#218 帰省
「ハチジョウ島管制局管轄圏を離脱! 高度1500まで降下せよとの指示!」
「了解、高度1500まで降下。両舷減速、速力400まで落とせ」
「トヨヤマ港より通信! 入港許可、了承! 122番ドックに入港されたし、以上です!」
ボランレの星を経って2日、イアぺトスとの戦いから1週間。駆逐艦0001号艦は今、トヨヤマ港に向かっている。
特殊砲撃での砲身寿命が残り1発分となったため、砲身を交換することとなった。そのため、第8艦隊は一時地球001に帰投し、代わりに第1艦隊が地球1029周辺に展開することとなった。で、久しぶりに僕は、ナゴヤの地に向かうこととなる。
西暦2491年5月14日、ナゴヤ時間で午後7時10分。実に半年ぶりに、僕はこの地球001の、ナゴヤの地を踏むことになる。
今はちょうど夜だ。ナゴヤの夜景の灯が、遠くに見えてきた。
「うむ、あれを見るのも、随分と久しぶりであるな」
「そうだな、あれをみなきゃ、ナゴヤに帰ってきたって気がしねえ」
リーナとレティシアが艦橋の窓から見ているのは、高さ800メートルの「テレビ塔」だ。今やナゴヤのシンボルである、七色に光るあの恒星間通信用アンテナの光が、灯台のように我が0001号艦をナゴヤへと導く。
「ふぎゃーっ!? なんだよぅ、このバチバチしたところは!?」
「ふぎゃあ! ここはナゴヤだよぅ!」
「なんだよぅ、そのナゴヤってのはよぅ!」
「うみゃーもんが、いっぱい食べれるところだよぅ!」
「う……うみゃーもんなんて、あるわけないんだよぅ!」
「ふぎゃあ! ンジンガだって、食堂でピザをうみゃーうみゃーと食べとったよぅ!」
「う、うみゃーなんて、言ってねえよぅ!」
ここ一週間ほど、このンジンガというやつに関わって分かったのは、こいつはボランレと比べて、やや負けず嫌いな性格だということだ。
こいつがうみゃーうみゃーとピザを食べているところに僕が遭遇した時など、全力でうみゃーと言ってないなどと否定してきやがった。他にも、カテリーナにつられて納豆ご飯をうまそうに食べているところをたまたま見かけたところ、やはり全力で否定する。
いや、負けず嫌いというより、天の邪鬼とでも言えば良いか? ともかく、ボランレと違い、素直ではない。
「バカ犬にアホ犬! うるさいですよ!」
「ふぎゃあ! バカ犬じゃないよぅ!」
「ふぎゃーっ! 誰がアホ犬だよぅ! このバナナ女!」
「誰がバナナじゃい! 私は、カリウム豊富な果物か!」
ヴァルモーテン大尉の毒舌に対する反応も、ンジンガの方が激しい。にしてもだ、どうしてヴァルモーテン大尉がバナナに見える? さっきから、ふぎゃふぎゃとうるさい。
ところで、あの大型星と小型星がそれぞれ命名された。ボランレのいた方の大型星が「地球1029」で、小型星が「地球1030」と名付けられる。つまり、地球1029が連合側、1030が連盟側となる。
一見すると、大きな地球1029を得た我々の方が優勢な具合だが、事はそれほど単純ではない。
この大型星、極端に陸地が少ない。表面の9割近くが、海で覆われている。
大陸といえる場所が、たったの一つしかなく、それもオーストラリア大陸ほどしかない。表面積が地球001の8倍はあるこの星で、これは小さ過ぎる。あとは島が点在するのみだ。
が、調べると、どうやらこれは、この星本来の姿ではないらしい。
簡単に言うと、何かがきっかけで、陸地の大半が海に没した、というのだ。
それが証拠に、海中にはいくつもの文明の痕跡が見つかっていると言う。どう見てもビル群が没したのではないかと考えられる不自然な地形などがいくつも発見され、そこが陸地だったと思われると推測されている。
が、すでに数万年は経過しており、海中の魚礁と化したその場所から何かを得ることは難しいと、軍司令部付き技術部は返答している。
マリカ大尉は当然、これを「クロノスとゼウスらの戦いの跡」だと主張する。まさしくここで、原生人類らの壮絶な戦いが繰り広げられた、と言うのだ。ただしそれがこの星だけなのか、それともその隣の小型星も巻き込んでの戦いなのかは、知る由もない。
さて、一方の小型星だが、あちらは逆に海は少なく、陸地が多い。海の面積割合が6割にも満たないと言うから、ほぼ半分が陸だ。
