどまってるからな。しかしこの調子では、いずれ赤子を連れて、地の果てまで行きかねないぞ。心配だ。

 もっとも、銀河すらも超えて危ない橋を渡り続けている僕が言ったところで、説得力はないだろうが。


 で、フタバと会った翌日。僕は、トヨヤマ港に来ていた。


「そうですね、提督。これが初めてじゃありませんし、予定よりも早く終わるかもしれません」

「そうなのか……あ、いや、実に頼もしい。よろしく頼む」


 0001号艦の砲身交換作業の進捗を聞いてみたが、どうやらすこぶる順調、とても延期しそうにないな。このまましばらく、ナゴヤにとどまりたい気分だが、こいつは言い訳にはなってくれそうにない。いや、順調なのは本来、いいことには違いないのだが。

 だが、待っているのはあの、得体の知れぬ戦場だ。できれば、戻りたくはない。とはいえ、今のところ第1艦隊より他の敵が見つかったという報告は来ていない。ということはもしかして、もう「クロノス」一派は存在しないのか?

 などと、淡い期待を抱きつつ、できれば戦闘を避けたいものだと願う。が、そういうのはどこに願えばいいのか? やはりこの場合は、大須観音か?


「そうだなぁ、大須観音なら、その願いを叶えてくれるかもしんねえぞ」

「はぁ? どうしてそう思うんだ」


 レティシアに思わず願掛けするならどこがいいかと尋ねたら、こう返ってきた。


「だって、あっちはギリシャ神話最強の神なんだろう? ならこっちは、オオス最強の神様で対抗だ。負ける気がしねえ」


 うん、レティシアに聞いたのが間違いだった。全然、根拠などなかったな。そんなレティシアに、リーナが尋ねる。


「なんだその、大須観音というのは?」

「おめえだって行ったことあるだろう。赤い鳥居のある神社だよ」

「なんだ、あそこは神が祀られているのか。で、どういう神なんだ?」

「ええと、確か聖観音ってのがいてよ、そいつがとてつもなく強ええんだよ」

「つまり、戦いの神か?」

「いやあ、そういうんじゃないと思うんだが、まあなんだ、お詣りすりゃあ、何とかしてくれるっていう、便利なやつだよ」


 適当だなぁ。という僕も、あそこに祀られているのがどういう神様なのかは知らない。


「まあ細けえこたあどうでもいいや、ちょうどいい機会だしよ、行こうぜ、大須観音」

「そ、そうか。なら、行くか」


 結局、勢いに押されて、リーナも大須観音に向かうこととなる。


 赤い鳥居をくぐり、正面にある階段を上って、赤尽くしの境内に上る。


 僕も勘違いしていたのだが、ここは神社ではなく、寺だ。それはともかく、ここの境内には賽銭箱があり、鰐口(わにぐち)と呼ばれる大きな鈴がぶら下がっている。

 その賽銭箱にある読み取り機に電子マネーを当てて、3人分、3ユニバーサルドルを納める。そして3人そろって合掌、その後に、一礼する。

 僕は願う。これ以上、おかしな敵が、現れませんように。叶うならば、このオオスに留まらせて欲しい、と。

 もっとも、これは叶わぬ願いだろう。一週間もすれば、駆逐艦0001号艦の砲身交換は完了し、再びあの宙域に出発しなくてはならない。

 ならばせめて、この2人を含む戦乙女(ヴァルキリー)らがこの戦いに勝利して生き残り、幸福な人生を歩めるよう願いたい。今度の戦いで、彼女らの人生から幸せを奪わないで欲しい。

 そんな願いを聞き入れてくれているのか否か。僕とレティシア、リーナは、赤い鳥居をくぐり、まずはリーナの胃袋の「願い」を聞き入れるべく、オオスの商店街へと歩みを進める。


「おい、カズキ、今日はここに行こうぜ」

「ここって……なんだ、鶏の丸焼きの店じゃないか」

「そうだよ。リーナなら、2、3羽はいけるだろう。それじゃ行くぜ」


 とある店の前で、レティシアが立ち止まる。3人は、その店へと入る。

 店頭に置かれたケースの中には、たくさんの鶏が置かれている。今は暖かい季節だからと、僕らはテラス席に座る。


「んじゃ、リーナはカット無しで2羽だな。んで、俺とカズキは、カットしたやつを1羽づつだ」


 以前にも来たことがあるが、リーナは丸焼きをむしりながら食べるのが好みだという。だから、カット無しの丸焼きを出してもらう。僕とレティシアは、食べ易くカットされたやつを注文する。

 すぐに料理は出される。しかし、一羽というのは案外多い。その量を目の前にして、僕は呟く。


「多いな。やはり、ハーフにしておけば良かったかな」

「何言ってやがる。艦隊司令官やってるやつが、鶏の一羽も食えなくてどうする?」


 無茶言うな。艦隊指揮とは関係ないだろう。にしてもレティシアのやつ、最近、食べる量が増えてないか?

