#217 再会
「なんだって!? デネット大尉から!?」
「はっ! 大尉より緊急通信です! 至急、提督と直接話したいと!」
あの地球まで、距離20万キロまで接近するも、戦闘衛星は全く反応しない。島は今ごろ、日が昇っているにも関わらず、だ。これ自体は、マーガリン作戦の成功を示している。
が、そんな最中、デネット大尉が緊急通信を送ってくる。まさか、リーナに何かあったというのか?
「えっ!? デネット様が!?」
一方、この戦いでは本当にマーガリンよりも役に立たなかったであろうマリカ中尉が、デネットというワードに反応して騒ぎ始める。
「いや、マリカ中尉。呼ばれているのは僕なのだが」
「何を仰いますか! 提督の2人目の奥さんとデネット様が、よりにもよって同じ重機に乗っているのですよ! 不倫同然ではありませんか! そんな状況で、閣下1人に参加させるわけには参りません!」
人聞きの悪いことを言うやつだな。一緒に作戦行動をとることを、不倫とは言わんだろう。ともかく僕は、通信機に急ぐ。
『提督! 申し訳ござ……あれ? マリカ!?』
「ああ、愛しのデネット様! お怪我は無いですか!? 後ろの脳筋皇女に、おかしなことをされてませんか!?」
『あ、ああ、大丈夫だよ。それよりもマリカ、提督と代わってくれないか?』
大尉はいきなりしゃしゃり出てきたマリカ中尉を上手くあしらう。で、僕がデネット大尉の前に現れると、いつになく興奮気味に変わる。
『それよりも、大変です、提督!』
普段、ここまで冷静ではないデネット大尉を見たことがない。
「どうした!? 何があったんだ!」
『はっ! 口で話すより、見ていただいた方が理解できるかと思います! これを!』
そう僕に言うと、デネット大尉はカメラを切り替える。
それを見た瞬間、僕はデネット大尉の動揺する理由を理解する。
「こ……これは……」
『はっ、どう見ても、あの時の洞穴です、提督!』
こんもりと、地面から突き出る岩石に掘られた穴。あれを、忘れられるわけがない。
そう、あの時、ゴーレム山の麓にあった黒い瘴気の発生源、そこに引き込まれて到達したあの未知の場所。僕とデネット大尉は、あの場所でボランレと会い、そして洞穴に突入し、魔物を「生産」していた工場とも言える場所を破壊した。
まさに、その場所が今、目の前に映っている。
つまりここは、ボランレのいた星、ということになる。
そんなところに、我々が追う5体の「神」の一つがあったとは……あまりにも想定外の事態に、僕はしばらく、言葉を失う。
「……と、ともかくだ。近くに、集落があるはずだから、その場所を探し出せ」
『はっ!』
そう命じるのが、精一杯だった。ともかく、ここが本当にボランレの故郷であるかどうか、確かめる必要がある。もし、ここがボランレの故郷ならば、集落が近くにあるはず。
考えてみれば、我々はボランレのいた集落近くで、派手にドンパチしていたことになる。
だとすると、ボランレの家族、同族の真上で、派手に撃ち合いをしていたわけか。と、いうことは当然、彼らは相当おびえていることだろうな。
しかし、どうしてそんな場所に「イアぺトス」がいたのだ? まさか、ボランレは「クロノス」側の末裔とでもいうのか?