ビスカイーノ准将からの報告を聞く限りでは、この地の大半は砂漠のようで、一言で言うなら、無理矢理「地球」にした星のようだという。つまり、テラフォーミングした痕跡があるというのだ。そして、やはり遺跡らしき痕跡が見られるという。ただしこちらは地上にあり、風化が進んでいるそうだが。
また、この両方の星にはあの「浮遊岩」が多く見られる。一方で半径が倍近く違うのに、重力はほとんど変わらない。よく似た星のようで、組成がかなり異なる星同士であることは確実だ。その辺りは、今後の調査で明らかになっていくことだろう。
そして地球1029、1030両方に共通したことが、一つある。
それは、この両方の星には「獣人」しか見当たらない、ということだ。
つまり、向かい合った星にはどちらも、「ボランレ」風のあれが住んでいるという。
地球1029のあの唯一の大陸でも、いくつもの集落が見つかったが、いずれも獣人ばかりだ。その辺の事情は、小型星も同じだということだ。
もっとも、文明らしきものはなく、どこも原始的な生活をした種族ばかりらしい。あまり知性が高いとも言い難く、これが原生人類だとは到底思えない。
つまり、この2つの星は明らかに原生人類が関わる場所ではあるものの、もはや原生人類らしきものは見当たらず、陸地ではふぎゃふぎゃと騒がしいやつらが謳歌している星だ、ということである。
……などと、あの星に想いを馳せていると、ガシャンという船体固定音が響き渡る。気づけばもう、トヨヤマ港に着いた。
「おう、着いた。それじゃあ行こうぜ!」
「ふぎゃあ!」
「そうだな、久しぶりに、あのラーメンが食いたいものだ」
「ふぎゃーっ! ら、ラーメンってなんだよぅ! わけの分からないことを、言うなよぅ!」
ボランレはすでにナゴヤを経験済みだが、ンジンガの方は、そもそも文明というものを知らない。ボランレが、ナゴヤに来る前に地球1019でヘルクシンキの街を訪れているのに対し、ンジンガはいきなり、ナゴヤだ。
だから、トヨヤマ港ロビーの人口密度ですら、ビビっている。
「ふぎゃ〜っ!? なんだここはよぅ! 耳も尻尾もない連中ばっかじゃねえかよぅ!」
いや、耳はあるぞ、ただ、お前のよりは小さくて見えにくいだけだ。僕らからすれば、大きな耳と尻尾が付いている方がおかしいのだが。
「ふぎゃあ! ナゴヤってとこは、こんなもんじゃないよぅ。耳も尻尾もないやつが、まるで川のように流れてるんだよぅ」
「ふぎゃーっ! 人が流れてるのかよぅ!? 気持ち悪いんだよぅ!」
ボランレの乏しい語彙力で、ナゴヤを伝えようというのは無理がある。かと言って、僕らが話したところで、やはりンジンガには伝わらないだろう。
「そういえばレティシアよ、ンジンガはどうする? まさか、こいつもまた以前のボランレのように、僕らが連れていくしかないのか?」
「おう、大丈夫だ、このフガフガの飼い主はもう、見つけてある」
「えっ、ほんとか!? で、誰なんだ?」
「ああ、整備員のセラーノだ」
セラーノ上等兵曹、整備科所属の下士官で、ボランレ争奪戦に敗れた男だとレティシアは言っていた。だからちょうどいいと、ンジンガのことを押し付け……任せることにしたと言う。
なお、レティシアは「ンジンガ」がうまく発音できないので、「フガフガ」と呼んでいる。適当なやつだなあ。
「なんだ、ありゃ?」
と、トヨヤマ港のロビーを歩いていると、レティシアが何かを見つける。指差すその方向には、異様な一団がいる。カメラやマイクを握ったその集団は、僕の姿を見るや、一斉に集まってきた。
「あ、ヤブミ提督だ!」
なんだ? 思わず身構えるが、あっという間に、僕らはその集団にぐるりと取り囲まれてしまう。
それは、いわゆる記者団だ。
「ヤブミ提督! この度の、未知の敵との戦いについて、お話しいただけませんか!?」
「あ、いや、それは軍の広報部より、戦況報告が公開されておりますので……」
「その未知の敵は、かつて原生人類を滅ぼしかけたかもしれない『神』だというではないですか! そんなもの相手に、この先も勝てる自信はあるのでしょうか!?」
「いや、それは……ええと、我々としては、その未知なる敵に対し、考えられる手段を検討し、対処するつもりです」
「2人目の奥様であるリーナさんに伺います! そういえば、その未知なる敵と実際に剣を交えて戦い勝ったそうですが、あの巨人のような敵と対峙して、怖くはなかったのですか!?」
「あ、ああ……あの時、私は夢中で戦っておったからな。怖いなどという気持ちは、微塵も起こらなんだな」
