#210 覚醒
モニターを見る限り、駅前の一角は大混乱に陥っている。大勢の人々が、隣のブロックに退避する。が、ここは縦横400メートルしかない閉鎖空間。こんなところに敵が潜入するなど、まったくの想定外だ。
それゆえに、艦内には侵入者に対する備えなど、ほとんどない。だから、人型重機の発進を命じたところで、すぐに来るわけではない。
その間にも、大勢の人々が無防備なまま、あの黒い化け物の前に晒されている。
『第4、第5ブロック方面への避難誘導、急げーっ!』
艦内放送による悲痛な呼びかけが行われるものの、避難先が安全である保証はどこにもない。なにせこの艦内の街には、防御壁など一切存在しない。そもそも防御など想定していないから、当然だ。
とはいえ、こちらもまったく手を打たないわけではない。一部の士官が駆け付け、攻撃を試みる。数人の士官らが集まり、銃を握り、最大出力で攻撃する。
僕はモニター越しに、その様子を眺める。猛烈な爆発が起こり、近くのビルの窓ガラスが爆風で砕け落ちるのが見える。が、肝心のあの侵入者の方は、どうか?
……やはりな、思った通りだ。まるで効果がない。傷一つついておらず、その黒光りした身体が爆炎の中から現れる。
『退避だっ! 急げ―っ!』
まるで歯が立たないと知るや、退避命令が出される。が、この侵入者、何をするのかと思いきや、背中から突然、何かを抜き出す。
剣だ。この侵入者の背丈の半分はあろうかという、大きな剣。それを背中から静かに抜き出すや、いきなりそれを振り上げる。
剣先は、すぐ脇にあったビルをかすめる。すると、まるでレーザーカッターにでも切られたかのように、ビルに真っ直ぐな亀裂が走る。煙を上げながら、ビルが崩れる。その際に生じた粉塵により、カメラの映像が見えなくなる。
「おい、すぐにカメラを切り替えろ!」
ステアーズ准将が指示する。すぐさま、別のカメラに切り替わる。
先ほどのビルがバッサリと切り落とされて、それが地面に横倒しとなっている。先ほど退避していた士官らの姿がない。まさか、あのビルの下敷きに……
事態は、悪化する一方だ。さらにあの侵入者は、大剣を振り回す。また一つ、ビルが倒壊する。もう何人の死傷者が出ているか、見当もつかない。
が、ここでようやく、朗報がもたらされる。
「重機隊、到着!」
士官のその報告を確かめるべく、僕はモニターを見る。上空から、4機の人型重機が降下してくる。
2機は、街の隣にある射撃訓練場に置かれていた機体、残りの2機は、ここから最も近いドックに停泊する0001号艦の2機だ。つまりあの中の2機は、ドーソン大尉とデネット大尉の機体ということになる。
『テバサキより各機へ。目標は、第5ブロックに移動中。4機で包囲し、一斉射撃。これを殲滅する』
『ウイロウ、了解!』
『ミネストローネ、了解!』
『ボスカイオーラ、了解した!』
デネット大尉が、4機の人型重機の指揮をとっている。ちょうどブロックの境目の十字路に差し掛かったあの侵入者を、4機がぐるりと囲む。
さすがに、軍用重機が4機。いくら侵入者でも、勝ち目はないだろう。あっちは剣しか持たないが、こちらは飛び道具持ちが4機だ。負ける理由が、見当たらない。
『斉射、撃てーっ!』
デネット大尉の号令で、4機は四方から一斉に腕についたビーム兵器を放つ。猛烈な爆音と煙で、あの侵入者を見失う。
勝った……んだよな。いや、だが、あの胸騒ぎはまだ、収まらない。むしろ、さっきよりもそれは、高まっている。
『目標未確認、全機、待機せよ!』
いやいや、バリアも使えない相手だぞ。いくらなんでも、全方向からの斉射を食らって無事なわけがないだろう。そう言い聞かせるが、その想いと、心の奥底で感じている予感とが、大きく背反している。なぜなのか?
