#208 計略
「なんだって! コールリッジ大将から!?」
「はっ! このような電文が……」
コールリッジ大将へ、今回の戦闘報告の速報を送ったところ、すぐに返信が来る。その返信文を見た司令部一同は、言葉を失う。
「……一介の軍人が、こんなことを言い出しても、いいんでしょうか?」
「そうだな。これは明らかに、越権行為だ。まあいい、大将閣下の権限で、これを行えと書いてある。おそらく、相応の自信があるのだろう」
「そうかもしれませんが……」
「ともかく、この返信文に従い、行動を開始する。連盟艦隊、ビスカイーノ提督に通信を」
「はっ!」
まったく、前代未聞のことをやろうとしている。しかし、簡単に言ってくれるものだな、コールリッジ大将も。やれやれ、いくら一度接触した相手とは言え、相手は連盟軍だぞ。上手くいくとお思いか?
◇◇◇
「駆逐艦、さらに接近! 距離20!」
あの通信を受け取った時は、驚いた。まさかあちらが接触してくるなどとは、考えてもいなかった。
このまま両者は別れて、それっきりだと思っていたところに、いきなりヤブミ少将から、接触したいとの通信が入る。というかヤブミ提督よ、いつのまにか少将に昇進していたのか。
そして、その艦隊旗艦と思われる艦が、こちらに接近している。距離、すでに20キロ。至近だ。
「連合艦より、発進する物体あり!」
「なんだ、まさか、実体弾ではないだろうな?」
「いえ、哨戒機と思われます。速力、およそ1000!」
速度的にも、哨戒機で間違いないだろう。そういえばあの艦は確か、哨戒機を格納できる場所がないと言っていたようだが、いつのまに改善されているようだ。
で、その哨戒機が我が艦に到着する。第一格納庫に到着したその機に向かうべく、私は艦橋を出る。
一応、武器を携行する。が、それほど警戒するべき相手でもないだろう。すでに圧力調整の終わった格納庫に、私は入る。
「一同、敬礼!」
連合軍の司令官だと言うのに、まるで賓客扱いだ。格納庫から降りてきたヤブミ准将……ではないな、ヤブミ少将の両脇に、士官が並ぶ。
「あ……どうも」
返礼で応えるヤブミ少将だが、想定外の対応だったようで、戸惑っている。
「お久しぶりです、ヤブミ少将」
私は声を掛ける。こちらに気づいたヤブミ提督は、私にむけて手を伸ばす。
「ああ、まさかこんな形で、再開することになるとは思わなかった」
それは私も同感だ。私は右手を差し出し、がっちりと握手を交わす。
「で、ヤブミ少将。わざわざこちらまで、どのような用件で?」
「ええと、そうだな……まずは、先の戦いでのお礼と、戦況報告、それから……」
相変わらず、飄々としたお方だ。しかし、次の言葉が私には刺さる。
「……今回戦った敵に関する情報開示と、今後の我々のとるべき方策についての提案だ。これは、第1艦隊総司令官、コールリッジ大将閣下からの命令でもある」
背後にいる大物の軍人の名が、ここで明かされる。只事ではない。それは私も、確信した。
ヤブミ少将に続く3人の人物について、持ち物の検査を終えたのちに、会議室へとお連れする。
さて、やってきたのはジラティワット少佐、それに、ヴァルモーテン少尉と名乗る士官。ヤブミ少将の脇には、女性士官が一人、立つ。
この士官、おそらくは護衛任務なのだろうが、なぜ、女性なのか?しかも、大きなホウキを持っている。調べてみたが、なんの変哲もないただのホウキだった。まさか、いざとなったらあれで戦うつもりなのか?