「レティシアさんが魔石を暴走させて、敵に一撃を与える力を発動させていると伺ったのですが! 本当に、そんなことが可能なのですか!?」
「お、おうよ! なんせ俺は、伝説の魔女だからよ! 楽勝だ、楽勝!」
「ところで、先に発見された地球1029では、獣人がたくさんおられたとのことですが、もしやこちらにいるお二人が……」
「ふぎゃあ!」「ふぎゃーっ!」
いきなり、僕らはその記者団から質問攻めを食らう。一体、どれだけの情報が流れているんだ? やたらと僕らの事情に詳しいぞ、こいつら。
で、僕とレティシア、リーナ、それにボランレとンジンガの5人は、それから20分ほど質問を受け続ける。なお、「飼い主」であるヘインズ中尉とセラーノ上等兵曹は、メディア集団のすぐ外で、唖然とした顔で眺めている。
で、やっと彼らから、解放される。
が、それでは終わらない。
正面から、どこかで見たような人物が現れる。その人を見た瞬間、僕の背筋に嫌な感触が走る。
その人物は、僕らの姿を見るなり、ツカツカとこちらに近づいてきた。
「お久しぶりね、提督さん」
「あ、はい、お久しぶりです、お義母さん……」
「あれ!? おい、なんでおっかさんが、ここに!?」
そう、レティシアの母親である、ダルシアさんだ。レティシアの驚きぶりからすると、どうやら本当に不意打ちだったらしい。今日は不意打ちだらけだな。どうなってるんだ?
「昨日、テレビであなた方が帰還するってニュースで言ってたわよ。なんでも、3体目の神を倒して、旗艦の修理のために帰投するとか」
「は、はぁ……」
なるほど、それでダルシアさんはここに現れたというわけか。想定以上に、僕らはメディアのネタにされているらしい。それで、あんなにたくさんの報道陣が……で、レティシアのお義母さんであるダルシアさんまでが、ここに来てしまった。
「ふぎゃあ! うみゃーよぅ!」
「ふぎゃ〜っ! うみゃーっ……いや、こ、こんなものかよぅ!」
で、そのままトヨヤマ港にあるレストランで、お食事会となった。ボランレとヘインズ中尉、ンジンガとセラーノ上等兵曹も、ついでに同行することとなる。
「なんだか、会うたびに仲間が増えてるわね。どうなってるのかしら、この提督は?」
「は、はぁ……」
「にしても、本当によく食べるわね、リーナさん。噂通りだわ」
「ほんあほほはいへふほ!」
「おいリーナ、食いながら話しても、なんも分からねえぞ?」
「しかし、自身の6倍もの高さの巨人を、剣一本で倒したんですものね。そりゃあ、たくさん食べて当然だわね。しかし、こんな細い腕で、よくまあ、あれだけの力が出せるものねぇ」
どうやらダルシアさんの関心は、リーナに向いている。さっきから、リーナのあの細い二の腕をつまんでぶつぶつとつぶやいている。で、僕はと言えば、お義父さんのアキラさんからいろいろと質問を受けているところだ。
「で、その無数の衛星ってやつを操っているのが、地上にいるなんてよく見抜いたものだな」
「はい、優秀な参謀がいてくれたおかげで、どうにか」
「いやあ、興奮するなぁ。やっぱり深宇宙にはロマンがあるよ。僕も、行ってみたいものだなぁ」
一方、お義父さんのアキラさんは、外宇宙での謎とか、そういうロマンある話が好きだ。だから、あの銀河での話で盛り上がる。だったら重工の社員ではなく軍に入って、遠征艦隊に入ればよかったのに。と、思うものの、もし本当にそうしていたら、おそらくレティシアは生まれず、今の僕はなかったかもしれない。
「にしても、獣人って本当に耳が生えてるのね。でもなんで、こっちは尻尾がないのかしら?」
「ふぎゃーっ! 耳を触るなよぅ! あんまり触られると……ゴロゴロ……」
ンジンガも、耳を撫でられると弱いみたいだな。ダルシアさんに触られて、ゴロゴロと喉を鳴らしている。ややツンデレ気味なやつだな、こいつは。
「で、カズキさん、ちょっと聞きたいんだけど」
と、しばらく誤魔化され続けてきたのに、やっぱりこちらにダルシアさんの矛先が向き始める。
「な、なんでしょうか?」
「さっき、記者たちにも聞かれてたようだけど、あんな得体の知れない神が、少なくともあと2体もいるんでしょう。この先も本当に、勝てるのかしら?」
「ええと、それはですね、あらゆる状況に対処すべく検討し……」
「そんな誤魔化しが、私に通用するわけないでしょう! はっきりおっしゃいなさい! 返答次第では、レティシアを返してもらうからね!」