そのもやもやとした不安が、目の前で具現化する。
猛然と上がる白煙の中から、黒い身体が飛び出してくる。そしてそれは、剣を突き立てて、正面に立つ重機に向かって突進してきた。
『ドーソン!』
デネット大尉が叫ぶ。狙われたのはドーソン機か。そのドーソン機は、身構える。
おそらくは、バリアを使ったのだろう。だが、信じられないことが起こる。
黒光りする侵入者の剣は、一瞬、バリアに触れる。赤い火花が、バリバリと音を立てて散る。
が、その剣はバリアをもろともせず、それを貫く。そしてその剣先は、重機の懐に刺さる。
おい、待て……あれは、ドーソン大尉が乗ってるんだぞ?
剣先は、その重機の背中から突き出ている。そしてそのまま、剣を振り上げる侵入者。重機は真っ二つに斬られ、地面に倒れる。
信じられない。あの重機が、あっさりと負けるなどとは……ビームもバリアも効かない相手、そんな馬鹿げた敵を、どうやって倒せというのか?
ドーソン機を倒し、立ち上がる侵入者。残りの3機は距離をとりつつ、その銃口を侵入者へと向ける。
だが、それが効かないと分かっている以上、手の出しようがない。いたずらに発砲すれば、かえって街に被害が出る。こちら側は民間人も抱えている。不利な戦いを強いられざるを得ない。
「提督! 脱出を!」
と、ステアーズ准将が進言する。
「そんなわけにはいかない! 敵が、目の前にいるんだぞ!」
「なればこそです! ここで指揮官を失えば、我が艦隊は機能停止しかねません! 直ちに、脱出を!」
ステアーズ准将はそう言うが、僕は動けない。
だって、レティシアもリーナも、まだこの街にいるんだぞ?どうして、僕一人だけが逃げられようか。
と、その時だった。ワン准将が叫ぶ。
「提督、あれは!?」
僕はモニターを見る。それは、ドーソン機の残骸の辺りだ。人が立っているのが見える。
その人物の姿を見て、僕は驚愕する。
「おい、リーナ! リーナじゃないか!」
そう、鎧を身に着け、あの魔石を埋め込んだ魔剣を持つリーナが、そこにはいる。まっすぐと、あの侵入者に向かって歩みを進めるリーナ。
「待てリーナ、何考えているんだ! 相手は、重機すら一撃で倒す相手だぞ! 戻れっ!」
と、僕が叫んだところで、相手には聞こえない。モニター越しに、あの怪物に向かうリーナを、僕はただ見届けるしかない……
◇◇◇
太古の昔より、私はこの時を待っていたような、そんな気がする。
目の前には、黒い化け物がいる。私の何倍かはあろうその背丈、しかし不思議と、恐怖を感じない。
私はこやつを倒すために今、ここに立っている。
『リーナ殿! 下がれっ!』
あれはおそらく、デネット殿の声であるな。が、そんな声にかまわず、私は前へと進む。そして魔剣を両手で握り、構える。
黒光りしたあの化け物は、私を見つける。周りに立つ3体の人型重機など目もくれず、こちらに狙いを定めたようだ。
今のこやつの狙いは、私だ。そして私の狙いも、こやつだ。
が、こやつは剣を構えたまま、動こうとしない。
「どうした! 私の姿に、恐れおののいたというか!?」
私は、挑発する。上手くは言えぬが、先に動いた方がやられる、両者の間には、そんな空気が漂う。
だが、あの黒光りは、私の挑発に乗ったのか、それともその張り詰めた空気に嫌気がさしたのか、突進してくる。
降り降ろされる大剣、私はその化け物の剣を、この魔剣で受け止める。
その剣を受け止めた瞬間、辺りの空気が一瞬、パンと張り詰める。次の瞬間には、キィーンという強烈な金属音と共に、衝撃波が走る。
◇◇◇
おい……受け止めた、だと? あの剣を、人型重機の身体とバリアすらも貫くあの剣を、リーナが受け止めた、だと?