「さて、まずは第8艦隊司令官として、貴官にお礼申し上げたい。いや、本当に危なかったから、あれは助かった」
第一声は、いきなりこれだった。なんというか、まるでプライドも何もない。相変わらず、思ったままを口にするタイプの司令官だ。
「いえ、以前に助けられたそのご恩返し、と言ったところです」
私はそう、応えるにとどめた。実際、そうなのだから、これ以上答えようがない。
「そうか。では、本題に入る」
「本題……?」
「今回、戦った相手、そして、連合と連盟、双方に迫る危機についてだ」
さて、話がいよいよ本題に入った途端、こう切り出すヤブミ少将。
「あの……連合と連盟の、双方の危機とは?」
「今回戦った相手、あれは連合にも連盟にも、見境なく攻撃を仕掛ける相手だと、貴官も認識したと思う。つまり、我々に共通の敵が現れた、そう言っている」
「ええと、意味がわかりません。我々はてっきり、連合の中で反乱が起きて、あのような事態に陥ったのだと、そう思ったのですが?」
「うーん、どこから話せばいいのやら……」
いきなり、ヤブミ少将から今回の「敵」についての情報提供がなされることになった。が、その内容はあまりにも突拍子のない話で、正直、私にはすぐには受け入れられない。
「……つまり、地球001に残る神話の通りに解釈すると、我々はその『ゼウス』の子孫であり、あれは『クロノス』であると、そう考えられる、ということですか?」
「あくまでも、仮説に過ぎない。が、そう解釈すると、今のところ辻褄が合う、というに過ぎない。だが、確実に言えることは、原生人類の負の遺産というべきものが、今ごろになって牙をむいてきた。そういうことだ」
「ですが、少なくとも数万年以上も前のことで、これまでずっと、姿を現さなかったものが、どうして急に今になって活発になったのです?」
「分からない、と言いたいところだが、貴官も知っての通り、我々はあちらの銀河への航路を見つけ出している。それが、そもそもの始まりだった。さらに、我々はこんなものの秘密にまで触れてしまった」
そう、ヤブミ少将は言うと、手に持っていた袋から、何かを取り出す。
それは、赤い石だ。拳ほどの大きさの、ルビーのような石。それを5個、テーブルの上に並べる。
「……あの、これは?」
「我々が、魔石と呼んでいるものだ。これを、貴官に預ける」
「魔石?」
「この石ころが、今、我が第8艦隊全艦に、エネルギー源として搭載されている、と言ったら、信じてもらえるか?」
私もソロサバル中佐も、その言葉に衝撃を受ける。これが、エネルギー源?たかが宝石にしか見えないが、これで船を動かすだと?
「原理は全く不明だが、空間上からエネルギーを取り出し、補給なしで航行を可能とする、まさに夢のエネルギー源だ。この拳ほどの大きさの石一つで、駆逐艦を動かすことも可能だ。現に今、我々の艦隊全ての艦艇に、この魔石を用いた機関を搭載している」
「魔石の機関、というのですか?」
「そうだ」
「あの……それはもしや、軍機に関わることではないのですか?」
「そうだ、だから、設計図までは渡せない。が、そういう事実があるとだけ伝える。あとは、連盟側で調査してもらうことになる」
「ところで、この魔石というのは、どこで手に入れたのです?」
「貴官も知っているはずだ。地球1019で見ているであろう、浮遊岩を。あれを破壊すると、これが大量に出てくる。つまり、あの不可思議な岩のエネルギー源、ということのようだ」
私は思い出す。そういえばあの星で、雲のように浮かぶ岩がいくつも見られた。あれの核となるものが、これだというのか?
「と、いうことは、あの銀河でなければ、手に入らないものだと?」
「いや、こちら側でも稀に手に入るものでもある。連盟側にもおそらく、ゴーレムや魔物と言った不可思議な生命体が存在する星があるだろう。その源に、この石が関わっているはずだ。が、出どころはあの銀河であることは、間違いない」
「……確かに、そういう存在はあります。しかしまさか、あの銀河と関わっていたなどとは……」
「だから、この石自体は、連盟側にも存在しているはずだ。そして……我々が戦ったあの敵にも、使われていると推測される」
「えっ!? あの敵って、黒い大型艦のことです!?」
「そうだ。あれはおそらく無人艦で、あちら側の銀河からやってきた船。そして、それらには魔石を使った機関が搭載されている。なお、我々はすでに三度、『クロノス』側と思われる艦隊との戦闘を行っている。また、『クロノス』でない魔石機関を搭載した船との戦闘も経験している。あれが初めてというわけではない」
