#213 新航路
「戦艦ゴンドワナ、配置につきました!」
「現在、ワープポイントに『シード』投入中。まもなくゴンドワナの主砲装填が開始されるものと思われます」
次々に、僕の元に報告が入る。ついに作戦が、開始される。
今回の目的は、ワームホール帯を作り出し、「クロノス」の本拠地とこことを繋ぐというものだ。そしてやつらの拠点に攻め入り、殲滅する。
とは言ったものの、どうやってワームホール帯など作るというのか?僕もついさっきまで、その方法については知らされていなかった。
が、ここに集まった連盟軍と地球1022の艦隊にもつい先ほど、その作戦の詳細が明かされたところだ。
どういう原理かは知らないが、ワームホールの「種」と呼ばれる物質があるらしい。これを使えば、比較的低エネルギーでワームホール帯を生成することができるという。
で、このシードをクロノス・ポイントに置き、そこに砲撃を加えると、その莫大なエネルギーによってワームホール帯が作り出される、というのだ。
ただし、通常の砲撃では、せいぜい数分程度の不安定なワームホール帯となるのが精一杯だという。
ところが、このエネルギーが大きければ大きいほど、そのワームホール帯の維持時間が伸びる。さらに言えば、この宙域にはすでに我々には見えないワームホール帯があり、そこにこのシードを置いて途方もない大エネルギーをピンポイントに与えれば、恒久的なワームホール帯が作れる、というのが技術陣からの提案だ。
で、そのシードにエネルギーを注ぎ込む役目を、あの巨大戦艦の主砲が担う、というわけだ。
「直径2キロの超大型砲2門ですからね。吐き出すエネルギーは、間違いなく宇宙一ですよ」
「だが少佐、その巨大さゆえに、装填時間が3時間もかかると聞いたぞ。今回のような目的であればいいが、戦闘にはとても使えないな」
「ええ提督、まさにその通りですよ。実際、建造されて250年経ちますが、あれが使われたのは10回もないらしいです。まさしく大艦巨砲主義の成れの果てといったところでしょうかね」
ジラティワット少佐とヴァルモーテン少尉が、口々にあの艦のことを述べる。しかし、今にして思えば、なんのために作られた砲なのか。今回のような目的でもなければ、3時間もじっとその場にいてくれる敵でもいない限り、使い物にならない武器だ。
が、今回はうってつけの任務が与えられた。ただ馬鹿でかいだけの見本市艦が、戦艦としての本領を発揮する千載一遇のチャンスだ。
ゆえに、第7艦隊総司令官であり、あの艦の艦長でもあるナポリターノ大将は、張り切っている。
『これより、「マッキネッタ・ペル・ラ・パスタ作戦」を開始する! 主砲装填、開始!』
『主砲装填、開始します』
いよいよ、装填が始まる。と同時に、このワームホール帯生成作戦が開始される。ちなみに、この作戦名「マッキネッタ・ペル・ラ・パスタ」とは、パスタを作る機械のこと。なんでも、ワームホール帯を作るというのが、パスタマシンのイメージにピッタリだということで、ナポリターノ大将が名付けた。ええ、つまりゴンドワナは、パスタマシンですか……
だが、その残念な作戦名に感銘するやつもいる。
「さすがはナポリターノ閣下! 何という誇り高き作戦名なのでしょう! まさにこれは、宇宙の歴史に残る作戦となりますわ!」
「いや、タバスコパスタ中尉殿、その歴史に、ただスパゲッティをズルズルと絞り出す機械の名前が付いたとなれば、かえってイタリアーノの恥なのではありませんか?」
「何をおっしゃいますか、フランクフルト少尉!『ソーセージ作戦』や『ひつまぶし作戦』という、品のない名で名付けられることを思えば、何と高貴な響きかと!」
「おい待て! ひつまぶしが低俗だって言いてぇのか!?」
マリカ中尉よ、ヴァルモーテン少尉とレティシアもいるというのに、どうしてこいつはいちいち喧嘩を売ってるのか。
「うーん、パスタも好きですが、私はひつまぶしの方がよろしいですわね」
「……ひつまぶし、ソーセージ、パスタ、全部好き……」
「手羽先! 手羽先!」
そういえばここには、ダニエラはもちろん、カテリーナやザハラーもいる。エリアーヌ准尉とリーナも、僕の後ろに控えている。
そして当然、あれもやって来る。
「ふぎゃあ? ひつまぶしにソーセージが、どうしたのかよぅ?」
くるっとした尾を見せびらかせながら、ボランレが艦橋に現れた。しばらく、あたりを見回すと、オオシマ艦長を見つけ、その膝の上に乗る。
で、いつものように艦長の膝の上にしがみつき、耳をマッサージさせつつ、喉をゴロゴロと鳴らし始める。