目の前で起きていることが、とても現実だとは認識できない。モニター越しだからということもその理由ではあるが、それ以上に、今目の前で起きていることが、物理的にありえない事象だからだ。
そんなリーナを見て、僕は違和感を感じていた。
あれは、いつものリーナではない。あの化け物の前に進み出ること、そして、その剣を受け止めたこと自体が異常事態だ。が、違和感の原因は、そこではない。
あのリーナが、両手で剣を握っている。
そう、リーナの剣術は、片手持ちが基本だ。いつも素振りでは、木刀を片手でつかんでいる。そんなリーナが今、両手で剣を握っている……
◇◇◇
禁断の、両手使いの剣。まさかこれを使わねばならない相手に出会うとは、私自身、思いもよらぬことだった。
が、剣の向こうにいるのは、そんな悠長なことを言っていられる相手ではない。
私は、渾身の力を込め、その化け物の剣を振り払う。
剣もろとも、黒光りの化け物は後ろに弾き飛ばされる。化け物は、後ろにあるビルの残骸の上に倒れ、砂煙をあげる。
「これより先には、進ませぬ!」
私は、剣を前に突き出す。そして、剣を真上に上げる。
「この先には、大事なひつまぶしの店があるのだ! 断じてその店には、指一本触れさせぬ!」
私は、剣を両手で握り直すと、魔導の構えをとる。そう、雷神炎という魔導の、構えを。
そして私は、詠唱を唱える。
「……雷神の使い、紅蓮の精霊、我が剣先に集い、その力を顕現せよ!」
魔石が、甲高い共鳴音を鳴らす。キィーンと唸るその剣の先が、赤く光る。
魔導の流れを、感じる。その魔導の流れが止まり、力が頂点に達するのを感じると、私はその剣を、一気に振り下ろす。
赤い炎と青白い稲妻の光が、重なる。そしてそれは剣の先から放たれ、火花を散らしながらあの化け物へと向かう。
黒曜石の様な外観の化け物の身体が、私の放った光によって引き裂かれる。その直後、猛烈な爆炎の風が吹き荒れる。ガガガーンというけたたましい音が響き、再び砂煙が舞い上がる。
◇◇◇
一瞬、あの侵入者が真っ二つに引き裂かれるのが見えた。が、今は煙の覆われて、何も見えない。
しかしこの時点で僕は、勝利をほぼ確信していた。その証拠に、あの胸騒ぎがすっかり消えている。が、それをもたらしたのは、人型重機ではなく、なんとリーナの力だった。
『こちらテバサキ! 直ちに、目標の破壊を確認する!』
煙がやや収まり始め、デネット大尉の乗る重機が、あの侵入者のいた場所へ接近する。
デネット大尉の報告を待つまでもなく、ここから見ても勝敗が決したことが明らかだった。地面に突き刺さった剣、粉々に砕けた下半身に、すでに動くことのない上半身が、モニター上に映っている。
『目標、完全に沈黙!』
デネット大尉から、侵入者が破壊された旨の報告が入る。残りの2機の重機も、あの侵入者の残骸の周りに集まる。そして2機がかりで、辛うじて原型をとどめているその侵入者の上半身を持ち上げる。
すでに、ただの石像と化していた。先ほどまでビルをなぎ倒し、バリアをも貫いたあの侵入者には力なく、なすがままに腕をただぶらんとぶら下げている。
その侵入者のそばには、鎧姿のリーナも立っていた。
「後を頼む、僕は現場に行ってくる!」
「あ、提督!」
僕は、いてもたってもいられない。会議室を出て通路に出ると、艦橋奥にあるエレベーターへと向かい、そのまままっすぐ街に向かって降りた。
街は、予想以上に破壊されていた。あちこちで煙が上がり、コンクリートやガラスの破片が、道の上に散乱している。
「リーナ!」
煙の中、リーナは剣を地面に刺したまま、立ち尽くしている。僕の声を聞き、ぼんやりとした顔でこっちを向く。
「あ、ああ、カズキ殿……」
「おい、リーナ! 大丈夫か!?」
「ああ、身体は何ともない、が……」
「なんだ、どこか具合でも悪いのか!?」
「いや、その……腹が減った……」
まるで、魔石に触れた後のレティシアのようなことを言い出すリーナ。いや、こいつの場合は、いつものことか。僕は、ふらふらのリーナを抱きしめる。
『ダメージコントロール! 艦内各所の破損箇所の応急措置、および救出活動を行え!』
艦内放送だけでなく、周囲も騒がしくなってきた。士官らが救出活動を、重機が瓦礫の撤去を始めている。
「リーナ! 大丈夫かよ、おい!」
その喧騒の中、魔剣の英雄は僕の腕の中で横たわっている。そこにレティシアも、叫びながらやってくる。
結局、どうしてリーナがあの化け物に勝てたのかは、まるで理解できない。
が、リーナよ。これだけは断言できる。
この戦いで、間違いなく今までの食費の、いや、それ以上の元を取ったぞ。