「それが、こちらの銀河系にまで、波及してきた、と?」
「そういうことになる。で、あれが押し寄せてくるきっかけは、我々がこれを、機関に使い始めたことだと考えられる」
そういって、ヤブミ少将はその赤い石を指差す。
「突如、400メートルほどの黒い棒状の艦艇700隻が、この宙域に現れた。大半を沈め、大破し残された艦艇の一部を分析、その結果、この魔石を持った無人艦艇だということがわかった」
「あの、それまでは現れなかったのですか?」
「おそらくは数万年以上は、その形跡はない。にも関わらず、ちょうど魔石エンジンの試運転をし始めた日に突如、現れた。ゆえに我々は、この魔石を機関に取り入れたことがきっかけだと推定している」
「と、いうことは、それまでの戦闘とは、向こうの銀河のみで行われていたのですね?」
「いや、一度だけ、こちらで行なっている。とある大型艦を曳航して、こちらに持ってきたことがある。それが突如、暴走し、辛うじてそれを撃沈した」
我々の知らないところで、戦いが起きていた。その事実を、我々は知らされる。
「その時の攻撃と、先ほどのあの艦の攻撃準備態勢とがよく似ていた。そこで我々はあれを、特殊砲撃にて撃退した」
「特殊砲撃……あの、持続砲撃のことですか」
「そうだ。前回の時も、我々の攻撃を弾き返す奴がいた。が、あちらが砲撃準備に入った際に、それと同様に胴体を開いた。そこをあれで攻撃して、撃沈することができた」
これより以前に、あれと似たような艦と戦闘しているのか。どおりで、攻撃までの手際が良かったわけだ。
「……ただ、その時の敵は、ビームを跳ね返しはしたものの、それをこちらに向けて反射することまではできなかった。つまりだ、今回の敵の方が、一枚も二枚もうわ手だということになる」
「そ、そうなのですか……」
神話から始まった話のせいか、さっきから神話を聞かされているような気分だ。たった一隻で1000隻を翻弄する大型艦、その事実だけでも十分に御伽噺話のようだ。
と、ここで、ソロサバル中佐がヤブミ少将に尋ねる。
「ヤブミ閣下、一つ、お尋ねしたいことがございます」
「なんだ?」
「その、特殊砲撃というものは、我々の知る限りでは、数分間の装填時間を要する攻撃であったはず。それがなぜ、今回は1分以内に発射されたのですか!?」
うちの参謀が、あの疑問をヤブミ少将にぶつける。あちらの参謀の顔が一瞬、曇る。つまりこれは、かなり踏み込んだ質問だった、と言うことになる。
が、それに対して、ヤブミ少将は応える。
「軍機につき、詳細は答えられない。が、この魔石はある条件で、暴走させることができる」
「ぼ、暴走……ですか?」
「その際に、膨大なエネルギーを生み出す。それを逆に利用した砲撃が、あれだ。我々の持つ核融合炉の数分間分のエネルギーを、一気に絞り出す。それがこの、魔石の威力だ」
予想外の返答が返ってきた。そこまでのポテンシャルを持つ石だとは、私は正直、思ってもいなかったからだ。
「逆にいえば、それだけ危険な石だと言うことだ。原理も不明、条件次第で制御不能に陥る、おまけに、原生人類の負の遺産というべきものを呼び覚ましてしまった。得られるメリットに対し、デメリットが大きすぎる」
そう話すヤブミ少将は、ここで一度、軍帽を脱ぎ、それを被り直す。そして、やや鋭く変わった目で、こちらを見てこう切り出す。
「で、今、この石を渡した瞬間、連盟側も巻き込まれたことになる。貴官らも、他人事ではなくなった、ということだ」
私もソロサバル中佐も、思わず息を呑む。なにか、とんでもないことに巻き込まれてしまった。そういう不快なまでの感触が、私の背筋のあたりを這い昇ってくる感じがする。
「……といっても、このままでは連盟側の船も、知らずに巻き込まれていたことになる。やつらは、この中性子星域に現れる船を、連合連盟、軍民問わず襲いかかることになるだろう。魔石エンジンを搭載した我々が目当てとはいえ、この第8艦隊がいなければ、近くに現れた船舶を攻撃にかかる。そういう輩だ。残念だが、もはや覚悟してもらう他ない」
随分と辛辣で、しかし現実的なことをヤブミ少将は口にする。あちらの勝手で開けてしまった扉だが、巻き込まれてしまう以上、こちらもそれを知らなければならない。つまりは、そういうことだ。
「さて、ここでコールリッジ大将よりの命令……いや、提案、と言った方が良いか。それを二つ、お伝えする」
「……はっ、なんでしょうか?」
と、いきなり話が変わる。私も軍帽を整えて、構える。
