#21 休息
それは、ある意味で衝撃的な事実だ。まさか、こんなことになっていたなんて……
あの戦闘から1週間。戦闘後、帰還してすごして過ごす特別休暇中、僕とレティシアが家を出ると、カテリーナがいた。レティシアが話しかける。
「おう、カテリーナ。今日はどこに行くか?」
「……とんかつと、パフェ」
あの小さな身体に、よくそれだけのものが入るものだ。僕でも気分が悪くなりそうな量と組み合わせを、こいつは一人で食べてしまう。
カテリーナは帰還後、一気に昇進して兵曹長となった。グエン准尉の一つ下の階級。しかし、特殊砲撃があるとはいえ、これまでに一人で900隻以上を撃沈している、第8艦隊はおろか、地球001、いやこの宇宙でも最多の撃沈数を誇る砲撃手だ。
だが、あの外見からはそんな人物だとは想像がつかない。いつものとんがり帽子を被ったあの姿は、ちょっと痛い娘くらいにしか見えない。
だが、カテリーナにあの攻撃をやらせ過ぎたかな……敵とはいえ、一隻あたり100名の命が失われる。それが900隻分だ。いくら敵とはいえ、この星の地方都市2つか3つ分の人々を、宇宙の塵に変えてしまった。パフェと味噌カツ、それに納豆ご飯が好物の小さな娘に、あまりにも大きなものを背負わせ過ぎた気がする。
もっとも、しばらくはこの周辺宙域も静かになることだろう。小競り合いくらいはあるかもしれないが、敵もあれだけの損害を出しながら、立て続けに攻めてくるとはあまり思えない。
だがあの白色矮星周辺は、間違いなく激戦宙域だ。そばには長跳躍ワームホール帯があり、その先には地球001がある。我が地球001の壊滅を旗印にする彼らは、これまでも、そしてこれからも、ここを攻め続けることだろうとは思う。束の間の平和に過ぎないかも知れない。
そんなことを考えながら、ダニエラが来るのを待つ。しかし、今日はちょっと遅いな。僕は家の前の通りをじっと見つめる。
と、斜め前の家の扉が開く。中から男が一人、出てくる。
僕はその男を知っている。ポルツァーノ中佐だ。やつの家は、うちのすぐ斜め前にある。まさか、僕を監視するために、あそこに居を構えたのではないか?そう疑いたくなる。
だが、ポルツァーノ中佐は、扉を開けたまま、しばらく家の中を覗いている。
そして、家の中からもう一人、現れる。真っ白なブラウスに身を包んだその人物。どう見ても、あれは女性だ。妙だな、確かこいつは独身だと聞いていたが……それを見たレティシアが思わず、声をあげる。
「あっ!」
その声に反応して、中佐が振り向く。なんだかすごくバツの悪そうな顔で、こちらを見ている。だが、もう一人が僕らに、声をかけてくる。
「あれぇ? 旦那達は確か、ボーナ様と一緒だったお方じゃねえですか?」
そう、ダニエラを「ボーナ」と呼ぶその女性。間違いなくそれは、サマンタだ。
だがどうして、サマンタがポルツァーノ中佐の家から出てくる?
すごすごと僕のそばまでやってくる中佐。そして僕の前で敬礼する。僕も返礼で応える。
「……意外と早く、見つかってしまった。いや、隠すつもりもなかったので、いつかは知られるとは思っていたが……」
「あの、なんのことで?」
苦々しい顔の中佐と、その腕にしがみついて、こちらをじっと見るサマンタ。中佐が口を開く。
「……実は、つい2週間ほど前に、彼女と一緒になったのですよ、閣下」
「一緒ってつまり……入籍された、と?」
僕のこの一言に、こくりと頷く中佐。僕はその事実に、驚愕する。
この中佐って、確か32歳だと聞いている。一方、サマンタは19歳。結構な歳の差カップルだ。
「そうだよ、あたいら、夫婦になったんだ」
「はぁ!? おい、お前、こんなオッサンのどこがいいんだぁ!?」
「何言ってんのよ! フランコはいいやつだよ! あたいをショッピングモールに連れて行ってくれてさ、びっくりするくらいたくさんのパンが売ってる店に連れていってくれたんだぜ! 食パンに揚げパン、バターロールにカレーパン、それから……」
そういえばサマンタは、あの店ではパン作りをしていたな。こっちのパンの柔らかさ、味の豊富さを知れば驚くのも無理はない。だが、まさかパンにつられて夫婦になったのではあるまいな?