「まったく、なんてバカ犬ですか! オオシマ艦長殿に、マッサージをさせるなどと……」
「ああ、少尉、気にしないでくれ。こっちとしても、好きでやっているようなものだから」
戦闘に突入すると、熱烈峻厳な指揮官とまで言われるあのオオシマ艦長を、いとも簡単に自身のペースに持ち込むこのバカ犬……ボランレは、ある意味で艦長のよい息抜き相手なのかもしれない。
ともかく、我が艦の戦乙女は、全て集結した。全員が、あの大戦艦の砲撃の瞬間を待つ。
「あの戦艦ゴンドワナも、砲を持っておったのだな」
「ゴボウ大根っていうぐれえだからな、太いやつがついてるんだろう」
「しかし、あれが砲撃などすれば、あの中の生簀や牧場にいる魚や馬はどうなるのだ? その衝撃で、大騒ぎするのではないか?」
相変わらずゴボウ大根呼ばわりするレティシアもあれだが、リーナよ、お前はお前で、なぜ魚や馬の心配をしている?お前、あそこの魚や馬を思い切り食っていただろう。
まあ、あれだけの巨艦となると、砲撃の音や衝撃など、ほとんど中には伝わらない筈だ。心配することはないと思う。
「しかし、あそこがそのクロノスとかいう我々を超越した存在の本拠地と繋がったとして、どうやって補給線を確保すべきか……」
「そうですね、民間船は入り込めない領域かもしれませんし、この中性子星域での物資のやりとりが中心とならざるをえないかもしれませんよ、大尉殿」
一方で、あのワームホール帯が開通した後のことを気にしているのは、ブルンベルヘン大尉とヴァルモーテン少尉だ。言われてみれば、その通りだ。なにせ、連合や連盟と違って、戦時条約すらも結べない相手。そもそも、話ができるやつがいるのかどうかすら分からない場所だ。少なくともその先には、民間船だろうが軍船だろうが、見境なく攻撃を仕掛けてくるやつらしかいない。となれば、民間船を行き来させるわけにはいかないだろう。
などと考えているうちに、その装填時間である3時間が経つ。
『主砲装填、完了!』
あの巨大戦艦の、駆逐艦数十隻の束がいくつも詰め込めるほどの大きな2つの砲門に、エネルギーが充填されたとの報告が入る。
それを受け、ナポリターノ大将が号令を発する。
『主砲、発射! 撃てーっ!』
数少ない出番で張り切り過ぎている大将閣下が放ったそのハイテンションな号令で、ついに主砲が放たれる。
窓の外に一瞬、超新星爆発でも起きたのかと思うほどの眩い光がパッと光ったかと思うと。その直後に青い光が一筋、すーっと伸びていくのが見える。
その光の筋の先から、真っ白な光の玉が光る。
「おい、なんか光ったぞ」
「光ってるな」
「ふぎゃあ? なんか光ったよぅ」
あの馬鹿でかいゴンドワナの放った砲火による爆発の光が、思いの外、小さいことに皆、違和感を感じているみたいだ。が、あれはここから200万キロ以上先で起きている大爆発の光。それがあれだけくっきり見えること自体、とんでもないことだ。
もしあの軸線上に我々の艦隊がいれば当然、確実に消滅したであろう。それほどの大規模な爆発が、あの場所では起きている。
その光の玉は、30秒ほど光り続け、そして静かに消滅する。
『弾着確認! 戦艦ゴンドワナ、砲撃戦用具納め!』
砲撃を完了し、あの大型艦はいつもの見本市な船に逆戻りする。だが、想像以上に激しい砲撃だった。リーナではないが、今ごろは艦内で魚と馬が大暴れしているんじゃないか?そう懸念せざるを得ないほどの威力だ。
『弾着地点、観測! ワームホール帯、発生を確認!』
ほどなく、目的のワームホール帯が生成されたことを知らせる通信が入る。
「ふう、作戦は、成功か……」
「いえいえ、まだこれからしばらく、調査が必要です」
と、そこにマリカ中尉が現れる。
「なんだ中尉、まだいたのか」
「なんだとはなんですか、なんだとは! これでも技術士官としての仕事をやっていたのですよ!? ああ、愛しのデネット様と過ごす時間を削ってまで、この艦隊のために働いていたというのに、無能な指揮官の元で働くことになったこの不幸、なんと嘆かわしいことでしょうか……」
マリカ中尉はそう述べるが、ここにいる誰もが、こいつが不幸などとは思ってはいない。むしろ、不幸になるべきだと願っている奴の割合の方が多いだろう。冷ややかな眼差しでマリカ中尉を見つめている、ここにいる戦乙女らの表情が、それを物語っている。
「で、調査とは何をするんだ?」