「で、一つ目だが、我が地球001宇宙軍、最高司令官総司令部は、この中性子星域を中立地帯とすべく、連盟側と交渉するよう、政府に打診する見込みだ、ということをお伝えする」
「ここを……中立地帯に?」
「ここは、貴官の所属する地球023からもほど近い。それに、今のような事情もある。この周辺20光年を、双方の非戦闘宙域とすることで、この未知の脅威に対抗することとする、とのことだ」
「はっ……了解、であります」
突拍子もない提案だが、確かに、実態を考えるとやむを得ないだろう。
「そして二つ目。貴官に、この魔石に加えて、これをお渡ししておく」
「これは……」
それは、電子メディアだった。親指ほどの太さの、小さなメディア。ヤブミ少将は続ける。
「ここに、暗号コードが入っている。このコードを使い、この宙域内での連合と連盟双方の通信を行うものとする」
「暗号コード、ですか」
「相手は、得体の知れない存在、しかも、我々よりも遥かに進んだ技術を持っていることは判明している。となれば、今までの平文による共通バンドでの通信では、解読される可能性もある。ゆえに提案されたコードだ。それを、留意していただきたい」
そういって、私の前にそのメディアを置く。
これを受けて、私は思い切って切り出す。
「ヤブミ少将、およびコールリッジ大将閣下の話は伺いました。が、今の話、すべて連盟内で共有されてしまうが、よろしいのですか?」
「もとより、その覚悟だ。構わない」
「さらに、中性子星域の中立化に関し、我々から提案したいことがあります」
「なんだ?」
「あの銀河までの航路を、開示いただきたい」
それを聞いた脇にいる参謀の一人が、立ち上がろうとする。が、ヤブミ少将はそれを抑える。
「その提案、おそらくは可能だ。ただし、貴官らをここに返す際に使った、あの航路ではないのだが」
「なにか、別の航路があると?」
「いや、実は、作ろうとしている」
「つ、作る?どういうことですか」
「あの大型艦、そしてクロノスの黒色艦隊が出現するポイント、おそらくそこに、ワームホール帯の種のようなものがある。やつらはそれを使ってワープできるようだが、我々はそれを使えない。そこで我々はその種を、ワームホール帯に変えるための作戦を行おうとしている。そしておそらくその先は、あの銀河だろう」
「えっ!? まさかここにあの銀河までの、航路を作ると言うのですか!?」
「あちらに攻め込むためにも、いやでも必要となるものだ。しかも、この宙域に作ってしまう以上、それも双方が利用できるものとなる。これが、この宙域の中立化における、連盟側のメリットとなるはずだが、どうか?」
思わぬ提案が舞い込んだ。私は応える。
「ではその話、我が軍司令部および政府にお伝えする」
「そうしていただけると、こちらは助かる」
この一言を受けて、会議は終了する。互いに立ち上がり、敬礼する。
「あーあ、本当ならば、もうちょっと楽になる予定だったと言うのに……厄介なことばかり、引き寄せてしまった……」
「何をおっしゃいます。その共通の敵とやらを打ち負かせば、ここは双方にとって初めてとなる非戦闘宙域となる予定なのですよ。その方が、こちらとしても楽になります」
「うん、まあ、その通りなんだけど……こんな面倒なことばかりに巻き込まれる予定では、なかったんだけどなぁ」
ぼやくヤブミ少将。が、ぼやいていても仕方がない。自らが招いた惨事だ。こちらも協力してやろうと言うのに、何を落ち込む必要などあろうか。
そして、ヤブミ少将を乗せた哨戒機は、帰っていった。
「提督。どう、思われます?」
ソロサバル中佐が、私に尋ねる。
「どうとは?」
「はっ、ヤブミ少将が語っていたあの神話の話、そしてそこから導かれる、文明のリセットという部分についてです」
初めに、ヤブミ少将はあの神話の話を我々にしていた。神話から推察された、原生人類の文明が、おそらくは一度、大きく崩壊したであろうこと、そしてそれと同じ道を、我々も歩んでいると言うことを。
「にわかには、とても信じられないな」
「はっ、そうですか」
「だが、いずれ実感する羽目になるのだろうな。あの未知の遺跡との戦いの中で。私はそう思ったが、貴官はどうか?」
「提督と同じです。が、すでに一戦して、あの話の一端を垣間見た限りでは、やはり信じざるを得ないと感じております」
「そうか」
さて、この荒唐無稽な話を、我が司令部にもしなければならない。正直、気が重い。だが、あちらがあれほどなりふり構わず、情報提供を行ってきた。そのことは、我々にとっても重い事実だ。なんとしても、あちらの意向を伝えなくてはならない。