「提督、ヴァルモーテン少尉、ただいま帰還いたしました!」
「ふぎゃあ!」
と、そこにヴァルモーテン少尉とボランレが帰ってきた。
「報告! マーガリン作戦は、リーナ殿とこのバカ犬の能力のおかげもあり、大成功の内に完遂いたしました! 回転砲塔艦隊の一部、およびそれらに付随する人型重機隊および哨戒機隊は、現地確認のため残存し、地上を調査中であります! 以上!」
「ふぎゃあ!」
いちいち相槌を打つボランレは置いておき、ヴァルモーテン少尉の言う通り、確かに作戦は大成功だ。
「了解した。ヴァルモーテン少尉よ」
「はっ!」
「貴官に、軍司令部よりの決定を伝える」
「決定、ですか?」
急に軍司令部の決定などという、物騒なキーワードが出てきて驚いたようだ。が、僕は構わず続ける。
「ヴァルモーテン少尉は、その戦功により、本日付けをもって2階級特進、大尉とする。以上だ」
それを聞いた瞬間、ヴァルモーテン少尉、じゃない、大尉の顔がみるみる変わる。
「えっ……うそ、私が、大尉……?」
「乏しい情報下の中での、的確な判断、そして作戦成功へと導いたことへの功績だ。当然だろう」
それを横で聞いていたマリカ中尉が、ヴァルモーテン大尉を茶化す。
「へぇ~、命を懸けた甲斐があったじゃないの。さすがですわね、フランクフルト大尉殿」
「え、えへ、えへへ、私が、いきなり大尉だなんて……それも、マーガリン・ピザ中尉を追い越して、大尉などとは……」
すっかりアヘ顔なヴァルモーテン大尉に、呆れ顔のマリカ中尉。いや、実はまだ、続きがある。
「で、ついでにマリカ中尉、貴官にも司令部よりの決定を伝える」
「えっ? 私ですか?」
「そうだ。実は貴官にも、本日付けで技術大尉に昇進するとの旨、通達があった」
「ええ〜っ! 私が、大尉ですって!?」
「いや、それはそうだろう。あれだけ少ない情報から敵を推測し、我々の戦闘を有利にした。だからヴァルモーテン大尉と合わせて、貴官も昇進することになった。本当ならば2階級特進で報いたいところだが、佐官まで一気に昇進というのは難しいため、一旦、大尉とする。なお、両名には3か月後を目処に、少佐にするとのことだ」
「ええ〜っ!?」
「何ですって!?」
「ふぎゃあ!?」
なんでボランレまで一緒に驚いているのか分からないが、ともかく、今回の功労者に報いようとの軍司令部からのありがたいお達しだ。これには当然、コールリッジ大将の意志も反映されている。
「正式な辞令は、後日届く。以上だ」
「ちょっと、フランクフルト大尉殿、どうしましょう、よりにもよって、同じ階級ですわよ!?」
「本当ですよ、マーガリンがバターに変わったピザ大尉と同じ階級だなんて、胃がもたれそうです!」
「ふぎゃふぎゃ!」
ピザにマーガリンやバターなんて使うか? それはともかく、この2人はなんだかんだと仲が良い。それは、今の2人を見ればそう思わざるを得ない。
と、そんな2人+1匹が喜ぶ中、再びデネット大尉から通信が入る。
「えっ!? ボランレの故郷が、見つかっただってぇ!?」
「そうだ。デネット大尉から、たった今、連絡があった」
その事実を僕は、すぐにレティシアに伝える。
「……で、どうするんだよ?」
「どうするって……当初からの約束通り、ボランレを返す」
「そうか……それじゃあ、ヘインズはどうなるんだ?」
「うーん、それは当然……」
「だ、だよなぁ」
「で、そのことを今から、ヘインズ中尉に告げる。同席してはくれないか?」
レティシアは、艦内における恋愛相談を自発的にやっている。で、その結果、ヘインズ少尉はボランレと付き合う決心をした。だからというわけではないが、この件は、レティシアに同席してもらうのが良いと考えた。
「ヘインズ中尉、入ります!」
で、彼を会議室に呼ぶ。現れたヘインズ中尉に、僕はこう告げる。
「まあ、ここに座れ」
「はっ!」