 リーナはといえば、モモのあたりを引きちぎり、食らい付いている。あれが、皇女様のやることか? ややボーイッシュだが、見た目は悪くない金髪の皇族の娘が、無神経そうな大須観音の鳩すらもドン引きするほどの食らいつきっぷりだ。道ゆく人々は、リーナの様子をチラチラと横目で見つつ、通り過ぎる。

 うう、やはり目立つな。店内の席にすればよかったか?


「あの……」


 と、そこに3人の女性が近づき、声をかけられる。


「なんでしょう?」

「つかぬことを伺いますが、ヤブミ閣下でいらっしゃいますか?」

「はぁ、そうですが……」


 参拝するからと、よりにもよって軍服姿で来てしまったのが災いしたか。いきなり身バレする。そういえば、トヨヤマ港ではインタビューに答えてしまったし、顔も知られているだろうからな。


「うわっ、やっぱり本物だった! てことは、横にいらっしゃるのはレティシア様とリーナ様ですか!?」

「おう、そうだぜ!」


 当然、横の2人も有名人だ。むしろ、僕などよりも、この2人の方が以前より「戦乙女(ヴァルキリー)」として名を馳せている。


「あの、皆さんの写真を撮ってもよろしいですか?」

「えっ? 僕も入るの?」

「ええ、異銀河で戦う英雄ですし、それにノブナガ公の再来と言われるお方ですから、ぜひ」


 えっ、まさか僕がメインなの? どちらかと言えばレティシアやリーナの引き立て役だった僕が、いきなりのご指名だ。信じられない出来事に直面し、僕はしばし、硬直する。


「おう、いいぞ! じゃんじゃん撮れ!」

「えっ、じゃんじゃん撮ってもいいんですか!? それじゃあ……」


 レティシアが許可してしまった。こういうことには寛大なレティシアだ。リーナも、それに応じる。硬直した僕の両脇に、肉を食うレティシア、もも肉を握るリーナが並ぶ。


「うわぁ、いい写真撮れたわぁ! ありがとうございます!」


 3人の女性たちは、その場を去る。あの程度で喜んでもらえるならば、軍のイメージ向上にもつながるだろう。僕はそう思い、再び丸焼き肉を食べ始める。


「あの……」


 ところがしばらくすると、再び別の女性陣が現れる。今度は5人だ。


「はい、何か?」

「ヤブミ閣下でいらっしゃいますよね? ええと、皆さんご一緒に一枚、お撮りしてもよろしいですか?」

「ええ、構いませんが」


 すでに一枚撮られている。今さら、拒む理由などない。再び僕らは、カメラに向かってポーズする。

 ところがだ。その辺りくらいから、写真を撮らせてくれという輩が、次々と現れる。


「あの、ヤブミ閣下! 写真撮ってもいいですか!?」

「ここで撮影会をやってるって聞いたんですけど!」

「本当だ! 本当にヤブミ閣下だ!」


 ……どうなってるんだ? なぜこの場所に、僕がいることが分かるんだろう?

 次々と押し寄せる人々に答えて、なぜか丸焼きの店が撮影会場と化す。


「はーい、並んで並んで! 撮影するなら、テイクアウト一品、買っていってねぇ!」


 しまいには、この店のオーナーが撮影会を仕切り始める。もちろん、店の品を一品買うという条件で、だ。どういうわけか僕らは、この店の宣伝要員となった。

 それから1時間ほど、僕らは撮影会に応じる羽目になる。その代わり、僕らの食べた分はタダになった。リーナが5羽ほど食べたことを思えば、かなり元は取れたとは思うのだが、それにしても、予定外のこの撮影ラッシュに、僕はすっかり疲れてしまう。


 後で判明したのだが、先に撮影したあの3人が、あの直後にSNS上にアップしていた。それが一気に拡散し、あれだけの人を呼んだのだということが分かる。

 この一件で、撮影に応じるのも、軍服を着て歩くのも、程々にすべし、と僕は悟った。

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