「……とまあ、この通り、好奇心が旺盛なので、連れて歩いているうちに、いつの間にか、良い仲になってしまい……」
「おい、フランコ! そういやあ今日はピザって食べ物を教えてくれるって約束だろう!」
「あ、ああ、そうだな」
「それじゃあ行くぜ! ほら、さっさと歩く!」
「わ、分かった! 分かったから、ちょっと待て!」
急いで僕に敬礼するポルツァーノ中佐だが、その腕を引っ張って、ショッピングモールへと急ぐサマンタ。僕はそれを返礼しつつ見送る。
てっきりポルツァーノ中佐が、サマンタをエサで釣って強引に妻にしたのかと思ったが、あれを見る限りでは違うな。多分、サマンタの方から迫ったのだろう。先の戦いの影の功労者は、あの堅物そうな司令部付きのエリートを引っ張って、自らのパンのレパートリーを増やすべく前へと進んでいる姿を見ると、そう察せざるを得ない。
「あらら、そんなことになってたんですわね」
と、そこに現れたのは、ダニエラだ。
「なんだいたのか。さっさと出てくれば、面白いものが見られたというのに……」
「私、あの男が嫌いなのです。サマンタが連れ去ってくれてちょうど良かったですわ。では皆さん、我々も参りましょうか」
ダニエラにとっては、ポルツァーノ中佐とサマンタが夫婦になってしまったことなど、たいした事ではないようだ。
で、いつものように4人でショッピングモールへと向かう。そして、いつものようにあの店に向かう。
「いらっしゃい……って、また大将か」
「なんだ、来ちゃいけないのか?」
「いや、そんなことはねえですぜ。戦乙女と呼ばれるレティシアさん、ダニエラさん、カテリーナさんが来てくれるおかげで、この店は大繁盛だ。ただ……俺が言うのも変だけどさ、他に行くところはないのかい?」
痛いところを突いてくるな、この店主は。だが、その3人の戦乙女がここに行きたいと言うのだから仕方がない。
「まあ、いいじゃないか。店主、いつものを4つだ」
「あいよ、それじゃあ、いつもの戦乙女定食を4つ!」
味噌カツ定食が、ここでは戦乙女定食と俗称されている。理由は単純だ。戦乙女達が好んで食べる定食だからだ。
「ん〜っ! 何度食べてもこの衣、サクサクとしてておいしいっ!」
「おいおい、この上にかかった甘辛味噌のことを忘れちゃいけねえぜ! 衣だけじゃねえ、これこそが味噌カツの、味噌カツたる所以なんだからよ!」
ダニエラとレティシアは、それぞれその甘辛な独特のタレがかかったそのとんかつの味を評している。一方、無言のカテリーナだが、頬を押さえながらもぐもぐと口を動かしつつ、笑みをこぼすところは、いつも通りの彼女なりの味噌カツの味の表現でもある。
そんな3人の戦乙女をひと目見ようと、この店には多くの軍人が押し寄せる。先の戦闘で、3人の名前は地球042艦隊にまで知れてしまったためだ。
だが、できればこのまま、戦闘とは無縁な人生を歩ませてやりたいものだ。この3人の秀でた力に頼らなければ、宇宙にも出られず、戦闘もままならない我がポンコツ旗艦を恨めしく思う。
一刻も早くこの3人を戦場とは無縁にしてやりたいものだと、僕は思う。