「これより0001号艦は、大気圏に突入し、大型星表面、あの『イアぺトス』のあったあの島に降り立つ」
「はっ! あの……」
「なんだ?」
「この度、小官が呼ばれた理由と、そのことが、どういう関わりがあるのでしょう?」
「うん、実は……」
ヘインズ中尉には以前、ボランレがこの艦にきた経緯を話している。そして、もしボランレの故郷が見つかったら、本人の意思に任せる旨も話してある。だから、僕の次の言葉の意味を、彼はすぐに察するだろう。
「ボランレの故郷が、発見された」
この一言でヘインズ中尉の顔が一瞬、強ばる。心の片隅では、いつかは訪れるであろうと覚悟してはいただろうが、それはなんの前触れもなくやってきた。
「……あの、ボランレには?」
「今から話す。その前に、貴官の耳には入れておこうと思ってな」
少し俯いて、考え込む中尉。だが、覚悟を決めたようで、顔を上げて応える。
「承知しました。では」
敬礼し、会議室を出るヘインズ中尉。その後ろ姿を、レティシアと共に見送りつつ、次の行動に移る。
「さてと、んじゃ、続いてボランレだな」
「そうだな、早くしないと、もうそろそろ大気圏に突入して……」
僕が言いかけた時、艦内放送が入る。
『大気圏突入、開始!』
ああ、すでに始まっていた。あまり、時間がないな。僕は軍帽を被り、レティシアと共に会議室を出る。
それから、1時間後。
僕とレティシア、デネット大尉、ヘインズ中尉、そしてボランレは、0001号艦を降り、地上にいた。
「ふぎゃ!? ほんとだ、ほんとに妾の森だよぅ!」
やはり、ボランレには分かるようだ。それはそうだろう。ここはまさしく、僕がボランレたちに弓矢で襲われた、まさにあの場所だ。
そして、その場にはあの時と同様、弓矢を持った3人の獣人が現れる。
「おーい!」
その3人に向かって、ボランレが手を振る。
「ふぎゃあ!? おい、ボランレか!?」
「そうだよぅ!」
「お、おめえ、死んだんじゃなかったのかよぅ!」
どうやら、ボランレの知り合いだったようだ。手を取り合い、再会を喜び合う4人の獣人たち。
「おっとう、おっかあは、元気なのかよぅ!?」
「ああ、元気だよぅ。だけど、ボランレがいなくなった時は、かなり落ち込んでたよぅ」
「そうだったのかよぅ。なら、早く顔を見せてやりたいよぅ」
と、いうと、その4人はぞろぞろと、集落の方へと向かう。
「デネット大尉、集落とは、こっちの方なのか?」
「ええ、かなり簡素な家が2、30軒ほどあるだけの、小さな集落でした」
「そうか」
その集落の入り口らしきところが目に入る。2本の小高くまっすぐな木が、その集落への入り口のようだ。
そこには、2人の獣人が立っている。
「ぼ……ボランレ!」
「お、おっとう……おっかあ!」
ああ、やはりボランレの両親だった。顔を見るなり、大粒の涙を流しながら駆け寄るボランレ。いなくなったかと思っていた娘との、思わぬ再会に喜び、涙する両親。やがて両者は抱き合い、再び生きて巡り会えたこの奇跡を喜び合う。
それを、感情を押し殺して見送るヘインズ中尉。レティシアなどは、両方の瞳が涙でいっぱいだ。僕でさえも、この再会劇に込み上げるものを感じる。
そう、これで、よかったんだ。
あの日以来の、ボランレとの約束を果たした我々は、喜び合う親子に静かに別れを告げ、駆逐艦へと戻っていった……
……はずだった。
が、そのさらに1時間後。
「ほら、どんどん食べるんだよぅ!」
「ふぎゃ!? おいボランレ、これ、ほんとに食えるのかよぅ?」
「ふぎゃあ! ピザと言って、とてもうみゃーよぅ。食べてみれば、分かるよぅ!」
「ふぎゃあ!? ほんとだ、ほんとにうみゃーよぅ!」
駆逐艦0001号艦の食堂は、どういうわけか、あの獣人たちで溢れている。
「ちょ、ちょっと、変態提督! なんですか、この人たちは!?」
「いや……僕にもよく、状況が理解できていないのだが……」