「……あのですね、ワームホールというものは、とても不安定なんですよ。今回発生させた無数のワームホールのいくつかは、この数時間のうちに消えてしまうでしょう。ここがワープに適した安定したワームホール帯となるかどうかを、少なくとも10時間以上かけて見極める必要があるのですわ」
「ああ、そうなんだ。そういうものなんだな」
「そうなのですよ! まったく、指揮官という人種は、どうしてこう短絡的な成果ばかりを追い求めて、地道な科学的な作業や努力を否定されるのでしょうね? 猿じゃあるまいし、もうちょっと頭を使われてはいかがですか?」
こいつは元々、第1艦隊所属の技術士官だった。が、賜物調査という名目で、こっちにまわされてきた。つまり、あちらでも相当疎まれていたのだろう。この短い付き合いで、それがよく分かる。
「で、提督、このキノコピザ中尉の戯言など放っておいて、あのワームホール帯が開通した後のことについて、意見具申いたします」
「ちょっと、そこのニンニクソーセージ少尉! 誰がキノコピザですか!」
「ヴァルモーテン少尉、具申、許可する」
「はっ!」
このヴァルモーテン少尉もマリカ中尉といい勝負の神経の持ち主ではあるが、こいつは仕事のことにいちいち私情を挟まないから、少なくとも会話は成り立つ。
「あの航路が開通した際は、まず第1艦隊の哨戒艦数隻が突入、しかるのちに我が第8艦隊がそれに続くことになっております。続いて、連盟軍のビスカイーノ艦隊、最後に地球1022のクロウダ提督麾下の小艦隊が突入することになっています」
「そうだな。早い話、我々が盾となって、この先の未知の宙域に突入することとなる」
「そこで、その場合の陣形を考えました。こちらをご覧ください」
そういうとヴァルモーテン少尉は、正面モニターに陣形図を映す。
「これは……最前列にワン隊、メルシエ隊、ステアーズ隊、カンピオーニ隊、そしてエルナンデス隊か」
「そうです」
「なぜ、この順に?」
「ワン隊には、ダニエラ殿とエフェリーナ殿という『神の目』を持つ者が2人います。レーダーでは捉えられない未知の物体に対する備えは、必要かと」
「それは分かるが……ならばなぜ、エルナンデス隊が後ろなんだ?」
「ミズキ殿の『神の目』は、進行方向によらず全方位です。なれば、後方に配置するのが適切かと」
「それなら、前方に集中させた方が良くないか?」
「敵は前方より現れるとは限りません、提督」
「……なるほど、で、メルシエ隊が2番目なのは?」
「攻勢と撹乱が得意なメルシエ隊ですから、いざというときには、前衛に立たせる必要もあるかと思われます。同様に、後方からの備えとして、カンピオーニ隊を配置します」
「で、中央には、戦艦を抱えるステアーズ隊、か」
「敵の情勢が分からぬ以上、これが最善の陣形かと思われます、いかがですか、提督」
この金髪の作戦参謀の意見には、筋が通っている。僕はジラティワット少佐の方を見るが、彼も同意見のようで、僕と目が合うなり、うなずく。僕は、決する。
「分かった。この陣形にて突入する。各隊、突入準備を下令せよ」
「はっ!」
ヴァルモーテン少尉のこの案を、全艦に伝達する。マリカ中尉の言う調査はまだ終わってはいないが、どのみちこの後に突入作戦が発動されるのは明白だ。備えておくに、越したことはない。
『おい! なぜ俺の隊が後方なんだ! 説明しろ!』
『ちょ、ちょっと、アルセニオ! ダメだってば!』
反抗期真っ盛りなエルナンデス准将を説得するという余計な仕事も、この10時間の間にやっておかねばなるまい。突入が現実化した今、やるべきことは多い。
そして、15時間が経った。
「第1艦隊、コールリッジ大将より、『アリス作戦』発動の号令が発せられました!」
そしてついに、第8艦隊に向けて、あのワームホール帯突入作戦が発動する。
ちなみに、作戦名の「アリス」とは、不思議の国のアリスという物語から取られている。時計を持った白ウサギ、ではなく、無人の黒色艦隊が通り抜けた後を追う我々を「アリス」と見立てての作戦名だ。さながら、この先にあるのは、トランプの兵士とその女王か?
いやいや、かつて文明をリセットに追い込むほどの戦いを仕掛けてきた神々があと3体もいると予想される場所だ。あそこは「アリス」などと呼べる、そんな微笑ましい世界ではないだろう。血みどろの戦場となることが、予想される。
「これより、我が艦隊は新航路へ突入する! 全艦、前進!」
「はっ! 全艦、前進!」
ワームホール帯生成作戦のため、しばらく封印していた魔石エンジンが動き出す。いつもよりも甲高い音を立てて動き出す0001号艦。そして我々は、できたばかりのあのワームホール帯に突入する。