うう、無茶なことを言い出したぞ。そんなこと、僕が聞きたいくらいだ。だいたい、あれはマリカ大尉の仮説が正しいと想定した場合のことであって、あと2体で終わるかどうかすらも分かっていない。
「ああ、大丈夫だ。絶対に勝てる」
ところが、いきなり太鼓判を押すやつがいる。リーナだ。
「リーナさん、なぜ、絶対に勝てるだなんて言えるのよ?」
「私がいるし、レティシアもいる。ダニエラ殿やカテリーナ、ザハラー殿、ここにいるボランレやンジンガ、もしかするとヴァルモーテン殿もそうだが、戦乙女と呼ばれる女たちが、カズキ殿の下に集まってきた。これは決して、偶然などではない」
「偶然じゃないとすると、なんなのかしら? まさか、カズキさんが誘惑でも!?」
嫌なことを言う人だなぁ。レティシア以外は、誘惑した覚えはないぞ。が、これにリーナが応える。
「いや、運命だな。力ある者が一つに集まるなど、運命以外の何ものでもない。まさにカズキ殿は、あの未知なる連中と戦う運命を背負い、この世に生まれてきた。なればこそ我らは、彼の下に集ったのだ。私もレティシアも、カズキ殿と共に戦うことを運命づけられた。この戦いを通じて、私はそう実感している」
実際に、その神と呼ばれる存在と剣を交えたリーナのこの言葉に、さすがのダルシアさんも納得せざるを得ない。しかし僕も、このリーナの言葉にふと考えさせられる。
なし崩し的に、僕の周囲には能力持ちの人物が集まってきた。今度の戦いでは、まさに彼女らの力によって助けられる。これがもし、コールリッジ大将がこの戦いに投入されていたら、多大な犠牲を出していたことだろう。いや、もしかしたら、負けていたかもしれない。
言われてみれば、そんな彼女らがここに集ったのは、本当にただの偶然なのか? 数千光年どころか、銀河すら超えて繋がった絆だ。とても偶然などとは思えない。まさにリーナの言う「運命」なのだろうか。
「……まあ、期待通りの答えが聞けたから、私はもう、帰りますね」
「なんだよ、まだゆっくりしてきゃあいいじゃねえか」
「ナゴヤの空気は、私には合わないのよ。時々は連絡ちょうだいね、レティシア。それじゃあ」
そう言い残すと、ダルシアさんはさっさと食事を終わらせて、アキラさん共々、レストランを出て行った。
「なんでぇ、ここはナゴヤじゃなくて、トヨヤマなんだけどよ」
くちゃくちゃとハンバーグステーキの横についているポテトを食べながら、愚痴るレティシア。だがレティシアよ、多分、ダルシアさんは僕らに気を遣ってくれただけで、別にナゴヤの空気どうこうは関係ないと思うぞ。
「さて、僕らも早く、ナゴヤに向かうか」
「そうだよな、もう夜9時だしな。早く行かねえと、泊まるところがなくなるぞ」
「私も、味噌カツが食べたいものだな」
「いや、リーナ。さすがにもう味噌カツの店は閉まってると思うぜ……」
などといいながらも、我々もレストランを後にする。そして、バス停へと向かう。
「ふぎゃーっ! ほんとに、人が川みてえに流れているよぅ!」
メイエキに着くや、叫ぶンジンガ。空飛ぶバスにも驚いていたが、ンジンガが特に驚愕したのは、夜9時になってもまだ人通りの絶えないメイエキの人の流れだった。
とはいえ、昼間に比べたらこれでも随分と少ないんだけどなぁ。考えてみれば、数十人程度の集落で暮らし続けたやつが、いきなり人口数百万の都市に放り込まれたんだ。10以上はたくさんという概念の文明から、何の前振りもなくこの宇宙最先端と言われる星の大都市の一つに来れば、驚くのも無理はない。
「ふぎゃあ! 驚いただろぅ!」
「ふぎゃーっ! お、驚いてなんかいないよぅ!」
「こんなもんじゃないよぅ、もっとすごいものが、このナゴヤにはあるんだよぅ!」
「ふぎゃーっ!? も、もっとすごいもんなんて、あるわけないんだよぅ!」
下手な三文芝居よりもレベルの低い会話を見せられているようだ。明らかに動揺するンジンガをからかうボランレだが、お前だってここにきたばかりの時は、ビビりまくっていたじゃないか。いくらオオスでちやほやされたからと言って、あまり先輩ヅラをするんじゃない。
今度の帰省は、落ち着かないな。以前のような気楽さは、無くなってしまったように感じる。帰ってくるなり、いきなりこれだからな。
そういえば、フタバのやつは今、どうしているんだろうか?全然、連絡をよこさないからな、あいつは。明日にでもちょっと、顔を出そうか。