グエン少尉が驚くのも無理はない。ざっと20匹……人ほどの獣人が、ふぎゃふぎゃと言いながら、この食堂に集まっている。その獣人らに、ボランレは勝手にピザやアメリカンドック、フライドポテトなどを配り、それを食べ始めている。
「な、なんですか、このバカ犬どもは!?」
「なんなのです、この騒ぎは! どいつもこいつも、獣人だらけじゃないですか!」
昇進して浮かれ気味だったヴァルモーテン大尉とマリカ大尉も、この騒然とする食堂の光景に驚愕する。そんな2人などに構うことなく、ボランレがヘインズ中尉の手を引いて、皆の前に立ってこう叫ぶ。
「妾は、このブラッドリーの、嫁になったんだよぅ!」
「ふぎゃあ! めでたいよぅ!」
「ふぎゃあ! おめでたいよぅ!」
ボランレのこの宣言の後、彼らはふぎゃふぎゃと騒ぎ始めた。
「お、おい、ボランレ」
「なんだよぅ?」
「ちょっと聞きてえんだが……おめえここで、何やってるんだ?」
「何って、お披露目だよぅ。夫婦になる時は、婿さんと並んで、一族揃って食べながら祝うんだよぅ」
レティシアに応えるボランレ。つまりこいつは、この駆逐艦の食堂で「披露宴」をおっ始めたということか。
「にしても、ボランレ。おめえ、立派な尻尾、生えてきたよぅ」
「ふぎゃ! そうだよぅ!」
「おめえ、相当励んだんだよぅ、予は、嬉しいよぅ」
父親と思しき人物が、涙を流しながら娘の手を取ってそう話しかけているのが聞こえる。
つまりだ、あの尻尾というのは、やはり大人の階段を駆け上がったら生えてくる、ということか?言われてみれば、ボランレの母親にも、あの柴犬のようなくるっとした尻尾が生えている。父親にも生えているが……こっちは、まるでキツネの尻尾のようだ。
よくよく見れば、オス……男はキツネ尾で、女は柴犬の尾のようだ。そして、男は「予」で、女は「妾」が一人称らしい。中には、尾が生えていないやつも混じっている。あれはつまり、まだ大人になりきれていない獣人、ということか。
ますます、こいつらの生態が分からないなぁ。にしても、なぜここに、彼らのような種族がここに住んでいるのだろうか?
「そういや夕べ、あちこちからアポローンの怒鳴り声のようなもんが聞こえてよぅ」
「ふぎゃ? ああ、それは、この船の仲間が、変なのと戦ってたんだよぅ」
「ふぎゃあ!? あれは、戦っていたのかよぅ!?」
昨夜の話で、ふぎゃふぎゃと盛り上がる獣人たち。にしても、これだけたくさんのケモミミ種族が集まると、まるで猫カフェにでも来てしまったかのような錯覚を覚える。
「いや……なかなか、圧巻ですなぁ」
軍歴30年以上のオオシマ艦長ですら、この光景には馴染めないようだ。もっとも、この光景は艦艇の食堂というより、いかがわしい喫茶店といった雰囲気の方が近い。
と、皆が盛り上がっている中、1匹……じゃない、一人の獣人が、ボランレのところに近づいてくる。
「ボランレ!」
ヘインズ中尉にもたれかかっていたボランレに向かって、突然、怒鳴り始めるその獣人。
「ふぎゃあ? なんだ、ンジンガだよぅ」
ンジンガ? 呼び難い名前だな。そのンジンガは不機嫌そうな顔で、ボランレを指差す。
「ボランレ! 尻尾生やすときは、一緒だって言ったじゃないかよぅ!」
そういえば、こいつには尻尾が生えていない。つまり、大人になり切れていないという証拠だ。体型を見るに、こいつも女のようだが、幼馴染か何かか?
「ふぎゃあ! だったら、自分で相手を探すんだよぅ!」
「ふぎゃ〜っ! なら、探してやるよぅ!」
妙な喧嘩が始まってしまった。にしても、何をするにもふぎゃふぎゃと騒がしい。そんな騒ぎが、この食堂の一角でしばらく続く。
で、その後どうなったかと言えば……ボランレの一族は、そのまま集落へと帰っていく。で、ボランレ自身は、駆逐艦に残る。
そして、ボランレ以外に、あのンジンガという獣人の娘も、艦内に残ってしまった。




